関裕二のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
消された王権・物部氏の謎
オニの系譜から解く古代史
著:関 裕二
出版社:PHP研究所
PHP文庫 せ 3 2
ちょっと、おもしろかった
荒ぶる神は、祀ってその怒りを鎮めなければならない。荒ぶる神の一族をオニといっている
大国主命であり、物部氏であり、蘇我氏をここでは、オニといい、その子孫を鬼の系譜といっています
■日本統一
出雲はおろか、東日本に広がっていた勢力、そして、西からやってきた天皇家の勢力
日本が統一されたのは、東征により、天皇家が全国を制覇したから?という命題に疑問符をなげかける
東日本勢力が、天皇家の勢力と融合してできたのが、大和政権であるというのが本書の主張である
その仲介の労をとったのが、物部氏
旧勢力については、結果的に、天皇家の配下に入ることとなったが、その怨念については、出雲大社などに荒ぶる神ともに、祭られることとなる
■天照大神の謎
物部氏の報じていた、神の和魂は、大国主命であったが、それは、同時に天照大神であった
つまり、伊勢に祀られている、天照大神とは、もともと出雲勢力が信奉していた日の神なのであり、葛木に祀られていたもの、天照大神なのであった
だから大和政権は、荒ぶる、天照大神の祟りを避けるために、遠くの伊勢に遠ざけて祭らなければならなかったのだ。
日本を統一したのは、神武天皇であるが、同時にそれは、崇神天皇である
なぜなら、その名が、ハツクニシラス・スメラミコトだから、初めて日本を治めた天皇という意味だ
そして、ヤマトで戦闘した記録もない、現地の案内人にしたがって、伊勢から迂回をしてヤマトに入っている
そして初期の皇后は、ことごとく、物部系、ここでも、融合の証拠になっていると本書は語る
一方蘇我氏、それも、もとは物部氏と同じ、先祖は、ニギハヤヒ、同根である。
祖は、武内宿禰である。物部氏も、蘇我氏も建国以来、ヤマト政権を支えてきた功労者なのである
■中臣氏の台頭
大化の改新:蘇我氏は、中臣氏にほろばされてしまう
中臣氏=藤原氏は、実は、百済滅亡時に日本に亡命してきた一族なのではないかとの仮説である
そのために、勝ち目のない、白村江の戦いを日本を陥れる
物部氏+蘇我氏 は、新羅派、天皇家+藤原氏は、当然ながら百済派なのである
また、蘇我氏は、土着の豪族なので、民衆の人気があった、それに対して、亡命してきた藤原氏は、蘇我氏の
民衆からの支持がこわかった、だから、蘇我氏を祭ったのではないかとのことだ。
時代は、くだり、天智天皇(=藤原系)では、皇太子に立てた弟、大海人皇子を廃嫡して、子供である、大友皇子を次期の天皇に据えようとした。それを察知した大海人皇子は、壬申の乱を起こす。大友皇子の背後には藤原氏、大海人皇子の背後には、もともとの日本の勢力である、蘇我氏の残党があった。
こうして、外交も親新羅へとゆり戻される
だけどそれも、ここまで、持統天皇の時代に、藤原氏は勢力を取り戻していく
目次
第1章 循環する王権システム
第2章 崇る神・入鹿の謎
第3章 神の一族・物部と出雲の正体
第4章 ヤマトを建国した鬼の正体
第5章 もう一つの鬼の国・伽耶と天皇家の秘密
第6章 鬼がつくった永続する王権
ISBN:9784569577074
出版社:PHP研究所
判型:文庫
ページ数:256ページ
定価:514円(本体)
2002年03月15日 第1版第1刷 -
Posted by ブクログ
「神話」をも内包するような「古代史」を考えてみようという内容で、大変に興味深い一冊だった。
天照大神(あまてらすおおかみ)と言えば、伊勢神宮に祀られていて、「皇室祖神」ということになっている。その成立に纏わる様々なことを、考古学によって得られた識見も交えて、或いは『古事記』や『日本書紀』を丁寧に読み解いてみるようなことをしながら考えるというのが本書の内容である。
『古事記』や『日本書紀』の内容では、御伽噺めいている感さえ否めない「神話」が大きな部分を占めているように見受けられる。そして『日本書紀』には初代の神武天皇以降の歴代天皇の事績などが綴られているが、これにしても「流石にそこまで長生きはしない?」というような歴代天皇が続々と出て来て、何が如何なっているのか、実は少し判らない。
この『日本書紀』の編纂に関しては藤原氏が非常に深く関与していたとされ、「藤原氏以外の有力氏族に纏わる事績が目立たないように」という意図で、史実に色々と混ぜ合わせる、順番を入れ替えるようなことをして、かなり「創り込んだ」というように言えるというのが本書の内容なのだと思う。
宮崎県には「神武天皇が東征に出た湊」と伝わる場所が在って、そこから船で東に進んで、奈良県の現在では橿原神宮になっている場所辺りで即位して初代天皇になったということになっている。が、著者は寧ろ「逆」で、皇室に連なる王権が確立して行く中で、朝鮮半島や大陸との往来の際に優位な九州北部が制圧された経過が在って、北部九州の貴顕というような人達が九州南部に逃れ、そうした人達が後から王権の側に迎え入れられるようなことが在った可能性を指摘している。
皇室に連なる王権が確立して行く中、各地の勢力が連合して行ったというように見受けられるのだという。瀬戸内海側の勢力、山陰地方や北陸の勢力、そして東海地方の勢力等で、それらが大和国等の辺りを中心に集まったらしい。
瀬戸内海側、山陰、東海と方々の人達が移動した痕跡を「考古学」は発見している。或る場所で見受けられるモノが、別の場所で発見されている例が多々在るらしい。が、東海地域に関しては、東海地域で見受けられるモノが他所で見受けられる例が在る他方、他地域のモノが東海地域で見受けられる例が殆ど無いのだそうだ。そういう意味で、東海地域の勢力は大胆に方々へ進出していたと見做されるべきかもしれない。そして王権が確立して行く中で様々な事が在り、それが例えば天照大神(あまてらすおおかみ)を祀るということのような、後の時代の祭祀にも影響をもたらした可能性が高いというのだ。
「神話」を大胆に解題し、謎に満ちた古代史の鮮やかな姿に想いを巡らせる内容は大変に興味深い。漫然と思う以上に、地方間の交流のようなモノが在って、そういう中で古代世界が動き、「神話」のタネになる様々な出来事が在ったのかもしれない。
なかなかに愉しめた一冊であった。広く御薦めしたい。 -
Posted by ブクログ
飛鳥時代より前の時代の外交や古代国家ヤマトの政体について紐解く書に出会った。今から半世紀前に教科書や社会の先生から習った事がその後の考古学による発見、検証により誤ったことだったことを知りえたことは日本人とはを考える点でも意味あることであり、下手なミステリーより様々な想像を掻き立て読み応えがある。
例えば、ローマの政体は紀元前より確立しており、今と変わらない権力争いや治世が行われたことは様々な書籍が残されており詳細に検証されているが、当時の日本は未だカミさまの神話の世界であったことが不思議でならなかった。これが過去の歴史を被覆する手段としての日本書紀や古事記だとしたら、我々はまんまと編纂者である藤原不比等や持統天皇により騙されたことになる。事実この部分が解明できず、長年邪馬台国(奴国、ヤマト国家に滅ぼされる)という豪族の小国家という末節に焦点があい、中国の古代国家や朝鮮半島国家という国際関係のパワーバランスで思考することを敢えてしなかったのではないかと考えられる節さえある。
本書は海の向こう側の情勢と国内情勢を遺跡から出土する遺物の分布や大陸側に残された資料をもとに類推し、本書を成した。フレームワークとしての古代日本を理解する書としてはお勧めしたい。群雄割拠の小国家から豪族の寄り合い国家としてのヤマト、藤原氏によるライバル潰しと権力の集中による一強による安定期までなるほどと思って読み入ってしまう。日本にも他国と比肩する古代国家が存続し海を超えた大陸にも影響を及ぼしていたこと、また、四方を海で囲まれた故、大陸の大国に飲み込まれることなく国体を変えながら一定のプレゼンスを持って存在したことは日本人として大いに胸を張ることができる。 -
購入済み
私の育った時代(昭和)の学校では、縄文と言えば「大森貝塚」と「登呂遺跡」ぐらいしか教えられなかったが、世界遺産登録された遺跡を訪ねると色々興味深いことが散見され、縄文時代は大変面白いと感じている。そんな中で、本書を見つけ読んだ。縄文の解説と弥生との関わりのところまではわかり易くいい参考になった。おっしゃる通り縄文文化が現在の日本文化のベースとなっているところは、遺跡を訪ね現地の学芸員の方々のお話しを聴くと実感できる。(逆に、弥生から古墳時代以降のところは勉強不足でわからない)
電子本では難しい部分でもあるが、土器や土偶などの文様や様式は写真などで具体的に理解できるようになっているとありがたいかな。
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Posted by ブクログ
縄文時代から平安までの歴史の流れをベースに、日本史の見方を説く一冊 縄文時代の次に弥生時代がきたというような断層が日本史にあるわけではなく、邪馬台国がどこにあったかなどということも大した問題ではない。
古代ヤマトが発生し、中央集権化していった流れを、日本海側勢力と瀬戸内海側勢力で紐解く。
面白かったのは、壬申の乱は「親蘇我派」対「反蘇我派」の闘いだったという切り口だ。大海人皇子は親蘇我派、大友皇子は反蘇我派。この角度で壬申の乱を読むと納得させられてしまう点が多い。
おそれながら、今上天皇は天智天皇系(反蘇我派)の末裔。天皇家の菩提寺の泉涌寺には天武系(親蘇我派)の王家が排除されているらしい。どのような事情があるのだろうか。
ただ、筆者は聖徳太子は蘇我入鹿だという主張をしている。聖徳太子や山背大兄王も存在していない。なぜなら墓がないからというのだ。
どうだろう。梅原猛の「隠された十字架」を読んだ後では、説得力に欠けるかも。
面白い本であった。