朝比奈秋のレビュー一覧
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第171回芥川賞受賞作
読み始めてすぐに、『 ? 』理解が追いつかなくてもう一度読み返す。結合双生児のお話だと知っていながら、描かれる日常生活は想像を越え理解が追いつかなかった。パターンを理解すると、主人公の考える意識と肉体、生命の相関が頭に入ってくる。主人公の父親の出生のエピソードと主人公の在り方を交えて、意識の存在を考えていく。
最終盤、一人とみられていた主人公の影からもう一人の存在があらわれるときの描写は長すぎると思う。ページが残り少なくなったところで、核心があらわれると思ったらちょっと肩透かしだ。
強烈な個性の主人公なので、芥川賞作品ではなく直木賞作品に仕上げていたら、もっと -
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肉体、心と思考、そして意識は本当に自分自身のものであると言えるのか。意識は独立していると言えるのか。結合双生児である「二人の」主人公であるからこそ、抱える矛盾、違和感、安心感。陰陽魚の例えを使って、対立しながらも補い合う二者の在り方が表現されている。最後の一文では、杏と瞬の二人が陽中陰や陰中陽を体現し循環する存在になることができたと感じられて、読者の私として温かくも嬉しい気持ちになった。「私の身体や心は本当に私のものだと言えるんだろうか?私の意識は独立していて、全く他の介入を許さないなんて断言できるんだろうか?」単生児として生まれた私自身も自己の存在を疑う問いを与えられた物語だったように感じる
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いや、やっぱ視点がスゴイ。異世界。植物少女に続き、襲撃だった。
2人が1つの体で生きているなか、相手の感情や思考に飲み込まれそうになる圧や、痛みや辛さを相手に押し付けた後の輪郭だけのカンジ、自分の中に何かいると確信した熱感やむず痒さとか…こんな表現、しらない。
杏と瞬、どっちの思考なのか混ぜこぜの描き方も、2人をうまく表現してる。
医学では説明しようのない意識とは、感情や思考とはかけ離れているもの。死は客観的事実であり、肉体が死んでも意識は死なない?では意識が死ぬのはどんな時?
自我とはなにか…哲学的なことを想うのに、おもしろい切り口だと思った。
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幼少期から読書をしてこなかったという著者だか、どうしてこれほどの文章を書けるのだろう。
この本を読んでいると、意識、感情、記憶、肉体がジグソーパズルが崩れるかのようにバラバラになってしまう感覚になる。
最後のほうの、5歳のときに杏が瞬を見つけるときの描写がとにかく凄い。こんな表現あります⁈っていうくらいで、リアルすぎて著者の得体の知れなさを感じてしまう。
最新作「受け手のいない祈り」でも感じたのだけど、2作とも境目の曖昧さというものを感じさせる。
肉体の死とは?意識の死とは?意識と肉体の繋がりとは?などなど、まるで白黒サンショウウオのようにぐるぐると考えてしまう。答えは出ないのだけど。 -
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ネタバレ直前にたまたま『記憶する体』を、数年前に『わたしの全てのわたしたち』を読んだからか、すんなりと読めた。
どちらも、自分の体であってそうでない。体とは意識と記憶があってこそ自分だけの体たらしめている(自己解釈)
作品はさらに死についても書いたが、結局は魂の話なのかなと感じた。
杏が舜を発見(舜の意識が発現)する最後の件は、小さな体でもう1人の人間の大きなパワーを感じさせる情景(主人公の行動の意味は全く不明だけど笑)で印象に残った。
流れるように視点が変わるのも2人の意識を共有するかのようで興味深い。
芥川賞受賞作は難解で意味わからず突拍子もない作品と偏見があっえ敬遠していたが、結合双生児について -
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ただひたすらに救急医の凄まじい勤務実態~長時間の連続勤務~を描いた作品です。
著者は消化器内科医だそうですから、作品に登場する小谷という内科医が著者の分身かもしれません。
私も若い頃、結構な長時間勤務をしました。休みは月に1日だけ、休出の土曜も含め毎日終電近くまで残業、日曜日くらいは「定時で帰ろう」、そんな数カ月。肉体的にはしんどかったけど前は向いて居れました。期限は見えてたし、ある種の達成感も有りました。そして不足気味とはいえ毎日一定時間の睡眠は取っていた。それに比べると無茶苦茶ハード。しかも終わりが見えない。
内科医で作家の南木佳士さんは、末期癌患者を見送り続けてパニック障害に陥ったそうで -
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装丁に惹かれて購入してしまった一冊
こう、上手く共感もしきろうにもしきれない、
こういう病気モノは実体験してるかどうかが
とても大きな鍵になってくると思う。
少なくとも、この小説に救われる人は多い気がする。
なんとも表現し難い、
登場人物の苦しさがジワジワと伝わってくる。
どのような状況下でも、
主人公ミオは強く、逞しく、母性なのか、
カッコよく見えた。誇らしく感じた。
きっと、お母さんもそう感じてたと思うよって
声を大にして言いたい。
現に、植物状態なのはお母さんなのに、
タイトルにあるように「植物少女」となっている
というところにセンスもすごく感じる。
実際に主人公ミオは植物状態 -
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あなたの燃える左手で
2025.08.10
怒りを恥じること、他人を想って涙を流すこと、それが弱さでなくて美徳とされるあの列島、そして、そこに住む平和で呑気でシャイで、親切にされると恥ずかしそうに礼義正しくお辞儀をする人たち。
この文章によって日本人の在り方を客観視できて、なるほどなと感じた。どこか愛おしいと感じてしまった。このような日本人であり続けたいと思うのは愛国心の表れなのだろうか。
島国である日本とヨーロッパ大陸のちがいを手の拒絶反応で表しているのが印象的。読みながら自分の神経も痛むような感覚を得た。移植をテーマとして国際関係に繋げるのは新鮮だった。
私もアルバイトをしていて外国 -
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ネタバレ意外と難しくて、読み終わるのに時間がかかった
なんの説明もなく過去の話になったり、話し手が変わったり
いつのまにか考え事をしてる時はそんなものが知れない 国語の試験の課題文を読み解くみたいな気持ちで読み進めるのが疲れた
誤診で左手を失った喪失感は直接描写されていないのに、幻肢痛の描写リアル そり、考え事しちゃったり、妄想の世界に入ってしまったりするよなぁ
ロシアに攻め込まれたウクライナ市民の描写、隣国ハンガリーの市民の気持ち、シチュエーションによって言語を使い分けることが要求される生活、日本にいたら分からない
この本に書かれていることが全てじゃないだろうけど、それなりの真実は含まれている -
Posted by ブクログ
予備知識なしで読み始めたのだが、、、つらすぎる。
医師の芥川賞作家が、救急病棟の医師の過酷な労働環境をひたすら綴っている。
仮眠、徹夜、過労死、退職、廃業、
街に救急病棟がなくなる、でも急患はなくならない。
地獄だ。
若い医師を犠牲にする今の医療体制。
この小説を読んで思う。
日本でトリアージが当たり前になる日は近い。
いや、もう始まっているのかもしれない。
119で救急車を呼んでも助からない急患はこれから増加することだろう。
自分の命は自分で守らなければならない。
健康でいなければいけない。
事故に遭ったら後は運任せだ。
若い医者は圧倒的に足りない。
増える見込みもない。
老人は増え、若者