朝比奈秋のレビュー一覧
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朝比奈秋のデビュー作「塩の道」と『私の盲端』が収録されている。
まずは『塩の道』から。
読後、事件も事故も何も起こらなかったこの物語だからこそ、生と死が隣り合わせで日常的であった時代の風景が際立つ。
主役は医師の伸夫。舞台は青森の漁村。漁師の生活、死への向き合い方、周りの受け止め方。
赴任する前に勤めた博多繁華街での勤務医生活。青森、博多それぞれ患者の死に際の環境対比。
私たちは文化的な発展により人間的な価値を大きく毀損してきているのかもしれない。かと言ってそれが良いとも悪いとも誰にも語らせず、考えることを促す。
余談だが現役医による患者の苦しむ描写は見事で、こちらまで呼吸が苦しくなった。いや、左鼻がホントに詰まっているだけだった。
次に本書の題名ともなっている『私の盲端』を読んだ。衝撃作です。人工肛門となった女子大生の内面、外面、取り巻く環境を赤裸々につづる。
若干過激な描写もあるが、その筆力たるや恐れ入るる。
熱感、口と肛門、食物と大便、内臓からの解放、内臓がなくなると生きてる実感も失われる、
どこからこの感性がわきでてくるのだろうか。
自分の無知をしる読書 -
Posted by ブクログ
芥川賞作品『サンショウウオの四十九日』は独特の世界観が好きだった。今回は小倉アナと朝比奈秋の対談YouTubeを見て、俄然著者の創作方法に惹かれて過去作を買いに出かけた。頭の中にストーリーが降りてくるらしいのだが、それが職務にも影響し医療事故につながりかねないからと、医者から作家に転身したとのこと。しかも小説を読んだことがなく、高校の時の教科書くらいかな?と言っていた。天才。
本作『植物少女』は、自身を産んだ際に植物状態となった母親とそのとき生まれてきた美桜の物語。
物心ついたころの美桜にとっては、左に首を傾けてただ呼吸をするだけの母が美桜の全てだった。みんなが知っている植物状態前の母の様子にもそれは私の知る母じゃないと耳を閉ざす。胸の中につつまれ、掌に優しくくるまれる描写は幸せな母子関係を表していた。
小学生になってもその純粋さから発する言葉は一般的に大人の思う「植物人間」とはかけはなれ、毎日のように母に会いにくる美桜にとっては病室は同室の患者さんも含めそこに根をおろす、個性をもった愛おしい存在でまさに庭(植物園)のようなところだった。
小学生の高学年になると、動かないし、しゃべらない。目もあけないし、笑わない。それがよかったはずなのに、目の前にいるのは脳にダメージをうけて何もできなくなったひと。父や祖母が知るイメージに覆われて苦しみを覚えるようになる。
誰にも話せない相談事や愚痴も包み込んでくれていた母に対する甘えも、いつしか(母の胸に顔をうずめ、呼吸を聞くことが減った時期に重なる)話せなくなり、回復しないかもしれないとの思いは母をブラックホールのような寡黙さだと形容する。
高校生になりランニング中に気がついた。
一 母はかわいそうじゃない みじめじゃない 空っぽなんかじゃない
涙が自然と垂れてくる。私もまた母のことを勘違いしていたかもしれなかった。
就職し美桜が25歳、自分を母が産んだ歳を迎え、妊娠出産をする。。。。
空気を吸って「おぎゃー」から生は始まるもんな。
呼吸が意識をつなぐ。小説家としての朝比奈秋にしか綴れない生と死についてを読み終え、またまた死生観をアップデートする機会を得た。
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結合双生児の意識・肉体にまつわる話。
主語が混濁して混ざり合って逆転するような文体は正に追いかけ合う白と黒のサンショウウオのような、面白い描写だった。
結合双生児の話ではあるが、自我の境界みたいなところまで主題を抽象化するとなんとなく考えさせられる作品だった気がする。どこまでが自分で、どこまでが他人か。杏と瞬は物理的に結合してるが故にお互いの境界が曖昧になるけれど、人同士も同じことだと思う。
他の部分で印象に残った点とすると、伯父が亡くなった日の父親にも象徴されていて、いつも通り、高速道路が混んでいた話をする父親が、なんとなく素敵だなと思った。 -
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ネタバレ
私は医療職場なのですがお看取りの病棟では働いたことがなく自由だなあという印象を抱きました。
自由だからこそ線引きが絶妙で植物のような状態である親族を好きにモノ扱い、ゴミ箱扱いしている少女をそのままにしている。言い方は悪いけど誰も止めなかった。それを少女は自身が子供を産んでお母さんになっても吐き出せずにいた。
なんとも言えない。。
母を植物だと捉えたこともないし、
生まれた時から植物状態の母親しか知らない、
そして人の親になるってすごいなと。
しかもそれが自分を産んだ時に植物状態になったという状況なら“自分のせいではない”と言い聞かせる人生だったのかな、そういった描写はなかったけど
色んな患者や家族を見たしいらいらすることもあったしどうにかしてあげたいと思ってもどうにもならないことも多いからこそ自分がこの子と関わった時にどう関われたかと考えさせられました
医者であり、小説家である朝比奈秋さん。
賞をとったサンショウウオの四十九日、あなたの燃える左手でも読んでいないので読みたいと思います -
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ネタバレとても変わったお話でした。
結合双生児という、ひとつの体に二つの人格を持った姉妹の物語です。
彼女らをみていると、意識というものはすべての臓器から独立していることがはっきりしますが、それは誰しも同じだというのが本書の主旨。
自分だけの体を持っている人はいない。
みんな気がついていないだけで、みんなくっついて、みんなこんがらがっている。
自分だけの体、自分だけの思考、自分だけの記憶、自分だけの感情、なんてものは実のところ誰にも存在しない。
いろんなものを共有しあっていて、独占できるものなどひとつもない。
こういう感覚について今まで考えたことがなかったのでとても不思議な心地がしました。
分人、とも少し違う・・・
理性では分かっていても本能に負ける、とか、飲酒した際や(人によっては)運転中に人が変わる、とか、そういうところに出ているのかなあ。
捉え方のニュアンスだけ理解したような、してないような。。 -
Posted by ブクログ
地方の病院の医者不足の救急医療の地獄のような現実。3日も寝ずにぶっ続けで仕事、何ヶ月も休みが取れず残業300時間、朦朧とした中で手術…賢く生きる医者は辞めていき、責任感の強い医者のギリギリの体力と根性と使命感だけが頼りの限界医療。病人より辛く苦しく、若くして過労死する医者たち。恐ろしい現実。医者同士の本音の会話に引き込まれたが疲労困憊により現実から幽体離脱したような主人公の医師の妄想描写と内蔵の描写が多すぎてそのあたりは斜め読み。日本は簡単に医者に診てもらえてありがたいとか思ってたけど彼らの瀕死の医療の上に成り立っていると思うと本当に心苦しい。でも先日、身内が救急車呼んで入院した時は医師も看護師も「様子なんて見てないですぐに救急車呼んでいいんですよ」とあたたかく親身に診てくれてありがたかった。せめて健康に気をつけて無茶をせず自分でできることはしなきゃなと思う。
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Posted by ブクログ
いやはや、すごい小説だった。これを厚労省の役人とか、大臣とか、医療制度の責任者はどう読むのか?
この数年最も寝ていない外科医公河。同じ市内に三つあった救急医療を担う病院のうち二つが、急患の受け入れを停止した。残ったのは「どんな命も見捨てない」を院是に掲げた公河の勤務する病院だけ。24時間勤務は当たり前、時に四日連続勤務に当たることもある。冒頭、医大の友人ヤナザキが死んだとの連絡を受ける。こちらは産科医。母体と赤子を救うため働き続けて、病院のシャワー室で座ったまま死亡したのだ。背中を立てたまま死ぬ?公河の思考は混濁し、現実と妄想の狭間を行き来する。読んでるこちらも、魍魎とした不可思議な世界に引き込まれていく。