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Posted by ブクログ
主人公のセーラ・クルーは環境の変化により、自分の立場や身なりが
異なるものになっても『心』までをそれに染められず、
気品と気高さを無くさず振る舞う、精神力の強さを印象づけます。
逆にセーラの周囲のキャラクターは、子どもはともかく、
大人まで自分の態度をブレブレで変化させる不安定さで、
俗世の人々の移ろいやすい心との対比がなされています。
相手の立場によって態度を変えることの卑しさは、作品を通して
俯瞰的に見れば良くないこととして映りますが、
自分たち一般人も無意識のうちに同じことをしていないでしょうか?
立場の弱い相手に対して高圧的に振る舞う姿も、
お金持ちのワガママにおべっかを使う姿も、
ここで描かれている醜い人間模様となんら変わりはありません。
小公女の存在を高めているのは、必ずしもお金などの財産を
持つからではなく、立場の弱い使用人や、今日食べるものにも
困る乞食に対しても態度を変えず、使用人としての忙しい生活の中でも
勉学に勤しみ、自らを高めようとする小公女としての心を持つ者としての
振る舞いがあってこそ、そこに自然と幸運が集まってくる。
ここが作者様のメッセージなのだと思います。
仮にセーラが作中でインドの紳士と会えない未来があったとしても、
彼女はミンチン女学院の枠におさまるだけでなく、
必ずなにがしかの成功をおさめることでしょう。
小金持ちの成金を夢見るのもいいですが、どうせ生きるなら
すこしでも小公女の心を宿してみたいものですね。
Posted by ブクログ
実のところ『小公女』は子供の頃から目をそらしていた。大金持ちのお嬢様が寄宿学校に入り、特別扱いされているとまもなく父親が亡くなったと知らされ突如召使へと降格されいじめを受ける•••
最後はハッピーエンドでも、この部分が嫌で何十年も避けていた。バーネットさんごめんなさい。
ここへ来て一気に3冊購入したので1冊目として新潮社を選び読み始める。
原題は『A Little Princess』。この“プリンセス”という言葉の意味が子供の頃には分かっていなかった。ドレスを着てキラキラしている人は皆“お姫様”でひとくくりにしていた。読んでみると、ここが肝なのだと実感。
読み始めは本当に10歳前後?と思うほど大人びたセーラの言動に違和感をもちつつ、さらに「乞食」と連呼される事もぐっと乗り越え、さらに読み進めると中盤からページをめくる手がどんどん早くなる。“プリンセス”というキーワードが全てだと分かってくる。『ボロは着てても心は錦』という言葉があるがまさにこれで、常に自分はプリンセス(王族のお姫様)だと思い込み、自分をいじめる料理人にも礼節をつくす。狭い屋根裏も本当は素敵な部屋なのだと想像し、ネズミやスズメをお友達にする事で自分を貶める事なくいじわるなミンチン先生を苛立たせる。
欧米での考え方で、自分より貧しい物に施すのは高貴な者の勤め•••というのがあるけれど、自分の持つ物を最大限に人に施す。それはお金というわけではなく、楽しいお話しであったり本当は食べたくて仕方ない焼きたてのパンであったり、小さい人に勉強を教える事であったりする。
聖書に貧しいやもめの話がある。やもめの女性がわずかなお金を献金するところを見ていたイエスは「あの人は誰よりも多く献金した。それが彼女の全財産だからだ」という。こういう考え方が根付いてるのかなと感じる。
結局はそういう善行の全てがセーラの人生を良い方向に変えていくことになる。
そんな完全無欠のようなセーラも時に隠れて大泣きし、八つ当たりしたりする所があり、実はほっとする。
長々と書いてしまったけど、まとめると“面白かった”のですw ただ大好きな『小公子』とはだいぶ違い、なんか深かったように思う。
薄い本だけど、読み応えがあった。それと、私はセーラにはなれそうもないという事を思ってたw
前述の通り、他にも小公女は持っているので訳に対する感想を書いておくと、とても読みやすいが、あまりお嬢様言葉などは出てこない。が、とても高潔なセーラでした。
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