フランシス・ホジソン・バーネットのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
最初から、最後まで、素晴らしい翻訳でした。
少年セドリックは、イギリス人の父とアメリカ人の母、家族三人慎ましくも愛情溢れる生活を送っていた。美しく、愛らしく、賢いヒューマニティの宝石箱の様な少年は、周囲の人たちにも愛されていく。
父親の死後、突然、父の祖父から伯爵家の後継としてイギリスに迎えられる。
小公子となったセドリックは、慈愛溢れる言動で、頑なな祖父伯爵の心を、領民の信頼を得ていく。
川端康成の名訳(共訳で後に改修もあるらしいけど)の小公子セドリックに、すっかり癒されます。
私は「少年少女世界の文学・アメリカ編」で、小公女・小公子をはじめ読みましたので、川端訳だったようです。
そして、贅沢に川端康成から子供達へ「小公子」の本を読む前にという言葉が掲載されています。(なぜか、最後に)セドリック愛に溢れた文章です。
そして、優しい先生のような文章です。
ほんと、児童文学の名作です。
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Posted by ブクログ
『小公子』(1886)は、『小公女』(1905)と並び、フランシス・ホジソン・バーネット(1849-1924)の代表作です(もう1つ、よく知られている作品に『秘密の花園』もありますが)。
金髪の巻き毛で人懐こいかわいい男の子、セドリック。父を亡くし、母と一緒にニューヨークで暮らしています。質素な暮らしですが、素直なセドリックは、優しく美しい母、多くの親しい人々に囲まれ、幸せな日々を送っています。
ある時、イギリスから驚くような知らせが届きます。セドリックはドリンコート伯爵である祖父の跡継ぎとなり、イギリスのお城に迎え入れられるというのです。セドリックの父は伯爵の三男でした。若くしてアメリカに渡った父は、祖父の知らぬ間に母と結婚していました。アメリカ嫌いだった祖父は激怒し、親子の縁を切ってしまいました。しかし、長男・次男が不慮の事故で亡くなった今、伯爵家を継ぐのはセドリックしかいないというのでした。セドリックは伯爵家の次期当主、フォントルロイ小公子となるのです。
セドリックと母は戸惑いながらもイギリスへと渡ります。しかし、いまだに母のことを認めていない祖父は、セドリックのみを家に迎え入れ、母は近くの別の家に住まわせます。セドリックは大好きな母と離れて淋しくてなりませんでしたが、持ち前の素直さと明るさで、頑固で自分勝手な祖父の心を徐々に溶かしていきます。
どんな人にも分け隔てなく接するセドリックは、貧しい人たちにも親切にして彼らを助け、領地の人々もそんなセドリックを愛するようになります。ケチで尊大だった伯爵もセドリックのやさしさに触れ、困っている人たちを援助するようになっていきます。
ところがそんなある時、伯爵の長男の嫁とその息子と称する親子が現れ、こちらが正統のフォントルロイ小公子だと主張します。もしそうであれば、セドリックは伯爵にはなれないことになります。さぁどうなるのでしょうか。
古くから親しまれている「小公子」の物語、こうして読み返してみると、起伏のあるおもしろいストーリー展開です。
伯爵は頑固で癇癪持ちです。3人の息子のうち、長男・次男は今一つ出来が悪く、三男を愛していたのにちょっとしたすれ違いで縁を切ったまま死に別れてしまいます。初めて会う孫は本当に愛らしく素直で、頑なな老伯爵の心もほぐれていくのです。このままめでたしめでたしとなるのかと思うと、もう一山、というのもおもしろいところです。
紆余曲折がありながらもハッピーエンドに落ち着く全体の構成も安心感があり、ああよかったねと誰もが胸をなでおろすことでしょう。
三人兄弟、思わぬ幸運と何だかおとぎ話のような趣もあります。
セドリックがちょっとよい子過ぎて、いささか現実味がないようにも思うのですが、ここは素直にほほえましい彼の魅力を受け入れるべきなのでしょう。
何せ、フォントルロイ小公子は読者の心も射抜き、挿絵に描かれた黒のベルベット製で白いレースの襟のついた服は、フォントルロイ・スーツとして大流行、母親たちはこぞって自らの幼い息子に着せたといいます。また、英語でFauntleroyというと、一般名詞として「(過度に)丁寧で身なりのよい子」を指すようで、その大ヒットぶりがしのばれます。
バーネットはもともとイギリス生まれですが、10代でアメリカに渡ります。本作はアメリカで爆発的にヒットし、のち、イギリスでもよく売れたようです。
セドリックのニューヨークの友人がイギリスの貴族についてやや偏見を持っていたり、伯爵がアメリカを見下していたり、といった描写もあるのですが、当時のアメリカとイギリスの距離感を想像させておもしろいところです。
各国語に訳された本作、邦訳もさまざま出ていますが、新潮文庫版は川端康成訳を採用しています。川端名義ですが、実際のところ、共訳者とされている野上彰が大部分を手掛けたといってよいようです。
「小公子」という絶妙の訳は川端・野上のオリジナルではなく、元々は、原作刊行のわずか4年後(明治23年)に邦訳の連載を始めた若松賤子(しずこ)によるものです。原題はLittle Lord Fauntleroyですが、これをすぱっと「小公子」としたセンスはすばらしいと思います。のちの「小公女」(Little Princess)と対になるところもよいですね。
こうした時代背景や翻訳事情にも触れた巻末の鴻巣友季子の解説も読みごたえがあり、作品世界が広がります。
*以下、蛇足ですが。
おじいさんはドリンコート伯爵(Earl of Dorincourt)ですが、セドリックはドリンコート小公子ではなく、フォントルロイ小公子(卿)(Lord Fauntleroy)と呼ばれます。イギリスの爵位はいろいろ細かい決まりがあり、跡継ぎになる人には儀礼上の爵位が与えられるもののようです(英王室のウィリアム王子もケンブリッジ公爵の称号も持ちますし)。これは当主の副次的な爵位名を使うもののようで、そのため呼び名が異なるのかと思います。
本作の場合、ドリンコートは苗字というより地名であるのかもしれません。お城の名前もドリンコート城ですし、ofが入っていてドリンコート「の」伯爵となっていますし(紅茶の名前の元になっているグレイ伯爵(アール・グレイ)はEarl of Greyではなく、Earl Greyです。これは姓なのかな・・・?)。
バーネットの記述がどこまで正しいのかよくわからないのですが。
いずれにしてもドリンコートもフォントルロイも何となく高貴そうな感じはしますね。 -
Posted by ブクログ
この物語は、アメリカで生まれ育ったセドリックが伯爵である祖父の跡を継ぐためイギリスに行く。セドリックの無邪気で温かい心により高慢で頑固な祖父が温かい心に変わっていく話である。僕が最も心に残って場面は祖父のお金でなんでもして良いと弁護士に言われたときに、セドリックは、まず自分のことではなく他人のことを優先し、時計を買ってあげたり、商売を繁盛させるために色々な事をしてあげたり、困っている人にお金をあげたりしているところです。この場面からセドリックはとても優しい少年だと思った。また、怖そうな犬や、怖そうな祖父に初対面した時怖れもせず、頭を撫でてあげ、なつくようになったり、笑って手を差し伸べ握手したりしているところから恐れ知らずでびっくりした。
このようなことからセドリックは周りに影響を与える少年だと分かった。 -
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両親が亡くなったメアリーは、叔父の家で暮らすことになったのです。住むことになった大きな館は、夜になつても声か聞こえたり、庭には十年も閉ざされた花園があったり、とても秘密が多い家なのです。メアリは、庭の花を育てることでどんどん元気になっていき友達もたくさんできるのです。
私はこの本を読んでとても気持ちが明るくなりました。メアリーの性格もとても明るくて活発な性格がすごく見えました。このお話を読んでいる時に、メアリーはいつ秘密の花園に気づくのだろう、など色々な質問が頭に浮かんできました。とても可愛らしくて、読んでいてお明るくなるお話なので是非みなさんにも読んでもらいたいです。 -
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私を含むアラフォー世代が子供だったころ、大多数の子供たちにとって、児童文学は読むものではなく、テレビで観るものだった。私たち世代のほぼ全員が、「ハイジ」や「赤毛のアン」や「トム・ソーヤー」について多少の知識を持っているのは、日曜夜のアニメ「世界名作劇場」の功績といっていい。海外の児童文学1作品を1年かけて放映するシリーズである。
バーネット作品からは『小公女』が取り上げられた。逆境を耐え忍ぶヒロインが最後は幸せになるという、西洋版「おしん」みたいな物語で、私はあまり好きになれなかった。ヒロインが優等生すぎて、共感よりも反発の方がまさってしまったのだ。「こんな子いるわけないじゃん」と突っぱねることで、大人に教化されるのを無意識に拒んだのかもしれない。
そんな私でも、同じバーネットの『秘密の花園』は楽しく読むことができた。まず、ヒロインのメアリが偏屈なワガママ娘という設定が面白い。もうひとりの主人公コリンときたら、メアリ以上に病んだ少年だ。両親の愛を知らず、ことなかれ主義の召使によってスポイルされてしまった子供たちが、「秘密の花園」を通して生きる力を取り戻す物語である。
うち捨てられた花園は、孤独な子供たちの心の象徴でもある。荒廃しているように見えても、心ある人が気を配り、正しいやり方でケアすれば、驚異の生命力で息を吹き返すのだ。花園の復活と連動するように、子供たちの心が解き放たれ、子供たちの成長によって、哀れな大人の魂が救われる。子供たちは大人に教化されるのではない。ムーア育ちの少年が、12人の子供を育てる母親が、ヨークシャーの大自然が、子供たちをあるべき姿に導くのだ。
世界名作劇場は20年以上も前に終わってしまったが、もし同じような企画があるなら、ぜひ『秘密の花園』を取り上げてほしいと私は思う。子供たちの成長物語はもちろん、20年間に進歩したアニメーション技術で、ヨークシャーの広大なムーアや、薔薇の咲き乱れるイングリッシュ・ガーデンを映像化してほしいと思うからだ。昔ならあり得なかった無愛想なヒロインも、今の時代なら割とすんなり受け入れられると思うのだが、どうだろう。 -
Posted by ブクログ
暗い冬の日、ひとりの少女が父親と霧の立ちこめるロンドンの寄宿制女学校にたどり着いた。少女セーラは最愛の父親と離れることを悲しむが、校長のミス・ミンチンは裕福な子女の入学を手放しで喜ぶ。ある日、父親が全財産を失い亡くなったという知らせが入る。孤児となったセーラは、召使いとしてこき使われるようになるが…。苦境に負けない少女を描く永遠の名作。
読むのは小学生以来ですかね、あらすじは知っているけどなぜか引き込まれるし続きを読みたくなる。やっぱり名作は色褪せない輝きを持っています。新訳は無駄にひらがなが多かったりせず大人でも読みやすい感じ。気に入りました。ただベッキーの口調はどうにも乱暴な感じで少し違和感。いくら貧しい身分でもこんな口調なのかなあ?表紙、挿絵が酒井駒子先生でとっても素敵。動物たちや人形のエミリーもかわいい!リトルプリンセスであり続けるセーラの持ち前の気高さ、心根の素晴らしさに胸を打たれた。恵まれている自分の環境に感謝して、自分にできることをやれる人間でありたいなあ。解説も「窓」の物語のくだりなど、今読んで面白かった。 -
Posted by ブクログ
最初にこの物語に出会った小学校低学年の頃には「セディのような性格のよい子にならなくちゃ!」と思い、何度も読み返すうちに「セディのお母さんみたいな素敵なレディになれるように頑張らなくちゃ!」と思い、結果どちらも挫折したなれの果てが今の KiKi です(苦笑) そうそう、逆に言えば「こんな人にだけはなっちゃいけない!」と思っていたセディのお爺さん、ドリンコート伯爵の方にこそ「うんうん、わかるわかる・・・・」と頷いている自分に気が付き、ちょっと唖然・・・・・・。 まあ、それだけこの老伯爵の心理描写が巧みだっていうことだとは思うんですけどね(笑)
(全文はブログにて)