須川綾子のレビュー一覧
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レジリエンスという言葉に出会ったのは、つい最近。メンタルヘルスにならない職場から、なったとしても持ち直せる職場へ、というセミナーにおいてでした。本書ではレジリエンスという考え方を個人から文化、自然、経済、社会まで拡げてサステナビリティの先の概念として語っています。概念というか、コンピテンシーみたいなものかも…あまりに複雑化したシステムの中に暮らし、9・11とか3・11とかそのシステムの崩壊を目にしている我々の身につけなければならない素養のように感じました。そういう意味で通訳型リーダーシップというリーダー論が印象的でした。またレジリエンスがビッグデータや社会的イノベーションと結びつく終章では、「予測とコントロール」から「測定と対応」へのシフトを訴えるダンカン・ワッツ「偶然の科学」とのシンクロを感じました。
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Posted by ブクログ
レジリエンスとは、
「システム、企業、個人が極度の状況変化に直面したとき、
基本的な目的と健全性を維持する能力」
と(この本では)定義される。
似た概念に「サステナブル」があるが、本書によると
サステナブルには次の問題があると指摘している。
・資源の維持に注目するあまり、特定のモノの保護という
部分最適な行動を引き起こす。
・今の状態の持続に固執し、手遅れになった現実に対応できない。
・社会規範、文化との対立を解消できない。
この本では、レジリエンスとそうでない事例を、
金融システム、病原菌、テロ組織、電力網、自然環境、
人の心、集団、社会という広範囲の分野で紹介している。
特に面白かったのは以下の事例。
・サンボジャ・レスタリ(不朽の森)
複数の樹種を十数年かけて多層的に植林し、
中央に動物保護区を設置、人が生計を立てられる作物も植え、
生態系と経済の利益の両方を最大化する。
・ミッション4636
ハイチ大地震において、緊急メッセージのマッピングシステムを
2日で構築。誰かが強力なリーダーシップを発揮したわけではなく、
ソーシャルネットワークなどの弱いつながりを元に、
入力する人、翻訳する人、現地の電話会社、ラジオなどが
ボランティアで活動した。
・パラオの父
1970年代のパラオは、 市場経済の流入により漁業が産業化し、
乱獲により魚が絶滅するおそれがあった。
パラオの青年ノア・イデオンは、ダイビングによる観光立国を目指し、
議会、漁師たちを説得し、魚を獲るものから見せるものに変えた。
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Posted by ブクログ
そこそこ分厚い本書をとても端的にまとめると、アートは脳に、精神に作用するから良いぞ、ということ。
ここでのアートは結構広義で、何かを作ること、人の手によって作られたもの、創作全般を指している。気持ちを落ち着かせることも、考えをまとめることも、集中力を高めることも、記憶力をあげることも、コミュニケーションや物事を思い出すトリガーとしても、アートは作用する。
アートセラピーについても書かれている。ここ数年目の当たりにすることがあり、そういうことだったのだなぁと読みながら、実家に飾られている綿棒アートを思い出していた。
アートはもっと身近に、上手い下手関係なく、見せる見せない関係なく、自分でも作って良いものであり、作った方が良いものだ。その方が楽しいから。 -
Posted by ブクログ
様々な研究結果やデータをもとに、「アートが心身の苦痛を和らげ、より深く学び、コミュニティを活性化し、持続的幸福を後押しするために用いられる可能性を示して」います。
ダンスやマインドフルネスのプログラムで痛みや抑うつ症状が緩和されたり、好きな音楽のプレイリストが痛みを緩和させたり、
「ダンスでも、どんなアートでも、うまくなくても効き目はある」そうです。
アートと聞けば、知識を持って絵画を鑑賞して評したり感想を言えなきゃいけないような敷居の高いイメージがあったけれど、色、音楽、香り、質感など自分で感じたり表現したりするもの全てアートなのだと思うと、私も日々アートしてる!と嬉しくなりました。
「アートの実践と美的経験はいつでも、どこでも可能だ。」
鼻歌を歌ったり、好きな音楽を聴きながら踊ってみたり、犬のお散歩しながら夕日や空を見て美しさに感動したり、風を感じたり。
もっとアートに積極的に触れて感じていきたいです。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ本作は、『タイム』、『ニューヨーカー』でライターをつとめたジョン・ブルックス氏による、米国経済エッセイ集、のようなもの。
いわば戦後米国の経済博物誌、とでも言ったところ。
表紙の帯に『ウォーレン・バフェットからビル・ゲイツに渡され、20年間読み続けられた最高のビジネス書』とありますが、やや誇張である気がします。
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戦後米国1950’s-1960’sの経済ネタが太宗であることから、やや古臭いなあ、というのは第一印象。
その中でも今でも教訓となり得るものもあれば、今では考えられない・あり得ない、というものもあり、一種の昔話、「かってはこんなこともあったそうですよ」という物珍しさと共に読むので丁度良いののかもしれません。
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その中で特に面白く読んだのは、以下の三つです。
「第10章:営業秘密の変遷 ― ダンス・クッキー・宇宙服」
こちらはとある化学メーカーで宇宙服開発に従事していた男が、他社への転職を上司に告げると、営業秘密の持ちだし禁止を言い伝えられ、果ては訴えられるというもの。
書類で営業秘密を持ち出すのは当然アウトです。でも、その会社で得たノウハウ、あるいは転職者が体得したスキル、そうしたものも営業秘密になり得るかもしれない、と思いました。これが国を跨ぐ転職の場合(米→中・ソとかその逆とか)など、結構シャレにならない騒ぎになりかねないのだろうなあと思いました。
もちろん私には秘密になるような技術もノウハウもありませんが、勝手に想像して勝手に震えていた次第。
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「第5章:コミュニケーション不全 ― GEの哲学者たち」
こちらはGEによる談合のお話。
コンプラと営業目標は常にジレンマになるファクターだとは思います。その中で、営業トップが談合をしたことを「遠回しに」マネジメントに報告する。しかし、経営トップはその「遠回しな」方向をある時はダイレクトに、ある時は全く違った意味にとらえるという話。
今ならば経営者も連座して退任することが多そうですが、今回の場合は営業部門が罰され、経営陣は安泰だったという話。タイトルは言わば揶揄。
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「第2章:公正さの基準 ― テキサス・ガルフ・サルファー社インサイダー事件」
これは古きアメリカの資源企業のインサイダー取引の話。
じわじわと関連者が少しずつ株を買っているのが、微妙にコミカルでいじらしい。当時のブルームバーグだかロイターだかの証券ニュースはタイムラグがあったそうで、当該企業が鉱脈発見を記者発表した後に株を買った副社長か何だかが「未公開情報をもとに株を売買した」と嫌疑をかけられたのがちょっと気の毒。
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それ以外にも、大々的に新車開発に失敗した「第1章:伝説的な失敗 ― フォード車エドセルの場合」、或いは、仕手戦に戦いを挑んだスーパーマーケット経営者の記録「第1章:最後の買い占め ― メンフィスの英雄かく戦えり」などは面白かったです。
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ということで20世紀米国の経済事件簿、的なエッセイ集でした。
これを読んでも、企業とは、とか云々は語れませんが、ちょっとウンチクが増えた気にはなれました。