豊田美加のレビュー一覧
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韓国の映画を日本用にリメイクした作品。
最初の5分くらいは方向性が見えにくいんだけど、事件の発端が見え始めると、見やすくて面白くなる。
話の筋というか、こっちの方向に注意を向けさせたいんだなという作り手の意図が明確で安心してストーリーを追える。 ちょっとアレ?と思うところはあれど、先にきちんと引っ張ってくれるので迷うことはそうない。 構成を分解してみたくなるような作品。 おすすめ。
(以下ネタバレ雑感) 木村刑事がいきなり定年後の生活を騙り始めてからの死亡フラグ回収は早すぎるだろう。刑事が単独行動できすぎでは。 吉野刑事も完全に無駄死にで可哀そう。真犯人が銃を持ち去らずに放置したのはなぜか。ヒロインが使うためなんだろうけれど、もう少し必然性というか、なんかないのか。 真犯人が半裸で解体動画取るくらいだから何かしらの主義主張がありそうなのに趣味です、ってそれでいいのか。もう少し拘りがないのか。こだわりがあるからレイサは生きていた……となっていた方が納得がいく気が。なぜキョウコはすぐに殺され、レイサは生きていたのか、ややご都合主義な感じ。レイサが生きてるなら木村刑事も吉野刑事も生き延びててもいいじゃない(これが言いたかった)。
ただ、なつめが、目の見えないという不利さと聡明さを併せ持つ魅力的なキャラクターであることと、目が見えないとしか思えないような違和感を感じさせない演技を見せてくれることはとても見ごたえがあり、面白い。 春馬君が捜査に協力する理由もなんとなくはわかるけれど、なつめが春馬君のそんなところに気づかないのがもどかしいような、事件優先だからしょうがないような。
全体的に尺が足りないのでは? 撮られているけれど、時間の都合上カットされているシーンが多そう。 -
Posted by ブクログ
2015年12月に本邦で公開された映画が、2016年6月に東映ビデオから発売された。本編は132分の長編。映画の公開は、オスマン帝国の軍艦エルトゥールル号の海難事故から125年目の節目となっている。
1890(明治23)年、親善使節団として日本を訪れたオスマン帝国の軍艦エルトゥールル号が、明治天皇への表敬を果たしての帰途、熊野灘で暴風雨に遭遇し串本町大島の樫野崎灯台付近で座礁大破した。オスマン・パシャ司令官以下将兵ら500人以上が命を落とした。串本の地元住民が救助に乗り出し、69人の乗組員を母国へ生還させた。時を経て1985年、イラン・イラク戦争中、日本政府は戦時状況を理由にテヘラン在留邦人の救出を断念したが、トルコ政府はテヘランに彼らのために救援機を派遣した。これらの感動的な親交の物語が日本/トルコ両国合作映画として製作されたもので、公開当時話題を集めた。
映画では船のシーンが多く、ストーリーを追わなくても映画が楽しめる。トルコ出航時のセレモニーや船上の様子、また、嵐に遭遇している船や操船の様子などが興味深い。撮影にあたり、船のセットはトルコにて設営されている。屋外セットでは、船員の日常風景、また屋内セットでは、甲板の嵐の再現、また機関室のセットでは座礁時が再現されている
この映画で使われた模型については、2016年10月9日付けのブログ「トルコ軍艦エルトゥールル号の模型、本州最南端・串本町を訪れる」をご参照ください。 -
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ネタバレちょっ、
と、
待て。
(多大なネタバレが含まれますご注意くださいませ)
頭の中に喧騒が溢れるようで、とにかく頭がうまく廻らない。
なんだ、この、終わりかたは。
報われないじゃないか。
いや、幾人かは、救われた、というか、別の道が示唆され、スペックなんてものがなかったことにされ、生き続ける。それはまた別物でそんな幸せがあったっていいとは、思う。
だがしかし、眼窩を潰される瀬文さんと、瀬文さんを信じ瀬文さんに射殺という名の自害をした当麻がいくら考えても救われない。
≪ケイゾク≫でも、柴田は最後かばって死んだ(と思いきや記憶喪失で生きてましたエヘッていう映画版がつくられましたがね)。
私服警官たちに足蹴にされ眼窩が、右目が潰され顔の半分が化物のようになってしまった瀬文さんを見たら、当麻は立ち直れない。
なんだよこれ。なんなんだよぉ。
集大成がこれって、そりゃあまあ、現実なんてそんなもんですよ奇跡がしょっちゅう起こるかっつったらそんなんじゃあない。だがね、信頼して信頼してそして達観しつつも結局手にかけるという選択肢しかなくてそれを選ばざる状況に置かれそれを選択したらフルボッコって、そりゃねえよお。
野々村と吉川は相も変わらず変な事件の捜査でやいのやいの。
美鈴と地居が付き合っていて初々しさを醸し出している。
馬場は事件を解決し、鹿浜はそれを拍手し。雅ちゃんはだれかを選ぼうとして警官や犯人たちから俺がと叫ばれる。
おい、おい。
当麻の魂は孤独に透過していく。
じゃねーよ。
なんっじゃそりゃ。
ふざけてんのかてめえ。
とどのつまりはスペックホルダーなんて、なかったものになっちまって、みんな生き返って、それぞれの人生を謳歌して、はいおしまい、ってか。
平行世界、つまりはパラレルワールド、そういう世界もある。
じゃねーよ。
なっにが五十年スパンだ。ふざけてんじゃねえ。このラストを飾るのに五十年なんかかけてみろ、ふざけんなと怒鳴るだけじゃ済まされねえ、いや済ましたくない。
里子をかばった潤がいたのは救われたけれども。里子が幼い潤のために、誕生日を祝ったり、熱を出した潤のために病院を駆けずり回ったりといった場面は涙がとまらなかった、が。
映画がどうなるのかはまだ観ていないからわからないが、この原作自体が脚本をもとに書かれているから大筋はこうなるのだろう。
……この追いかけてきた三年間をぶち壊された気分だ。