中村計のレビュー一覧

  • 笑い神 M-1、その純情と狂気

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    M-1を取り巻くさまざまな漫才師について書かれたドキュメンタリー。笑い飯がなぜすごいのか、どうすごいのか。いろいろなコンビがどのような気持ちでM-1に立ち向かってその結果どうなったのか。漫才の見方、お笑いの楽しみ方が変わる作品

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    2023年06月17日
  • 金足農業、燃ゆ

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    世間から20週遅れで金農フィーバーが起きておる
    こんなマンガみたいな人生を歩んでみたかった
    吉田輝星くんがイケメンなとこもマンガ
    3年生9人で戦い続けたとこもマンガ
    決勝で大阪桐蔭にボコボコにされるとこもマンガ
    甲子園第100回大会だったとこもマンガ
    今は投球制限とか厳しくなってるし、これ以上の甲子園はもうないだろうな〜

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    2023年06月10日
  • 言い訳 関東芸人はなぜM-1で勝てないのか

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    漫才を見るのがより楽しみになった。特にオードリー好きなので、オードリーの解説にはなるほど!って思った。

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    2023年04月03日
  • 笑い神 M-1、その純情と狂気

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    2015復活前の”M-1”の演者達のヒリヒリする空気感、演者以外の者たちの交錯する思惑などが当事者達の言葉からあぶり出されていて、生々しかったです。
    とにかく当時のM-1をもう一度見返したくなる、それだけ読んでいて熱くなる一冊!
    笑い飯と千鳥の関係やbaseよしもとでの人間関係が中心に描かれているけれど、個人的にはスリムクラブのエピソードが面白くて好きです。

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    2023年03月04日
  • 笑い神 M-1、その純情と狂気

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    なかなか面白かった。
    若い時はみんな尖る。
    しかし笑い飯のコンビ感を垣間見れたのはなかなか興味深かった。

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    2023年02月02日
  • 笑い神 M-1、その純情と狂気

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    ネタバレ

    【笑い飯】
     漫才のネタは、言葉に力を持たせるためにも実体験に即していた方がいい。そのため哲夫は設定を考えるとき、いつも自分の内面を探った。
    「割と早い段階で総ざらいをやってみたんです。そんで、小学一年生の時の記憶から出てきたんが『鳥人』やったんです」
     哲夫は奈良県桜井市で生まれ育った。桜井市は日本最古級の神社・大神神社や、日本最古の街道・山の辺の道があることで知られ、邪馬台国があったとされる有力地でもある。哲夫の実家は昔ながらの古い家で、哲夫は高校に入るまで「米は家で作るもの、風呂は薪で焚くもの」だと思い続けていたという。
     小学校一年生のとき、哲夫が学校から帰ると、まな板の上に大きな包丁が出ていたことがあった。その日の晩飯のおかずは唐揚げだった。ぷりぷりとしていて、実においしかった。哲夫がその感想を伝えると、祖父の口から事実が明かされた。その唐揚げは、飼っていたニワトリを捌いたものだったのだ。そこで初めて包丁とニワトリがつながった。
    「じいちゃんが『おばあちゃん、腰悪くて面倒みれんから、殺したんや』と。そのときの思い出が強烈で。あんとき、ニワトリのお化けが出てくるんちゃうかなと思ったんです」

    【千鳥】
    「最初の一ヶ月くらいは、三人がふざけているのを外から見ていただけ。でも、電車に乗ってるときだったかな、哲夫さんに『どなたさんですか?』と聞かれて。夕方五時ごろだったと思うんすけど、そっから夜中まで、ずっと同じボケを繰り返されたんですよ」
     ノブは最初、必死でおもしろいことを言おうとしていた。声音や抑揚も変えてみた。だが、やればやるほど空回りし、どう返しても哲夫は何も聞こえなかったかのように表情一つ変えない。大悟の家へ行ってからも状況は変わらなかった。
     深夜三時ごろだった。何十回目かの「どなたさんですか?」にノブがついにブチ切れた。目を剥いて、吠えた。
    「ノブじゃ!」
     すると哲夫が腹を抱えて笑った。西田も、大悟も、笑い転げていた。
    「それでええねん。それがツッコミや」
     哲夫はそう言って、なおも笑っていた。
     ノブが漫才師になった瞬間だった。
    「テクニックや小手先で言ってるときはひとつも笑ってくれなかった二人が、やっと笑ってくれたんです。いてこまされて、いてこまされて、怒ると笑いが起きる。笑いの教科書に一ページ目を教えてもらったような気がしましたね」

    【かもめんたる】
     漫才日本一を決めるイベントがM-1なら、コント日本一を決めるイベントは『キングオブコント』(TBS制作)である。そのキングオブコントの第六回大会王者のかもめんたるの岩崎う大が、漫才が不得手だと感じていた理由を、こう語っていたことがある。
    「漫才って、素の自分でしゃべらなければならないという固定観念があったんです。その感覚がわからなかった。コントで自己紹介するなんてこと、まずないですよね。でも、漫才は『かもめんたるです』って自己紹介している以上、しゃべっているのは『岩崎う大』のはずなんですよ。でも、実際は違うじゃないですか。漫才も芝居は芝居ですから。何度やっても初めて聞いたかのように驚いたり、怒ったりしなければいけない。それを自然にやろうと思えば思うほど、空回りするというか、白々しくなっちゃう自分がいて」
     岩崎う大は東京で生まれ育ちながら、高校時代はオーストラリアで過ごし、帰国後、早稲田大学政経学部を卒業したという、芸人としては異色の経歴の持ち主である。
     彼の感覚は、漫才とは程遠い時代に育ったものにしかわからないかもしれない。一九七〇年代生まれで、関東育ちの私にはよくわかる。
     小さい頃、ある漫才コンビが前にやっていたのと同じネタを、さも初めてやるかのような調子でしゃべっているのを見たときのショックたるやなかった。あれは演技だったのか、と。私も漫才とは「素」の状態で、その場で思いついたことをただ話しているものだとばかり思っていた。つまり、毎回、違う話をしているのだと思っていたのだ。
     だから、岩崎う大の迷いがなんとなくだが理解できる。強いて言えば、芝居と素の間にあるのが漫才なのだが、物事はいつだって「間」がいちばん難しい。どのあたりにポジションを定めるのか。そのセンスが問われる。
     岩崎は二〇二一年、十二年ぶりにM-1にエントリーしたとき、その難題をこう消化したのだという。
    「要するに、素の自分に近い人間を演じればいいんだ、と。舞台に上がるとき、まず、そのスイッチを入れて、あとは別人のままずっと話している感じです。そこがはっきりしたことで漫才も演じることの延長に置くことができた」

    【笑い飯】
     漫才の実力者たちのネタを聴いていて、いつも感嘆するのは、何十回、あるいは何百回とかけているネタでも、鮮度を維持しているところだ。本当に初めて聞いたようなリアクションを自然にできる。いつ見ても表情が、言葉が、生き生きとしているのだ。
     それに対して、M-1で早々に消えていくコンビは、やはり台詞の向こうに「台本」が見える。台本通りにしゃべっているだけで、表情やセリフに生気がない。
     哲夫も、やはり根っからの漫才師だった。
    「漫才んときは、普通にしゃべってる感じでやっています。ただ、覚えてるもんをしゃべるという意味では、ある程度、演技なんですけど。ただ、僕は芝居ができないんですよ。ドラマに一回、出させてもうたことがあるんですけど、十回ぐらいNGを出した。『めっちゃ、わざとらしい』って言われて。漫才の中の芝居は自然にできるんですけどね」

    【ソラシド】
    笑い飯は、なぜ、あのようなネタをつくれるのか。当時、多くの芸人たちは不思議がり、同時に羨望した。
     二〇〇一年に結成し、現在、山形県で活動するソラシドのボケ役、本坊元児も同じ疑問にぶつかった。
    「僕が初めて見た笑い飯のネタは、ロープウェイだったんです」
     ロープウェイのことで頭がいっぱいのおじさんが登場する突拍子もないネタだった。
    「そんとき、僕ら、漫才やってて楽しくなかったんですよ。一言一句、間違えんように言わないかんみたいな。けど、笑い飯を見て、こんな楽しそうに漫才やってええんやって。しかも、ロープウェイって何やねんという。おっさんがロープウェイって言いいたいだけやん、って」
     本坊はそれまでNSC時代に出会った、ある講師の助言を拠り所にしていた。
    「ちょっと奇抜なネタをしたコンビがいて、その時、先生が『おまえら、コンビニのネタはつくったんか?』って。『デートのネタは?』『誕生日のネタは?』『修学旅行のネタは?』と。生徒が『つくってないです』って答えたら、『全部つくってから、そういう(奇抜な)のをやりなさい』と。確かにそうやな、って思った。でも、それら全部を塗りつぶしても笑い飯の漫才にはたどり着けない気がして」
     笑い飯は別段、奇をてらっているようには見えなかった。本坊はこう結論づけた。
    「本当にロープウェイが気になったんでしょうね。笑い飯のネタって、嘘がない。だから力があるんですよ」

    【ブラックマヨネーズ】
     一般的に、漫才は素をさらけ出す芸で、コントは役に入る芸だと言われる。約八千本ものコントネタを持つジャルジャルの福徳秀介は、二つのジャンルの違いをこう話していたことがある。
    「コントは、スベっても役に逃げられるんですよ。キャラクターがスベっただけだと。でも漫才でスベると落ち込む。福徳秀介がスベったことになるので」
     吉田はそのとき、自分達の存在が否定されるかもしれない恐怖と戦っていた。
     ネタは「最初のデート」がテーマだった。神経質な吉田は、どうでもいいことにいちいち迷う。人がいい小杉はそれに付き合い、細かなアドバイスを送る。しかし、それでもなお重箱の隅をほじくるように不安を指摘する吉田に、今度は小杉の方が精神を乱し、ついには吉田以上におかしなことを言い始める。もはやツッコミもボケもいなかった。不器用で、滑稽で、ゆえに愛らし男が二人いるだけだった。
     そこにはつくられた笑いではなく、人間がひたむきに生きることでしか生まれないユーモアがにじみ出ていた。
     この一本こそ、のちに「究極の漫才」とまで言われた『ボウリング』と呼ばれるネタだった。

    【ユウキロック】
     ユウキロックは二人の漫才に打ちのめされた理由をこう語る。
    「あれって、二人ともボケたないんですよ。考え方が違うから、そのズレで笑いが生まれてるだけ。漫才って、本来、それでいいんです。なのにボケはボケを言わなと思うから、わざとらしく間違ったりする。俺もそうだった。どこかに違和感を覚えながらも、簡単に笑いが取れるからついそっちに手を出してしまった」

    【タイムマシーン3号】
    「尖ったネタをできる人たちって、ウケを狙いにいけばできるのに、あえて、それをやってないんだと思っていたんです。でも、そういう人もいるけど、そうじゃない人たちもいて。そういう人に本気で『どうやったらあんなにウケるの?』みたいに言われて。あ、バカにされてるわけじゃないんだと。そこから、突き抜けた客ウケというのは、やっぱり自分たちの武器なんだなって思う得るようになりましたね」

    【変ホ長調】
     舞台へ立つことの楽しさを知った彼方は、次はM-1だと思い、軽い気持ちで小田に声をかける。R-1で自信を得た小田は二つ返事で応じた。変ホ長調の誕生である。
     京都と東京という距離があったため、ネタは数えきれないほどメールをやりとりしながら練り上げた。ただし、実際にネタ合わせをしたのは一回戦の前日である。人前でやるのは、本番の舞台が初めてだった。最初の年、それだけで準決勝まで勝ち進んだ。
    二人はゆっくり出てきて、ゆっくりしゃべる。漫才中は、ほとんど表情を変えず、セリフは棒読み、話す内容は日頃、本当に思っていることだけにした。
     滑舌が悪い彼方の言うことがはっきり聞き取れるよう、普段よりゆっくりしゃべっていることと、殊更暗い雰囲気を醸し出していることを除けば、舞台上の二人は、普段、世間話をしている小田と彼方、そのままだ。彼方は言う。
    「最初はもうちょっと漫才っぽくしゃべった方がいいのかなと思ったんですけど、録音して聞いたら、変に作るより、普通にしゃべった方がおもろいな、ってことになって」
    ーー「何でやねん!」みたいなツッコミ、やりたくなりませんでしたか。
    「おもしろくないでしょ」と彼方は一刀両断した。その感覚こそ、彼女たちの才能だった。
     M-1予選中、毎年のようにアナウンサーコンビやアイドルグループが参戦しているのを見かける。彼らや彼女たちは場慣れしているし、しゃべりもうまい。だが、大抵の場合、胸に響かなかった。なぜなら「漫才師」を演じてしまうからだ。漫才だからと、普段、使ったこともないのに、つい「何でやねん」と言ってしまう。借り物の言葉では、人の心を揺さぶることはできない。
     若い頃からお笑いが大好きだった二人は、これまでその趣味に膨大なお金と時間をつぎ込んできた。そんな彼女たちだからこそ、そのことに勘付くことができた。

    【NON STYLE】
     M-1で石田は初めて泣いた。
     二〇〇七年、四度目の準決勝敗退を喫したNON STYLEは、四度目の敗者復活戦を経験した。敗者復活戦を勝ち抜いたのは当時、まったく無名だったサンドウィッチマンだった。石田が回想する。
    「東京の芸人たちが『サンドウィッチマンがんばってこい!』とか言って盛り上がってたんですよ。こいつら何してんねんって、無性に腹が立って。そんなことを思ってしまう自分が情けなくて涙が出てきた。でも、そこまで本気で悔しがれるということは、やっと決勝の舞台に立ってもおかしくないところまで来れたのかな、と思って」

    【パンクブーブー】
     ネタ作りを担当する佐藤は「変わったことをやった方がいいのかな」と迷いかけたこともある。だが、遭難する前に来た道を引き返した。そして、これまで歩いて来た道を突き進む覚悟を固めた。
    「この世界の人の九十九%ぐらいは才能なんてないんです。僕もそう。笑い飯みたいに感覚でできるわけじゃない。じゃあ、どうするか。しっかりとした理論に基づいて作るしかない。クオリティをとことん上げるしかないんです。ただ、M-1では、特徴がないぶん、めっちゃウケるくらいじゃダメ。いちばんウケないと。突破口は結局、そこしかなかった。努力が秀才まで行っちゃえば、世間は天才って見てくれる。天才にだけはバレますけど、でも僕らが商売する相手は天才ではないんで」

    【スリムクラブ】
    「何でだよ!」
     スリムクラブのツッコミを担う内間政成は、コントの最中、ややきれ気味にツッコんだ。すると、せっかくボケで起きた笑いがスッと引く。そんなことが何度か繰り返された。
     そんな負のループに業を煮やしたボケ役の真栄田賢は、左側にいた内間の肩を左手で強くつかんだ。身長百八十三センチでいかにも屈強そうな真栄田の声は喉を潰したミュージシャンのように嗄れている。
    「もういいッ! ツッコまなくていい! 何もしなくていいから」
     内間も百八〇センチと長身だが、真栄田とは対照的にいかにも頼りなげで、ヒョロリとしている。
     ただし、そこでコントが終わるわけではない。ツッコミを禁じられた内間は、意味不明な言葉を発し執拗に絡んでくるキャラクターを演じる真栄田に対して、オロオロするばかりだった。客席から冷笑が漏れる。
     何もするなと言われても舞台に立っている以上、そうはいかない。用意してきた言葉はすべて「ツッコミ」に相当する。突然のツッコミ禁止令に、何も言葉が浮かんでこない。追い込まれた内間は、真栄田のボケに対して、反射的に返した。
    「……そ、そうなんですか」
     すると、客席がどっと沸いた。経験したことのないウケ方だった。強い否定ではなく、弱々しい肯定。そこに内間のリアルなおかしさが滲み出ていたからだ。内間は天啓を得た。
    「これがお笑いの間なんだな、と」

     真栄田が相方として内間に求めたことは、たった一つだった。
    「内間は自分に自信がないもんだから、人真似ばっかりしてたんです。NON STYLEとか、キングコングとか。でも本当の内間じゃなから、全然ウケない。だから、居酒屋で俺と話しているとき、そんなに速く返すか、って。そんなに強い言い方するか、って。おれはお前と飲んでるとき楽しいよ。のんびりとした言い方で、突拍子もないことを言い出したり。それを舞台でも出してくれって言ってたんですけど、それがなかなかできなかったんですよ」
     何もしなくていーー
     それは真栄田の究極のメッセージだった。内間はこう解釈する。
    「何もするな、イコール、普段のお前でいいんだから、ということだったんでしょうね」
     新たな境地を見出したライブの後、真栄田は「このスタイルでいくぞ」と確信に満ちた表情で言った。内間は、「ほんとにいいの?」と思いつつも快諾した。
    「いちばん楽だったので。前までは、相方がしゃべってきたら、必ず何かしゃべらんといけんと思ってたんですけど、それもやめました」

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    2023年01月06日
  • 言い訳【無料試し読み小冊子1】

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    漫才は奥深い

    テレビ番組などではコンビの漫才時間は数分くらいのわずかな時間しか放送されなくても、その短時間の漫才にかける情熱がとても強いというのは、この作品の対談などからもひしひしと伝わってきます。今や有名となったベテランお笑いコンビの本心も知ることができます。

    #カッコいい

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    2022年05月01日
  • 金足農業、燃ゆ

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    「高校野球のファンは物語に弱い。そこへいくと金足農業は物語の宝庫だった。」


    初めて知ったけれど、金農はとんでもなく全時代的。練習も、指導も、何よりも部員がみんなどヤンキー。
    決して真似できるものではないし、二度とこんなチームが出てくることもないと思う。

    甲子園観ている時はとにかく爽やかで素敵なイメージだったのに…
    マウンドでみんな集まって文句の言い合いしてるなんて思わなかったわ…


    ただ、これだけ「自分が主役!」と言い切れる人たちがいたことに少し安心した。

    今の若者は「いい子ちゃん」が多い。時代としても、暴力なんてもってのほか、褒めて伸ばすというスタンスが定着している。

    勿論暴力は絶対にいけないけれど、反骨心のようなものが、どんどんなくなっているように思う。
    訳の分からない理不尽さに耐えること。
    意に背くものには、上下関係を無視しても徹底的に反対すること。
    どれだけ非合理と言われても、多少は必要なのではないかと考えさせられる。

    野球のルールはさっぱりなので斜め読みしたし、時間軸が行ったり来たりするので多少混乱するが、よくここまでうまくまとめられたものだと感心した。(上から目線になってごめんなさい。)


    王道どストレートの正統派、キラキラした青春ストーリーが全てではない!
    とにかく全てに圧倒される一冊。

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    2021年01月03日
  • クワバカ~クワガタを愛し過ぎちゃった男たち~

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    1973年生まれの「いい年」した著者が、離島のマルバネクワガタにはまった人、オオクワガタ飼育の数値を編み出した「習志野クワガタセンター」、クワガタ相撲の愛好家らに取材した本。マルバネクワガタが、ハブの脅威のため採集家の目に触れず、幻のクワガタだったことなどは、なるほどと思った。採集が進めば、地元は採集禁止の方策を打ち出す。現在、最終が置かれている厳しい現状についても触れた。クワガタを愛でるのは日本ぐらいだと聞く。飼育、採集については著者が子供のころと比べて、格段の進歩を遂げている。この趣味がどうか末長く発展していってほしい。

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    2020年09月17日
  • 言い訳【無料試し読み小冊子1】

    購入済み

    漫才学

    読みやすい口調だが、中身はかなりの漫才学。その分析する目線は第一線の人しか見えない物だし、塙の頭の良さが垣間見える。

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    2020年06月20日
  • 勝ち過ぎた監督 駒大苫小牧 幻の三連覇

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    北海道勢初の甲子園優勝、史上五校目の夏連覇、そして前人未到の三連覇に王手を掛けた球史に残る早稲田実業との決勝再試合。駒大苫小牧を率いた監督・香田誉士史の栄光と挫折を描く渾身作。第39回講談社ノンフィクション賞受賞作。
    北海道の野球を変えただけでなく、高校野球の新しい戦法さえ生み出し、全国制覇という頂点にも立った。印象に残るのは、雪上練習とゲームにおけるバックアップの徹底。そして、勝ち過ぎた故の軋轢。高校野球は汗と涙だけで語られがちだが、人間の本質を突く世界でもある。

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    2019年08月17日
  • 勝ち過ぎた監督 駒大苫小牧 幻の三連覇

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    駒大苫小牧二連覇の立役者 香田監督とチームを描いたスポーツノンフィクション。
    いや〜読みごたえがあった。
    あの強いチームになるまでに、こんなドラマがあったなんて!

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    2019年01月04日
  • 甲子園が割れた日―松井秀喜5連続敬遠の真実―

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    高校野球を高校生が野球やってるだけの話と思えばこんな狂騒は起きないんだろうけど、人生とか清々しさとかと無理無理くっつけるから見る側と選手監督の感覚がズレていくのかな。
    マスコミが煽って作ったストーリーと内実がここまで違うのか驚いたが、日常のニュースもそんなものなのかもしれない。

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    2017年07月30日
  • 佐賀北の夏―甲子園史上最大の逆転劇―

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    ネタバレ

    2007年の夏の甲子園で「がばい旋風」を巻き起こし全国制覇を成し遂げた佐賀北高の軌跡をまとめたノンフィクション。
    監督も選手もこのチームだったから全国制覇できたのかもしれないなと思えるくらい個性的で面白かった。

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    2017年02月06日
  • 甲子園が割れた日―松井秀喜5連続敬遠の真実―

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    この事件がきっかけで高校野球が一時期嫌いになったぐらいだったので、選手のその後に興味があって衝動買い。とても興味深く読ませてもらった。わたしは当時から5連続敬遠は極めて正当な作戦であると考えており、ブーイングと帰れコールで試合進行や校歌斉唱を妨害するほどの”汚いプレー”とは全く思っていない。当時の報道からはわからない「新事実」も載っているので、一緒になって心の中で帰れコールをやっていた人も是非読んで欲しいと思う。

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    2017年01月02日
  • 歓声から遠く離れて―悲運のアスリートたち―

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    平泳ぎの高橋、なつかしいな。極めることの難しさは、スポーツだけではなく、それはまさに、我々の日常の中にこそ在る。

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    2016年06月13日
  • 佐賀北の夏―甲子園史上最大の逆転劇―

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    弱くても勝てます、という本があったけど、これは少し強いだけで甲子園で優勝できます、といった感じか。
    甲子園で優勝するためにギラギラした感覚も無く、気がついたら優勝した。
    もちろんその影には弛まない努力があってのことだろう。とても素晴らしいチームだと思った。

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    2016年04月12日
  • 無名最強甲子園―興南春夏連覇の秘密―

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    2010年の興南は最高だったな。
    我喜屋監督の基本を大切にする教えはとても素晴らしいと思う。派手さはないけど、まさに根のしっかりした木を育てるということ。

    小さなことがしっかりできているから、大きなことができる

    小さなことをおろそかにすると、肝心な時にミスをする

    というのはとくに共感できる。

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    2016年04月05日
  • 甲子園が割れた日―松井秀喜5連続敬遠の真実―

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    ネタバレ

    1992年夏の甲子園。ひとつの伝説が生まれた。
    「松井秀喜 5連続敬遠」
    野球に詳しくない人でも知っているだろう。

    松井秀喜を有する石川県代表星稜高校と、高知県代表明徳義塾の試合、そしてその裏で何が起きていたのか。事件から十年後、彼らと同年代の著者が、ひとりひとりを丁寧に取材して組み立てたノンフィクション。

    松井の全打席敬遠を指示した明徳義塾の馬淵監督。従って敬遠した河野。敬遠された松井の次打者だった月岩。当事者たちはどう思っていたのか。

    これを読んでからYouTubeで動画を見るとものすごくおもしろい!

    野球好きでもそうでない方も読んでみてほしい一冊。

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    2014年10月22日
  • 歓声から遠く離れて―悲運のアスリートたち―

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    スポーツに取り組む以上、本当の一握りのエリートを除いて負けや、引退や不本意な結果を受け入れる経験は必ずあるもの。努力を重ねつつも栄光にめぐり合えなかったアスリートを丁寧に取材したノンフィクション。次の一文にめぐり合えただけで、綺麗ごとだけではないスポーツの世界の本当の一面を感じました。以下抜粋”「どこの監督も言いますけど、強いチームには必ず陰の部分もあるんです。故障で走れなくなったり、練習についていけずに脱落したり。みんなが芽が出ているわけではない。そういうのを見るのが辛かった」がしかし、誤解を怖れずに言えば、勝利を第一義としたチャンピオンスポーツの世界にはそういう面は抜きがたく存在する”

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    2014年02月08日