【感想・ネタバレ】誰がために医師はいる――クスリとヒトの現代論のレビュー

あらすじ

ある患者は違法薬物を用いて仕事への活力を繋ぎ、ある患者はトラウマ的な記憶から自分を守るために、自らの身体に刃を向けた。またある患者は仕事も家族も失ったのち、街の灯りを、人の営みを眺めながら海へ身を投げた。いったい、彼らを救う正しい方法などあったのだろうか? ときに医師として無力感さえ感じながら、著者は患者たちの訴えに秘められた悲哀と苦悩の歴史のなかに、心の傷への寄り添い方を見つけていく。同時に、身を削がれるような臨床の日々に蓄積した嗜癖障害という病いの正しい知識を、著者は発信しつづけた。「何か」に依存する患者を適切に治療し、社会復帰へと導くためには、メディアや社会も変わるべきだ――人びとを孤立から救い、安心して「誰か」に依存できる社会を作ることこそ、嗜癖障害への最大の治療なのだ。読む者は壮絶な筆致に身を委ねるうちに著者の人生を追体験し、患者を通して見える社会の病理に否応なく気づかされるだろう。嗜癖障害臨床の最前線で怒り、挑み、闘いつづけてきた精神科医の半生記。

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Posted by ブクログ

非常に魅力あふれる先生の人柄が感じられた。
薬物に対する誤った認識(即中毒、即ゾンビ人間)は私も持っていた。そして実はアルコールの方が社会的にも内臓的にも有害ということも知った。
世の中のアルコール愛飲者の多くは依存症ステージⅠ〜Ⅱの人がほとんどなのではないだろうか。
アル中のイメージがステージⅤの離脱症状が出ることや振戦、社会生活に支障を来たすイメージで自身がアディクションではないと思っている人が大変であることに危惧を覚える。そしてアルコールももっと厳しい法整備がなされることを強く願う。

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2025年09月04日

Posted by ブクログ

松本先生の本はどれを読んでも面白い。医学と患者の狭間で悩み戦い続けている姿を見て、自分も頑張ろうと勇気をもらえるので、定期的に読みたいと思える内容だった。

「人は裏切るけど、シンナーは裏切らない」これは松本先生の中学の同級生の言葉。このことばを聞いて、自分の頭をガツンと殴られた感覚だった。シンナーだけにかぎったことではなく、他の薬物やアルコール、リストカットなどの事象行為。さまざまなものに当てはまる。
人に依存できないからこそ、何かに依存する。とは理解していたものの、反対に言えば、人は裏切るからだということに思いもよらなかった。
そう考えた時に、自分が今まで安易にかけていた言葉が走馬灯のように思い出された。
何かあれば相談してください。そう言った言葉をかけたっきり何も音沙汰のないことが多い。うまくいって本当に相談事がない人もいるかもしれないが、おそらくはほとんどが、どうせ相談しても解決にならないと思って何も言ってこない、あるいは、相談への敷居が高く声をかけづらい。そんなことがあるような気がした。
そんなことを思い出した一方で、自分の持つ時間も限られているため、安意に意識して改善していこうとも思えない。
そんな自分の力のなさを自覚させられたのだった。

このような感じで、心に突き刺さる言葉がたくさんあり、読み終わった後には気力がかなり消耗したものの、考えるきっかけになった、私にとってとても貴重な内容だった。

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2025年07月22日

Posted by ブクログ

 本書で取り上げられているのは”嗜癖障害”(addiction)という、とても重たい問題なのだが、著者が精神科医師として様々な患者たちと向き合ってきた経験を通して感得し学んできたことを率直に発言しているところに心打たれたし、特に薬物のことについては大いに啓発されるものがあった。

 著者の言わんとすることは「あとがき」にまとめられている。
 「この世には、よい薬物も悪い薬物もない、あるのはよい使い方と悪い使い方だけ。そして、悪い使い方をする人は、何か他の困りごとがあるのだ……「困った人」は「困っている人」なのだ、と。だから、国が薬物対策としてすべきことは、法規制を増やして無用に犯罪者を作り出すことではない。薬物という「物」に耽溺せざるを得ない、痛みを抱えた「人」への支援が必要なのだ」

 「ダメ。ゼッタイ。」の薬物乱用防止キャンペーンの中で育ってきて、覚せい剤というと幻覚や妄想で人を殺傷したり、フラッシュバックが起こってしまうといった犯罪や悪いものというイメージとしてしか捉えてきていなかったし、すべてを治療という枠組みで対処することが適当なのかという疑問は残りはするものの、依存に陥ってしまう一人ひとりの患者の苦しみを少しは理解することができたような気がする。

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2025年06月17日

Posted by ブクログ

薬物使用者とそうではない人の壁は思っていた以上に薄いものだということを感じました。また、教員をしているので、薬物乱用防止教室の話は納得感がありました。また、リストカットやオーバードーズの生徒が増えているという実感があり、なぜ彼ら彼女たちはそのような行為に走ってしまうのか疑問をもっていました。過去のトラウマや、精神的苦痛を身体的苦痛に置き換えているのだと学ぶことができました。専門知識が乏しい我々教員としては、精神科への受診を保護者に勧めることもあります。ただ、精神科医の方々も試行錯誤を重ねて、患者さんと向き合っており、万能な解決策はないのだと思いました。アルコールも含めた薬との良い付き合い方を実践していきたいです。

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2025年06月07日

Posted by ブクログ

非常に、面白かった。エッセーは苦手だと思っていたが、このエッセー集は本当によかった。アディクションとその背景、彼の見つけた問題の核、見つけるまでの苦い思い出、色々と夢中になって読んだ。

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2025年05月10日

Posted by ブクログ

覚悟を持って書かれた文章だと感じた。
薬物よりアルコールに依存する方が身体へのダメージが大きいのに、なぜお酒は合法なのか。薬物を使ったことを罰するより、使わざるを得ないほど追い込まれているその人を、どうやって支援していくかを考えるべきではないのか。

今の法律が絶対ではない。場所が変われば正義も変わる。あるいは、大勢にとって都合の悪いものが法律違反とされる場合もある。たくさんの気づきを与えてくれる文章だった。

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2025年03月13日

Posted by ブクログ

昔、アルコール依存症の患者に対してひどい対応をしてしまった自分をいつまでも悔いています。その反省からアディクションの本を読んだりしながら、この方に辿り着きました。ここに書かれた依存症の方たちはもしかしたら自分だったかもしれない。そんな思いが自分の中にいつも流れています。心が弱いとか、犯罪者だとか、そういうことじゃなくて、本当にみんなただ何気ない話を誰かとしたいだけなんですよね。綺麗ごとじゃないです、みんな一緒に頑張ろう。

「誰も人を変えることはできない、変えられるのは自分だけなのである・・・。」

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2025年03月01日

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著者の経験を元に書かれているからか内容がとても頭に入ってきやすい。難しい題材にもかかわらず、とても読みやすい本であった。
依存症の原因、個人の背景にアプローチし、解決を目指す。その方法があたりまえであるとなる社会に遅くとも10年以内にはなってほしい。

アディクションの反対はしらふではなく、コネクション。

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2024年12月01日

Posted by ブクログ

なぜ精神科医の書くエッセイはこんなに面白いのか。
『刑務所の精神科医』しかり当たりしかない。その考えに共鳴でき知識を学べるだけでなく、読み物として抜群に面白い。

筆者は薬物依存の専門家。
まず冒頭のシンナー氾濫の中学時代の述懐から引き込まれる。
他の精神疾患と違って薬物治療ができない依存症治療の難しさや、筆者がそれに引き込まれていく過程がつぶさに描かれ、とても興味深い。
その中で筆者がたどり着いたのが、薬物依存に陥る人は必ず何か別の生きづらさを抱えていて、それを見つけて耳を傾けないと、治療はできないという結論だった。
自助グループで出会った「神様、私にお与えください/変えられないものを受け入れる落ち着きを/変えられるものを変えられる勇気を/そして、その二つを見分ける賢さを」という言葉には私もとても胸を打たれた。
精神疾患とともに生きる自分の大事な人のことをおもった。
薬物依存症患者には刑罰ではなくて治療を、と主張すると炎上するのは、残念だけど日本社会の現実。
「人々は刑罰の効果を無邪気に信じている」というのは着目したい論点だなと思った。

筆者が実習中に精神科医になろうと改めて決心したのは、解剖でただの肉片と化した人間の遺体を棺桶に片付ける時、その人の名前が見えた時だった。
「大仰に聞こえるかもしれないが、そのときすべてを悟った気がした。名前こそがー固有名詞こそがーその人の生きた証なのだ、と。誰かに愛しい思いを込めて呼ばれ、あるいは、憎しみをもって呼び捨てられるなど、名前をめぐってさまざまな関係性や物語があったはずだ。そして私は考えたのだ。身体のどこかの部位や臓器ではなく、そのような関係性や物語を扱う医者は一体何科だろうか、と」

もし自分が高校生の頃にこれを読んでいたら、精神科医を目指したんじゃないか。
医者は学力的に難しくても少なくとも心理職は目指したのではないだろうか。
私は根っからの文系頭で、気づいたらすでに文系科目は優秀で理系科目はからっきしダメという学生だった。
理系科目は興味もなかったから試験のために勉強するだけだったし、試験に合格するという必要以上にできるようになりたいと思ったこともなかった。
そして、なぜ自分はこんなに理系科目ができないんだろう?とかいう問題意識を持ったことすらほとんどなかった。ことに本書を読んでいて気づいた。
なんというか、こういう疑問を持ったことがないくらい興味がなかったんだな、と改めて気づいて驚いた。
もし高校生の時に読んでいたら、理系の道に進んでみたくなって、(私の脳みそのレベル的に劇的に理系科目ができるようになることはなかったとしても)少なくともなぜ自分は理系科目ができないんだろう?と真剣に考えてみただろうな。
その考えの結果によっては、今と全く違う人生を歩んでいたかもしれない。

良い本は、自分が考えもしなかった自分のことについて考えさせてくれる。

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2024年11月17日

Posted by ブクログ

依存症、嗜癖障害の正しい知識を啓蒙、発信してきた医師による半生記。
こんな面白い人だったとは。精神科医ってやはり内科や外科の王道の医師とはなんか違う。はぐれものとでもいうか。
以下、印象に残ったフレーズなど。
・困った人は困っている人。
・「ダメ.ゼッタイ。」が依存症者を孤立させ、回復から遠ざけている。
・厳罰化は問題を悪化させる。
・人間は薬物を使う動物。
・生き延びるための不健康。苦痛から逃れるために薬物を使う。
・覚醒剤よりもアルコールの方が心身へのダメージが大きい。一方は非合法だから使うだけで捕まる。酒で酔って迷惑をかけても、飲むのは合法だから捕まらない。
・カフェイン使用について。よい薬物も悪い薬物もなく、よい使い方と悪い使い方だけがある。悪い使い方をする人は、困ってたり悩んでたりする。
・アディクションの反対語は、しらふではなくコネクション(つながり)。孤立しているとモノに依存しやすい。人と繋がることが大切。

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2024年08月30日

Posted by ブクログ

薬物依存に対して、今までの理解が根本からひっくり返った。依存症当事者のもつ寂しさにも触れられるような気がした。

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2024年05月27日

Posted by ブクログ

ネタバレ

著者は依存症治療に関して著名な精神科医。現場経験ベースで書かれたエッセイで、とても読みやすい。

以下は内容の個人的なメモ/抜粋
- 生き残るために不健康や痛みを必要とする人が世の中にはいる。心の痛みを身体の痛みに置き換えてトラウマ記憶から気をそらす。かゆみが我慢できない箇所をつねってみたりするのに似ている。
- すべての依存性物質の中で個人と社会への害が総合的に最も大きいのはアルコールという研究結果がある。(Nutt D, Lancet, 2010)
- 「Yes to life, no to drugs.」が「ダメ、ゼッタイ」と訳されて定着してしまった。痛みを抱えて孤立している人が無視され、薬物依存者を孤立させて回復から遠ざけている
- 「手のかからなさ」は、援助希求性と乏しさや、人間一般に対する信頼感、期待感のなさと表裏一体
- 薬物という「物」に耽溺せざるを得ない、痛みを抱えた「人」への支援こそが必要

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2024年05月05日

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まごうことなき良書。
松本先生の著書は何冊も読んでいるが、本書はそれらの総集編であり、アディクション臨床のスタンダードと言っても差し支えないのではないだろうか。軽妙な語り口ではあるが、その中に数多くの至言が散りばめられている。

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2023年12月04日

Posted by ブクログ

薬物依存症患者の治療を専門とする精神科医である松本氏による著書。
薬物依存症の真の姿を知る意味でも、また、人間としての医者を知る意味でも、とてもよい本だと思います。

覚せい剤や大麻よりも、アルコールの方が薬物として悪質、というのは、みんなが知っておくべきことだと思いました。
この本にもある「世界最古にして最悪の薬物」という表現は、そのことを浸透させる意味で、とてもよい表現だと思います。

「困った人」は「困っている人」とか、「人間は薬を使う動物」とか、「ダメ。ゼッタイ。」では絶対ダメとか、示唆に富む言葉も多く、とても勉強になりました。
「薬物依存」は、なかなか重いテーマだと思うのですが、そういったテーマを読みやすい形で文章や言葉にできる著者は、本当に力のある精神科医なのだと思います。

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2023年03月05日

Posted by ブクログ

松本医師とはほぼ同世代なので経験してきた事が似ていることにまずはびっくり。我々が中学高校生の頃はお酒も煙草もハードルが低くて、「嫌煙権」なんて考え方すら無かった事を考えると世間の評価も変われば変わるもの。たしかに、事件、事故を引き起こす頻度や直接の死因となればクスリよりもお酒の方がはるかに危険なのかもしれない。今のところ我々世代のお酒は野放しだけど、若い人は飲まなくなって来ているのも自然な流れなのかな。

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2022年12月16日

Posted by ブクログ

アディクションの対義語はコネクション。薬物依存よりアルコール依存の方が深刻みたいなのだが、なぜ合法なのかしら。

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2022年11月06日

Posted by ブクログ

学術書みたいだしみすずだし難しそうだったが
すごい面白い

よい薬物悪い薬物はない
よい使い方悪い使い方があるだけ

コーヒーやアルコールも客観視して
ドラッグとして見る本に触れたことはあるが
精神科医からの視点で見るととても説得力がある

日常生活で役立つかというと
そうでもないけど
マスコミが薬物について報道するとき
少しだけ上から目線で見ることができそうだ

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2022年09月06日

Posted by ブクログ

一気に読み終えた。著者が悩みながら、自身も依存症を自覚しながら、薬を処方する立場の精神科医としてどう患者と対峙しているのかを赤裸々に綴っている。素晴らしい一冊。

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2022年06月24日

Posted by ブクログ

依存症(特に覚せい剤依存)治療への尽力を続けている、松本俊彦先生が、その考えやその考えに至る経緯を綴った本。

なぜ精神科医が薬をたくさん処方してしまうのか。古来の精神医学の中心疾患であった統合失調症への対処の基本が薬物療法であるところに端を発し、患者の薬効を求める思いと、医師の面倒を回避したいという思いが一致してしまう構造が明らかにされていた。

医療観察の入院施設では、多職種チームによる手厚い医療体制のため、薬の種類・量とも少ない「美しい処方」がなされていると、たぶんほめてあった。

あまり幻聴の内容を聞かないほうがいい、自殺念慮を聞かないほうがいいという「神話」は本当なのか(ドリフ式診療という)。松本氏は敢えてこれに挑戦する。

アルコールはこの本でも「世界最古の最悪の薬物」ととんでもない扱いだけど、不整合なのはそのとおりだろう。様々な薬物を禁止する中アルコールが持つ応諾機能が利用されてきたのだろうとみられている。

「困った人は、困っている人」。この言葉は最早有名ですね。

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2022年04月29日

Posted by ブクログ

YouTubeで薬物依存症者への捉え方が目から鱗で、書籍を読みたくなって、辿り着いた。文章もとても面白かった。困った人は困ってる人なんだよなって、困った人への気持ちが変わるかも。そして自分も切羽詰まってる時、周りに優しくしてもらっているんだろうな。

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2025年10月12日

Posted by ブクログ

精神科医の松本先生の優しい視線と治療に向かう姿勢。先生自身のコレまでの経験から固まってきた医師としての心意気に胸打たれました。
困った人は、困っている人。
薬を出し話を聞くだけの治療ではなく、その人の人生に寄り添う治療の大切さ。
精神科医が処方する薬によって依存症患者が増える、、という事実にもきちんと向き合い、ご自分の仕事でも薬を減らすようにしている経緯。詳しく、読者にも納得できる書き方でした。
私も子供にたくさん薬をお願いする時がある。精神科ではないけれど、気をつけなくてはと思った。
日本での依存症患者さんへの偏見はひどすぎるな。
知らん奴がガタガタ言うて、心に傷を負って薬物に頼るしかなかった人たちをさらに追い詰めている現実。
勉強になりました。

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2025年06月13日

Posted by ブクログ

面白かったです!先輩医師の「精神病の人は泣き言、戯言、寝言しか言わない」
攻撃的な患者さんが、作者に取って青春の地である小田原城の天守閣から飛び降りた時のショック。患者さんに車の改造を言い当てられたこと。「変えられないものを受け入れる落ち着きと、変えられるものを変える勇気と、それらを見分ける力を」などの言葉が心に残りました。

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2025年04月01日

Posted by ブクログ

ある依存症専門医の半生記,といった感じか。同じ専門職として,偶然と必然の中で専門性を確立していく姿に共感を覚える。精神科業界でどのような評価をされているのかは良く知らないのだけど,たぶん異端だろうし,煙たがる人も多いのかなと思う。まぁ,精神科的にはマイナーな分野なので,そもそも医師としての認知度もないのかもしれない。
筆者の治療者としての考えやアプローチがどこまで普遍性を持つのかを判断する知識も経験もないのだが,いち医師として松本俊彦は信頼に足る人物であることは分かった。

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2024年11月15日

Posted by ブクログ

クスリに依存する人には必ず人間関係に問題があること。治療には薬よりも支えてくれる周りの支援者仲間がいることの大切さを学んだ。

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2023年11月12日

Posted by ブクログ

自身の興味のある領域とも似通う部分がありなかなか教訓となる内容だった。医者はともかく精神科医ならば読んでおいて損はない。

個人的に、依存症も過食摂食障害も反社会的行動も手段は違えど全て愛情の飢餓を代償しているに過ぎないと思っている。
しかし、その大元を辿ることを大半の医者は放棄せざるを得ないのが今の医療の現実であるとともに、患者もまた辿られることに恐怖を覚えている。
そのジレンマとどう向き合っていくかが精神科医の勘案すべき所なのかもしれない。

✏一般に若さとは心の可塑性の高さを意味し、精神科治療においてプラスに働くことが多いが、依存症治療にかぎっていえば必ずしもそうとはかぎらない。むしろ若さとは「失うもののなさ」を意味し、ともすれば、破滅に向かって真っ逆さまに転落するかのような自己破壊的な行動につながりやすい面もある。

✏しかし、ひねくれ、挑戦的な表現とはいえ、人に対する絶望をあえて誰かに伝える、という矛盾した行為そのものが、「人とのつながり」を求める気持ちの表れとはいえまいか?

✏彼の指摘はまさに正鵠を射ていた。説教や叱責といったものは、それこそ彼の周囲にいる素人の人たちが無償でやっていることだ。それと同じものを、いやしくも国家資格を持つ専門家が有償で提供してはいけない。

✏浮き輪を投げて、彼らが陸地を目指して泳がなかったとしても、そのことに関して私たちはどうにも責任のとりようがない。しかし、それは無責任とは違う。当事者の健康さを信じ、相手の「心の自由」を保証するがゆえの配慮なのだ。

✏なにしろ、依存症という病気は本質的には「治りたくない」病だ。

✏これはもはや治療ではない。営業、いや誘惑といったほうがよいかもしれない。

✏依存症は否認の病といわれているが、実は、心的外傷後ストレス障害にもまた否認の病としての特徴がある。トラウマを抱えた患者の多くは、「悪いのは自分、だから、罰として、毎晩こんなつらい思いをしなければならないんだ」と思い込んでいて、このうえ自分が「病気」に罹患していると認めるのは、ただでさえどん底状態の自尊心をさらに傷つけることになりかねない。だから否認するのだ。

✏「心の痛みを身体の痛みに置き換えているんです。心の痛みは何かわけわかんなくて怖いんです。でも、こうやって腕に傷をつければ、「痛いのはここなんだ」って自分に言い聞かせることができるんです。

✏要するに、安心できない場所では自傷行為さえできない、ということなのだ。自傷行為は、少しならば安心できる環境、多少は自分の苦痛を理解してくれる人がいるかもしれない環境で起こる現象なのである。

✏少年矯正の世界から学んだことが二つある。一つは、「困った人は困っている人かもしれない」ということ、そしてもう一つは、「暴力は自然発生するものではなく、他者から学ぶものである」ということだ。

✏人は誰しも生産的な存在でありたいと願う動物だ。

✏断言しておきたい。もっとも人を粗暴にする薬物はアルコールだ。さまざまな暴力犯罪、児童虐待やドメスティックバイオレンス、交通事故といった事件の多くで、その背景にアルコール酩酊の影響があり、その数は覚せい剤とは比較にならない。

✏多くの国でアルコールが許容されているのは、おそらく二つの理由によるのだろう。一つは、その歴史の長さと社会浸透度ゆえであり、もう一つは、現状の世界では、「ワインは神聖なるキリストの血」と見なす宗教的世界観が主流だから、というものだ。

✏この世には「よい薬物」も「悪い薬物」もなく、あるのは薬物の「よい使い方」と「悪い使い方」だけである、ということだ。

✏この答えには続きがある。「悪い使い方」をする人は、必ずや薬物とは別に何か困りごとや悩みごとを抱えている。それこそが、私が医師として薬物依存症患者と向き合いつづけている理由なのだ。

✏先輩の一人はある格言を教えてくれた。曰く、「内科医はなんでも知っているが何もできない。外科医はなんでもやるが何も知らない。精神科医は何も知らないし、何もできない」。

✏ラベリングにはさしたる意味はない。彼女の生きざまというか、痛みに満ちた人生の物語を理解していれば、それで十分寄り添える。

✏そのときようやく気づいたのは、ご婦人の「手のかからなさ」とは、実は、援助希求性の乏しさや、人間一般に対する信頼感、期待感のなさと表裏一体のものであった、ということだった。

✏切れ味のよい、「あの薬のおかげで救われた!」という効果が自覚できる薬は、長期的には好ましくない。そして、その人が抱える心の傷が深刻なものであればあるほど、劇的な効果をもたらす薬は危険である。そう考えるからだ。

✏「法に触れることは、「ダメ。ゼッタイ。」」という道徳教育が、日本人の「逮捕されずにハイになる」ことへの執念を育んだともいえるだろう。

✏アディクション(依存症)の反対語は、「しらふ」ではなく、コネクション(つながり)

✏「アヤナイ」は「相手とのあいだに垣根を作らない。相手を自分のことのように思う」という態度なのだ。  この言葉は、そのときの私たちにぴったりだった。支援者/被支援者、あるいは専門家/当事者という垣根を越えて、音楽という「化学物質なしの酔い」を介してつながっていたからだ。

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2022年11月30日

Posted by ブクログ

薬物は善か悪かでなく、依存してしまう人の背景を炙り出すのが大事という事。
これは薬物に限ったことでなく、世にある出来事は氷山の一角で水面下には、そこに至る多くの事象があるのだ。ある一面を捉えて判断するのは表面的な解決に過ぎない。根本を見つめるのが重要だ。
そう考えると植え付けられた薬物依存症の方への見方も変わる。そしていかにゾンビの印象を植え付けられてきたかも感じた。負の印象操作に繋がることをする側も気を付けないといけない。正しいと思っている分、ややこしい。

お酒に対してはネガティブな主張であったが、こちらも使い方次第。お酒は、おいしいご飯を更に美味しくさせるし、楽しい時間を更に楽しくしてくれる。そういう“使い方”をしたい。

と、いうことをいろいろ考えされられるので良い本だったと思う。

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2022年09月25日

Posted by ブクログ

エッセイのように軽く読めるけれど、大事なことがギュッと詰まっている。
人は何かに依存して生きていて、それが薬物になると社会から切り離されてしまう。そして、より人に依存できなくなっていく悪循環。
著者の松本さん自身の半生の中でも依存症のように何かに拘る部分があって、「健康/不健康」の境界を曖昧にする。「生きのびるための不健康」その背景を考えると、真の問題が見えてくる。

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2022年06月14日

Posted by ブクログ

ポイント

薬物依存患者は、薬物が引き起こす、それこそめくるめく「快感」が忘れられないが故に、薬物を手放せない(=正の強化)のではない。その薬物が、これまでずっと自分を苛んできた「苦痛」を一時的に消してくれるが故、薬物を手放せないのだ(=負の強化)、

困った人が困っている人かもしれない
暴力は自然発生するものではなく、他社から学ぶものである

アルコールが1番害がある
カフェインの乱用が目立つ

この世には「よい薬物」も「悪い薬物」もなく、あるのは薬物の「よい使い方」と「悪い使い方」だけである
「悪い使い方」をする人は、必ずや薬物とは
別に何か困りごとや悩みごとを抱えている

ベンゾ依存症が意外と大変

日本人の「逮捕されずにハイになること」への執着というか、異様な情熱は凄い

ストロング系のアルコールもヤバい

アディクション(依存症)の反対語は、「しらふ」ではなく、コネクション(つながり)

「ダメ。ゼッタイ」は嘘だ

感想
知らなかった事実が知れてとても良かった。

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2023年02月11日

Posted by ブクログ

嗜癖障害の治療、依存症の話。
身近にもいないし無縁の話ではあったが興味深く読めた。血液データでズバッと分かるものと違う精神科は治療も難しく、医師によっても判断やそもそもの考え方が違くて治療が難しいのだと分かった。せめてどうにか立ち直りたいと思う人達を救える薬の使い方や、治療の流れが構築されると良いと思う。目指す人が少ないという精神科医や法医学にもう少し目が向く世の中になってほしいと願う

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2022年05月26日

Posted by ブクログ

 依存症専門医が、自らの医師人生を振り返りつつ、人間の考察を深めた大変興味深い本。素晴らしい読書体験だった。
 小田原の少年時代。不良たちと体罰教師、暴力による支配、暴力の後ろ盾を失ってヤンキーにこびる教師たち。喫煙とシンナーとの遭遇。こうした実体験から、「ダメ。ゼッタイ」を訴える薬物防止教育の無意味さを説得力をもって描き出していく。
 自傷行為とは、「痛みをもって痛みを制する」行為なのだという(p56)。本当のどうしようもできない痛み、トラウマから、気を逸らす。アディクションの本質がここにある。そう、生きるために、不健康さや痛みを必要とする人がいるのだ。痛いほど分かる真理だ。
 著者自身が、ゲーセンに没頭したという。苦境を生きるためだったのだろう。なぜ少年犯罪が起きるのか。道徳教育が足りないからか。そんなばかな。道徳なんかじゃない。コミュニティに信頼感を抱けていないからだ(p74~5)。
 覚醒剤の意欲亢進は、「元気の前借り」(p117)なのだという。効果が切れた後には、強烈な眠気と虚脱状態に打ちのめされる。つまり、「高利の返済」(同)が待っているのだ。確かに、二日酔い常習者だった評者には、実によく分かる。
 また、あらゆる薬物のなかで、もっとも心身の健康被害が深刻なのは、まちがいなくアルコールだという(p121)。糖尿、高血圧、肝臓、膵臓、心臓、脳萎縮。それだけじゃない。暴力犯罪、児童虐待、DV、交通事故。覚醒剤の比じゃないのだ。鋭い指摘だ。「やっぱり最後にたどり着くのは、世界最古にして最悪の薬物、アルコールなんだな」(p205)。特にストロング系飲料は要注意だ。ああ、中島らものあの本を、また読みたくなった。

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2021年09月02日

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