板倉聖宣のレビュー一覧
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仮説実験授業の授業書
「戦闘の経過」や「戦争の原因」にはふれず‹戦争の事実›だけを取り上げた本
仮説実験授業とは、先生が一方的に教えるのではなく、生徒(読者)が問い(仮説)に対する答えを出し合い話し合いをしながら学んでいく。
常識や思い込みを排して、事実を元に答えを類推する。
この本ではないが、授業書シリーズのなかにあった「江戸時代、農民は米を食べていたか?」という問いは目から鱗だった。
日本は明治以降、十年毎に戦争をした。
日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、
満洲事変から始まる中国との15年戦争、
そして太平洋戦争。
太平洋戦争以後、80年戦争をしていないということがどれ程大きなことか、再び戦争ができる国へ向かっているように思える今、考えなくてはいけない。
戦場は不衛生な環境になりがちで、戦闘で死ぬ人よりも病気で死ぬ人の方が多かった。軍隊内で脚気が流行し、それが原因で死ぬ兵士がたくさんいた。
(脚気の原因は不明だったが、経験的に麦飯や麦入り飯にすると改善することは分かっていた。しかし、欧州で学んだ軍のエリート医師たちが迷信として反対した) -
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ネタバレタイトルに「ミニ授業書」とあるとおり,できれば,数人で,ここに書かれている問題に答えながら読み進めるといいと思います。
でも,一人でも読めます。そのときにも,「問題」では立ち止まり,自分で予想を立てながら読み進めてください。
虹の色が何色でもいいようですが,この著者が取り上げるからには,そこに科学論や認識論にとって,のっぴきならない理由があるからです。
司馬江漢や西川如見の貴重な虹の画像も紹介されています。
以後,このレビューはネタバレとなるので,本書を読もうと思う人は,以下を読まないようにしてください。
著者板倉氏の言葉を引用します。
○人びとによる科学上の意見の対立があることを知ったとき,〈どちらが正しいか〉と考えても見ずに,その対立をすぐさま〈その国の文化の伝統や言葉の違い〉のせいにすることは,とんでもない間違いです。(本書,46ぺ)
○日本の指導的な科学者4人は,自分の目よりも教科書に書いてあることを信じて暗記して間違えたというよりほかありません。…中略…このことは日本の科学と教育の深刻な欠陥をしめしています。(本書,47ぺ)
○〈虹は七色か六色か〉などという話題は,それだけを取り出せば,どうでもいいことです。しかし,これが科学論,認識論の間違いに由来するとすれば,無視できません。そこで,これまでの研究成果をこのような冊子にまとめなおすことにした次第です。(本書「あとがき」54ぺ) -
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「衝突」というのは、力学でも、とてもとても難しい問題だ。ガリレオも、ニュートンさえも、悩んだ問題。
運動量保存の法則に加えて、「瞬間」を理解しなければならないからだ。
インパクトといえば、イメージがつくかな?
3/1000秒ほどの刹那を体感するには、かなりの練習が必要になる。ぼくは、高校生の頃に、流体力学も面白かったから、球技や陸上競技は、ほとんど計算していた。体育会系ではないけれど、とてもとてもおもしろかった。
ビリヤード、ボウリング、アメリカンクラッカー、バッティング、だるま落とし、衝突は、楽しい!! 理論上、るろうに剣心に出てくる悠久山安慈和尚の二重の極みは、可能なのだ。
科学を極めれば、超能力に見える現象はまだまだあって、空気中の静電気を使えば、自然の発火現象や空気中から電流を生み出すことは可能だし、コンピューターに頼らずとも、理論を知ることで、可能性はまだまだ広がる。ただ、科学は、、扱い方によって、悪魔にもなるから、、科学を伝えていくよりも、信仰を持ちなさいって言う方が、ぼくは好きだ。 -
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今年は板倉さん、加古さんという、子ども向けに本格的かつ刺激的で、面白い科学の本を書いてきたお二人が亡くなって、非常に寂しく、初学者向け科学の本の将来が少し不安にもなった。
それぞれの分野の専門家は、面白い書き手がたくさん出てきて愉しみなのだが、板倉さんや加古さんのような科学全般に目配りできて、かつ書く力のある人は殆どいない。左巻さんとか?竹内薫は物理学系は強いけど他はそうでもないし。
この本は初版が1977年だから、出版されてもう40年以上経っている。だから、絵柄は古いし(といっても仮説社っていつもこういう絵なのよね~。絵だけでも描きなおしてくれたらと思う)、簡単にできる実験にマッチ箱が使われていて、昔はマッチ箱やフィルムケースは簡単な実験や観察によく使われたものだけど、今となってはなかなか手に入らない。特に昔飲食店で配っていたような薄いマッチ箱は。
そういう時代の変化はあっても、この本はやはり刺激的で示唆に富んだ本だと思う。何より読んで面白い。
実験の前に仮説を立てる。(そしてどんな仮説も、否定しないところが先生として素晴らしい。)結果が出たら「なぜか」を考える。この大切さを忘れてはいけないし、これがあるからこそ科学が面白いのだ。
「科学」という言葉がどうしてできたかとか、コックリさんは「狐狗狸さん」だとか、エピソードも楽しいが、虫眼鏡、塩水の実験などは、今でも家庭や学校で簡単にできるし、深く考えさせられる。
個人的に一番感慨深かったのは、STAP細胞騒ぎみたいなものは、実は昔から度々あったという記述。(もちろんこの本はSTAP細胞騒ぎよりずっと前に書かれている。)
1924年には当時日本の物理学界の最高権威だった長岡半太郎が、水銀を金に変換することに成功したと発表。(何年と書かれていないが1896年以降)のちに京大教授となった村岡範為馳が蛍の出す光からX線類似の放射線が出ていると発表。
P215
科学の世界では、あとが続かないと、その報告者がいくら学会の権威でも、その発見の真実性が否定されるようになっている。「あのときはたしかにうまくいったんだ」と強弁してもダメである。人びとの十分納得のいくような形で繰り返し証明されなければ、それは本当のこととされないのだ。
P216
なぜ、客観性を誇りとする科学者までが、そういうたくさんのまちがった大発見をするのか。それは、たいていの場合、功をあせりすぎるからである。
長岡の発表はドイツでの水銀還金実験の成功の発表後、村岡の発表もX線発見直後。そういえばSTAP細胞もiPS細胞のノーベル賞受賞のすぐあとだったなあ。
P217
科学者たちも大発見の功をあせりすぎると超能力者同様になるのである。
板倉さんはSTAP細胞騒ぎの時「ああ、またか」と思ったでしょうね、きっと。世間(マスコミ、一般人)はかなりの間本当はSTAP細胞はあるんじゃないかと言っていたけど、冷静な科学者は当時から否定的だった。
人間って同じことを繰り返すんだなあ。「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」ってホントだなあ、と。
STAP細胞ほどでなくても、超能力や占いや「○○を食べれば健康」とかすぐ信じてしまう人も是非この本を読んで、「科学的」に考える訓練をするといいと思う。
たびたび読み返したい、いい本だった。 -
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いたずら博士の本。著者の板倉聖宣はきっとファラデーのファンのはずだ。冒頭では「ファラデーの論文をすべて参照したが、数式はほとんど使われていなかった」として、ファラデーが数学に疎かったことを説明していたり、友人・同僚などに宛てたファラデーの書簡をたくさん紹介している。「いたずら博士」の異名はダテじゃない。
科学者の伝記であれば、学問的業績の内容に迫るのは当然ではあるが、同書もその例に漏れず、ファラデーが実際に行った実験をいくつか紹介している。そのうち磁石を使ったものでいくつか手軽なものもあり、これらは特別な準備なしに自分で行うことができるはずである。同書は解説の合間に四人の子供とはかせの併せて五人が試行錯誤する様子が描かれており、そうしたやり取りを含めて「わたしもファラデー」としている。しかし、やれそうな実験は自分で実際にやってみて結果を確認してみてほしい。そうしてこそはじめて「わたしもファラデー」というタイトルが生きてくるはずである。 -
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ジャガイモには花が咲いて小さいトマトのような実がなることがあります。
実の中には種ができます。
種芋から植えたジャガイモは種芋と同じ性質ですが、
種を蒔いて育てたものには、特性に差異があり、
その中で、病気に強いもの、大きい芋になるもの、などなど
栽培する人間にとって都合のよい芋を種芋として残し、
翌年に植えて育てて増やします。
大きなイモを付ける性質になると、地上部分がおろそかになって、
花を咲かせても花粉が少なかったり、ほとんど実をつけなかったりします。
元々、アンデスの高山植物で毒性のあるジャガイモは、
インカの人々が長い年月をかけて品種改良してきたものです。
現地では何千種類もあるそうです。
日本でも、愛媛県の祖谷ではゴウシュイモとして大事にされています。
寒冷地でも育つので、ドイツやロシアで栽培されています。
シベリアに抑留された叔父が、ジャガイモを植えさせられたと言ってました。ロシアは、品種改良のためにアンデスへ原種の調査採集に行ったようです。 -
「子」のつく名前の誕生
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