豊田美加のレビュー一覧
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“江戸のメディア王”蔦重こと蔦屋重三郎の生涯を題材にした大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』(森下佳子, 2025)の小説版第3巻。
「浅間焼け」の火山灰が降る日本橋通油町で蔦重が活躍する第25章「灰の雨降る日本橋」から、新たな老中 松平定信によって「蔦屋」と恋川春町に危険が迫る第36章「鸚鵡のけりは鴨」までを収録。
脂が乗りに乗り、しかしながら商才や幸運に翳りが表れ始める蔦重。べらぼうに型破りで天才的な商人で、べらぼうに世間知らずの朴念仁——テレビドラマと比べると劣るが、イカしているしイタい彼の為人や生き様が伝わる。
自らが「天」になろうと企む、顔はいいのになんかむかつくあの男の存在感が前2巻より増してきた。
本作及びテレビドラマ内での「浅間焼け」を機に一気に露顕し悪化した米不足や物価高騰の描写は、令和の現代とあまりに似通いすぎていて不気味だった。……もしや作者は未来人なのか?!
第34章「ありがた山とかたじけ茄子」での、“ふんどしの守”に書を以て抗わんと決意する蔦重とお抱え作家たちによる「屁! 屁! 屁! 屁!」の場面はあっさりと終わる。テレビドラマ視聴の記憶の再生・補完を兼ねて読んではいるが、少し寂しい。 -
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“江戸のメディア王”蔦重こと蔦屋重三郎の生涯を題材にした大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』(森下佳子, 2025)の小説版第2作。
老中 田沼意次らが座頭金について調査を始める第13章「お江戸揺るがす座頭金」から、日本橋進出を目指す蔦重が丸屋の女将ていと出会う第24章「げにつれなきは日本橋」までを収録。
幼馴染の瀬川や蔦重に「耕書堂」の堂号を贈ってくれた平賀源内との別れ、行方知れずだった唐丸/喜多川歌麿との再会、蟠りがあった鱗形屋孫兵衛との和解、きな臭すぎる蝦夷地上知計画、吉原への恩返しとしての日本橋出店……。毎週欠かさず視聴し、毎回ハラハラドキドキワクワクした昨年のべらぼうに楽しかった頃が蘇る、蘇る! テレビドラマでは描ききれなかった時間経過や心情の変化もおもしろい。
テレビドラマではとても印象的で怖かった、顔はいいのになんかむかつく例のあいつの影は、本書ではごく僅か。映像と文章、それぞれで可能な表現の違いを改めて思い知る。
第13章「お江戸揺るがす座頭金」に、“奉公人”とあるべきが“奉行人”となっている箇所が。
(※2025年3月25日 第1刷発行) -
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ネタバレ栄一の歩んだ道は非常に華々しく映るだろう。
実際に作中においては、まるで半沢直樹のような下剋上シーンも組み込まれており、見るもの全てが栄一の明晰さや痛快さの虜となるはずだ。
とりわけ栄一の生家が百姓の家であったことはある種、非常に大きな意味を持っている。彼が算盤を愛用し、数字や勘定に大きな理解があったことはここの影響が大きい、また商売が持つ影響力と良いものを生み出せば、信頼を得ることができるといった努力による成功体験も彼の人生に大きな影響を及ぼしている。
またフランス留学中に新たな知識を取り入れたことはそれ自体に大きな価値があることもさることながら、それをいち早く理解する力、理解するための下地が整っていたこと、新政府において海外経験のある人物を重宝していた点など、この留学は彼が名誉を得る機会を多分に含んでいたと同時に、そのチャンスをモノにする力をそれまでに併せ持っていたとも言える。
冷静な分析力も光る、しかし徳川家康の御遺訓にある一説「及ばざるは過すぎたるよりまされり」に代表されるように、時に栄一は及ばないことも多くある。
パリ、駿府、大蔵省。それ以前にも攘夷、幕臣として、など。
それでも我々読者は決して物足りなさを感じない。
いや感じさせない、本来は道半ばと悔やんだりするようなことも、ほんの僅かな間で新たな何かを見つけ、そして挑む。
千代が言い放った「何度でも生まれ変わる」栄一だからこそ、これほどの側面を併せ持ち、ストーリーに溢れた人生を歩んだのだろう、しかしそんな中にも一本の軸がある。父からの「道理を踏み外すな」との助言を間違えなく守った栄一、一本の軸とはすなわち道理そのものと言えよう。
輝かしいストーリーの裏には悲劇もある。
我々は栄一のストーリーの影に、5年もの歳月を待ち続けた千代や娘のうた。また、平九郎という恋人を養子に出されたことで失ったてい、また喜助や長七郎、惇忠も含め、栄一が輝く側で影となっていた人物たちが多くいることを忘れてはいけない。
慶喜の近くにもまた影があるだろう、中盤からは自身も影としての側面を強めながらも、大政奉還の決断は多くの層に影をもたらした。英断の背景には悲劇がある。
そうした事実を認識しつつも、
栄一の輝かしい歴史の終盤を次巻で触れたいと思う。
以下、ストーリー解説。
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パリでの道中から、大政奉還、そして新政府の役人として。
立身出世を果たす栄一と彼を取り巻く歴史の大転換、
それでも栄一は「物申し」、そして己の道を行く。
日本の代表として幕府よりパリ万博への参加のためにフランス・パリへ渡った栄一。
慶喜の弟である民部公子のフランスでの教育を兼ねた旅は早速様々な難題に直面する。
特に特筆すべきは「薩摩藩」の動きである。かねてより幕府はフランスと新政府(薩長)はイギリスとの結びつきが強かったことは歴史でも習ったことであるが、パリ万博に「琉球王国」として薩摩藩の旗を掲げ参加を画策するなど、国内での情勢以上に雄藩の力が幕府を脅かしていたことが明るみとなる。
また1巻では遠い位置にあった栄一と日本史の大潮流が2巻において急激に接近し、3巻においても当然栄一自身は大潮流の中にいながらも、フランスと日本という物理的な距離がその位置を遠ざけていたことは、ストーリー性としてはもちろんのこと、栄一自身の人生において、これまで周りにいた人物たちと道を違えることとなった主要因である。
その後、フランスから予定されていた借款の見込みがなくなると、結果として栄一はその後の人生に最も大きな影響を与える要素を知ることとなる。
それこそが「国債」、あるいは「株式資本(Social capital)」である。フランス人エラールが彼に伝えたそれらの知識は日本で生かされることとなる。
栄一らがフランス滞在中、日本では「大政奉還」が起こる。大政奉還を巡っては、慶喜が幕府を支持するもの、朝廷を支持するものが乱立している状況を脱するため、国が一つとなって諸外国へ対応していくための最善策として判断、決して自身のためではないという心のうちが慶喜の頭脳明晰さを示す。
一方で徳川に信奉してきた物達の心のうちは厳しく、大奥に在籍していた多くの女性が自ら命を絶とうとした。
人々の拠り所というものは何にも変え難い。
そういったことを咄嗟に判断できるような栄一や慶喜は一見、大英断を下す人物として称賛されることもあるだろうが、その陰に多くの人物の苦労や苦悩があることを忘れてはいけない。
薩長は慶喜が朝廷による政治に参加し、その中心を徳川によるものとされることを恐れた。彼が集める厚い信頼を協議で崩せなかった彼らは戦を演出し、「官軍」として慶喜ら旧幕府との戦い、「戊辰戦争」を起こす。
慶喜は当然、これを予見し、反撃をしないよう指示をしていたものの、実らず。
「鳥羽伏見の戦い」に敗れたのちに、上野の寛永寺で隠居することを選択する。
慶喜が戦うことを選ばなかった理由は、「朝敵」となることを恐れたため。彼の父である徳川斉昭の教えが大きかったであろう。
パリの栄一らはこうした状況から帰国の途に着く。
一変する日本の状況を数ヶ月遅れで、その上新聞で知るしかなかった彼だったが、その都度の状況についてある程度の見立てを立て、幕府の大政奉還さえもある程度の予測をしていた。
先の戊辰戦争は終結を迎えておらず、
喜助もまたその戦いに参加、加えて養子としていた平九郎や尾高家の惇忠も加わり、彰義隊を結成。
上野で新政府軍との戦いを繰り広げるものの、あえなく敗北、平九郎はその後命を落とすこととなる。
また舞台を戦いの終焉の地である北海道、函館、五稜郭の戦いに移した戊辰戦争もいよいよ終結。
京都で顔を合わせた土方歳三はその戦いにおいて命を落とす。喜助はまたも目の前で大事な人の命を失うこととなる。
栄一は久々に血洗島へ帰宅、家族と団欒の時を過ごし、最愛の妻千代や娘うたとも再開する。その後、民部公子のフランスでの様子を慶喜へ報告するため、駿府を訪れる。栄一はそこで駿府藩の財政状況を耳にし、フランスで得た知識「株式資本」を、商人の財力と藩士の労働力を使って、強大なコンパニー(会社)のような組織の設立を模索し始める。
順調に進んでいた駿府での仕事、千代やうたを静岡に移住させた矢先、新政府より奉仕せよとの命が下る。固辞する気満々の栄一は後の総理となる大隈重信に口説き落とされ、呆気なく新政府の役人として新たな仕事を始めることに。
大久保利通、岩倉具視らの中心人物達や
伊藤博文、大隈重信など大蔵省の面々が新政府としてすべきことを散々に話し合うもまとまりもなければ、人材も少ない。
まさに「会議は踊るされど進まず」状態の新政府だったが、栄一はその中で改正掛といったいわゆる「明治維新」の中心となった政策を省庁横断的に進める部署で活躍、郵便制度、税制制度、鉄道制度、戸籍制度、あるいは廃藩置県に至るまで、また栄一はこのほかにも生糸に関する政策にも関与、のちに官営富岡製糸場の初代工場長を純忠に託すなど、栄一が当時の国策に大きく関与していたことがわかる。
そして何より、栄一が力を入れたのが「銀行(National Bank)」である。
政府が主導し、三井と小野による株式保有、そして民間人からの投資によって民間による国立銀行を発足させたのである。
しかし栄一は三野村からの一言、「江戸幕府と何も変わらない。」の皮肉がいよいよ最後の決断の後押しとなり、彼は政府の役人を辞職するのである。 -
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ネタバレ“江戸のメディア王” 蔦重こと蔦屋重三郎の生涯と活躍を描く大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』(森下佳子, 2025)の小説版。明和の大火/メイワク火事から始まる第1回「ありがた山の寒がらす」から、俄祭りと朋誠堂喜三二の仲間入りを描いた第12回「俄なる『明月余情』」までを収録。
現在(※2025年9月末)放送中のTVドラマ版ではかなりシリアスな展開が続いているため、本書収録の吉原パートでの賑々しさと猥雑さが懐かしいのなんの! 「喧嘩雀」で大いに盛り上がった俄祭りが、つい昨日のことのよう!
現在放送中のべらぼうにおもしろいドラマの復習のつもりで買ったが、小説版もなかなかどうしておもしろい。ノヴェライゼイション自体の楽しみの他に、TVドラマ内では描写されなかった場面や設定の発見も楽しめる。……とは言え、さすがに「オーミーを探せ」は無理だったかww
TVドラマ版との相違や変更で特に印象的だった箇所を幾つか。
#1「ありがた山の寒がらす」より
忘八アベンジャーズが一人 扇屋の号「墨河」を紹介。彼の文化人としての一面を窺える。
#2「吉原細見『嗚呼御江戸』」より
平賀源内と知り合いだという男 貧家銭内(実は源内その人)を吉原に案内する蔦重。銭内の奔放な言動に、蔦重は内心イライラしていた。
#8「逆襲の『金々先生』」より
吉原者を毛嫌いする鶴屋に堪忍袋の緒が切れた駿河屋が階下にぶん投げ、忘八アベンジャーズが見下ろす場面。TVドラマ版では画面内にいなかった丁子屋が加わり、大文字屋の台詞「黙って大門潜りゃいいなんて考えんなよ!」を担当。
#10「『青楼美人』の見る夢は」より
市中の地本問屋 西村屋と結託する若木屋。吉原の見世が反・市中派/親・市中派に二分される事情がTVドラマ版より詳細。
#12「俄なる『明月余情』」より
ストーリーの舞台である安永6(1777)年の前年の俄祭りについて。大文字屋が蔦重に「テメェ去年のこと忘れたのか!」と怒鳴りつけるのも無理もない、祭りとは程遠い催しで終わった経緯が少し述べられている。 -
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『人は持っている顔は一つじゃないから』
寅子さんの生きた時代が凄まじかった。
猪爪寅子さん
一緒に笑った!!
一緒に怒った!!
一緒に『はて??』となった
そして
一緒に号泣した。。。
テレビよりも時代背景や、その当時の女性の立場がよりハッキリと分かりやすく感じた。
寅子さんのお父さん、直言さんが面白すぎて、ダメダメすぎて、人間らしくて、そんなお父さんに恵まれた寅子さんだからこそ、女性初の裁判官になれたんだろうな。。。
そして。。。
お母さん、厳しくも、優しくて、包容力があったからこそ、寅子さんが踏ん張れたんだろうな。。。
法律だけではなく、人との関わりや本音の部分も
人間にはあるから、思い通りには生きにくいんだ!!
ということもこの本から伝わってきた。
ドラマとは違った目線で寅子さんを見られて
面白かった!!
下巻へ続く。。。 -
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ネタバレ映画は未見。でも、原作漫画を裏切らない内容。広島の旧家の遺産相続問題。江戸末期化から続く旧家には隠された秘密がある。それに気づいた親の一人が立ち上がり、更に子ども達に引き継がせてはならないと兄弟姉妹が立ち上がったが、その想いは子供達に届かぬままに抹殺された。子供達も大人になり、汐路親子を責めてしまった自分達を顧みて、和解した。新音もゆらも妻達も、夫や親が死んだ時には自分達に何も言ってくれないままだったのか悲しかったのかも入れない。それが大人になってわかるようになったのだ。明らかになる一族の乗っ取りと掟。そして子供達は最後には親達の想いも受け取った。漫画版では荒いタッチで描かれていた場所も、文字にして読むとわかりやすくなった。原作と同じで、子孫の女性が本当に偶然から判ったという展開だ。映画をノベライズにしたというよりも漫画をノベライズしたという方が正しいのかも知れないが、漫画→映画→ノベライズの順番だということだろう。