小谷野敦のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
歴史を語るにあたって著者の主観が大いに入っていてかえってわかりやすくなっている。
宣教師たちはヨーロッパでは磔刑にされないので秀吉によって磔刑に処されてさぞ喜んでいただろうとか笑える。
各章でさまざまな歴史本がさらさらと紹介されていて、ガイド本としても優れた一冊。巻末にまとめてほしかったなぁ!
しかし日本の若者は歴史を知らなすぎるという指摘は耳が痛い。大学生でも中学生レベルと言っていて、はい、その通りですね…。私も知らないことだらけ。
暗記重視の受験勉強スタイルへの批判はずっと続いているけれど、歴史のようにそもそも覚えなくてはいけないものもあるのでやっぱり一概に批判はできないよなぁ。 -
Posted by ブクログ
「美人好きは罪悪か?」というタイトルから、一部の急進的なフェミニズムを批判する内容を予想したのですが、美人についての著者自身の所感を自由につづったエッセイというべき内容でした。とはいえ、古今東西の文学や歴史、さらにサブカルチャーにいたるまで、あらゆる知識を総動員して著者がみずからの趣味を語りつくしており、おもしろく読めました。
個人的にもっとも共感したのが『宇宙船サジタリウス』のアン教授についての議論で、著者は「これは「美人問題」最大の謎の一つだと言っても過言ではない」と述べてさえいるのですが、言われてみるまでまったく気が付かなかったものの、たしかにあれはいったい何なのだろうかと不思議になってしまいます。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ文学と大衆小説があるというのを知ったのは予備校の現代文の授業で、人によって定義があるようだ。この本では「純文学」に限っては、明確に私小説に限定していてとてもすっきりする。「文学」と「純文学」でまた違うのかもしれない。ノベルズを出版すると、純文学作家に入れてもらえないといった因習があるのが面白かった。
外国の小説家の名前や作品が列挙されているところはさっぱり分からなくて、注釈があったらいいと思ったけど、ちょっとした注釈なら分からない上に読むのが面倒になるので、これでいいのかもしれない。
※著者ご本人より指摘いただき、「私小説」に限定はしていないそうです。また、ノベルスを出した作家は「純文学作家に入れてもらえない」のではなく直木賞が取れないとのことでした。うろ覚えで適当な感想を書いてしまい、失礼しました!! -
Posted by ブクログ
いつも思うのだけど、なぜ小谷野敦は全方向に敵を作るような書き方をするのか。
推理小説嫌いと言いながら、それなりには読んでいるのだ。
そしてほぼボロクソにけなしている。
嫌いなら読まなきゃいいのに。
彼は純文学の人だ。
だからトリックのためにストーリーやら人物造形やらが不自然にゆがめられるのが許せない。
好き嫌いはしょうがないと思う。
私も結構毒舌を吐くし、気持ちはわかる。
だけどどうにも彼の書く文章は品性に欠けるような気がする。
“『赤毛のアン』が好きなのは、二流大学卒の女子あたりが中心だろうと書いたのだが、これが何だかバカにしていると思われて、いまだに話題になる。(中略)だいたい、私自身が『赤毛のアン』が好きで言っているのに、なんちゅうひがみ根性であろうか。”
もし本気でこの文章を書いたのだとしたら、作家をやめればいい。
この文章を読んで、「『赤毛のアン』が好きなんて、趣味が合いますね」と握手を求めてくる人はいないだろう。
意図した読ませ方ができない自分を嗤うがいい。
そして“『赤毛のアン』が好きなのは”ではなく“『赤毛のアン』を好きなのは”と書くほうが文章的に正しいのではないでしょうか。
と、ついこちらも厭味ったらしい文章を書いてしまうくらい、えげつない文章が続く。
そして、つるっとネタバレ。
そしてタイトルには表れていないが、純文学にもSFにもファンタジーにも毒を吐いております。
私よりはるかに大量の本を読んでいながら、その9割に不満爆発なのは、不幸なことなんじゃないかな。
ちなみに著者の推理小説ベスト
1位 西村京太郎『天使の傷痕』
1位 筒井康隆『ロートレック荘事件』
3位 貴志祐介『硝子のハンマー』
4位 ヘレン・マクロイ『殺す者と殺される者』
5位 中町信『模倣の殺意』
6位 北村薫『六の宮の姫君』
7位 折原一『倒錯のロンド』
だそうです。
『六の宮の姫君』しか読んだことないや。
『未来少年コナン』と『機動戦士ガンダム』と『風の谷のナウシカ』と広瀬正をほめてくれたのはうれしく思います。
最後は気持ちよく読み終わりたいもんねえ。 -
Posted by ブクログ
太字でフロムのバカ!と書いてあって、これは悩める文学青年あるあるなのだろうか。笑ってしまったが、誤読したのはお前だろうと思う。ちくまプリマーなだけに、もっと人生の早い時期、出来れば高2くらいで読みたかった。それなら親への過剰な期待も、早めに諦めがついていただろう。本書にある、「グランド・フィナーレ」の引用のあたりで述べられている「友人知人からの全否定の怖さ」というのがいまいちよく分からない。作中に出てくるロリコンが、自己肯定して全く反省してない怖さなら分かるが……。これは、私が全否定をしてしまう側の人間だからなのかもしれない。とりあえず笑える部分もあったがためになる部分もあった。徒然草と、吉村昭(某ツイッタラーが吉村昭を推してたのは彼が著者と同質の孤独を抱えてたのだとわかった)と、大江健三郎を読んでひとりぼっちに耐えようと思う。
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Posted by ブクログ
世界史の授業にちょいちょい蘊蓄やトリビアを混ぜて面白くしていますが、それと覚えることとは別で、まぁそんな脱線した内容が魅力的なんですが、僕はどうにも覚えられません。
世界史の勉強って、暗記がどうしても多くなるのですが、全体像からの位置付けが分からなかったり、カタカナが多くて混乱したり、地名人名が似たり寄ったりで頭の中で整理が追い付きません。
それなんかよりは、世界ふしぎ発見のような番組を見せる方が分かりやすいように思います。文字だけでなく視覚にも訴える情報を与えないと覚えられないなあと痛感しました。結局本初を読んでも頭の中には入ってません(笑)
内容はまぁまぁ面白いのですが、それ以上の感想を持てなかったので、僕の評価はAにします。 -
Posted by ブクログ
この本に書かれているが、もてないということは、自分の好きな女性にもてないということで、万人にもてないということではない。そのとおりである。かなり、女性に優しい筆者であると思う。だから、女友達が多いのであろう。その意味では、フェミニストであると思う。何か、女性とトラブルを起こしたときは、おそらく、女性の側について、相手をストーカー呼ばわりするタイプであろう。もてない男の恋愛論として面白い。また、恋愛が一種の強烈な宗教であるという部分も面白かった。なかなか、他の書籍の紹介も多くて、内容があるので、また、繰り返して、読んだほうがより、おそらく、理解が進むと思った。
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Posted by ブクログ
何がセクハラで何がセクハラでないか、というのは
パワハラとの複合を前提にしない限り
結局は個人の主観的判断にもとづくのであって
極端なことを言えば
恋愛に関するあらゆる言説は、セクハラ認定しうるものなんである
それはまあ仕方のないことだろう
どうやっても苦痛にしかならない組み合わせというものは
悲しいかな存在する
しかしそこで、セクハラ忌避と恋愛願望を合致させようとするあまり
潔癖症になってしまっては
さびしい人生が待っているばかりだぞよ
といった主張が、これらの小説には見え隠れしてあり
それは確かに一面、真理なのだけど
だからってもちろんストーカー行為は正当化されえないし
またそれによって与えられた(かもしれない)PTSDが
癒されることもないのだった
「なんとなく、リベラル」
高等遊民的な立場の人が自由主義を支持することに
欺瞞がないとはいえない
それはつまり
自分がその立場から引きずり下ろされる心配はないという確信に
もとづいた考えだから、なんだけど
社会全体が豊かなら、それもなんとなく許されるだろう
しかし同時に、この豊かな世の中で
それに迎合できない人々も確かに存在するのであった