大西康之のレビュー一覧
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90年代後半から現在に至る東芝の内部崩壊を描いたノンフィクション。そこに至るには様々な経緯や偶然の重なりがあるわけだが、シャープの内幕を描いた本などと通底するのは社長を頂点とする大組織内出世と実績作りの虚構さの凄まじさである。よく言われる大企業の"内向き姿勢"がこれほどまでに強烈に作用している事例はないように思うが、シャープもほぼほぼ同じ展開なので、どの大組織にも通じることなのかもしれない。
またもう一つの観点は、外国企業のM&Aの難しさである。この本では東芝によるウエスチングハウスのM&Aの内幕が生々しく描かれているが、これもまた大企業あるあるである。基本的には内部的な出世や社長の実績作りの為にこれらの無謀な賭けに、しかも集団的に出てしまうようであるが、株主も短期的利益を追求した結果としての事態であれば、株式会社という構造自体の問題にもあるような気もしないでもない。
ちょっと時間がないので、またヒマな時に詳細を書き足します。 -
Posted by ブクログ
"日本の電機産業が歩んできた道をメーカー別に振り返り、好調とは言えない各社の現状を分析した本。本書を読んでいると、あたかも当事者から聞いたようなコメントがいくつかちりばめられているが、著者は取材で得た情報なのだろうか?あとがきには、取材によるもだと記載がある。
本書をそのまま受け入れれば、もはや技術大国という名は返上しなくてはならないかもしれない。アジアのコンペチターの方が、技術力でも販売力でも上を歩いている。
しかし、こうした現状で敗北が決まったわけではない。優秀な人材があまたある我が国のエンジニアの知恵を結集すれば、活路は見いだせないはずはない。
だが、世界でビジネスを戦うには、すべての企業が帯に短したすきに長しかもしれない。得意な分野でライフスタイルを一新するようなイノベーションを起こし世界中の人が喜ぶサービスを生み出す企業はどの企業になるか期待したい。
とはいえ、本書を読む限りはここまで楽観できないのは事実。この産業に長くいるが、当事者として、身に染みる話ばかりが語られているように感じるのは、過去しか語られていないから。今、各メーカーが何に注力し、どんなことをしようとしているかはこれからの物語。さぁ、動きだそう、電機産業。" -
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・第三者割当増資は文字通り増資を引き受けた第三者が経営に対して大きな発言権を持つことになる。公募増資ができないところまで市場からの信用を棄損した段階で第三者割当増資に至るのが通常のパターンである
・「京セラがすごいのは徹底する力です。普通の会社はどんなにルールを作っても、どこかで「それくらい、いいじゃないか」という例外を作ってしまう。例外を1つ作ると、ルールはあっという間に形骸化していくんですよね。しかも組織の上に行くほど、例外が増える。下に厳しく言っても、上はなあなあなわけです」
・人減らしというのは”麻薬”だ。まとまった人数を減らすと固定費が軽くなって、一時的に業績が回復したように見える。でも付加価値を生む人材を切り捨てて、会社が強くなるはずがない
・目の前の仕事に没入し、無益な縄張り争いを始める社員の目線を未来に向け、大きな目標に向かって価値観を共有させるのが、経営者の仕事である
・設計・開発から製造まですべて自前でやる日本の垂直統合モデルは、米欧のファブレス企業と台湾のファウンドリ(受託製造会社)からなる水平分業モデルに負けた
・「成熟した製造業と違って、チェーンストアはこれから発展するビジネスで、新しい考え方がどんどん出てきています。学ぶ姿勢を失わないでください」
・顧客との距離が遠いというのは、環境への適応力が落ちていることを意味する。適応力が落ちた電気大手が恐竜だとすれば、小回りの利く西松屋はさしずめ哺乳類ということになる -
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刺激的なタイトルの通り、
内容もなかなか刺激的。
日経新聞で長く取材を続けて来た筆者からみた日本型総合電機の衰退の歴史が綴られている。
東芝、シャープ、NEC、ソニー、パナソニック、日立、三菱電機、富士通
どの会社にも至極手厳しい論調で、
評価されてるのは唯一三菱電機だけ。
筆者の指摘はよく言われていることで、
バブル崩壊や、アジアメーカーの台頭、東電、NTTとのファミリービジネスの崩壊などの事業環境の変化に対し、適切な事業のリストラクチャリングが出来なかったこと。
どの会社も技術へのこだわりや社内政治にしがみついてしまい、気がついた時には後の祭りになっているというパターン。
さすがに各社ともに遅蒔きながら状況は認識していると思うのでここからどう巻き返すかだけど、残念ながらこの本にはそんな話は殆ど書いていない。逆に会社は潰れても技術者は残る。それで良いではないか!という、当たり前だけど身も蓋もない話で締めくくる。
これには筆者の諦めの気持ちが透けて見えて悲しくなった。 -
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日本の電機メーカーの多くは、電電公社から仕事をもらっていた電電ファミリーと、電力会社から仕事をもらっていた電力ファミリーに属する。通信、電力が自由化され、そのような下請け的な仕事が減ってきたところに、グローバル競争、新興国の台頭の大きな波を受け、起業として凋落していった。本書では、大きな時代の変化に対応できなかった経営者たちの姿を、太平洋戦争での敗戦の原因となった指導者たちの姿と照らし合わせながら描いたという。
過去の成功モデルから離れられず、市場の変化に対応するより、社内の抗争に力を注ぐ姿は確かに多くの日本企業にみられたものだとは思うが、はたして日本だけに特有なものだろうか?IBMなど欧米の大企業でも同様なことは起きた。だが、ノキア、フィリップスなど、柔軟に迅速にビジネスを変え、復活した企業も多い。日本でも、JT、富士フィルムなど成功例も多い。電機メーカーの苦境は、過去のファミリーの中でのビジネスの甘さから抜け出せていないことが根本原因なのだろう。しかし、本当に発想を変えることができ、経営が変われば、まだチャンスはあるはずと信じたい。 -
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2010年2月誰もが尻込みした破綻したJALの会長を引き受けた稲盛さん。そして脅威とも言えるスピードで再生を果たした。本書はその過程を描いたものである。
稲盛さんのすごみは伝わるけれども、JAL再生にはもっといろいろなことがあったはずなので、もう少し多数の人に踏み込んで取材をして書かれていればという印象を持った。あくまで印象だけれども。
稲盛さんは、JALを立て直すことで、あのJALでもできたのだから俺たちにも、と日本中の企業が奮い立ってくれると思ったという。だから引き受けたと。フィロソフィとアメーバ経営をやれば日本の企業は立ち直ると。
残念ながら経営の建て直しはできたが、その結果は期待したものではなかったと。世間はJALはずるいと言い始めたという。公的資金は3000億円上乗せして返済したし、運航を続けるために借りたお金も7%の金利をつけて返した。それなのに税金を使って再生したと言われる。
再生に向けてJALがやったことは、当たり前のことを当たり前にやっただけのことだという。利益が出ている会社なら中小企業でもやっているようなこと。それを凄まじい精度と深度で驚くべきスピードでやったということ。「うそをつくな」「正直であれ」「欲張るな」「人に迷惑をかけるな」「人には親切にせよ」そういうことだという。そして、数字をきちんと追いかけること。
JALの再生のストーリーはもっと知られて、日本の再生事例としてその経験のハンズオンの裾野を広げるべきなんだろうな。 -
Posted by ブクログ
JALを再生することが、日本の企業を再生させる。
そんな信念のもとに JAL再生に取り組んだ 稲盛和夫。
年長けて またこゆべしと思ひきや 命なりけり 小夜の中山
新古今集 西行
『計画は一流、言い訳は超一流』のJALなのだ。
『全従業員の物心両面の幸福を追求する』
と堂々と言う 稲盛和夫。
資金注入とリストラだけでは 再建できない。
漢方薬的な治療。
フィロソフィとアメーバの両輪。
それまでは、安全を理由にコスト感覚がなかった。
私心がないゆえに 育てることができる。
辛抱強い バカがいい。
とにかく、再建した 稲盛和夫の手腕は すばらしい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ[読んだ理由]==================
今の勤務先も消えそうな感じなので、先行事例の予習として。
[読んだ後の感想]==============
奔放な歴代の経営者のもとに、なぜ多くの個性的でパワフルな社員が集まっていたのか。
それは給与や会社の安定性ではなく、仕事の自由度と、会社と経営者に対する愛着なのか、と思った。
仕事の自由度はともかく、愛着はなかなか意図して高めることは難しそうだし、
三洋という存在は、色々と偶然の産物だったのかなぁ、という気もする。
[内容纏め]====================
[メモ]========================
■はじめに
■第一章:再会
「所有と経営の分離」の問題。欧米では株主が企業を所有し、株主から付託されたプロの経営者が経営をする。しかし起業家が資本家になりにくい日本では、起業家とその末裔である創業家が資産と権力を守るために、いつまでも経営者でいようとする。
一大で大きなビジネスを立ち上げた初代と、二代目、三代目の力量に差があるのはしかたがないことだが、それでも無理やり、創業家を社長に据えると、多くの場合は悲劇的な結末を迎える。脇の甘い二代目、三代目は、銀行から見ればカッコウの『お客さん』である。会社の株を担保にとった上で、あの手この手で融資を増やし、失敗したら株を取り上げ、会社から追い出せば良い。
三洋電機を追われ、何もかも失った敏は、ホリエモンと同じように『小さなイチ』を自分に足そうとしているのだ・二兆円企業の三洋電機を、世界10万人の社員を思うがままに操ってきた創業家社長にとって、腰掛けタップダンスや玉ねぎはあまりに小さな『イチ』である。だが、それを積み上げることが今の彼にとっては大切なことなのだ。
■第二章:決断
経産省の基本的な考え方は「チャンピオン+1」である。独力で世界と戦える日本のチャンピオン企業を1つ残し、その他の企業を1社に集約する。集約した会社は弱者連合だから、政府系ファンドに依る出資や政策投資銀行の融資で国が側面支援するのだ。
半導体のチャンピオン企業はNAND型フラッシュメモリで韓国サムスン電子と互角に渡り合う東芝だ。残りのNEC、日立、三菱電機は「エルピーダメモリ」と「ルネサスエレクトロニクス」に集約された。液晶パネルのチャンピオンはシャープであり、ソニー、東芝、日立の小型液晶事業は『ジャパン・ディスプレ』に集約された。個々にも産業革新機構が出資している。
中村は『破壊と創造』の旗を掲げ、肥大化し、グローバル化についていけなくなっていた松下電器を生まれ変わらせようとした。
もし三洋電機と松下電工を取り込んでいなかったら、現社長の津賀一宏が掲げる『車載事業』と『住宅関連議場』の二本柱は成り立たなかった。
能間のようにトップレベルの技術者には、彼らにしか見えないビジョンがある。底に向かって突き進むのがトップ技術者の本能である。その本能が満たされていれば、報酬のたかにかかわらず彼らは充足感を得ることができる。反面、そこにストレスを感じた時、彼らはやりたいことが出来る環境を求めて転職することがある。
能間が三洋電機で手がけていた車載電池は角型で、パナソニックは円筒形だ。
能間は角型で行きたかっただろう。しかし経営陣が『円筒形でいけ』といえば、総力を上げて円筒形に突っ込むのがパナソニックという会社である。パナソニックがテスラに対する円筒形リチウムイオン電池の大量供給を決めた阿智民具で能間が会社を辞めたのは偶然ではない可能性がある。
東南アジアなど海外にも歳男のファンは多い。ベトナムやタイでサンヨーブランドが強いのも、としおが尊敬されているからです。
■第三章:抵抗
「SONY cannnot save the earth, But we can(ソニーに地球は救えない。でも三洋電機にはできる)」
京セラ・三洋電機の資本提携は霧消したが、その後の三洋電機の姿を見て、稲盛はあの時、もう一歩踏み込まなかったことを悔いたのかもしれない。2007年末、三洋電機から『携帯電話事業を買ってくれないか』と打診が有った時、京セラの執行部は逡巡したが、稲盛は『すぐに買え』と命じて三洋電機を助けた。稲盛は敏との約束を、遅ればせながら果たそうとしたのではないだろうか。
■第四章:一歩
「一般的に、日本の人は何故会社を変わりたがらないのですか」
「組織に対する忠誠心のようなものがあるのだと思います」
「中国人より日本人の方が、余程共産主義的ですね」
「私は自分の妻が喜ぶものを作りたい。夜遅く家に帰って、自分が設計したエアコンを付けて涼しそうに寝ている子どもの姿を見るとうれしくなる。ソーラーはやっぱり身近ではないんですね。」
「ハイアールの中で厳しい競争が有りますから。私が技術指導で中国に行くと、呼ばれてない人たちまで集まってきます。皆必至です。ハイアールの経営陣が我々に求めているのは、ひと目で違いの分かる画期的な技術でしょう。「できません」と言ったら、また捨てられる。技術者は絶対にとまっちゃいけない。洗濯機で言えば、シャツの襟汚れをカンペキに落として切る前の状態に戻す。それが理想です。我々は三洋電機の文化を持って、ハイアールに来ました。負けるわけには行きません』
「自分で言うのもなんですが、三洋電機というのは代物の中で決して強いブランドではなかった。いつもパナさんや日立産よりは下に見られ、お客さんには『何だ三洋か』と言われていました。ところが、アクアに変わった途端『元三洋なら安心』でしょ。これってなんなんでしょうね』
■第五章:覚醒
docomoに従った日本メーカーは、docomoの海外戦略が失敗したため、海外でほぼ全滅となり、生き残ったのはdocomoに相手にされなかった三洋電機、京セラ、ソニーだった。
三洋電機の部門別採算は、開発にかかる材料費や人件費の『値段』を自分ではない他の誰かが決めていた。アメーバがないので、売上から経費を引いて黒字が出たのか赤字になったのかという結果もよくわからなかった。つまり部門別採算性という形はあっても、それをやりぬく意思と、結果に対する責任感がなかった。
■第六章:意地
「よく業界で、三洋電機は『一発屋』と言われるんです。後が続かんと。そのとおりなんやけど、ウチは常にお客さんの不満に耳を傾ける。個々が不便や、こんなもんがあったらエエのに、そういう声を丹念に拾い集めて、製品として形にするんです。これはおもろい仕事でっせ。ウチより大きい会社は立派ながい術があって、立派な組織が有るけど、お客さんを見てませんわ。ごっつい広告費を掛けて強引にヒット商品をつくるんですな。でも中で働く人間は歯車になっとる。あれでほんとに楽しいのかな、と思いますね」
■第七章:陥
■第八章:贖罪
松下電器から独立した歳男も、最初は全部、自分でやっていたはずだ。仕事が増え、組織ができて、役割分担が始まる。それは企業が成長していく家庭でやむを得ないことなのだが、大きなパイが無数のピースに細分化され、小さなピースに閉じ込められた人たちは自分の仕事の本来の意味すら見失っていく。目の前の仕事に没入し、無益な縄張り争いを始める社員の目線を未来に向け、大きな目標に向かって価値観を共有させるのが、経営者の仕事である。『シンク・ガイア」の傍を掲げたの中は、その仕事をしていた、と亀井は考える。
■第九章:自由
電池は今、韓国勢が垂直統合で世界市場をせっけんしている。日本企業が垂直と魚号で巻き返すのは難しいかもしれない。だから雨堤は水平分業でやり返そうと考えている。それが、雨堤がパナソニックを辞めた本当の理由だ。
■第十章:転生
「日本の電機産業の最強時代を課長、部長として支えた人たちですから」
■エピローグ