朝比奈秋のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
これまで感じたことがないような読後感。
この作品がどうというより、なぜ著者はこの作品を書いたのか、書けたのかのほうが気になる。
自分が当事者でないことで、想像することすらできない領域(というか、安易に想像してわかった気になってはいけない領域)があるような気がするのだけど、私にとって結合双生児とはまさにそこに位置する。
これついては、数年前に市川沙央著のハンチバックを読んだときに強く感じた。障がいを持つ著者が、苦痛や葛藤を当事者にしか分からない言葉で生々しく綴り、「障がいを持たない側の人たちにこの痛みを分からせてたまるか」といったような強い感情を作品の至るところからひしひしと感じた。
この -
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Posted by ブクログ
手のひらの温もりとその静かな呼吸は、肯定も否定もせず、あるがままに受け止めてくれるもの。
植物状態の母しか知らない美桜だからこそ、物心ついた頃から、2人だけのやり方でコミュニケーションを取り、唯一無二の関係性を築いて来た。
それは、社会的には普通ではない親子関係だと言われるだろうし、可哀想に思われるかもしれない。
でも普通って何だろう。可哀想と決めるのは大抵、表面的な部分しか見えてない周囲であって、当事者にとっては日常であり普通なのだ。
母の髪を金髪にしたり、ピアスを開けたり、愚痴や不満の掃きだめにしたり、リアクションがないからこそ過激になっていく、美桜の甘えの描写に胸が苦しくなった。
だが -
Posted by ブクログ
読んだ後、植物状態と脳死と昏睡状態の違いについてネットで調べてみたり、自分があるいは身内が植物状態になる状況を考えてみたりしている。
例えば自分が交通事故にあって植物状態になったとして、それは自分だと言えるだろうか。今の私と地続きの存在だと言えるだろうか。自分はちゃんと生きていると言えるだろうか。植物状態は生きている状態だと医学的にも法的にも認定されている。でも自分の実感として、この「私」という意識と自由な思考、自由な身体こそ「生」の状態だと思っているので意識がなく寝たきりという状態は苦痛だと思った。そんな人生虚しすぎないか。いっそのこと殺してくれとすら思う。
では親が、兄弟が、友人が、恋 -
Posted by ブクログ
最初から最後まで重苦しかった。
救命救急の現場の過酷さが、一人の外科医目線で描かれる。
近隣の総合病院が救急から撤退する中、外科医の公河が務める病院は「誰の命も見捨てない」を院是に掲げ、患者を引き受け続ける。
公河らは70時間以上の連勤を余儀なくされ、心身共に極限に達している。
そして他病院でも、公河と医学部同期だった産婦人科医の過労死。誰の命も見捨てないという“命”に、医師の命が含まれていない現状。
医師はどんどん辞めていき、病院は赤字経営、現実に起こっている地方中核病院の撤退や、たらい回しが頻発する救命医療の崩壊は今後加速度的に進んでいくのだろう。
人の命を救うのが仕事とはいえ、医師の