朝比奈秋のレビュー一覧
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サンショウオという小さな生き物の死と、人間の死、そして医療によって引き延ばされる「生と死の境界」が重ね合わされて描かれます。語り手は、治療・延命・看取りといった現実の中で、「本当に死んだと言えるのはいつなのか」「死はどこで区切られるのか」という問いに直面します。
四十九日という、日本的な弔いの時間は、単なる宗教的慣習ではなく、生きている側が死を受け入れるための猶予期間として描かれます。その間、死者(あるいは死んだはずの存在)は、記憶や感覚の中で何度もよみがえり、完全には消えてくれません。
作品全体は淡々とした文体で進みながらも、
•医療の冷静さ
•命を扱うことへの違和感
•生き残った者の罪 -
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表題からは想像できない他人の手を移植する物語で、東部ヨーロッパの複雑な背景もあり、奇妙な読後感を得た.アサトは左腕に浮腫ができ、悪性と診断され切断を余儀なくされた.その後、白人の手を移植することになり物語が急展開する.ドイツ語、ハンガリー語、ウクライナ語、ロシア語が飛び交う場面を想定した話があり、多くの人が交錯するので、前後関係を確認するため、何度も戻りながら読んだ.ハンナとのやりとり、移植医のゾルタンとの会話、手術後に現れる夢の数々、幻肢痛への対処、同僚との会話などなど、ばらばらに出現する事項が何故か一点に収束する感じを得たのは不思議だった.ただ、ウクライナのクリミヤ半島のドライブは、複雑な
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林芙美子文学賞受賞作がどんな作品なのか気になったので手に取った本。なので併録の「塩の道」を先に読んでから「私の盲端」を読みました。結果的にこの順で読んで良かったと思うのは、「私の盲端」のインパクトが強すぎたからです。
「私の盲端」
オスメイト(人工肛門)をつけることになった女子大生の物語。オスメイトの男にナンパされるところから物語は始まるのですが恋愛物語には一切発展せず、ひたすら大便の話が展開されていきます。確かに、健常な生活を送っていた人間が、突然オスメイト生活になれば、頭のなかを占めるのは便のことでしょう。オスメイトになった衝撃、便の処理、オスメイトとして社会に復帰する日のこと等がリアル -
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第171回芥川賞受賞作。
インパクトのある設定だったが、父親と伯父の設定にも驚く。
想像していたモノとは異なり、物語自体は淡々と進む。
私とわたし、主語が入れ替わるごとに姉妹の思考が入れ替わる。
2人の過去の出来事や記憶が思い起こされ、両親は当たり前のように2人を感じ取り、1人がもし亡くなったらどうなるのか……
何となく姉妹の片方は伯父に似、もう片方は父に似ている気も。
意識はすべての臓器から独立しているのかどうかなど、哲学的要素もあり、ただラストは物足りないような、これでいいような、不思議な読後感。
最初のインパクトが大きすぎて、朝比奈秋作品なら、他のものの方が、とも思う。 -
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第171回(2024年)芥川賞受賞作品。朝比奈秋は史上6人目、男性作家としては初となる純文学新人賞三冠(芥川龍之介賞・野間文芸新人賞『あなたの燃える左手で』・三島由紀夫賞『植物少女』)を達成した。現役、消化器内科医師として働きながら二刀流で執筆。
(帯より)伯父が亡くなった。誕生後の身体の成長が遅く心配された伯父。その身体の中にはもう一人の胎児が育っていた。それが自分たち姉妹の父。体格も性格も正反対の二人だったが、お互いに心を通わせながら生きてきた。その片方が亡くなったという。そこで姉妹は考えた。自分たちの片方が死んだら、もう一方はどうなるのだろう。なにしろ、自分たちは同じ身体を生きている -
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第171回芥川賞受賞作
読み始めてすぐに、『 ? 』理解が追いつかなくてもう一度読み返す。結合双生児のお話だと知っていながら、描かれる日常生活は想像を越え理解が追いつかなかった。パターンを理解すると、主人公の考える意識と肉体、生命の相関が頭に入ってくる。主人公の父親の出生のエピソードと主人公の在り方を交えて、意識の存在を考えていく。
最終盤、一人とみられていた主人公の影からもう一人の存在があらわれるときの描写は長すぎると思う。ページが残り少なくなったところで、核心があらわれると思ったらちょっと肩透かしだ。
強烈な個性の主人公なので、芥川賞作品ではなく直木賞作品に仕上げていたら、もっと -
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肉体、心と思考、そして意識は本当に自分自身のものであると言えるのか。意識は独立していると言えるのか。結合双生児である「二人の」主人公であるからこそ、抱える矛盾、違和感、安心感。陰陽魚の例えを使って、対立しながらも補い合う二者の在り方が表現されている。最後の一文では、杏と瞬の二人が陽中陰や陰中陽を体現し循環する存在になることができたと感じられて、読者の私として温かくも嬉しい気持ちになった。「私の身体や心は本当に私のものだと言えるんだろうか?私の意識は独立していて、全く他の介入を許さないなんて断言できるんだろうか?」単生児として生まれた私自身も自己の存在を疑う問いを与えられた物語だったように感じる
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ただひたすらに救急医の凄まじい勤務実態~長時間の連続勤務~を描いた作品です。
著者は消化器内科医だそうですから、作品に登場する小谷という内科医が著者の分身かもしれません。
私も若い頃、結構な長時間勤務をしました。休みは月に1日だけ、休出の土曜も含め毎日終電近くまで残業、日曜日くらいは「定時で帰ろう」、そんな数カ月。肉体的にはしんどかったけど前は向いて居れました。期限は見えてたし、ある種の達成感も有りました。そして不足気味とはいえ毎日一定時間の睡眠は取っていた。それに比べると無茶苦茶ハード。しかも終わりが見えない。
内科医で作家の南木佳士さんは、末期癌患者を見送り続けてパニック障害に陥ったそうで -
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装丁に惹かれて購入してしまった一冊
こう、上手く共感もしきろうにもしきれない、
こういう病気モノは実体験してるかどうかが
とても大きな鍵になってくると思う。
少なくとも、この小説に救われる人は多い気がする。
なんとも表現し難い、
登場人物の苦しさがジワジワと伝わってくる。
どのような状況下でも、
主人公ミオは強く、逞しく、母性なのか、
カッコよく見えた。誇らしく感じた。
きっと、お母さんもそう感じてたと思うよって
声を大にして言いたい。
現に、植物状態なのはお母さんなのに、
タイトルにあるように「植物少女」となっている
というところにセンスもすごく感じる。
実際に主人公ミオは植物状態