ジュール・ヴェルヌのレビュー一覧

  • 海底二万里(下)

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    ヴェルヌの〈驚異の旅〉シリーズのひとつでもある本作。
    海中でのさまざまな冒険譚もさることながら、謎の人物として描かれているネモ船長がこの物語のキーマン。観測者アロナクスの目を通してその知識や財力、正義感、非情さと危うさを垣間見せることでただの楽しい探索として終わらせない良さを感じた。
    『十五少年漂流記(二年間の休暇)』は児童文学らしくご都合主義的な展開が多かったが、本作はよりシビアな世界観が楽しめる。

    ネモ船長は支配的な社会構造と搾取を憎んではいるものの、船内で対等に会話をするのはアロナクスただ一人に対してのみである。ゴリゴリの階級社会にあった当時の姿を感じられることも、名作を読む楽しみだ。

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    2026年08月16日
  • 地底旅行

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    ネタバレ

    めちゃめちゃ面白かった!
    地底に入るまでは長かったけど、地底に入ってからは読んでてすごいワクワクした。
    地底は一体どうなってるんだろう、無事に帰って来れるのか、どうやって帰ってくるのだろうか、、、。
    想像してなかった地底の世界が次々に描かれてワクワクしたし、読むのに夢中になった。

    この『地底旅行』は、ディズニーシーのミステリアスアイランドや、センターオブジアースの元になった作品の1つらしい。
    特に、巨大キノコのシーンや、火山の噴火により勢いよく地上に押し戻されるシーンには、センターオブジアースを強く感じた。
    元々センターオブジアースの地下の風景や、実験道具などのプロップスを見るのが大好きだったけど、次乗った時は、もっと感動するだろうな。早くまた乗りたい。

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    2026年08月01日
  • 地底旅行

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    本当に地底を冒険しているような没入感。終始ワクワクだった。そして何より読みやすい。

    リーデンブロック教授の

    「科学というものは誤りだらけなのだ。だから誤りを犯すのはよいことだ。そのおかげで少しずつ真実に近づくことができるのだからな。」

    というセリフは、科学に向き合ったことがある人なら誰もが深く共感できるはず。彼の楽観的な態度も好感。

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    2026年05月17日
  • 海底二万里 (下)

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    わくわくした、コンセーユは相変わらずメロいが、最後のクライマックスシーンでネッド・ランドもマジで良い奴ってことが分かった、主人公の体験談みたいな小説好きだなーーー
    海好きにはおすすめ!

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    2026年05月11日
  • 二年間の休暇(下)十五少年漂流記

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    傑作だった、としか言いようがない。
    140年近く前の作品。『十五少年漂流記』というタイトルは知っていたが、今まで手に取ろうとも思わなかった。多分私の読書傾向として、一生読まなかったかもしれない。
    たまたま目に入り、手に取り、読んでしまった!
    『嵐に運び去られた少年たちが、ただの一人も欠けることなく戻ってきた。』
    『秩序と熱意と勇気をもってのぞめば、たとえどんなに危険な状況に陥ろうと、必ずそこを抜け出すことができる。』
    間違いなく読んで良かったリストに入る。こんな出会いあるんだな。

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    2026年02月18日
  • 海底二万里(下)

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    『100年以上前に書かれたとは思えない物語』
    ・フィクションだが実在しそうな潜水艇
    ・地球の海を網羅した情報と物語

    上下巻で抜群の読み応え。自然界で起こる人の生死、人が起こす人の生死を明細に描いている

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    2026年01月12日
  • 海底二万マイル

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    今読んでもドキドキワクワクが溢れている物語。空想科学としての面白さはもちろん申し分ないのですが、この本をまだ電話も飛行機もない時代に読んだ人達はどんな気持ちになったのだろうと、作品の背景も含めてワクワクしました。

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    2026年01月02日
  • 八十日間世界一周(下)

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    キングオブ娯楽小説!

    八十日間で世界一周できるのか?
    今の技術ならあたりまえの話で、誰に聞いても「当たり前だ」という回答の来る質問。
    しかし本書が執筆された当時はそれが賭けの対象になるほど。
    上巻に引き続き世界一周を続けるが、やはり日本の読者にとってはとうとう日本に一行がやって来るのが嬉しい。しかも、なかなか大事な場面だ。あとは日本の当時の様子を知るのも楽しい。社会や歴史の授業で知識は得るのだが、この様な小説の中で海外の人の目を通して知る機会はなかなか貴重だと思う。日本もそうだが、当時の世界情勢やその土地々々の風習や風情風景、イギリスの隆盛ぶりなども興味深く読める。
    しかし、やはり楽しいのは本当に八十日間で世界一周できるのか?!
    行く先行く先で何らかのトラブルに巻き込まれる一行。沈着冷静なフォッグさんを見るとなんとかしてくれると読んでいるこちらも心強い。パスパルトゥーはその明るさと軽快さで一行の助けになるし、読者を楽しませてくれる。そんな旅の楽しさやドキドキ、さらには登場人物たちの魅力でも素晴らしいのだが、さらにもう一段。フォッグさんが銀行強盗ではないかと刑事が追ってくるドキドキもそこに加わってくる。そりゃあ楽しくなりますよ。
    ラストがどうなるか、本当に八十日間で世界一周できたのかは読んでのお楽しみと言うことで。
    当時のことに思いを馳せながら、老若男女に読んで欲しい作品だと思います。

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    2025年12月24日
  • 海底二万里(下)

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    ジュール・ヴェルヌ読んでると初めて読んでるはずなのに、何故か聞いたことあるような話だなと思うのはSFの父だからかなと思う。本当のスタンダードというかベタを作った人ということだよね。



    ジュール・ヴェルヌ  
    Jules Verne 1828年フランス、ナントに生まれる。ナントのリセを出たあと、 1847年法律の勉強のためパリを訪れる。 48年にアレクサンドル・デュマ父子と出逢い、劇作家を志す。地理や科学、博物学の広範な知識と、豊かな空想力を駆使して数多くの作品を発表した。空想科学小説の父と呼ばれる。主な作品に『地底旅行』『八十日間世界一周』『神秘の島』など。」

    「ここで特に名前を挙げておきたいと思うのは、紅海、インド洋、そしてアメリカ大陸の赤道付近の沿岸に生息するハコフグです。ハコフグという魚は、カメ、アルマジロ、ウニ、甲殻類の動物と同じように鎧で身を守っています。もちろん白亜や石でできた鎧ではなく、本当の骨でできた鎧です。その形は正面から見れば三角形に見えますが、中には四角形に見えるのもいます。三角形のハコフグとしては、体長五センチ、肉は無毒で美味、茶色い尾と黄色いひれを持つハコフグがいました。このハコフグを淡水に順化させてみると面白いでしょう。海産魚の中には簡単に淡水に馴染むものもかなりいるのです。また、背に大きな突起が四つついている四角いハコフグ、即ちコンゴウフグや、体の下の方に白い斑点がついているミナミハコフグもいました。このミナミハコフグは鳥のように飼い慣らすことができます。他にハコフグの仲間としては、骨質の外皮が長く伸びて針のようになっているトランクフィッシュがいました。トランクフィッシュは奇妙な唸り声をたてるところから「海の豚」とも呼ばれます。円錐形の大きな瘤のあるラクダハコフグもいましたが、こいつの肉は硬くて、まさに靴底のようです。」

    —『海底二万里 下 (角川文庫)』ジュール・ヴェルヌ, 渋谷 豊著

    「「つまり」と私は応じました。「いまだにそんな原始的なやり方でやっているということですね?」「ええ、いまだにそうなのです」とネモ艦長は答えました。「この漁場を管理しているのは世界で最も産業の進んだ国イギリスなのですが、にもかかわらず、あいかわらずそれが漁の実態なのです。真珠採りの実権をイギリスが握っているのは、一八〇二年にアミアン協定が締結されたためです」「あなたがご使用になっているような潜水服があれば、潜り手の作業もずっと楽になるでしょうが」」

    —『海底二万里 下 (角川文庫)』ジュール・ヴェルヌ, 渋谷 豊著

    「 私がそこまで確認したとき、「教授、真珠採りは」とネモ艦長が話しかけてきました。「……真珠採りはベンガル湾でもインド洋でも行われています。もちろん中国の近海や日本海でも、また南アメリカの海、パナマ湾、カリフォルニア湾でも行われています。だが、セイロン島ほど輝かしい成果をもたらしてくれる漁場は他にありません。たしかに、私たちはこの地にやってくるのがやや早すぎたとは言えるでしょう。真珠採りの漁師たちがマンナル湾に集まるのは三月ですから。三月になると、漁師たちが三百艘の舟を漕ぎだし、海の宝物を探すのにまるまる三十日費やします。これは金になる仕事です。それぞれの舟に漕ぎ手が十人、潜り手が十人乗り込みます。潜り手たちは二グループに分かれて、交互に海に入ります。縄で舟に繫いだ重石を両足に挟んで、平均一二メートルの深さまで潜るのです」」

    —『海底二万里 下 (角川文庫)』ジュール・ヴェルヌ, 渋谷 豊著

    「「するとムールガイもかね」とカナダ人が訊ねました。「そうだよ。スコットランド、ウェールズ、アイルランド、ザクセン、ボヘミア、フランスの沖の海流で育ったムールガイならばね」「よし、今後は見落とさんよう注意しよう」とカナダ人は言いました。」

    —『海底二万里 下 (角川文庫)』ジュール・ヴェルヌ, 渋谷 豊著

    「「だが」と私は話を続けました。「真珠を生み出す代表的な軟体動物は、何と言ってもいわゆる真珠貝、即ちメレアグリナ・マルガリティフェラという学名を持つ貴重なクロチョウガイだ。真珠というのは詰まるところ、真珠質が小球状に凝固したものに過ぎない。それが貝の殻に付着したり、軟体動物の襞の中にもぐり込んだりしているわけだ。ちなみに、貝の殻に付着する場合はぴたりと張りついて動かないのに、貝の肉の中に埋もれた場合は、一箇所に留まっていないで位置を変えることがある。ただ、いずれにしても、何か小さな硬い物質が真珠の核を成すことに変わりはない。それは無精卵でも、一粒の砂でもかまわないのだが、とにかく、その小さな物体の周囲に、真珠質の薄い同心円状の膜が何年もかかって積み重なったものが真珠なのだ」「同じ一つの貝の中に真珠がいくつもできるものでしょうか?」とコンセイユが質問しました。「ああ。クロチョウガイの中にはまるで宝石箱のようなものもあるよ。それに、まあ、これは私は真に受けていないのだが、聞くところによれば、一五〇ものサメの入った貝もあったというよ」「サメ?」とネッド・ランドが叫びました。「サメと言ったかね、今、私は?」今度は私がはっとして叫びました。「一五〇の真珠だ。サメでは意味をなすまい」「おっしゃる通りです」とコンセイユが言いました。「ところで、旦那さま、今度はどうやって貝から真珠を採りだすのかお教えいただきたいのですが」」

    —『海底二万里 下 (角川文庫)』ジュール・ヴェルヌ, 渋谷 豊著

    「「いろいろなやり方がある。真珠が殻に張りついている場合はペンチではぎ取ることも珍しくない。だが、ふつうはエスパルト繊維で編んだ筵を浜辺に敷き、そこに真珠貝を並べるのだ。こうすると、真珠貝は風通しの好い場所で死んでいくことになる。十日も経てば十分に腐敗が進んでいるから、死んだ真珠貝を海水の入った大きなタンクに沈め、殻を開けて洗浄するのだ。このとき海人は二つの仕事を行う。まず、真珠層のある貝殻を分別するのだ。貝殻は一二五から一五〇キログラムごとにケースに詰めて出荷され、商売人たちに『純正の銀』とか『混じりけのある白』とか『混じりけのある黒』などと呼び分けられることになる。海人の次の仕事は貝の身を剝がし、それを煮て篩にかけることだ。こうやって、どんな小さな真珠も取り逃さないようにするのだよ」」

    —『海底二万里 下 (角川文庫)』ジュール・ヴェルヌ, 渋谷 豊著

    「「真珠の値段は大きさで決まるのでしょうか?」とコンセイユが訊ねました。「大きさだけではないよ」と私は答えました。「形によっても、純度、つまり色によっても、また光沢によっても変わってくる。光沢というのは、要するに、私たちの目にとって真珠をかくも魅力的なものたらしめているあの玉虫色の輝きのことだ。最も美しい真珠はバージン・パールとかパラゴンと呼ばれているが、これは軟体動物の組織の内部で一つ一つ別々に作られるのだ。色は白くて、多くの場合、不透明だが、中には澄んだ乳白色のものもある。たいてい球形か洋梨のような形をしていて、球形のものはブレスレット、洋梨形のものはイヤリングやネックレス向きだ。何しろ最も貴重な真珠だから、取引の際は一粒単位で値が付けられる。それ以外の真珠は貝殻に付着していて、色も形ももっと不均一だ。重さで売買される。さらにランクが低いのはケシ玉真珠と呼ばれる小さな真珠。これは計り売りしていて、とくに教会の装飾品に刺繡を施すのに用いられるのだよ」」

    —『海底二万里 下 (角川文庫)』ジュール・ヴェルヌ, 渋谷 豊著

    「「そう。ジュゴンの肉は非常に評価が高く、マレーシアでは国中で王族だけが口にできる食べ物とされています。これは正真正銘の獣肉です。そのため、皆が目の色を変えて狩りをします。その結果、ジュゴンは同類のマナティー同様、数が激減しているのです」「艦長、そうしますと」とコンセイユが真剣な面持ちで言いました。「あそこにいるのがひょっとすると最後の一頭かもしれないのですね。であれば、見逃してやるべきではないでしょうか?  科学の進歩のために申し上げているのですが……」」

    —『海底二万里 下 (角川文庫)』ジュール・ヴェルヌ, 渋谷 豊著

    「敷布のように広がる電光によって煌々と照らし出された水の中には、体長一メートルのヤツメウナギがうねうねと泳いでいました。これは大概どの海にも生息している魚です。また、エイの仲間で、横幅五ピエ、腹が白く、灰白色の背に斑点のついたロングノーズド・スケイトもいました。このロングノーズド・スケイトはまるで潮流に運ばれていく巨大な肩掛けのように、ふわりと海中に漂っていました。その他にもエイはいましたが、目の前をさっと通り過ぎていってしまうので、はたして古代ギリシア人が考えだした「鷲」というあだ名と、近代の漁師たちの考案による「ドブネズミ」「ヒキガエル」「コウモリ」のどれが本当にエイにふさわしいのかは判断できませんでした。」

    —『海底二万里 下 (角川文庫)』ジュール・ヴェルヌ, 渋谷 豊著

    「南仏人はプロポンティス海沿岸の住民やイタリア人同様、クロマグロが大の好物なのです。マルセイユではその彼らの大網に何千頭もの貴重なクロマグロが訳も分からないまま飛び込んで、むざむざ命を落とすのです。」

    —『海底二万里 下 (角川文庫)』ジュール・ヴェルヌ, 渋谷 豊著

    「軟体動物門の中で彼が名前を挙げている生物は以下の通りです。即ち、おびただしい数のクモエウチワ、互いに積み重なったウミダリアガイ、フジノハナガイ科の三角形の貝、黄色い側足と透明な殻を持つカメガイ、緑色がかった斑点がぽつぽつと──ものによってはびっしりと──ちりばめられた、卵のような格好のオレンジ色のウミフクロウ、「海のウサギ」の名でも知られるアメフラシ、タツナミガイ、肉付きの良いカノコキセワタガイ科のフィリノープシス・デピクタ、地中海特有のヒトエガイ、貝殻に極上の真珠層ができるミミガイ、ホンタマキガイ、ラングドック地方の人々が牡蠣よりも好むと言われるナミマガシワ、マルセイユの人々が大好きなアサリ、白くて厚ぼったいマルスダレガイ、北米の沿岸に繁殖し、ニューヨークでよく売れるハマグリの類い、さまざまな色のセイヨウイタヤガイ、穴に潜りこんでいるイシマテガイ──これは私も試してみましたが、香辛料を利かせたような風味がオツでした──、殻頂の膨らんだ貝殻がまるで浮き上がった肋骨のような、筋の入ったトマヤガイの一種、緋色の小突起に覆われたマボヤ、軽快なゴンドラを思わせる先の丸まったゾウクラゲ、冠をかぶったような姿のフェロール、螺旋形の貝殻を持つクチキレウキガイ、灰色の地に白い斑点があって、スペインの女性が頭にかぶっている房飾りのついたスカーフのようなものをまとっているメリベウミウシ科のテティス、小さなナメクジに似たオオミノウミムシ、背で海底を這うカメガイ、オカミミガイ科のさまざまな貝、そしてとりわけ特筆すべきものとして、卵形の殻を持つマウス・イヤード・スネイル、鹿毛色のスカレール、タマキビガイ、アサガオガイ、ニシキウズガイ科のグレイ・トップシェル、イワホリガイ、ベッコウタマガイ、カツラガイ、ネリガイなどです。」

    —『海底二万里 下 (角川文庫)』ジュール・ヴェルヌ, 渋谷 豊著

    「 それでも私はノーチラス号に戻ることにしました。私たちは断崖の一番高いところを走っている狭い急坂を通って十一時半には出発点に帰りつきました。すでにボートが砂地に乗り上げていて、ネモ艦長が陸に上がっていました。彼は玄武岩の塊の上に直立していました。足元には測量器具が並んでいます。その目は太陽が緩慢な曲線を描く北の水平線を見据えていました。  私は彼の近くに陣取って、何も言わずにただ待っていました。正午になっても、昨日同様、太陽は姿を現しませんでした。  結局、私たちはまたしても測量ができなかったわけです。それが運命だったのでしょう。もし明日も太陽が姿を現さないようなら、今いる場所の位置を決定するのは完全に諦めなければなりません。」

    —『海底二万里 下 (角川文庫)』ジュール・ヴェルヌ, 渋谷 豊著

    「「なるほど」と私は言いました。「ですが、今のお話は数学的な厳密さに欠けます。と言いますのも、太陽が春分点に来るのが正午とは限りませんから」「それはそうでしょう、教授。しかし、誤差は一〇〇メートルもありません。それで十分なはずです。では、明日」  ネモ艦長はノーチラス号に戻りました。コンセイユと私は五時まで海岸を歩き回って観察と研究を続けましたが、これと言ったものは何も手に入れることができませんでした。ただし、ペンギンの卵を別とすれば、です。目を見張るほど大きく、好事家なら一〇〇〇フラン払っても、いえ、それ以上払っても手に入れたいと思うようなペンギンの卵が見つかったのです。クリーム色の色合いといい、ストライプ模様の入り方といい、まさに貴重な工芸品と言っていいような逸品で、しかもヒエログリフを思わせる飾り文字まで入っているのです。私はその卵をコンセイユに委ねました。」

    —『海底二万里 下 (角川文庫)』ジュール・ヴェルヌ, 渋谷 豊著

    「この海にはクラゲも数多くいて、クラゲの中でも最も美しく、サン =マロ諸島の海に固有の種とされるヤナギクラゲの姿に感嘆する機会にも恵まれました。このヤナギクラゲは非常になめらかで赤褐色の縞模様の入った半球状の傘のような姿をしていて、傘の縁の部分には一二個の花綱が規則正しく並んでいました。また、ときにはそのヤナギクラゲがひっくり返った花籠のように見えることもあり、その花籠からは幅の広い葉と細長くて赤みがかった枝が優雅に覗いていました。このクラゲは木の葉のような四つの腕を動かし、豊かな髪のような触手を水に漂わせて泳ぎます。私はできることならこの華奢な植虫類のサンプルをいくつか持ち帰りたかったのですが、ヤナギクラゲは雲か影、あるいは幻影のようなもので、生来の住処である海水の外に出すと溶けて蒸発してしまうのです。」

    —『海底二万里 下 (角川文庫)』ジュール・ヴェルヌ, 渋谷 豊著

    「「それは分からない。だが、何ものだろうが、夜が来る前に沈められるのは確実だ。とにかく、どこまで正義に適っているのか分かりもしない復讐の共犯者にさせられるくらいなら、あの戦艦と一緒に滅びる方がましだ」」

    —『海底二万里 下 (角川文庫)』ジュール・ヴェルヌ, 渋谷 豊著

    「しかも、この作品は自然科学と人文学の架け橋にもなっている。今は細分化した知の諸分野に橋を架け渡すことが求められる時代のようで、「学際的」とか「領域横断的」といった言葉をよく耳にするが、そんな要求は約百五十年も前に、めっぽう面白い形で実現されていた観がある。  ヴェルヌは科学に強い興味を持ってはいても、おめでたい科学万能主義者ではなかった。『海底二万里』の最後でネモ艦長とその潜水艦がどうなってしまったのか、それははっきりと示されてはいないのだが、その曖昧さが曲者だ。作者は本作の幕引きにあたって、近代科学の申し子とも言うべきノーチラス号が大自然の脅威の前にあえなく滅び去った可能性を敢えて排除しなかったのである。私たち読者としては、やはり昨今の社会情勢を思い起こしながらあれこれ考えざるを得ないだろう。「科学の限界」とか「科学技術を盲信することの危険」とかについて……。」

    —『海底二万里 下 (角川文庫)』ジュール・ヴェルヌ, 渋谷 豊著

    「『海底二万里』を読み終えて目を閉じると、ちょうど長い旅を終えた後のように色々なシーンが脳裏に甦ってくる。海底の森の散策、クジラとの闘い、サンゴの墓、ビーゴ湾訪問、等々。そして私たちは改めて作者の豊饒な想像力に驚嘆することになるのだが、とはいえ、いかにヴェルヌが天才であっても、何もないところからこれだけの物語を生み出すことはできない。彼は科学論文、概説書の類いは言うに及ばず、相当の数の文学作品を読み込み、そこから様々なヒントを得ている。『海底二万里』は旺盛な読書の所産でもあるのだ。例えば巨大タコとの死闘シーン。十九世紀フランスの文豪ユゴーの『海で働く者たち』にはタコが人を襲う話が出てくるが、これはその話をヴェルヌ流に発展させたものと言えそうだ。  もう一つだけ例を挙げておくと、エドガー・アラン・ポーの諸作もヴェルヌにとっては重要な発想源の一つだった。彼はこのアメリカ人作家を敬愛していて、本書でも何度かその名を引いているが、はっきりと名前を挙げてはいない箇所にもポーの影響は認められるはず。ノーチラス号が南極点からの帰路に大海氷の下に閉じ込められてしまうくだりは『海底二万里』の読みどころの一つだろう。さすがにヴェルヌは手が込んでいて、窒息死の恐怖に、両側から迫ってくる氷壁に押し潰される恐怖を重ねて〈恐怖の二重奏〉を奏でているのだが、ここにはポーの恐怖小説「落し穴と振子」の反響が認められるかもしれない。「落し穴と振子」も男が狭い空間に幽閉される話で、男は闇の中で様々な脅威に曝されるのだが、その一つはやはり徐々に迫ってくる壁だった。もっとも、その壁は氷壁ではなく、白熱した鉄の壁だったのだが……。ユゴーとポーの小説はどちらも邦訳があることでもあるので、読み比べてみるのも一興だろう。『海底二万里』を〈もっと楽しむ〉ための良いツールになってくれるはずだ。」

    —『海底二万里 下 (角川文庫)』ジュール・ヴェルヌ, 渋谷 豊著

    「一方、『海底二万里』が後世に与えた影響はと言えば、これはもう計り知れない。話を日本に限っても、明治十年代には早くも邦訳が刊行され、それ以後、新訳が何度も出ている。この小説に着想を汲んだ作品も、矢野龍渓『浮城物語』を筆頭にかなりの数に上るはずだ。中にはノーチラス号の潜水服を改良したと思しき潜水服が出てくる小説もある(山本周五郎『囮船第一号』)。ちなみにその新型の潜水服はヘルメットの内側に「伝響板」が付いていて、水中でも会話が可能なのだとか。これがあったらどんなにアロナックス教授が喜んだだろう、と惜しまれもするのだが、ともあれ、こんなふうに日本にまで及んだノーチラス号の航跡を辿ってみるのも中々面白いのである。  ここで、アロナックス教授が(そしてときにはネモ艦長も)犯しているケアレスミスについて一言しておこう。実はこの教授、日付を間違えたり計算ミスを犯したりと、「教授」らしからぬ粗忽さが目立つのだ。訳出に当たっては、読者の方に〈間違い探し〉を楽しんでいただくのも悪くはないだろうと考え、あまりにも目に余る場合を除けばそのままにしておいたが(上巻第十三章のノーチラス号の重量計算のくだりなどは難易度の低い〈初級編〉だから、間違い探しをなさるならその辺りから始めるのがおススメ)、ただ、間違い探しもさることながら、この手のミスを徹底的に正す気になれなかったのは、そこに作者ヴェルヌの姿が透けて見えるように思えたからだ。」

    —『海底二万里 下 (角川文庫)』ジュール・ヴェルヌ, 渋谷 豊著

    「日本でもヴェルヌは早くから紹介されてきたわけだが、それでもこの作家とは今まで何故か縁がなかったという方もおられるだろう。そうした方にとって、本書が大海のようなヴェルヌ・ワールドに漕ぎ出す機縁となれば、訳者にとってこれにまさる喜びはない。」

    —『海底二万里 下 (角川文庫)』ジュール・ヴェルヌ, 渋谷 豊著

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    2025年12月12日
  • 海底二万里(上)

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    ジュール・ヴェルヌは地理、科学、博物学を元にしてSFを書いてるからなんか知識の幅広さがダーウィンに似てる。ダーウィンは小説は書いてないけど、ビーグル号航海記っていう旅行記が、事実は小説よりも奇なりで小説以上に面白いけどね。

    「ジュール・ヴェルヌ  
    Jules Verne 1828年フランス、ナントに生まれる。ナントのリセを出たあと、 1847年法律の勉強のためパリを訪れる。 48年にアレクサンドル・デュマ父子と出逢い、劇作家を志す。地理や科学、博物学の広範な知識と、豊かな空想力を駆使して数多くの作品を発表した。空想科学小説の父と呼ばれる。主な作品に『地底旅行』『八十日間世界一周』『神秘の島』など。」

    「この点をめぐって熱っぽい議論が交されました。私の論文は大きな反響を呼んだのです。支持を表明してくれる人もそれなりの数に上りました。この論文に示した私の見解は人々の想像力に翼を与える態のものでした。人間の精神というのは超自然の生物をめぐって壮大な夢を見たがるものです。そして、海はそんな夢にとってまさに最高のフィールドなのです。象にしろ犀にしろ、とにかく陸生の大型動物を小人同然に見せてしまうほど巨大な生物が生まれ育つ可能性のある唯一の場所、それが海なのですから。実際、海には現在知られる限りで最大の哺乳類が生息しています。ことによると、途方もないスケールの軟体動物、見るも恐ろしい甲殻類、例えば全長一〇〇メートルのオマールエビや重さ二〇〇トンのカニが潜んでいないとも限りません。誰がその可能性を否定できるでしょう?  かつて地質年代には、陸生動物、即ち、四足動物、四手獣、爬虫類、鳥類は巨大な規格に合わせて造られていました。神がお使いになる鋳型はとてつもなく大きかったのです。その鋳型は時代とともに縮小していったのですが、もしかすると、海の知られざる深淵には今もなおかつての生命のさまざまなサンプルが息づいているかもしれません。そう、ほとんど絶えまなく変動しつづける地核とは対照的に、けっして変わることのない海の懐の中になら、巨大生物の最後の変種が潜んでいるのではないでしょうか?  海の巨大生物にとっては、私たちの一世紀も一年に、私たちの一千年も一世紀に過ぎないのです……。」

    —『海底二万里 上 (角川文庫)』ジュール・ヴェルヌ, 渋谷 豊著

    「「商談のときはそうだろう。だが、ネッド、数学は違う。ひとつ聞いてくれないか。今、仮に、一気圧が高さ三二ピエ、つまり約一〇メートルの水柱の圧力に等しいものとしよう。いや、実際には水柱はもう少し低いものになる。海水は真水より密度が濃いからね。だが、ネッド、今は一気圧三二ピエと仮定して、その上で君が海に潜るとしよう。すると、深さが三二ピエ増すごとに、君の身体には一気圧相当の水圧が加わることになる。つまり、君の体表に一平方センチあたり数キロの水圧がかかるわけだ。深さが三二〇ピエになれば、水圧は一〇気圧相当になり、深さ三二〇〇ピエなら一〇〇気圧、そして深さ三万二〇〇〇ピエ、つまり水面下約二・五里のところまで潜れば一〇〇〇気圧というわけだ。ということは──もちろん、もし君がそんな深いところにまで潜ることができるとすれば、の話だが──、君の体表には一平方センチあたり一〇〇〇キロの圧力がかかる、という計算だ。ところで、我が親愛なるネッドよ、君は自分の体表面積がどのくらいか知っているかね?」」

    —『海底二万里 上 (角川文庫)』ジュール・ヴェルヌ, 渋谷 豊著

    「 その結果として「揺り戻し」が生じたわけです。まず失望感が乗組員の心を捉え、それが懐疑論への道を開きました。こうして艦内に新たな感情が生まれました。屈辱感が三割、残りの七割は怒りでした。幻に振りまわされるとは「何と愚か」だったか、いや、それより何より腹が立ってならない、というわけです。この一年間、営々と積み上げてきた論拠の山はがらがらと崩れ落ち、乗組員たちはそれまでむざむざ犠牲にしてきた貴重な時間を取り戻そうと、食卓とベッドを離れなくなりました。  人の心というのは変わりやすいもので、エイブラハム・リンカーン号の乗組員たちもその点で例外ではありませんでした。彼らは極端から極端へと走りました。今回の作戦を最も熱心に支持していた者が、最も辛辣な反対論者になり変わったのです。この揺り戻し現象はまず船底で生じ、石炭繰り水夫の持ち場から上層部の食堂にまで及びました。そこでもしファラガット艦長が並はずれた頑固さで立ちはだからなかったとしたら、フリゲート艦はきっぱりと船首を南に向けていたでしょう。」

    —『海底二万里 上 (角川文庫)』ジュール・ヴェルヌ, 渋谷 豊著

    「私たちが助かるも助からないも、ひとえにこの乗り物を操っている正体不明の操舵手の気分次第でした。もし操舵手が海底に潜ろうなどと考えれば、それで一巻の終わりなのです。もっとも、その危険を別にすれば、私はかならず内にいる連中と連絡が取れるはずだと信じていました。というのも、彼らが自分たちで空気を製造しているのでない限り、ときどき海面に浮上して酸素を補給しているにちがいなく、そうであれば、かならずどこかに船の内部と外部を繫ぐ開口部があるはずだからです。」

    —『海底二万里 上 (角川文庫)』ジュール・ヴェルヌ, 渋谷 豊著

    「私たちが助かるも助からないも、ひとえにこの乗り物を操っている正体不明の操舵手の気分次第でした。もし操舵手が海底に潜ろうなどと考えれば、それで一巻の終わりなのです。もっとも、その危険を別にすれば、私はかならず内にいる連中と連絡が取れるはずだと信じていました。というのも、彼らが自分たちで空気を製造しているのでない限り、ときどき海面に浮上して酸素を補給しているにちがいなく、そうであれば、かならずどこかに船の内部と外部を繫ぐ開口部があるはずだからです。」

    —『海底二万里 上 (角川文庫)』ジュール・ヴェルヌ, 渋谷 豊著

    「「諸君、私はフランス語も、英語も、ドイツ語も、ラテン語も話せます。ですから、あなた方と初めて顔を合わせたとき、すぐに言葉を交わすこともできたのです。ただ、私はまずあなた方のことを知りたかった。そして、よく考えてみたかった。四つの言語によるあなた方の話は、大筋において完全に一致していました。おかげで、あなた方の素性も明らかになりました。今や私は、偶然の導きにより私の前に現れたのが、パリ博物館博物学教授にして国外科学調査担当官のピエール・アロナックス氏、その召使いのコンセイユ、そしてカナダ出身でアメリカ合衆国海軍保有のフリゲート艦エイブラハム・リンカーン号に乗船していた銛打ちのネッド・ランドだということを承知しています」」

    —『海底二万里 上 (角川文庫)』ジュール・ヴェルヌ, 渋谷 豊著

    「「艦長、あなたは海を愛しておられるのですね」「そう、愛しています!  海こそすべてです!  なにしろこの地球の十分の七は海に覆われているのですから。海の息吹は清らかで健康的です。この海という果てしない砂漠で、人はけっして孤独にはなりません。つねに身近に生命の胎動を感じるからです。海は超自然的かつ驚異的な存在を回遊させています。まさに運動と愛の化身、あなた方の詩人の一人が言ったように、生きた無限に他なりません。教授、海には自然の三界、つまり鉱物界、植物界、動物界の三つが揃っています。海の動物界を代表するのは四種類の植虫類、三綱の体節動物、五綱の軟体動物、そして三綱の脊椎動物、即ち哺乳類、爬虫類、それに数多くの魚類です。魚類の数はまさに無限で、じつに一万三〇〇〇以上の種に分かれていますが、淡水に棲むのはその十分の一に過ぎません。海は自然の巨大な水槽です。この地球はいわば海とともに始まり、そしておそらく海とともに終わるのです。海には至上の安らぎがあります。世の専制君主どもに支配されていないからです。たしかに海の表面では、専制君主どもが不公平な権利を行使したり、争ったり、むさぼりあったりすることもあるでしょう。陸のおぞましいものをすべて持ち込んでこないとも限りません。ですが、水中に一〇メートルも潜れば、もう彼らの力は及びません。彼らの影響力、支配力は霞んで、無に帰します。ああ、教授、どうか海の懐に抱かれて生きてみてください!  ここでは、そう、ここでだけは、人は独立を保てるのです!  私は誰にも支配されていません!  私は自由です!」」

    —『海底二万里 上 (角川文庫)』ジュール・ヴェルヌ, 渋谷 豊著

    「読書するときに本を置く書見台もいくつかありました。自由に閉じたり開いたりすることのできる軽量の書見台です。部屋の中央の大きなテーブルは仮綴本の山で覆われていて、本の隙間からずいぶん昔の新聞が数紙覗いていました。そのすべてが調和のとれた雰囲気を醸し出していて、そこに電気の光が降り注いでいました。光源は、天井の渦巻き装飾の中に半ば埋まるようにはめ込まれた四つのつや消しガラスの電球でした。私は心の底から驚嘆しながら、目を疑ってしまうほどみごとにしつらえられた部屋を見まわしました。」

    —『海底二万里 上 (角川文庫)』ジュール・ヴェルヌ, 渋谷 豊著

    「私はどの植物も表層の粘つきによって地面に付着しているだけだということに気づきました。つまり、地中深くに根をはっていない、という意味です。また、植物は何らかの固形物をいわば足場代わりにすることはあっても、そこから生命力を汲みとってはいませんでした。植物にとっては、足場になってくれるものが何であろうと──砂だろうが貝殻だろうが、ウニの外皮だろうが小石だろうが──、そんなことはどうでもよいことでした。ここでは植物はいわば自力で生きていて、水にだけ生命を依存していました。そうです、植物を支え、養っているのは水だけだったのです。大半の植物は葉の代わりに薄い膜のようなものを付けていました。薄い膜の形は千差万別でしたが、それを彩る色彩は数が限られていて、ピンク、深紅、緑、オリーブ色、淡い黄褐色、茶色くらいのものでした。ノーチラス号の艦内に展示されていたのと同じ種類の植物もありました。もちろん、ここでは艦内にあるような乾燥した標本ではなく、生命の通った植物の姿を目の当たりにすることができたわけです。その例をいくつか挙げておきますと、風を呼ぼうとするかのように扇形に広がったクジャク・ウミウチワ、緋色のイギス、食用の新芽を伸ばしたコンブ、細い糸のように曲がりくねったブルウキモなどがありました。このブルウキモというのは長さが一五メートルもあって、先端が大きく広がっています。他にも、茎の先が膨らんだカサノリの束など、数多くの外洋性植物がありました。ただし、花を咲かせているものは一つもありませんでした。「興味深い異常現象であり、不可思議な世界と言うべきだ」と一人の才気ある博物学者が言っています。「動物界が花を咲かせ、植物界が花を咲かせないとは!」」

    —『海底二万里 上 (角川文庫)』ジュール・ヴェルヌ, 渋谷 豊著

    「た。「海には正真正銘の循環系が備わっています。創造主はそのシステムを作り出すのに、ただ海水中の熱素と塩分と微小動物を増やすだけでよかったのです。実際、熱素は密度の違いを生み、それが海流と反流を引き起こします。北極圏ではまったく認められず、赤道地帯ではきわめて盛んな現象、即ち蒸発という現象が、熱帯の海水と極地の海水を絶えず交流させるのです。さらに、私はこの目で見たことがあるのですが、海面から海底へ、また海底から海面へと向かう潮流もあるのです。これこそまさに海の『呼吸』と呼ぶべきものでしょう。海面で熱せられた水の分子は深海に沈み、氷点下二度で最高の密度に達しますが、さらに温度が下がると、今度は軽くなって海面に浮上します。この現象がどんな結果をもたらすか、それはあなたも極地で実際にご覧になるでしょう。そして、実際にご覧になれば、この思慮深い自然の法則のおかげで海が水面しか凍結しない理由もお分かりになるでしょう」」

    —『海底二万里 上 (角川文庫)』ジュール・ヴェルヌ, 渋谷 豊著

    「一月二日、私たちは日本の近海を出発してすでに一万一三四〇マイル、つまり五二五〇里を踏破していました。ノーチラス号の衝角の前には、オーストラリア北東の海岸線に沿って広がるサンゴ海の危険な海域が待ちかまえていました。私たちは恐ろしい暗礁が潜んでいる一帯──一七七〇年六月十日にはかのクック船長率いる船隊をもう少しで沈没させかねなかった難所──からわずか数マイルのところを進んでいきました。クック船長の船が岩礁に衝突しても沈没しなかったのは、ぶつかった衝撃で剝離したサンゴの塊がたまたま船体の裂け目を塞いだからに過ぎません。」

    —『海底二万里 上 (角川文庫)』ジュール・ヴェルヌ, 渋谷 豊著

    「あいかわらず海は荒れていて、雷鳴を思わせるような凄まじい波が長さ三六〇里に及ぶ長大なサンゴ礁に打ち寄せていました。私はぜひともそのサンゴ礁をまぢかに見てみたいと思っていたのですが、ノーチラス号が傾斜翼を傾け、私たちを深い海の底に連れていってしまったので、巨大なサンゴの壁を眺めることはできませんでした。そのため、私はせめて漁網にかかった魚類のさまざまなサンプルを眺めて楽しむことにしました。とりわけ目を引いたのは、サバの仲間で、マグロのように大きなビンナガでした。その青みがかった脇腹に入った横縞は、命とともに消えてなくなります。ビンナガは群れをなしてノーチラス号のお供をしてくれた上に、極めて繊細な魚肉を私たちの食卓に提供してくれました。ビンナガの他に、ヘダイの仲間もたくさん網にかかっていました。これは体長五センチほどの魚で、まさにヘダイと同じ味がしました。また、海中のツバメとも言うべきニシセミホウボウも獲れました。ニシセミホウボウは暗い夜、体から燐光を放って空を飛び、水中と空中に弧を描くのです。軟体動物および植虫類としては、いろいろな種類のウミトサカ、ウニ、シュモクガイ、ニチリンサザエ、クルマガイ、オニノツノガイ、カメガイなどが引き網の網目に引っかかっていました。植物相はと言いますと、小孔から滲出する粘液にまみれたコンブやマクロシスティスなどの美しい浮藻が主な収穫物でした。その中に、私はみごとなネマストマ・ゲリニアロイドを見つけました。世の博物館で珍重されるものの一つです。」

    —『海底二万里 上 (角川文庫)』ジュール・ヴェルヌ, 渋谷 豊著

    「もっとも、カナダ人はそうしたパプアの植物相の美しいサンプルには見向きもしませんでした。目を楽しませるものよりも腹の足しになるものの方が大事だったのです。彼はココヤシの木を見つけると、さっそくその実をいくつか叩き落として割りました。私たちはココナッツミルクを啜り、果肉を食べて、ノーチラス号の日々の食事に覚えるのとは別種の満足感を覚えました。「こいつはうまい!」ネッド・ランドが言いました。「じつに美味です!」コンセイユが応じました。」

    —『海底二万里 上 (角川文庫)』ジュール・ヴェルヌ, 渋谷 豊著

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    2025年12月12日
  • 八十日間世界一周(上)

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    面白かった。
    旅であり、冒険でもある世界一周。
    それを当時の移動手段で80日でするという。
    その80日はなんとしても守らなくてはいけない。
    障害はいくつもやって来る。どう乗り切るか?!
    追跡者との争いはどうなるのか下巻を期待!

    当時の世情も読んでいて楽しいし、登場人物はみんなしっかりキャラがある。
    わくわくドキドキする展開も楽しい。かなり前の時代に書かれた本ではあるが今読んでも十分楽しめる。ゾウに乗って旅をしたい!
    新訳だからか、読んでいて分かりづらかったり不自然な言葉もない。
    子どもたちにも読ませたい一冊。
    大人の自分が読んでも楽しいしくて、下巻が楽しみになるほど。刑事さんの結末はどうなるんだろう。

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    2025年11月21日
  • 八十日間世界一周

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    ネタバレ

    現在のように移動手段が限られる中で、様々な困難を乗り越えながら
    最終的には予言通り80日間で世界を一周してしまう、というお話。
    特にアメリカに入った喜びが大きすぎて船内でとんぼ返りをしたら床を踏み外しそうになったり、汽車内で唯一のモルモン教布教講義の傍聴者になったりと、
    時々出てくるパルパストゥーの滑稽さが面白かった。

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    2025年11月13日
  • 海底二万マイル【試し読み】

    購入済み

    原子力潜水艦の名前にも

    能力あるSF作家は未来の技術の予言者になりうる、という格言があるがそれの代表とも言えるジュール・ヴェルヌの作品である。本作品の潜水艦の名前が、アメリカ海軍が最初に作った原子力潜水艦の名前にも採用されているも宜なるかなと思わせる傑作である。

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    2025年05月06日
  • 神秘の島(第三部)

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    無人島に不時着した遭難者たちの物語最終巻。仲間も増え、安定した生活を手に入れた彼らは海上に船を見つけるが、その正体は脱獄した囚人の集団だった。悪漢どもに島は荒らされ、銃撃戦が起き、命の危機に瀕する少年。行方不明になる仲間。数の暴力と医薬品の不足、もう助からない……次々と襲いくる絶望。誰もがおしまいだと悟ったそのとき、謎の存在が彼らに救いの手を伸ばす。彼らは謎の存在に感謝の気持ちを伝えようと、「彼」を探すことに決める。そして、彼らが開拓してきた島にも重大な変化が。
    怒濤の展開に、読む手が止まらなかった。どこから狙われているかわからないゲリラ戦はハラハラし、少年が衰弱していく描写は読んでいて辛かった。奇跡を願う彼らを助けてくれる存在。正体不明の「神秘」の力が宿る島。それがこのシリーズのタイトルの意味だったのかと、最終巻にして理解しました。
    私が好きなのは、その「奇跡」をサイラス技師がそのまま受け入れていたのではなく、多少の疑念と反発心をもちつつ感謝していたこと。援助をただありがたがるのではなく、その正体を突き止め、なんとしてでも感謝を伝えるべきだと強く思っていたのが人間らしくていいなと。
    そして彼らは奇跡の正体に出会う。「あなたの名前を知っています。船の名前も。だって、あなたは『海底二万里』という本に書かれていますから」「なんだって!?」
    こういう展開、私はとても好き。本の中の人物が、まるで実際に存在しているかのように思えて面白い。
    そこで明かされる彼の過去や思惑、願い。年数のつじつまが合わない部分もあるけれど、これは間違いなく『海底二万里』の続編。あれほど人の世を嫌っていた彼が人を助けた。死を前にした彼の願いは、多数の人間を海底に沈めた罪深い自分への、他者からの断罪。
    本当に良かったなと思ったのは、クルーたちを次々に看取ったネモ艦長が、誰にも看取られずに死んでいく未来もあったはずなのに、それを避けられたこと。それだけではなく、縁を切ったはずの人間たちから感謝され、安らかにと祈ってもらい、大事なノーチラス号と共に海へ埋葬されたこと。
    その後、島は大変な事態に陥るのですが、そこで「こんな大変な目に遭わなくて済んで、ネモ船長はタイミング良く死んでよかったよね!(超意訳)」と言われているのが面白かったです。ほんとそう、彼はすべてにおいてズルい。島がボロボロになって、間に合え!と頑張って造っていた船もズタボロになって、岩礁の上、すべてを失った開拓者たちを助けたのも、言わずもがな。この展開はズルすぎる。伏線回収。ずっと鳥肌。ずっと涙。最後までかっこいい。ありがとうヴェルヌ。公式で彼の死を描いてくれて。ありがとうネモ艦長。ずっとずっと大好きです。よく頑張った仲間たち。皆、幸せになってね。会えて本当に良かった。うまくまとまらないので、また日を置いて語りたいです。

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    2025年04月30日
  • 地底旅行

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    感情揺さぶられて終始ワクワク!凄く面白い!

    地底を旅行するまでが想像以上に長い…けどそれも含めて旅行気分が味わえて良いですね。
    地底に潜ってからは自然の厳しさや上手くことが運ばない現実感にやきもき、時には絶望感まで感じる巧い描写。。
    絶望があるから希望が見えた時も一層感動するんだと描写の良さを感じます。

    面白かったのですが、ちょっと地底旅行が少なかったかなと思います…もう少し色々なところを冒険しても良かったのでは(映画のように)と思います。

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    2025年04月26日
  • 八十日間世界一周(下)

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    そんなもん面白くないわけがない

    と言うわけで、上巻でフォッグ氏一行が利用した交通手段で、当時と現在も変わらずにあるものの答えは「象」です
    簡単すぎて申し訳ない

    それにしても、なによこの面白さ

    そして面白ポイントは無限にあるんだが、今回は主人公フォッグ氏の魅力について語りたい

    フォッグ氏はまずイギリス人紳士なんです
    で、外からは感情が良く分からんの
    常に冷静沈着、言葉数も少ない
    だけど中身はめちゃくちゃ情が厚くて、親切で、誇り高い

    そしてなんかちょっと変なことするとだいたい「イギリス人らしい」とか書かれる
    ヴェルヌはフランス人なので、恐らくちょっと馬鹿にしてる
    イギリス紳士馬鹿にしてる

    んでも、このフォッグ氏がほんとに魅力的で、みんな好きになっちゃうんよね

    果たしてフォッグ氏は『八十日間世界一周』を達成することは出来たのか!
    超有名なお話だけど、意外とみんな成否知らんよね

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    2025年03月26日
  • 海底二万里(上)

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    ネタバレ

    いつか読んでみたいと思っていた作品。読んでみました。
    題名は『海底2万里』です。原題に書かれているフランスの単位「リュー」と日本の「里」が両方とも約4キロメートルなので、2万里と意訳されたそうです。深さではなく、北へ南へ行きながらの航行距離8万キロメートルのお話です。(地球1周は約4万キロ)

    最初の方は北緯・西経の位置を地球儀で確認して何処辺りを航行していているか調べていたけれど、徐々に手を抜いて参照を見ずにとりあえず前に読み進めていきました。

    この本が書かれたのは1869年。まだエッフェル塔がなく、蒸気船が全盛期の時代に、これだけ調べ上げ、生物や産業知識を詰め込んだ著者に尊敬の念以外ありません。
    今読んでいる私でもこんなにワクワクしていのに、当時の人はどんな思いで読んでいたのでしょう。

    ネモ船長の年齢が35歳から50歳?フランス人ではないよう?…航海の日にちの流れを感じつつ、こういう設定にできるのは、本ならでは。
    『地球に必要なのは新しい大陸ではなくて新しい人類です!』と言うネモ船長。
    なぜ現世を捨て潜水艦に住んでいるのか。潜水艦の乗組員は何者なのか?宗教観は?厳かな雰囲気で下巻に続きます。

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    2025年03月20日
  • 海底二万マイル【試し読み】

    購入済み

    古い感じもいい

    この本は少し昔に書かれたものでちょっと古いと感じる人もいるかも知れませんが海のロマンやスリルの描写がとても面白く私が好きな一冊です

    #ドキドキハラハラ

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    2025年03月13日
  • 海底二万里 上

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    このタイトルを知ったのは、小さい頃に見ていた「ふしぎの海のナディア」のOPでした。ネモ船長が渋くて威圧的で怖かったけど、今見るとまた違う印象になりそう。
    同じくNHKの「YAT安心!宇宙旅行」も好きだった。ヒロインカツラさんが可愛い。珍しい名前だと思ってた記憶があります。

    世間を騒がせる海の怪物の正体を追う船に同乗できた博物館学者の主人公。ついに怪物を見つけ攻撃するも、全然適わず。逆襲され、海に落ちて死にそうなところを潜水艦に助けられ、世間と絶縁した、いかにもワケアリ風なネモ艦長と接触し、世界中の海を巡る冒険に出る…序盤から最高です。

    怪物の正体は最先端技術の粋を集結させた潜水艦で、巨大なイッカクだと推測していた主人公は驚く。「助けてくれてthx、ところで国に帰りたいのだが」と伝えるも、俗世に存在が知られたくない艦長の答えはNO。「船中ならご自由に」と言われ、帰りたい気持ちよりも学者の血が騒いでしまう…面白い展開

    ノーチラス号に攻撃した衝撃で海に落ち、逆に救出された主人公たち。世俗を断つネモ艦長から「君たちを陸地には戻せないが、船の中はご自由に」と告げられる。食べ物、衣服は全て海から採取したもの。エネルギー源の電気も海から。ノーチラス号造船の経過、レアな海洋生物の展示に膨大な書物等、興味深いものばかり。「我々は囚人ではない!」と訴えた主人公も、船の中は自由移動で、尋ねれば(割と)何でも応えてくれるネモ艦長との会話に大興奮。「狩りに招待します」と向かった"海底の森"に心を奪われるなど"囚人生活"を満喫している様子。
    天才ネモは何者なのか?旅の目的は?

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    1870年(!)に発表された海洋冒険小説。色鮮やかな海中風景や潜水艦の超ハイテク技術、主人公の心情、魅力的なネモ艦長の描写etc.....「確認ですが、あなたが体験したことではないんですよね?」と作者にインタビューしたいくらいの臨場感に溢れています。スマホの地図を見つつ、今はこの辺か〜とか、次はどの海に行くのかな〜とかを想像できて超楽しい。特に好きなのは、主人公と仲間達がいい歳した大人にもかかわらず、海や魚にはしゃいだり、技術に感嘆したり、肉だー!と久しぶりの陸を目指して船を漕ぐシーンです。下巻も楽しみ!

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    2025年02月28日
  • 二年間の休暇 下

    Posted by ブクログ

    これは名作だわ、さすがだわ。ドキドキワクワクが止まらないわ。とても100年以上前に書いたものとは思えない異才ぶりだわ、ひきつけられる文章すごい。学校もの、無人島もの、冒険譚、国籍・人種・年齢のダイバーシティマネジメントなんか今に通ずるものあるよね。色んな特徴を持った子供たちが組織力を発揮することで生き延びていく、リーダーってすごい。
    ドニファンみたいな子いるよなぁとか、ゴードンみたいな子いるよなぁとか、ブリアンに自分を重ねてみたり。でも実際には自分はモブの中の一人なんよなぁ。
    とにかく息をつかせぬ展開でなかなかハラハラドキドキ。2年間の休暇というタイトルも面白い、2週間の休暇予定が2年間も。

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    2025年02月15日