中村計のレビュー一覧
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ネタバレ2007年8月22日、8回裏一死満塁、3番副島の打球が阪神甲子園球場のレフトスタンドに吸い込まれていくのを見て、当時現役高校生だった自分はテレビの前で立ち尽くした。
自分と同じように学校で勉強し、夕方から夜にかけて部活動をして家に帰っていくという生活をしているはずの田舎の県立高校の同世代が、夏の甲子園優勝という偉業を成し遂げたことはとても信じられなかった。
そんな甲子園最大の逆転劇の裏に、1本の映画やドキュメンタリーにできそうな、監督と選手たちのやり取りがあったとは。
「強豪校には絶対的な指導者がいる」
「歯向かったり楯突くと干される」
という風潮はこの頃まだあったと思う。
少なくとも地元のバスケ界の強豪私学はそうだった。
「監督のために。自分の欲や意見、やりたいことは二の次」のようなチームが強いのだと思っていた。当時、自分も所属チームに権力のある指導者を求めていた。
佐賀北は選手が野球日誌を毎日書いて監督と部長に提出する。時には「やけくそなサインを出さないで」や「チームを私物化しないで」などと辛辣で切実な言葉を指導者に投げかけた選手もいた。でも、指導者は「そこまで言うなら本気なんだな。それならこっちもそれなりに課すぞ」と、指導者もストレスをかかえながら選手たちと向き合ってチームを育てた。
県内のいい選手が集まったチームであることも強い理由ではあるけど、日誌だから言えた言葉もあったと思うし、学業にも力を入れていて、教養のある生徒が通う学校だからこそ、気付き、大の大人に向かって勇気を出して言葉にできた想いもあったと思う。
今年の8月22日、佐賀北優勝の日から丸19年が経ち、夏の甲子園で準優勝した高崎健康福祉大学高崎高校の青柳博文監督は言った。
「監督は、誰がやってるかわからないくらいがいいんですよ。」と。
絶対的な監督に包囲されたチームではなく、ルールの中で主体性が育まれたチームが強いのだ。
全国の公立高校球児、目指せ全国制覇!!!
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著者の中村計の本は何冊か読んだことがありますが、今回久しぶりに読み、とても読みやすく感じました。
本の内容について
小学校、中学校の時に天才と呼ばれた人が高校等で伸び悩む様子を詳しく書かれていました。
壁にぶつかった時にその壁をうまく乗り越えることができず、努力ができない、諦めてしまうということが書かれていました。
反対に大谷翔平や岡野祐一郎はマイペースに諦めず、乗り越えることができたことで、プロ野球選手等になれたのだと思います。
そのような姿を見て、才能もない自分が簡単に諦めて、努力を怠るのは阿呆というように感じました。
自分を信じる馬鹿さ、自分を俯瞰できる冷静さ、両方を備えるように努めたいと思いました。
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【読もうと思った理由】
笑い飯が好きになり、且つ漫才が好きなので、何か面白いことが知れたらと思い、手に取りました。
【感想】
最初から最後まですごく面白かったです。特に「笑い飯」を好きになったばかりの自分にとっては、知らない情報ばかりで、すごく良い本でした。また、それと合わせてM-1の過去のチャンピオンや、決勝戦に出場した各コンビの話も合わせて知ることも出来て、M-1のこと、笑い飯のこと、漫才のこと、などそれぞれについて知り、考えてることが出来て、とても良かったです。
笑い飯が好き、漫才が好き、M-1が好き、という人にはすごくおすすめの本です。
今までの自分は、M-1が漫才のトップを決める媒体、という認識だったけれど、M-1は漫才という広い世界の中の一枠であり、それだけではないし、漫才はもっともっと深く広く楽しいもの、というのが分かったのも、今後漫才を見る上で、すごくタメになりました。これから、もっと漫才を楽しく興味深く楽しめると思います。
そして、やっぱり笑い飯が好きだ。この本を読んで、もっと好きになったし、もっと笑い飯の漫才も見たいし、哲夫、西田、それぞれの今後の活躍も楽しみです。 -
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1980年度生まれのプロ野球選手は非常に多く、彼らの事を「松坂世代」と呼ぶことがあります。一方、大谷選手の世代の事を当初「藤浪世代」と呼ぶ方が多かったようです。高校野球時点での実績としては、2012年に春夏連覇を達成した大阪桐蔭の藤浪選手が突出していました。
今日、大谷選手の実績については改めて紹介する必要がないほど、凄まじいものがあります。この学年には藤浪氏、大谷氏という二人の主人公が存在すると言って良く、彼らの同世代はこの二人との対戦や関わりによって野球人生に大きく影響を受けてきました。
本書はそんな学年で、中学時代~高校時代に二人との接点があった野球人が30歳となった今、彼らの事をどう感じているのか、彼らからどんな影響を受けたのかを丹念に取材したノンフィクションです。
本書に登場する人物には、今では野球をやめている人もいます。彼らの中には中学や高校当時、「大谷以上の逸材」や「大谷より凄かった」と言われるほどの才能を持った人もおられます。彼らが経験した早熟だからこそぶつかった壁、上を目指す競争から降りる決心をしたきっかけ等々、様々な形での挫折。一方、彼らは野球エリートであった経験も持っていて、世代の先頭に立った経験がありながら感じる挫折というのが本書のテーマの様な気がします。
そして、この世代のもう一人の主人公である藤浪氏は、実績で言えば、この世代の中でも十分過ぎるエリートと言えますが、阪神時代の苦難、メジャーに挑戦してからの紆余曲折と、必ずしも順風満帆なプロ生活を送ってきたわけではありません。その時々で、何を感じていたのか(阪神時代のバッシングや、金本監督との確執など)、著者が掬い取る藤浪氏の言葉を本書で読んでみると、マスコミが作り上げた藤浪氏のイメージがガラッと変わる気がしました。
藤浪氏は著者のインタビューで、”成績が良いに越したことはない。でも慣れている環境から、新しい環境に飛び込むという怖い事に一歩踏み出せた事は、野球キャリアというよりも人生において成功だと思う”と述べられています。新しい環境へ一歩踏み出す事が成功なのだ、と考えることが出来るなら、本書に登場する全ての人がにとって”挫折=失敗”ではなく、成功だと考えることが出来るのではないか、それは私達の人生にもあてはまるのではないか、そういう前向きな気持ちにさせてくれる1冊でした。 -
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・賞レースのコントは応援されるキャラが必要。
・コントで一番大事なのは笑いの質。
・芝居の基礎は、人と接していることで発生する緊張感。
・芝居が下手と言われている人は、人と接しているストレスを忘れてしまうので喜怒哀楽の表現が単調になってしまう。
・コントはお客さんがいない前提で行われている。
・人物を造形するときに、一番大切なのは、その人が何に快感を覚えるかということ。
・誰よりも真剣に生を全うした結果、笑ってもらえる。
これがコントの美しさ。
・芸術の役割の1つは、名前の付いていない感情を表現すること。
・リアリティーを上げるためには、登場人物は自分のメリットの為に行動しなければならない。
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2018年に話題になったWEB記事が2019年に書籍化。お笑いファンじゃなくてもおすすめ。
THE Wへの言及から、女性芸人への言及、「審査員をやるような立場のひとがようやくこういう考えを表明する時代!」と感動した覚えがあります。
『ゴッドタン』で"新世代男女コンビ"が特集されて蛙亭・イワクラさん、ラランド・サーヤさん、ヒコロヒーさんが飛躍したのが2020年6月。
ヤーレンズ出井さんが「芸人界は男社会」と明言して話題になったのが2024年。
キング・オブ・コントにバカリズムさんのような「1人コント」をするピン芸人が出られないのはおかしい、など、いわゆる賞レースの仕組みについての指摘ほか。ナイツの漫才の解説、M-1で話題になった漫才の解説など。
「ツッコミはボケに対して、絶対に引いてはいけないのです。お客さんも、それにつられてしまいますから」
「ツッコミは「アホやな」と言いつつも、
出来の悪い子どもほどかわいがる親のように、
ボケに寄り添ってあげないといけないんです」
「ブラックマヨネーズの小杉さんの吉田さんに対する態度も、
チュートリアルの福田さんの徳井さんに対する態度も、
呆れてはいますが、愛情に満ちています。
そして、その愛の形は、相方に負けず劣らず滑稽です」
「ときどき内海桂子師匠と
一緒に舞台に上がることがあります。
ちょっとボケているので……って、本当にボケてるんですよ」
「なぜウケるかというと、お客さんに
僕の桂子師匠への愛情が伝わっているからです。
どうでもいいことをじっと聞いてあげていたわけですから」
「強い言葉でツッコむときは、
その前に二人の関係性を示す必要があります」
「いきなりババァ!とツッコんだら、
老人虐待になってしまいますからね」
p191-193引用
内海桂子師匠という"ボケ"に寄り添い、話を聞き、相槌をうち、罵倒する"ツッコミ"に、「漫才」を見出すあたり、超高齢社会において、示唆に富むと思います。
"ツッコミ"には愛情がなければならない、"ボケ"の話をよく聞いて、付き合わなければならない、この目線で各コンビを眺めると、見方が変わるかも。
塙さんが子ども時代にお笑いに救われた経験、漫才師として優勝できなかった悔しさなど、自伝エッセイとしても読み応えあり。 -
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「目的合理性」と「価値合理性」
前者をウケるために何をどうすれば良いのかを考える思考や行動ととらえ、後者を笑いとは何なのかを追求する思考や行動ととらえるならば(あくまでもわたし個人の定義として)、笑い飯は後者に軸足を置いたコンビなのだと感じました。
どちらが良いとか悪いとかではなく。
ただ、漫才やお笑いに限らず「価値合理性」に重きを置いて思考・行動していくと、熱量が高まっていくのと同時に純度も高まり、一方で原理主義者のような排他的な雰囲気も醸成していく場合もあります。
哲夫もなんかそんな雰囲気を纏っていた時期もあったようで、その様子も感じられて、なんだか文学的な匂いがしました。
なんだか又吉直樹の小説「火花」を思い出します。
M-1は始まった当初から見ていますが、その歴史を、番組の制作秘話や、参加していたお笑い芸人の邂逅、M-1自体の価値の変容やらいろいろと実感できて、とてもおもしろかったです。