竹田恒泰のレビュー一覧
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この本の著者は元皇族の竹田氏という方で、以前に「旧皇族が語る天皇史」という本を読んだことがあります。元皇族からの視点で面白い解説をしていたと思いますが、飽くまでも元皇族の人が書いたという興味で読んでいたと思います。
その彼が今回はそれまでとは趣向を変えた「日本人にあった勉強法」というものを書かれていたので手に取ってみました。ちまたに出回っているのは、西洋人向けのものであり、日本人にはそれにあった方法があるというものです。
世の中に溢れる成功哲学をあえて否定している点、夢持つことより大切なものを指摘しているなど、竹田氏独自の考え方が興味深かったです。
以下は気になったポイントです。
・人 -
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昭和天皇の人間宣言=昭和21年新日本建設に関する詔書
戦犯はABCにわかれたが、重さではなく容疑に関するもの。パール判事は東京裁判そのものを否定していた。
ドッジ・ラインによる緊縮財政でインフレが収束。
昭和25年レッド・パージ。
国鉄3大ミステリー事件 下山事件、三鷹事件、松川事件。
単独講和と同時に日米安保条約。
軍備には吉田首相は反対だった。警察予備隊を作って妥協。
日銀の一萬田総裁は軽工業、池田勇人、宮沢喜一、大平正芳などは重工業を進めた。
投資が投資を呼ぶ。
東京タワー昭和33年完成。当初日本テレビは参加しなかった。
1960年(昭和35年)新安保条約批准。その後続いて -
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「国民の不幸は天皇の責任」という考え方59
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天皇を守るためなら「濡れ衣でも受け入れる」92
責任を問われることには率先してそれを担っていこうとする。これが「和」です。93
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誤りの原因は、君と民は対立するという考え方自体にあるのです。114
ヨーロッパの法概念で理解すれば、君主主権かつ国民主権という考え方は成立しません。
「天皇主権か国民主権か」という設問の立て方が、すでに君民一体の日本には当てはまらないの -
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ネタバレシリーズ第1弾の「日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか 」の出版後,東日本大震災を通じて,日本人の中の愛国心が高まりつつある.
どうして日本人は日本を好きだと思わなくなったか,今後日本は他国とどのように関わっていけば良いかなどについて語られている.
昭和天皇陛下の処刑が免れた理由,GHQのWGIP(War Guilt Information Program)の恐ろしさ,九条改正について,中国・韓国との付き合い方,などなど参考になることが多かった.
相変わらず韓国批判が凄まじい.
一方,中国は敬して遠ざけるという方法や在日朝鮮人への対応は良いと思った.
カルタゴ滅亡と比較して日本の滅亡を説 -
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世界中の人は自国の建国の歴史を知っている.しかし日本人は自国の建国の歴史を知っているだろうか?
日本の建国記念日はなぜ2月11日なのか,日本はいつどのようにできたのか.そしてそれらをどうして日本の教育現場では教えていないのか.
私たち日本人が日本を愛せるように,日本の建国の歴史を紐解く……
前半は日本の建国の歴史を,後半は筆者が教えたい中学校での「国史」の教科書を紹介している.
私自身もヤマト朝廷から飛鳥時代までの流れは不自然だなぁと思っていたけれど,なるほどねと思わせる説明でした.
主に古事記と日本書紀に沿って説明がなされていて,たとえ科学的に否定されうるとしても物語として面白いと思い -
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ネタバレ「世界に良い影響を与えている国ランキング」や「あなたの最も好きな国(地域)ランキング」において上位をとる日本.しかし,日本国内では日本に対して肯定的な評価を持つ日本人は全体の43%と低調である.
どうして外国の人々からは評価を受けているのか?その実態を知って日本人にも自国を好きになってもらおう.
日本の食・モノづくり・「もったいない」精神などを通して世界から評価されている日本について紹介した後,その現代日本を形作るに至った歴史・宗教観・天皇を紹介している.
巻末には世界の北野と言われる,北野武氏との対談も載せられている.
よくここまで日本,それも皇室制度を褒め称えられるなぁと思わせる本でし -
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■日本人
A.日本の建国の精神は、「和」である。和とは「自分のことはあと、まずは仲間のために働こう」「正しく生きた先に自分の幸せがある」と思うことである。
B.日本における和のスタイルは、主に『古事記』『日本書紀』に記されている。例えば、百姓が困窮していることを知った仁徳天皇は、天が君主を立てたのは百姓、民のためであり、民が飢えればそれは天皇の責任であると明言された。こうした考え方は、時代が変わっても皇室に受け継がれている。
C.終戦時、昭和天皇はマッカーサー元帥に「この戦争の全ての責任は自分にある。自分の命はどうなっても構わない。1 億の民を飢えさせないでほしい」と語った。このように、