フランシス・ホジソン・バーネットのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
小学生のころ毎週テレビで観ていた世界名作劇場の『秘密の花園』だと知らずに読んだ。
ムーア(湿原)の大自然、庭園が生命力豊かに描かれている。
メアリーがふわっと草木の香りをまとって家に帰る場面が特に魅力的に感じて、恵まれた自然環境を羨ましく思った。
やっぱり子どもは自然の中で太陽の光を浴びながら遊ぶのが一番!
生き物や植物との触れ合い、秘密基地、庭の修復作業、なんて自由で楽しそうなの。
どんどんメアリーとコリンが心身ともに健康になっていく様子を追うのは楽しかった。2人とも、元がひどくて不憫だったので。
探してみたら、YouTubeで世界名作劇場の『秘密の花園』がなんと1話からアップされていた。
内容全く覚えてなかったけど、「逆転タイフーン」の歌だけは未だに歌える、ってことは自慢しておきます。 -
ネタバレ 無料版購入済み
表紙で不安に思うかもしれませんが(ひと昔前の教材ぽいマンガ化みたいな?)、中の絵は現代でも見かける感じです。少し目が離れ気味には思いますが。主人公の中身が転生者設定だという以外は忠実に物語を追ってるように思いました。主に召使の身に落ちてからに焦点が当てられてる感じで、この1巻虐げられ方がかなり具体的で辛いです。小公女はね、魔法にかかったような屋根裏と幸せになっていくところが見たいんですよね、それは3巻になるよう。
-
Posted by ブクログ
19世紀イギリス。資産家の娘セーラは、インドで仕事を持つ父と離れ7歳で寄宿生となります。溺愛され贅沢な生活をしていた彼女ですが、驕らず優しく気高く、空想好きな少女。11歳の誕生日のその日、父親の死と破産の知らせが入り、彼女の生徒から使用人へと待遇が一変するのです。
文庫化されていて驚き。昔読んだ少年少女文学全集の翻訳と同じかは、全くわからないけど、覚えていたストーリーとほぼ同じ。記憶より寄宿舎の先生が意地悪だったけれど。
セーラは厳しい仕事理不尽な叱責に耐え、気高さを忘れない。そして、涙腺も強い。空想の世界に安らぎを求め健気に生きる。
うん。間違いなく永遠の名作。そして、再びセーラはプリンセスに戻れる事がわかっているので、安心して読めてしまうので、もう泣けない。 -
Posted by ブクログ
アメリカに生まれた少年・セドリックは、大好きな母や周囲の人々の細やかな愛情に包まれ幸せに暮らしていたが、名も知らぬ貴族の祖父の跡継ぎになるためイギリスへ渡ることとなった。祖父は意地悪で傲慢で、アメリカという国を嫌っていたが、セドリックの純真さに心動かされ、次第に変化していく。だがそこへ真の跡取りを名乗る者が現れて──。川端康成の名訳でよみがえる児童文学の傑作。
子供の頃に読んだ名作。小公女は結構序盤がお先真っ暗なイメージでしたが、こちらは比較的前向きに進んでいくので、穏やかな気持ちで読み進められました。セドリックが泰麒のキャラクターに影響を与えていたなんて!確かにそういう目線で見るととても似ている・・・!!そして何よりびっくりしたのが、翻訳が川端康成!?どうやらもう一人、実質翻訳した方がいたとあとがきで知ったけれど、それにしてもすごいな。自分で名作を書くだけでなく英語力もあったのか。硬い文章を書いている印象だったので、ここまで読みやすくて現代文学と変わらない言葉遣いや自然な言い回しに驚いた。彼がバーネットの作品を子供たちに紹介したいと思うくらい気に入ったんだなと思うと、何だか微笑ましく思える。 -
Posted by ブクログ
皆さん多分一度はよんでますよね。私も小学生の頃読んで、子ども達が小さい頃買ったのを再び読んで、今度は川端先生の訳で読み返しました。
気難しいおじいさまがセドリックの無邪気さややさしさにほだされて、やさしいおじいさんに変わっていく。最後は嫌っていたアメリカ人の嫁の良さも認めて一緒に暮らす…というストーリーの主軸は覚えていたのですが、偽者が出てきたのは記憶になかった。
たぶん子どもの頃は省略されてる本を読んだのかもしれないですね。そして、偽者事件を解決するのにセドリックのニューヨークのお友達が一役買っていたのも面白かった。あの二人のお友達、なかなか味がありますね。
解説を読むと、実際に翻訳したのは野上彰って人だったようですね。川端先生はおそらく…翻訳された日本語を編集したのかな?と思います。川端先生の名前のほうが本が売れるからでしょうね。その証拠に印税はすべて野上さんに渡していたようです。
翻訳で一つ引っかかったのは、使用人達がセドリックを「小公子さま」と呼び掛ける点。タイトルとしては定着しているので変える必要はないと思うけど、小公子ということばが日本語の文章の中に紛れているのが、何か不自然に思える。原文がどうなっているのかわからないけど、(Lordかな?)他に何かいい表現はないのかなと思う。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ本作は『小公子』や『小公女』とともに、
バーネットが書いた児童文学の代表作のひとつです。
物語の作りが、良い意味でオーソドックスといいますか、
物語のひな形として基本形といった感じなので、それはそれで参考になります。
主人公である少女メアリがインドから本国に帰還してやって来るまでの邸の過去、
それも10年前に大きな悲劇があり、
その悲劇ののちの10年の経過でできあがった世界がまず構築されていて、
そこに主人公のメアリが飛びこませられる。
メアリ自身が偏屈で痩せぎすで問題のある子ですが、
彼女は邸に落ちついてから、
使用人のマーサとの出会いやムーアと呼ばれる邸の周囲の植生からの生命力みなぎる風、
そして邸の周囲の庭で遊ぶようになり、少しずつ再生していく。
邸と花園によって再生していくメアリが、
逆に今度は邸と花園を再生させていきます。
気付いたことといえば、
小川洋子さんの『ことり』に出てくる鳥と話せるお兄さんのキャラクターは、
本作の重要キャラクターであるディコンからインスパイアされているのかもしれないこと。
ディコンは人と話すときは支離滅裂だけど駒鳥と駒鳥語で話をする、
という一文がありましたし、物語のなかで実際にそうでした。
そして『ことり』のお兄さんこそ、人間語がめちゃくちゃ。
共通しています。
本作後半で「魔法」だとか「大きな善きもの」と呼ばれる力。
なかなか名付けようがないけれど、
そのぶん人それぞれで自由に表現が可能なものです。
人のなかに備わってもいるし、人を含めたこの世界全体としてみてもその力はある。
なんとなく思い出すのはソルジェニーツィン『イワン・デニーソヴィチの一日』。
この小説の底に流れているものだって人間の内に根源的に備わっているパワーのことであり、
『秘密の花園』の「魔法」などとほとんど同じだと思います。
僕も以前、かなり拙い小説ながらこの力を「火種」と名付けてテーマとし、書いたことがある。
個人的な経験ではありますけれど、
ちょっと本が読めてくると「魔法」や「大きな善きもの」
と名付けられるようなものを読書をしていない「しらふ」の状態でも
うっすらと感じられるようになってきます。
そして一度「魔法」に気付けば、
その後はけっこうふつうに、
生活な思索のなかで「魔法」を察知できるようになっていく。
まあ、しつこく考えればかもしれないですが。
最後にですが、
本書冒頭で、コロナならぬコレラによって人がばたばたと死んでいくんです。
いやぁ、この時期に疫病モノかあと構えましたが、
序盤の一章のみでした。
コロナが流行ってきてから、
カミュの『ペスト』が売れているという話を読みました。
こういう、時事に重ねて深めるみたいなのって、
僕はあんまりしないんですけど、
どうなんでしょうね、逆に視野が狭くなったりはしないんでしょうか……。
と、それはさておいて。
こういう子どもの素直な部分、それは良いところも悪いところもですが、
それらに触れられて、さらに自然の豊かさも感じられる読書になるのが本作。
あくまでそれは書かれていることであり、「読書によって」の経験ですが、
こういった読書が実生活へよい影響を与えもします。
それは、読書体験を経た後であれば、そこで知った知識や感覚や視点によって
感性がより開いた状態になるでしょうし、
その状態でいろいろと、
より深く見たり聞いたり知ったりできるようになるだろうからです。
そうして得た経験が想像力を豊かにして、
また次の読書時により深い読書ができるような
フィードバックになっていく。
つまりは好循環です。
そうはいうものの、
そういうことを考えなくても、ふつうに楽しめればいいんですけどね。
この物語に浸れれば、ずいぶんゆったりとした気分になれるでしょう。
かたとき、日常の鎧を脱ぎ捨てて、
かろやかかつ自然に、物語の世界に踏み入ってみてほしいです。 -
購入済み
子供時に見たセーラのアニメを、最近youtubeで見て本を読みました。アニメに日本人に合うように色々と変えあり、セーラの辛いエピソードが多いのです。原作は辛さよりセーラのプリンセスの誇りであり、その為に相手を見下したり、哀れみをかける所は共感できませんでした。西洋の価値観と違うと感じました。アニメに有る辛い事も感謝の気持ちで相手に接するセーラが子供時に感動しました。それが無かった事が残念です。