榎本博明のレビュー一覧
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自身の置かれた状況の参考にしたいと思い手に取った本書。
これという解答に出会うことはなかったが、心に響く箇所は多くあった。
解答は自分の頭で考えて導き出すしかない、と理解した。
特に印象に残った箇所は以下の通り。
◆結局のところ、だれもが自分の人生に意味があると思いたいのだ。そうでないと前を向いて生きていけない。人生は思い通りにならないことの連続と言ってよい。大きな挫折感に苛まれることもある。それでも前向きに生きていけるのは、そんな人生に意味を感じることができるからだ。人生におけるむなしさに打ち克つことができる人は、人生を意味づける方法を心得ている。(P.46)
◆目的だの結果だのを求めずに、行為そのもの、行為すること自体に意味を感じる生き方。行為の結果から何がもたらされるかなどは考えずに、目の前のすべきことに没頭する。案外それが人生というものなのかもしれない。自分が携わっていることの全貌が見えるようなことは滅多にない。そうであるなら、行為そのもの、生きていること自体、日々の生活の繰り返しの中に、充実感が得られれば、それは満ち足りた人生と言えるのではないか。(P.113)
◆こうした相補的な機能によって、人間はより全体的な生き方へと自己を実現していくことができる。たとえば、外向的に生きてきた者は、より全体的な生き方をするために、まだ発達していない内向性を開発することが必要となる。それによって、ものごとを総合的に判断できるようになる。同様に、思考機能を優先させて生きてきた人にとっては、まだ未熟なままである感情機能を開発することが、幅広い生き方につながる。(P.144-145) -
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ネタバレ日本人は実利より、名誉を優先させ、体面を重んじる。だから、露骨な競争により、勝敗を決し、敗者の体面が汚されるような事態を避け、同調性につながる。
だから、どれだけ正当性があり、実利につながる正論でも体面や名誉を軽んじるものは敬遠、忌避される。
ここが欧米との違いであり、日本人がディベートが苦手な背景である。
つまり。日本人のリーダーは結論を出せる人ではなく、みんなの関係を維持する調整役が求められているのだ。
その価値観の違いを踏まえないと、組織は機能しない。
相手と異なる価値観を持っていることを前提に、声掛けや適度な甘えなどにより、良好な人間関係を築くことが日本的組織においては有用である。 -
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ネタバレ読書する人間しない人間とでは語彙力、読解力の差が出てくる。LINEとか友達の会話ではそれ以上発達しない。
また、勉強時間を増やしても、ゲーム、ネット時間がその時間を増していた場合、かえってあまり勉強しなかった人間と大差なくなる。例えば 30分勉強して、ネットしなかった人間は 65点のテスト成績、2時間勉強し、ネットを4時間近くやった場合、何と65点以下だった検証結果がでておる。実際、ネット使用時間は1時間を超えるとパフォーマンスが落ちるらしい。
また勉強や読書は親がどうのこうの言うより実際態度で示さねばならない。もしくは一緒にやる必要がある。 -
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娘2人は、とにかく幼児の頃から読書をしない。
読み聞かせを試みるも興味を示さず、諦めた。
次女に関しては何故か国語だけ極端に点が取れないことが多かった。
読書するよう現在迄、促してきたが素直な性格にも関わらず、叶わず。
語彙力が無さすぎて就職にも響いている次第。
この著書を読んで「保護者が本を読み感動する姿を身近に見ているかどうかが、子どもの読書傾向に影響している」ということが判明。
それが第一の原因だったのか‼︎
自分も母親と全く同じで、読者する姿を見たことがない母親に、どんなに言われようとも反発して読まなかったことに気付いた。(自主的には少し)
嫁に出てから育児期間は全く読まず。
娘たちがある程度成長した頃、余裕も出てきて蔵書だけは増えてきたため(積読)
「当たり前のように本のある生活」の環境になったためか、次女は多少は読むようになった。
一冊の内容としては重複箇所が多い気がしたが、気付きを与えていただいた一冊だった。
娘たちには、子どもが出来た頃にこれらの仕組みを伝えたい。
2021,7,20〜8,15 4時間59分 -
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今起きている新教育課程へのもやもやをわかりやすく言葉にした本。
実学自体は決して悪いものではない。
だけど、なんでもすぐに役立つものばかりを求めたり、
短絡的な楽しさだけを求めたり、
それだけでは人間は成長できないとも感じた。
現場はほんとに困っている。
楽しいことしかしたくなくてベラベラ話す子どもとか、
この勉強はなんの役に立つのかと聞かれることもあるし、
小学生レベルのことがわかっていない子どももいる。
言葉が通じていないって感じることが増えた。
国語の話が多くてありがたかった。
新しい教育課程になることで、スピーチやプレゼン、実用文の読解をする時間が増えて、
文学や古典をやる時間は減ることになる。
私自身は、文学や詩といった文芸の力を信じていて、
それは答えのない問いを考える機会になるからなんだけど、
もはや高校生の中で、『山月記』とか、『こころ』とか、『源氏物語』とか、過去の素晴らしい作品を読む機会は絶たれてしまうかもしれないなと思う。
たしかに高校生たちがその先の将来使いようが無い知識かもしれないけれど、
役に立つことしか知らない人たちが、
その場その場のことしかできないで、
文化はどう深まるのだろう。
テクノロジーが進化していったときに、
中身のない人たちがモノに使われてしまうだけじゃないのか。
私自身も現場でアクティブラーニングもするし、楽しい授業を心がけているけれど、やはり力を伸ばせるのは厳しい状況でも、壁を乗り越えられる力のある生徒だと思う。
グループ学習やプレゼンは、アウトプットをさせることで、一人ひとりの力を伸ばすことのできる活動ではある。
でも、中身のない生徒が何をアウトプットするんだろう。
話し合いが深まり、面白い意見が出るのは、成績の高い子だったり、美術や科学など、何かに秀でた子だったりする。
アクティブラーニングだけでは子どもは育たない。
今の子どもに必要なのは厳しい中でもやり切る力だと思う。
それが本書でも触れられている非認知能力ということなんだろう。
知識と思考力の間をとった改革と言いつつも、実はどちらにも向いていなくて、コミュニケーション至上主義になってしまっただけだったのかも。
来年度から新しいカリキュラムが始まるけれど、不安しかない。
教育って、誰しもが受けるものなので、今起こっていることを批判的な立場で書いた本として、いろいろな人に読んでほしい。 -
Posted by ブクログ
国語の学習指導要領で、小説や論評を読む以前に実用文の読み方を教えることにシフトしなければならないということになっていることに衝撃を受ける。大人の語彙や読解力は子どもの頃の読書習慣で決まるから、子どもの学力を伸ばしたいと思う親は読書を習慣づけるような環境を作りましょうということが何度もくどいくらいに書かれている。これも読解力の弱い読者を意識してのことか?スマホやSNSの影響については少ししか触れられていないが、子どもの頃に読書習慣があっても、スマホやSNSを自由にできるようになると読書に使っていた時間のほとんどを奪われてしまうのだと、私は思う。読書の時間がマンガに奪われ、テレビに奪われていたのと同じように、ネットに奪われ、SNSに奪われ、さらにYouTubeやNetflixに奪われてている影響が大きい。コンテンツの質が低くても、手軽でわかりやすくて笑えるものの魔力には勝てないのではないか?