朝比奈秋のレビュー一覧
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表題からは想像できない他人の手を移植する物語で、東部ヨーロッパの複雑な背景もあり、奇妙な読後感を得た.アサトは左腕に浮腫ができ、悪性と診断され切断を余儀なくされた.その後、白人の手を移植することになり物語が急展開する.ドイツ語、ハンガリー語、ウクライナ語、ロシア語が飛び交う場面を想定した話があり、多くの人が交錯するので、前後関係を確認するため、何度も戻りながら読んだ.ハンナとのやりとり、移植医のゾルタンとの会話、手術後に現れる夢の数々、幻肢痛への対処、同僚との会話などなど、ばらばらに出現する事項が何故か一点に収束する感じを得たのは不思議だった.ただ、ウクライナのクリミヤ半島のドライブは、複雑な物語の中で唯一の息抜きのような感じがした.
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林芙美子文学賞受賞作がどんな作品なのか気になったので手に取った本。なので併録の「塩の道」を先に読んでから「私の盲端」を読みました。結果的にこの順で読んで良かったと思うのは、「私の盲端」のインパクトが強すぎたからです。
「私の盲端」
オスメイト(人工肛門)をつけることになった女子大生の物語。オスメイトの男にナンパされるところから物語は始まるのですが恋愛物語には一切発展せず、ひたすら大便の話が展開されていきます。確かに、健常な生活を送っていた人間が、突然オスメイト生活になれば、頭のなかを占めるのは便のことでしょう。オスメイトになった衝撃、便の処理、オスメイトとして社会に復帰する日のこと等がリアルに描かれています。こういった人が実際に存在することを知ってほしいという、オスメイトに対する理解は深まりますが、いっぽうで便に対する執着や情熱を感じ、消化器医ならではの視点だなぁと思いながら読みました。便の話というより、便と共存する人間生活の話という印象です。健常者も腸に便を抱えた状態で生活していることに変わりはないけど、そのことを目に見える形で提示し、口から肛門までつながっていることの神秘を謳っているようにすら感じました。
ただ、主人公のバイト先の飲食店の治安の悪さ、ナンパしてきたオスメイト男との交わりなど、そのへんがおそらく伝えたい核の部分だとは思うけれど理解が追いつかず。オスメイト男の過去から現在にいたるまでの苦悩や悟りをちゃんと深く書いてほしいなとは思いました。理解はできなかったけどインパクトが強く最後まで夢中で読みました。
「塩の道」
勤務医として馬車馬のように働いていた医師が、入院病棟のない村で唯一の医師として働く様子が描かれています。医療ものではあるが救命ドラマとは正反対の、看取りのあり方が描かれています。緩和ケア的な感動ものではなく、人が(特に高齢者が)死ぬ時の痛みや汚さをリアルに伝えるような書き方。医療が発達していなかった時代は耐えるしかなかった痛みや不便さに焦点をあてているようにも感じ、医療はどこまで寿命に介入して良いものか等と考えさせられました。ただ、方言がきつく読みにくい部分もあり、「私の盲端」を読んだあとでは頭に文章が入ってこなかったかもしれないとは感じました。主人公の医師は苦悩の末に悟りをひらいたような終わり方ではありましたが、ちょっと理解は追いつきませんでした。
総じて何を伝えたいのかはっきり汲み取れなかったものの(そんなテーマらしきものはそもそも無い?)、書かれている内容はおもしろく、文章も読みやすかったです。
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ただひたすらに救急医の凄まじい勤務実態~長時間の連続勤務~を描いた作品です。
著者は消化器内科医だそうですから、作品に登場する小谷という内科医が著者の分身かもしれません。
私も若い頃、結構な長時間勤務をしました。休みは月に1日だけ、休出の土曜も含め毎日終電近くまで残業、日曜日くらいは「定時で帰ろう」、そんな数カ月。肉体的にはしんどかったけど前は向いて居れました。期限は見えてたし、ある種の達成感も有りました。そして不足気味とはいえ毎日一定時間の睡眠は取っていた。それに比べると無茶苦茶ハード。しかも終わりが見えない。
内科医で作家の南木佳士さんは、末期癌患者を見送り続けてパニック障害に陥ったそうです。南木さんもハードな勤務もったようですが、何となく感じるのは精神的な「静かな死」・鬱。それに対しこの救急医は、他の救急病院や仲間が一人一人と過労死で倒れるなか、まるで太平洋戦争中の日本軍の兵士の様に物資もなければ支援もない中、ただ前に進むしかない肉体・精神両面での壮絶な戦闘死(死んでは無いけど)。不眠不休によって思考は完全に混乱しながらも手は手術を続ける主人公。凄まじい表現が読み応えがある。このあたり、流石に芥川賞作家。
ただな~、私の様なヤワな読者としては、物語として、もう少しサイドストーリーや救いが欲しいな。 -
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装丁に惹かれて購入してしまった一冊
こう、上手く共感もしきろうにもしきれない、
こういう病気モノは実体験してるかどうかが
とても大きな鍵になってくると思う。
少なくとも、この小説に救われる人は多い気がする。
なんとも表現し難い、
登場人物の苦しさがジワジワと伝わってくる。
どのような状況下でも、
主人公ミオは強く、逞しく、母性なのか、
カッコよく見えた。誇らしく感じた。
きっと、お母さんもそう感じてたと思うよって
声を大にして言いたい。
現に、植物状態なのはお母さんなのに、
タイトルにあるように「植物少女」となっている
というところにセンスもすごく感じる。
実際に主人公ミオは植物状態ではないのだが、
リアルに植物状態のことを表しているのではなく、
ミオにもミオなりの人生があり、
自分のことを客観視した時に、
自らがお母さんと同じ植物状態であるのではないかと認識するところが、ミオらしいユニークな発想だった。
短くてサクッと読めるので、
忘れた頃に再読したい一冊。 -
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あなたの燃える左手で
2025.08.10
怒りを恥じること、他人を想って涙を流すこと、それが弱さでなくて美徳とされるあの列島、そして、そこに住む平和で呑気でシャイで、親切にされると恥ずかしそうに礼義正しくお辞儀をする人たち。
この文章によって日本人の在り方を客観視できて、なるほどなと感じた。どこか愛おしいと感じてしまった。このような日本人であり続けたいと思うのは愛国心の表れなのだろうか。
島国である日本とヨーロッパ大陸のちがいを手の拒絶反応で表しているのが印象的。読みながら自分の神経も痛むような感覚を得た。移植をテーマとして国際関係に繋げるのは新鮮だった。
私もアルバイトをしていて外国人観光客の態度や食べ方、マナーについて体の内なるところから、どこか違和感や隔たりを感じることがある。日本にいて、殻にこもっていては気付けないことだと思う。このような違いを乗り越えていかなければ本当の国際協力は難しいのだなと実感させられる。
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ネタバレ意外と難しくて、読み終わるのに時間がかかった
なんの説明もなく過去の話になったり、話し手が変わったり
いつのまにか考え事をしてる時はそんなものが知れない 国語の試験の課題文を読み解くみたいな気持ちで読み進めるのが疲れた
誤診で左手を失った喪失感は直接描写されていないのに、幻肢痛の描写リアル そり、考え事しちゃったり、妄想の世界に入ってしまったりするよなぁ
ロシアに攻め込まれたウクライナ市民の描写、隣国ハンガリーの市民の気持ち、シチュエーションによって言語を使い分けることが要求される生活、日本にいたら分からない
この本に書かれていることが全てじゃないだろうけど、それなりの真実は含まれているんだろうと思う
一回読んだだけじゃ理解しきれない
何度か読み直そう -
Posted by ブクログ
あらすじを読んだ際には、別の人の左手を誤診により移植された主人公が、それを乗り越えるような医療系の割とありがちな話かと思った。国境や民族意識、戦争も一つ大きなテーマになっており、その視点と片腕の移植を絡めていて面白かった。
普段何気なく使う体も、全て自分のものだからこそ違和感なく使えることを実感して、ありがたいなと感じた。
「日本人は謙虚に見えて傲慢」という箇所が印象的だった。国境の意識がなくほとんど同じ民族で構成されている国であり、だからこそ身内には親しいが外の人には排他的になりがちである。普段の自分の価値観、認識の仕方を改めていきたいと思った。 -
Posted by ブクログ
読書備忘録899号。
★★★★。
芥川賞作家朝比奈さんの2023年作品。
サンショウウオ・・・は見かけ上1人の人間でありながら結合双生児という特殊な状況における心の物語でした。
正直、どのように捉えて良いのか難しい作品という印象でした。
この作品はサンショウウオに比べるとテーマが分かりやすい。
①国境を巡る紛争。侵略行為。一方、国境に縛られない民族という括り。
②生体移植。失われた人体機能を取り戻すために行われる生体移植。他人の一部を移植する。
国境という境目。生体移植の境目。この2つは実は同じなんだという物語。
そして、領土侵略、生体移植が成功するかどうかは境目を跨る相互意思に掛かっているというお話。
舞台はハンガリーですが、主人公を日本人という島国であることで国境を持たない民族にすることでエンタメスリーリーに仕上げている。
正直・・・、面白かったです!
★この先はネタバレ感満載の解釈をしてしまっているのでご注意★
物語冒頭。
いきなり、ウクライナ東部ドンバス地方でウクライナ人女性が身体にプラティック爆弾を巻いてロシア軍に対する自爆テロを行うシーンで幕開け!
どうやらこのタイミング、ロシアがクリミアを一方的に併合して、東部ドンバス地方に攻め入っている時。
まだ、ロシアが全面的にウクライナ侵攻を開始する前。
この女性、読み進めると、主人公の日本人男性アサトの恋人で、世界の紛争地で医療に従事にしていたことが分かってくる。
シーンは変わってハンガリーの病院。
患者でありながら、この病院の内視鏡センターの技師であるアサトがベッドにいる。
どうやら、左手首から先を移植した模様。
なぜ、左手を失い移植することになったのかは大した意味も無いので割愛!
移植手術を執刀したのはハンガリー人医師、ドクトル・ゾルタン。
移植手術において権威。
移植した左手に対して、アサドの身体はまだそれを認めていない。
左手は拒絶反応に晒されて、浮腫みがはげしい。
左手に感覚はなく、意思で動かすなんて以ての外。
そんな状況に対して、ゾルタンは左手が受け入れられる・動かせるようになるのはアサド次第だ、という。
ゾルタンは移植と国境紛争を絡めて語る。
ウクライナ西部はもともとハンガリーだったと。それをウクライナに奪われた。今でもウクライナ西部にはハンガリー系住民が住んでおり、権利が侵害されているという。
一方クリミア半島は、ロシア系住民も多く、ロシアによる一方的な併合においてもクリミアには歓迎する声が大きかったと。
アサトは日本という島国に生まれて国境というものを意識したことはなかった。
移植というのは領土と同じだ。
移植部分が大きければ、拒絶反応はあまり問題になることはない。
なぜなら移植部分が大きいと、そこは別のものとして交流するだけだから。すなわち自分の一部にはならない。
手首から先というパーツは小さい。手首はアサトという身体に飲み込まれることを拒む。
しかし、それを実現するのはアサトの心次第だと。
ゾルタンは言う。日本人という島国のアイデンティティを持った人種に、他人の人体パーツを移植するのは合わないのかも知れないと。
一旦順調に思われた移植だが、アサトは再び切り落としてくれと言う。この左手は耐えられないと。
順調に行っているのに切り離すなんてありえないとゾルタン。
そんなとき、突然強度の拒絶反応がアサトを襲う。このままでは左手は腐り、アサトの本体にも影響が出る。必然的に切り離さないと命に係る状況に陥るアサト!
ウクライナに全面侵攻するロシア!
国と国の問題はどうあれ、生体移植してもらったパーツは大切にしましょう!
そうそう。最初に自爆した女性はハンナ。
アサトはその現実を受け入れられずまだハンナは生きていると錯覚する。
その現実を受け入れていく中で、実はこの左手はハンナの左手なのでは?と混乱する。
という感じでハンナエピソードは物語に組み込まれる。