C.S.ルイスのレビュー一覧
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ネタバレ小学生の頃に映画を観たことがあり、読みながらそのシーンを難なく思い出しながら懐かしい思いで読みました。話の前半の方は全く覚えてなかったので新鮮な気持ちで読みました。
物語の初めの方に、四人が王として華々しい時代を過ごしたケア・パラベル城が荒廃しているのを発見するところは、なんだか切ない気持ちになりました。
またナルニアからイギリスに戻るラストシーンも、ピーターとスーザンはもうナルニアに来ることはできないとわかった上で、そして戴冠式の最後までを見届けることができずに途中で門をくぐってナルニアを去るところがなんとも切ない気持ちになりました。
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ネタバレ小学生の頃、ナルニア国ものがたりを三巻めの途中まで読んで挫折してしまってたので、もう一度最後まで読んでみたいと思い読み始めました。
小学生の頃に映画が出て、それを映画館に観にいくためにこの本を予習で読みました。でも今読み返してみると文章が今風の文章ではなく昔の書き言葉、言い回しというような感じで少し難しかったです。今の時代にないものも出てくるので、いまいちイメージしにくいところもありました。大人の私が読んで難しいということは、子供の頃に読んだ時には半分も理解できていたんだろうか…?
でも映画のシーンはところどころ覚えていて、よみながら「あー、こんなシーンあったかも」と頭に浮かんでくる部分もあり、懐かしく思いながら読みました。その映画は好きで思い出に残っています。
家にある衣装だんす(身近なもの)から異世界に繋がっていて大冒険がはじまるというのは子供たちにとってすごくわくわくする話だっただろうなあと思います。
今回はがんばって全巻読み切りたいと思います。 -
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世界三大ファンタジーの一つともいわれる作品。
にもかかわらず、今回読むまで全く知識がありませんでした。
今では日本でも広く知られる作品になっていますが、私たちが子どもの頃は、まだそれほどスタンダードな児童文学ではなかったように思います。
おそらく2005年の映画化で認知度が大きく上がったのではないでしょうか。さらに新潮文庫でも2024年から新訳シリーズが刊行されています。
世界累計1億部以上を誇る名作。
戦時中の疎開先となった古い屋敷。そのクローゼットの奥から、別世界ナルニア国へとつながる。四人きょうだいが活躍するファンタジーです。
児童向けなので物語はストレートで読みやすいのですが、私には今ひとつ入り込みきれませんでした。映画を先に観ていれば情景を思い浮かべやすかったのかもしれませんし、キリスト教的な世界観に馴染みがないことも、その一因なのかもしれません。 -
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ビーバーさんが四兄弟を彼の家に案内した時に、庭の主や物語の書き手のように誇らしい様子で客に見せていたとビーバーさんの様子が描写されていた。プロの庭師のような完成度に至らなくても、私なら最後まで自力で仕上げたい。だから、ビーバーさんがサンタクロースにダムを完成してもらって、嬉しがっていることを変だと思った。
でも実際の所は、ダムを完璧に完成させるというサンタクロースの贈り物は、大空襲後のロンドンで、壊れた家々を一瞬で直してもらったとか、そういうこととの対比が適切なようだ。 東京大空襲後の東京でバラックを立てて、身を寄せ合いながら暮らしていた人たちがこんな贈り物をしてもらったらと考えると、ビーバーさんの喜びも理解できる。
ナルニア国シリーズで一番最初に書かれたこの本は、第二次世界大戦中から、まだ食料の配給制も終わらない時期に書かれたものだったので、サンタクロースのやや実用的すぎて夢のないように感じられる贈り物は、まさに当時のイギリスの人々からしたら夢のような贈り物だったんだろう。
詳しいレビューは岩波少年文庫のオーディブルを聴いた時に書いて、この話で一番気になることはそっちで書いたが、今回はビーバーさんのダムの件と、魔女のことが少し気になった。
ナルニア創世記で、魔女はリンゴの木の香りが漂うナルニア国には入れないというラストだった。それなのにどうしてナルニア国を支配できたのだろうと思ったが、ナルニア創世記が語られた『魔術師のおい』では、教授のリンゴの木はナルニアのリンゴの木と不思議なつながりがあるという話だったので、教授のりんごがだめになった時に、ナルニアのリンゴの木も寿命を迎えたのかも。
ルイスは細かい戦闘描写を書くことには興味がなかったようで、彼女の最期はあっさりしたものだったが、とにかく、雪の女王と白雪姫の后と北方神話のヘルを混ぜたような白い魔女は死んだ。
つい最近読んだばかりだけど、光文社がシリーズ丸ごとオーディブルにしているので、その並び順で一応聞くことにした。続きもあの四兄弟が主役なの?ナルニアに戻った時、あの馬鹿みたいなもったいぶった話し方を続けさせるの?それだけちょっと気になる。 -
Posted by ブクログ
ワクワクしながら読み進められた
子供たちが失敗しながらも最後には目的を達成するのはいつものパターンだけどこの世界観が好きだ
結末が物足りないというか予想通りで少し残念だった
このシリーズに出てくるナルニア国の話す動物、今回はヌマヒョロリン族のドロナゲキ
マイナス思考で話す言葉に最初はイライラ
話が進むにつれて頼りになる一面も
特にラストは彼のおかげでみんなが救われることになる
1話に出てきたタムナスさんやビーバーの夫婦,ネズミのリーピチープなどサブキャラではあるけれど、なくてはならない存在で愛すべき登場人物だと思う
もう映画化はしないのかなあ
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Posted by ブクログ
徹頭徹尾、キリスト教のメタファーと教義たっぷりの物語だった。
「キリストはすごくすごい」「キリスト教は絶対的であり他の宗教は劣っている」という感性が全面に出ているので、他宗教文化圏から見てウーーーーン(笑)…と唸らざるを得ない点はかなり多い。正直、子供に読ませたいとは思えない。
ただ、キリスト教について不思議に思っていたこと、キリスト教徒の基本的な感性を理解することができるので読んでよかったと思う。
終わり方にはかなり引っかかるというか、正直、スーザン以外みんな死んじゃいました!でハッピーエンドみたいな締めくくりには正気か…急に天涯孤独になったスーザンはどうするんだ…と思わずにはいられない…。
「信心を怠ると家族と離れ離れになっちゃうよ」という脅迫なのだろうか…怖い…。 -
Posted by ブクログ
ナルニア最終巻。
全体として、正しくないことをした者がアスランの導きによって善い者となるという構成をとる。白い魔女を復活させたディゴリー、兄弟を裏切ろうとしたエドマンド、頑なに自分以外の価値観を受け入れないユースティスなど、「正しくない」者たちがそれぞれの物語において登場する。アスランは違う選択をした未来については決して語らず、あくまで目の前にある選択肢を提示し、選ばれたことに関してのみ言及する。これは善悪を自ら選び取る行為であり、アスランは人々を救ったり、正しい方向へ導いてくれる存在ではない。あくまで正しい選択をした者だけを選択した道へと導く役割である。
神を信じる者は救われるというキリスト教的な考え方が充満している作品だが、あくまで児童文学らしく、易しい世界観で描かれている。終始、「筆者にも分からない」「ナルニアに行ってみれば分かるだろう」といったように、ナルニアの様子については抽象的にぼかすことで、読者の想像に委ね、またその想像以上の世界がナルニアなのだということを強調している。
アスランという絶対的な存在に従う者だけが「正しい」とされる点や、アスランの正しさを信じる者だけが救われ、真のナルニアにいることを許される点など、キリスト教に馴染みのない私にとってはあまり納得のいかないものであった。アスランの言う「正しさ」は果たして善なのか、アスランの善に従うことが良いことだとされるならば、あらゆる選択肢の中から正解を選び続けることが善なのか。アスラン(神)が全ての基準となることにあまり理解ができないが、ファンタジー作品としては手軽に読むことのできる作品だと感じた。
物語のラストでスーザンが真のナルニアに歓迎されないことについても、「ストッキングや口紅やパーティの招待状」に興味を持つことの何がいけないのか、ナルニアを忘れてしまっていることが悪なのか、鉄道事故が現実に起こったことならば、それだけの理由でスーザンは事故から救われなかったのか、アスランの選択に疑問が残る。スーザンは『ライオンと魔女』でルーシーがナルニアに行ったと主張したときも、エドマンドのように馬鹿にはしなかったし、常に兄弟の中の年長者として、4人の中で保守的な考えを持っていた人物と言える。むしろ、善悪の選択を迫られる必要がなかったために、アスランを信じる・信じないの土俵に立つ機会がなかったとも言えるのではないだろうか。そんなスーザンが年齢とともに成長し、ナルニアのことを忘れてしまったからといって、鉄道事故に巻き込まれるのは少しやりすぎな気もする。大人になってもナルニアを忘れなかったディゴリーは、大人になるにつれてナルニアを忘れてしまったスーザンを冷ややかに批判するが、「俗っぽい」成長を遂げたスーザンを愚かだとするその語りは、悪意すら感じられる。終始善悪を選び取り、善を選んだものがアスランにたどり着くという構図をとる本作品だが、スーザンがアスランを選ばなかったからといって「善でない」とは言い切れない。善を選んだ先にアスランがあるのか、アスランを選ぶ者が善なのか……いずれにせよ、アスランの持つ善悪観に共感することは難しかった。