松本俊彦のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
自傷とは、リストカット、アームカット、オーバードーズのことだけを言うのではない。自分を殴る、煙草を押し付ける、自身の体を噛む・かじる、皮膚をむしる、かさぶたを剥がす、……。
自殺と違い、ただちに生命に危険が及ばない行為。それを自傷と称する。
自殺でよく用いられるのは縊首(いしゅ・首吊りのこと)次いで高いところから飛び降りる、電車や自動車など動くものに飛び込む。海外ではピストル自殺も多い。
自傷に用いられる手段は、そのくらいでは死なない、と理解してのたぐいである。消えてしまいたい、死にたい、と思うこと。
アピールといった自分を見て!ではなく、おおよそ六割の人間は“不快な感情をやわらげるため”に行うのだと言う。
目の前の嫌なことからの逃避のため。
それは自分を助けるための手段でもある。
とは言え絶対死なないわけでもない。
ふとした瞬間、いつもと少し違うだけで死に陥る。
みなが死にたいから行うわけではない。
中には勿論死にたくてこの世界で生きることがつらすぎて行う人間もいるが、大多数はあくまで今この瞬間の嫌なことから逃げ出したくて自傷を行う。 -
Posted by ブクログ
アルコールとうつと自殺の関係について、しっかり学べます。
中高年の男性の自殺予防対策には必須となる事柄がデータを元に丁寧に紹介されています。
これを読むと、世の中にはアルコール問題を抱えていて、自殺リスクの高い人たちが多くいることに気づかされます。
しんどそうな人、つらそうな人がいたら、ランチに誘いましょう。
お酒は二合までにしましょう。
そんな具体的な言葉かけも紹介されていて、すぐに役立つ上に、密度も濃い、ブックレットです。
アルコールを末長く愉しむために。
アルコールに命を奪われないために。
アルコールを愛する人にこそ読んでもらいたい一冊です。 -
Posted by ブクログ
ネタバレチェック項目10箇所。本書は、子どもや思春期の若者たちの自傷を中心にとりあげながら、子どもと若者の自殺予防のために周囲の大人たちは何を考え、何をすべきかについて、私自身が臨床経験や研究を通じて考えてきたことをまとめたものです。「自傷の96%は、ひとりぼっちの状況でおこなわれ、しかも、そのことを誰にも告白しない」(Hawton etal,2006)。典型的な自傷は、「誰かに自分のつらさに気づいてもらう」などと、他者を意識したアピール的な行動とはいえません、むしろ、「誰の助けも借りずにつらさに耐え、苦痛を克服する」ための孤独な対処法と理解すべきなのです。自殺が、脱出困難な苦痛を解決するために、「意識を永遠に終焉させる」方法であるのに対し、自傷は、自分の意識状態を変容させることで何とか苦痛を「一時的にしのぎ」、その瞬間を「生き延びるため」におこなわれるわけです、自殺を考える者の脳裏にはもはや絶望しかない一方で、自傷を考える者の脳裏には、まだ多少とも希望が残されているといえるのかもしれません。くりかえし身体的虐待という肉体的苦痛を受けている子どもは、そのたびに脳内でエンケファリン産生が刺激されて鎮痛されるために、いつしか理学的な痛みに対して鈍感になってしまっているというのです。人を自殺にいたらしめる究極的な危険因子として、3つの要因:「身につけられた自殺潜在能力」、「所属感の激弱」、「負担感の知覚」。自傷経験のある若者たちは将来における自殺リスクが非常に高い集団です、しかし、彼らの自殺リスクを高めている究極的な要因は、リストカット自体ではなく、つらいときに援助を求めることができないこと、あるいは、助けてくれる大人がいないことにあります。自尊心や自己効力感の乏しい若者は、たった1つの問題行動を「いけない」「やめなさい」と否定されただけでも、すぐに「人格を否定された」「全面否定された」と早とちりしやすいものです、それよりは、「あなたという『存在』は正しい」、ほんの少しだけ改善した方がよい点があるだけだ」というニュアンスでメッセージを伝えた方が、援助者の気持ちは伝わりやすいと思います。自傷する子どもにいってはならない禁句、いわば「NGワード」を覚えておいてください、それは、「誰かの真似」と「関心を惹きたくてやっている」の2つです。自傷を止めるには、先行要因となる感情的苦痛が出現しなくなるか、そうでなければ、何か代替的な行動(置換スキル)によってひとまず感情的苦痛から気持ちをそらさなければなりません。「死にたい」という告白、「困難や苦痛のせいで『死にたい』くらいつらいが、もしもその苦痛が少しでも減じるのであれば、本当は生きたい」というメッセージと理解することができます。
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人は追い詰められて限界の域に達しようとする前に、タバコ、カフェイン、酒、くすり等に頼ることになる傾向が強い、
本著では、身近な薬物とは何かを問い、結論として日常の食品から薬からでも薬物はあるということを示し教えてくれている。同時に、追い詰められている人たちに対して社会が積極的に関わる必要性を主張している。
さて、本著では違法な薬物はもちろんNGとしつつ、生活の中での薬物という存在に焦点を当てている。子どもから大人まで口に入れるもので本著の言う薬物にお世話になっていない人はいないだろう。カフェインは色々な飲み物にも入っているし、本著では例に挙げられない程の膨大な数の薬物は存在しており、それらを全て排除するのは不可能で、本著もそれを良しとしいない。
本著では、日常での依存という薬物と、それらを選択する私やあなたへの心身状態が助けが必要なのではないかという問いも含まれている。本著において、個人を救済するよりも社会としてどう救済するかを主張しており、それ程、社会に心身状態が不調になっている構造を露にしている。
全世代に共通する病に向けて警鐘と助けと介入を必要とする内容の書であると言えよう。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ人が依存症になるのは快感のためではなく、苦痛の緩和のためであるという。なるほど、我が身を振り返ってみても納得できる説である。かなり長いこと私はワーカホリックであったのだが、そのおかげで当時苦しめられていた言いようのない不全感をやり過ごすことができていた。依存症は長期的には命を危険にさらすが、短期的には今を生き延びるのに役立つことがある…皮肉なものだ。
依存症当事者の支援について、著者のお二人が重視している「ハームリダクション」という考え方にもハッとさせられるものがあった。また、「ダメ。ゼッタイ。」という対処法がいかに当事者を孤立に追い込むかという話には、思わず背筋が寒くなった。 -
Posted by ブクログ
本著は主に心理職または支援者、当事者家族向けての「自傷」や「自殺願望」への支援の在り方について説く本である。自傷・自殺願望の歴史は世界史では古くから存在し、日本においては1990年代頃から広まったとされる。知られていないだけで実際にはもっと古い時代から存在していただろう。
さて、自傷行為や自殺願望を口にする、または実際に自傷行為をしている人は現代(2025)時点でも多い。私たちが生きている中で、大なり小なり誰しも「死にたい」と思ったことは誰にでもあるものだ。だが、大きなストレスが続くと人は生きるために自傷し、生きるために自殺願望を周囲に口にするようになる。私たちは人生に何度かは知人友人先輩後輩家族親戚等、そう言った相談に乗る機会もあっただろう。
だが、相談に乗る誰もが、精神科医でもなければ心理職でもない。私たちができることは適度な距離で話しを丁寧に聴き、寄り添うことしかできないのだ。適度な距離を誤ると相手の負の感情に持っていかれるので、プロでも難しいとされる。なので、少し距離を離した状態で相手の状況を見ることから関わることだろう。やはり、本著でも主張しているが、その生きづらさや過度なプレッシャーによるストレスから環境を変え、プロの支援職(精神科医、心理士等)の力を借り、少しずつ本人の意思に沿って変えていくことが大切だ。
残念ながら本当に人が死にたいと実行する人は、自傷したり、死ぬことを周囲に言わない。ついさっきまで笑っていた相手が、数時間後には死んでいたりするものだ。
生きづらさを抱えている人が、自分の身体に傷を付けたり、周囲に自殺願望を口にしたりするのは「助けて」のサインであり、それらに気づき、本人のケアと環境の問題、学校の問題、人間関係の問題等、プロの支援を並走しながら変えていくことをすすめる。
本著は、自傷や自殺願望を抱える当事者の家族、知人友人、学生等に向けて理解を深める本である。