京極夏彦のレビュー一覧
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ネタバレ目次
・臨終(月岡芳年)
・発心(泉鏡花)
・方便(井上圓了)
・贖罪(岡田以蔵)
・闕書(巖谷小波)
・未完(高遠彬)
目次の後の括弧書きは、弔堂が本を売った相手。
最後の一人は、この本の語り手。
後々の自分のために、記しておく。
最近は読みたい本リストの巡りあわせにより、続々京極夏彦の本を読めるのが嬉しい。
どの本を読んでも、理解の範疇を超えるような膨大な知識や知見が披露され、それらを読むことがぞくぞくするほど楽しい。
ましてこのシリーズは、本屋が舞台なのである。
しかも、歴史上の人物たちが自分の人生に迷ったときに、「自分のための一冊」の本に巡りあう話なのだ。
本好きであり、歴史好きである私のために書かれた本だと思っても、あながち間違いではないような気がする。
実際に見てさわれるものが”実”であるのなら、本に書かれていることはすべて”虚”である。
というよりも、本来ないはずの”虚”は、文字で書かれることによって本という”実”になる。
読まれなければその本に書かれたことは”死んだもの”であり、読むべき人と出会うことによって成仏するのだと弔堂は言う。
人生を変えてもいいくらい面白い本と巡りあう。
しかし、もしかしたらもっと面白いものがあるかもしれない。
そう思ったらそれは「自分のための一冊」ではない。
もっと面白い本を探して、本を渉猟する。
必然的に本は集まってしまうのだという
だから本って増殖するのか!と膝を打つ思い。
『方便』で、高遠が弔堂に来ると、店の前に人力車がいる。
店に入ると、人力車を待たせている客というのが、どちらかというときゃしゃな作りなのにやけに存在感が大きい老人。
そして、身なりに反して話し方が伝法。
まるで勝海舟みたいじゃないのと思ったら、本当に勝先生でございました。
その次の『贖罪』にも、会話の中で出てきます。嬉しい。
勝先生は、天子様にも徳川様にもそれぞれの義があると考えた。
「凡て義であるのなら全部立ててしまえ。(中略)立てるものは立てたまま、切って良いものは切って、それから組み直す。勝先生は沢山の義を、もうひと枠大きな国と云う区切りの中に置き直し組み立て直そうとなされたのではありますまいか」
「一方で福澤先生はあっちもこっちも立てることはないとご判じになった。全部立てなければいいのだと考えられたのではありませぬかな」
なるほど。
二人の思想の根本の違いを、こんなに端的に書かれた言葉を読んだのは初めてだ。
勝先生は、それぞれの義を立てるにあたって、人が死なないよう最大限の尽力をなさった結果、それはかなわなかったわけで。
だから生涯、自分のことを嗤ってらしたのかと思った。 -
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至福の読み心地。
過去に京極夏彦作品を読んだときの、とにかく読みづらかったという印象が強くずっと避けていた。
今回「読者による文学賞スピンオフ」の選考委員となり、担当作品を選ぶにあたって自分が普段読まないものを指名させてもらったが、いやはやこれは面白い!!
「書楼弔堂」…しょろうとむらいどう、と読む。
明治の終わり頃、町外れにある書店はその名のとおり一風変わっている。どう変わっているかはこの本の中でじっくりおいおいと。
書楼弔堂シリーズの完結編。だが、この作品だけでも十分に楽しめたし、ここから遡ってシリーズ前作を読んでいくのもありだなと思った。
「読みたい時に読みたいものが読める、それが何より大事」の言葉が心に響く。
本というものが様々な角度から書かれている。
すべての「本好き」にオススメしたい本。
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至福の読み心地。
過去に京極夏彦作品を読んだときの、とにかく読みづらかったという印象が強くずっと避けていた。
今回「読者による文学賞スピンオフ」の選考委員となり、担当作品を選ぶにあたって自分が普段読まないものを指名させてもらったが、いやはやこれは面白い!!
「書楼弔堂」…しょろうとむらいどう、と読む。
明治の終わり頃、町外れにある書店はその名のとおり一風変わっている。どう変わっているかはこの本の中でじっくりおいおいと。
書楼弔堂シリーズの完結編。だが、この作品だけでも十分に楽しめたし、ここから遡ってシリーズ前作を読んでいくのもありだなと思った。
「読みたい時に読みたいものが読める、それが何より大事」の言葉が心に響く。
本というものが様々な角度から書かれている。
すべての「本好き」にオススメしたい本。
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至福の読み心地。
過去に京極夏彦作品を読んだときの、とにかく読みづらかったという印象が強くずっと避けていた。
今回「読者による文学賞スピンオフ」の選考委員となり、担当作品を選ぶにあたって自分が普段読まないものを指名させてもらったが、いやはやこれは面白い!!
「書楼弔堂」…しょろうとむらいどう、と読む。
明治の終わり頃、町外れにある書店はその名のとおり一風変わっている。どう変わっているかはこの本の中でじっくりおいおいと。
書楼弔堂シリーズの完結編。だが、この作品だけでも十分に楽しめたし、ここから遡ってシリーズ前作を読んでいくのもありだなと思った。
「読みたい時に読みたいものが読める、それが何より大事」の言葉が心に響く。
本というものが様々な角度から書かれている。
すべての「本好き」にオススメしたい本。
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至福の読み心地。
過去に京極夏彦作品を読んだときの、とにかく読みづらかったという印象が強くずっと避けていた。
今回「読者による文学賞スピンオフ」の選考委員となり、担当作品を選ぶにあたって自分が普段読まないものを指名させてもらったが、いやはやこれは面白い!!
「書楼弔堂」…しょろうとむらいどう、と読む。
明治の終わり頃、町外れにある書店はその名のとおり一風変わっている。どう変わっているかはこの本の中でじっくりおいおいと。
書楼弔堂シリーズの完結編。だが、この作品だけでも十分に楽しめたし、ここから遡ってシリーズ前作を読んでいくのもありだなと思った。
「読みたい時に読みたいものが読める、それが何より大事」の言葉が心に響く。
本というものが様々な角度から書かれている。
すべての「本好き」にオススメしたい本。
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至福の読み心地。
過去に京極夏彦作品を読んだときの、とにかく読みづらかったという印象が強くずっと避けていた。
今回「読者による文学賞スピンオフ」の選考委員となり、担当作品を選ぶにあたって自分が普段読まないものを指名させてもらったが、いやはやこれは面白い!!
「書楼弔堂」…しょろうとむらいどう、と読む。
明治の終わり頃、町外れにある書店はその名のとおり一風変わっている。どう変わっているかはこの本の中でじっくりおいおいと。
書楼弔堂シリーズの完結編。だが、この作品だけでも十分に楽しめたし、ここから遡ってシリーズ前作を読んでいくのもありだなと思った。
「読みたい時に読みたいものが読める、それが何より大事」の言葉が心に響く。
本というものが様々な角度から書かれている。
すべての「本好き」にオススメしたい本。
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至福の読み心地。
過去に京極夏彦作品を読んだときの、とにかく読みづらかったという印象が強くずっと避けていた。
今回「読者による文学賞スピンオフ」の選考委員となり、担当作品を選ぶにあたって自分が普段読まないものを指名させてもらったが、いやはやこれは面白い!!
「書楼弔堂」…しょろうとむらいどう、と読む。
明治の終わり頃、町外れにある書店はその名のとおり一風変わっている。どう変わっているかはこの本の中でじっくりおいおいと。
書楼弔堂シリーズの完結編。だが、この作品だけでも十分に楽しめたし、ここから遡ってシリーズ前作を読んでいくのもありだなと思った。
「読みたい時に読みたいものが読める、それが何より大事」の言葉が心に響く。
本というものが様々な角度から書かれている。
すべての「本好き」にオススメしたい本。
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至福の読み心地。
過去に京極夏彦作品を読んだときの、とにかく読みづらかったという印象が強くずっと避けていた。
今回「読者による文学賞スピンオフ」の選考委員となり、担当作品を選ぶにあたって自分が普段読まないものを指名させてもらったが、いやはやこれは面白い!!
「書楼弔堂」…しょろうとむらいどう、と読む。
明治の終わり頃、町外れにある書店はその名のとおり一風変わっている。どう変わっているかはこの本の中でじっくりおいおいと。
書楼弔堂シリーズの完結編。だが、この作品だけでも十分に楽しめたし、ここから遡ってシリーズ前作を読んでいくのもありだなと思った。
「読みたい時に読みたいものが読める、それが何より大事」の言葉が心に響く。
本というものが様々な角度から書かれている。
すべての「本好き」にオススメしたい本。
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ネタバレ目次
・歯黒(はぐろ)べったり
・礒撫(いそなで)
・波山(ばさん)
・鬼熊(おにくま)
・恙虫(つつがむし)
・出世螺(しゅっせぼら)
前作『西巷説百物語』でシリーズが終わったと思っていたので、再び新作を読めて大変うれしい。
私が読書をする一番の楽しみと言ったら、お話の世界に浸れること。
このシリーズはそれを存分に味わうことができるからだ。
ホラーは苦手だが妖怪は好き、という私は、再び至福の時を迎えることができたのだ。
しかも、遠野限定の話のようだから、以前とは登場人物なども違えてくるかと思いきや、いきなり長耳の仲蔵が出てくる。
今は遠野に腰を据えて仕事をしているらしい。
表立っての話としては、遠野南部家の当主の側衆であった宇夫方祥五郎が、幼馴染で話好きの破落戸(ゴンボ)である乙蔵を通して、巷のうわさ話などを聞き真偽を見定め、市井の動向として当主に報告する、という話なのだ。
乙蔵は不思議な話を拾ってくる。
それは昔話のなかの出来事のような、突拍子もないものばかり。
しかし祥五郎の前でそれは事実として起こり、事件は沈静化していく。
祥五郎はたまたま知り合った、遠野保の迷い家(まよいが)に住む仲蔵に、事の真相を聞き、なんとかつじつまを合わせて報告するのだった。
というパターンが決まっているのだが、これがドラマの時代劇のように、ワンパターンの美学でもって私をワクワクさせる。
そして、話が進むにつれ、話も仕掛けも大きくなり、思いもかけない彼までが復活してくれた。
こんなうれしいことはない。
しかし、次作こそ本当にシリーズ最後らしい。
え~!!
最後最後サギでもいいから続いてほしいんだけどなあ。 -
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京極夏彦の和風ミステリー『鉄鼠の檻』、分冊文庫版の4巻(最終巻)。
明慧寺でまた一人仏僧が殺害される。ますます緊迫する箱根の山奥の寺で、唐突に始まる法会(亡くなった僧たちの葬儀)。そこへ踏み込むは、黒装束で身を固めた京極堂。事件の真相、"憑物"が今明らかになる―――。
前作を上回る、難解な真相。難解といっても、事件の大筋を理解すること自体は難しくなく、事件の真相にある禅宗の教義や歴史も非常に詳しく説明されるので、「読んでも意味が分からなかった」とはならず、なんというか自分が賢くなった気持ちになれる!(自分が本当に理解しているとは到底思えないのだが・・・。)一般人にはほぼ馴染みのない禅宗の専門的な話を題材としているのに、ここまで分かり易くも面白いエンタテインメントに仕上げられるのは、間違いなく著者の膨大な知識と類稀なる筆致によるもの。
今作もまた傑作・・・というか、京極堂シリーズで傑作以外があるのだろうかと、少々恐れ慄いている私。