竹田恒泰のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
怨霊(御霊)信仰が、主に天皇家·朝廷にどのような影響を与えてきたかを知ることのできる一冊。
民間信仰における、怨霊や御霊、たたりなどは他にも様々な本が出ているのが、天皇家の流れを汲む著者ならではの視点だと思う。
祭事の一環かと思ったけど、そこまで恐れていたのか…と少し驚いた。
先に怨霊が多発した中世の寺院(京都の大部分を「境内」とした寺社勢力)について書かれた『寺社勢力の中世』を読んだが、
教義や神仏をたくましく利用し、死者をも恐れず、自分たちのコミュニティを保った寺社勢力(民間)とはやはり違う。
このあたりは、どんなに困窮しても社会の上部にいた人々と、自分の身は自分で守れの庶民の違いか。
この違いで一つ思ったのが、著者の説く「和の国」だ。
戊辰戦争で矢面に立った皇族や賊軍の頭は、その後、怨霊対策?もあって許された。
これが尊ぶべき和の精神というが…。
では、彰義隊はどうか?会津戦争の会津藩幕府軍側の死者はどうか?
賊軍であるという理由で、錦の御旗を挙げた官軍はその埋葬を認めなかった。野ざらし、ミセシメの類である。
皇族や大名藩主レベルは許される。
しかし、そこいらの庶民は許されない。天子様に楯突いた賊軍。奸臣はどこまでも民である。
「和」というのは、「怨霊」というのは、「社会的影響」に左右されるのではないだろうか。
社会的影響が大きいから、国を転覆させるほどの怨霊になれる。祀らねば、許さねば。
どれだけ恨みをもって死んでも、庶民にはそんな力はあるまい。放っておけ。
結局、社会的に価値のある存在だけが強い怨霊になり、それ以外は打ち捨てられる。
和というものにしろ、上級国民に限る!じゃないの?
……なんて、ニュースサイトのコメント欄みたいなことを思ったりもした。
天皇家朝廷から見た怨霊·御霊信仰と、民間レベルの怨霊伝承を比較してみると、やはり面白いかもしれない。
怨霊の影響範囲や被害、怨霊誕生の背景は権力闘争なのか差別や蹂躙の被害なのか、祭祀はどのようになされたのか。その違いもやんごとなき人々と庶民の考え方の違いの良い考察になると思う。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ職場の上司と日本三大怨霊の話をしてからこの手の本にアンテナが立ってます。。
本書は明治天皇の玄孫にあたる竹田氏の著書で、三大怨霊の話ではなく、怨霊と化した天皇家の方々のその原因や経緯、呪いの全容と同時に、海外との比較や呪いの先にある許しの力について語られた本でした。
怨霊から日本の歴史を追う作業はとても面白く、非科学的な解釈も含めそれが当時の世相であったと思うと、一つ歴史を深く知ったような気分になりました。
例えば、崇徳天皇の祟りによって平氏政権が成立し、朝廷から政治権力が離れたというのは当時の一般常識であったこと、そしてその後も平氏から源氏、北条、足利、信長、秀吉、徳川家と移り、700年経ってなお、政権が朝廷に戻ってきていないのは祟りが続いたせいだと孝明天皇は考えていて、「崇徳天皇の神霊を京都に奉還してこれを慰め奉るべし」との議があり京都に白峯社を創建した、とかね。
もっと非科学的な事例で言うと、南朝北朝の動乱は、南北朝合一を以って南朝は歴史の表舞台から姿を消しますが、それは完全に消滅したわけではなく、水面下で皇統を呪詛する存在となっているそうです。具体的な現在の取り組み(?)は皇室に女子が生まれるよう呪詛し続けているそうで、実際昭和天皇も5人目にしてやっと男子を授かり、その後平成18年に悠仁様が生まれるまで41年間は9人の皇族が生まれましたがその全員が女性だったんですよね。9名連続で女子が生まれる確率は2/1000だそうです。もちろんこれが呪詛の結果とは言い切れませんが、そういう南朝の存在があると知ったうえで事実を考えると・・・何とも言えない気持ちになりました。。
また、怨霊が神となるのには、日本人独特の許しの文化があると述べられていました。
それに異論はありませんが、本書ではなく別の本では(天皇家ではありませんが、三大怨霊の)道真などがたどった怨霊が神となる経緯などは仏教と密接にかかわっていて、それに深く納得感を得たのですが、本書では宗教と怨霊の関わりについてはほとんど触れられていなくて、著者の見解を聴きたいところでした。 -
Posted by ブクログ
思い返すと、私が学生時代の学校教育は、日本の贖罪をずっと植え付けていたのだと思う。
そのことに何の疑問も持っていないままに大人になった。
意識すらしていなかった。
しかし日本の歴史を改めて勉強してみると、この国はなんと素晴らしいのか。
私自身が50歳を過ぎてようやくそのことに気が付くという有様だ。
日本社会ではまだまだ日本礼賛を批判する人が多いと思う。
(自分たちが日本人なのにだ)
日本礼賛を謳うと外交面で損をするから言わない方がいいという風潮すらある。
謙虚な姿勢は日本流であるが、世界はそんなに甘くはない。
油断を見せるとドンドン付け上がって侵略してくる輩たちなのだ。
日本という国を守るためには、日本人としての誇りを持つことが大事。
日本の良い所を沢山知って「守りたい」と思うことが何よりも第一歩だと思うのだ。
確かにガラパゴス化した部分もあるかもしれない。
地政学的な幸運もあって、今までの歴史が築けた面も確かにある。
それでも結果として私は日本という国が好きだ。
考え方や、根付かれている文化が好きだ。
世界的になぜ日本だけがこんな進化の仕方をしたのかは不明である。
多分に偶然なのだろうから、その解明をすることは必要ないが、結果的に素晴らしいものは素晴らしい。
世界的に見ても先進的なものすらある。
それはプロダクトに留まらない。
「MOTTAINAI」が例として挙げられているが、今でいえば「SDGs」だって日本ではずっと前からそうしていたのだ。
日本が世界で存在感を示すのは、こういう部分なのではないだろうか。
誇り高く。武士道精神ではないが、世界に示していければと思う。
そのためには「自分たちの良い所」を知ることが一番大切だ。
逆説的に言えば「世界との比較」も必要で、そのためには「世界を知る」ということがより大切なのだ。
日本人が一番日本のことを知らない。
そのことは恥ずべきことだ。これからも益々国際化は進んでいく。
まず日本を知り、世界を知り。自分のアイデンティティーを持つこと。
勤勉な日本人なら出来るはずなのだ。
つまり「日々勉強しろ」ということなのだ。
(2021/5/22)