【感想・ネタバレ】サンショウウオの四十九日のレビュー

あらすじ

周りからは一人に見える。でも私のすぐ隣にいるのは別のわたし。不思議なことはなにもない。けれど姉妹は考える、隣のあなたは誰なのか? そして今これを考えているのは誰なのか――三島賞受賞作『植物少女』の衝撃再び。最も注目される作家が医師としての経験と驚異の想像力で人生の普遍を描く、世界が初めて出会う物語。

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Posted by ブクログ

結合双生児といえば、ベトちゃん、ドクちゃんの知識くらいしか持っていなくて、まして、胎児内胎児を初めて知った。

読んでいて、不思議な感覚に襲われた。

主人公の瞬、杏は、パッと見1人なのに、
左右で別人どおし。

著者は医師であり、表現がとてもリアルで、
主人公の心模様の描き方が繊細に書かれている。
医師だからこそ、この本が書けたと思う。

ある意味不幸な家族のようだけれど、
ところどころ、くすっと笑える場面もあり、
明るいストーリーになっている。

勝彦が亡くなることで、
生と死、体と心、双生児の不思議を、しみじみと考えた。
1人で生まれた子を、単体児と呼ぶことに、この本の中ではしっくりくる。

読み終わって、表紙の絵を、じっくりと見てしまった。

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2026年07月28日

Posted by ブクログ

面白かった。意識と身体性だったり抽象的なものを取り扱うあたり、没入しないと中々難しいモチーフではあるけどそれが楽しい、これぞ芥川賞というような読書体験。
正解のない自分の輪郭を他者や社会を使ってなんとか形作ろうとする人間の根源的な奮闘や葛藤を結合双生児という切り口で描いているのが新鮮で、読み手の価値観を揺さぶる話だった。人との境界と繋がり、自己の確立と承認欲求、生と死などの現代的かつ普遍的なテーマを改めて問い直させられる。

人工物はもちろんのこと、生き物も種の繁栄ていう目的として本質が先にあるんだけど人間は自分を対象化できるから種の繁栄以外の選択肢もたくさんあって、だから実存は本質に先立つんだなあ とサルトルの主張を改めて思い出して納得し直したりした。ある意味で人間讃歌的な話なのかも?人間の定義にも言及していくところも面白い

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2026年05月23日

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杏と瞬がどのような人間なのか口絵が欲しい…と思ったのが本音。しかし、どの部分でどう違うのか、2つあったり、肥大している臓器の描写が今後どのように生きてくるのか。想像は人それぞれになるところが面白い。杏と瞬、見た目は1人の少し歪な人間なのに、意識は2人分。多重人格ではなく、身体があるところ、意識と身体は一体なのかという哲学的な問いが陰陽図と表現されていた。陰陽図、授業で出てきて、ペプシのロゴみたいだなぁと思っていたのでタイムリーで既視感あった。凹凸が上手く噛み合い、白と黒、表裏一体のような関係。サンショウウオという題名から、魚が出てくるのかなと思ったが、伯父の勝彦も父の若彦を体内に魚として飼っていた。相手が死んだら自分も死ぬのか。自己が亡くなることが死なのか。1人は孤独だと言うが、孤独が嫌なら2人分の意識を植えれば良いのか。でも、自分で決めたい。なんという身勝手な生き物、人間。最後に祖母に抱きしめられた回想のところは私も祖母との記憶が蘇り、久しぶりに会いたくなった。熱にうなされ、藻をかき分けて池に入っていく瞬。段々サンショウウオになっていく描写なのかと人魚のようなイメージを抱いた。自分の身体は自分の意識でしか生きられず、死ぬという定義はあるものの、突き詰めると死とはなにか、生きるとはなにかという問いに繋がっていった。

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2026年01月26日

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物語の中で大きな展開があるわけではないけれど、淡々と【意識と死】について思考させられる、好きな文体だった。半身がくっついた結合双生児ゆえに、いつのまにか瞬と杏の語りが混同するような表現が素敵だった。

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2026年08月05日

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面白い作品でした
脳が分かれていない?状態の結合双生児のお話でした
物語の語り部がスッと入れ替わるので『あれ?今はどっち?杏?瞬?』となる所がありましたが、後半にはそれも面白い部分でした。
結合しているようで分離しているような、主観のような俯瞰のような不思議な作品でした。

死んでも続く意識を絶命に至らしめるものはなんなのか と言う言葉が印象的でした

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2026年07月06日

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結合双生児で、双子の姉妹の杏と瞬。
瞬は5歳になるまでその存在を知られず、杏に見つけられてから一人の人間として認められた。
脳はそれぞれあるものの、血管をはじめ様々な臓器を、感覚を、思考を共有している2人。
赤ん坊の時、父をその体内で育てていた伯父が亡くなった衝撃で杏に駆け巡る思考、瞬に湧き上がる感覚、自分は何なのか、一体どこからどこまでが自分なのか、死とは何なのか、2人の意識は独立しているのか、どこまでが混然一体なのか。
幼少期を、学生時代を思い出し、それぞれの意識の果てに思い至った答えと、そこから再び始まるいつもの生活。

意識について語るのに、結合双生児を主人公に据え置く発想がすごい。少なくとも私は結合双生児に会ったことがなく、どんな悩みを持っているのかなども想像しがたい。けれど本書に描かれる杏と瞬は、ちょっと不合理でイレギュラーな肉体に生まれた普通の女の子で、2人の特殊と思われる悩みは、本人たちが突き詰めて考えれば考えるほど他の単合体と変わらぬ普遍的なものだった。
陰陽道の印に蠢く白と黒のサンショウウオ。
互いを補い合う完全体。
サンショウウオの四十九日。
それは伯父と父の死に別れのことかもしれないし、絶滅危惧種であり珍しい存在であるサンショウウオのような杏と瞬の、己はサンショウウオのようなものかもしれないという考えとの別れのことなのかもしれない、と思った。

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2026年05月17日

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結合双生児の杏と瞬。全てが半分ずつ結合して身体は一体だが、一人ではない。思考や感覚は混じっても、意識は混じることはない…。想像もしたことない、見知らぬ世界が描かれた小説だ。

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2026年04月26日

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ネタバレ

興味深い一冊だった。
ハッキリと他者から見て結合双生児とわからないことによる杏と瞬の生きていく上での難しさを感じた(私は結合双生児と言えばベトちゃんドクちゃんしか知らなかった)。
特に瞬と周囲が「瞬」を認知するまでに5年かかったのが辛い。
とはいえこの作品はあくまでも杏と瞬の日々の生活のお話しであり、また彼女らの死生観について描かれているのかなと思った。彼女たちにとってはこれが「普通」なのだから。

どうでもいいことだが私のような先天性心疾患の子が生まれる割合は100人に一人。
誰の隣にも、マイノリティは存在する。

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2026年03月20日

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ひとつの体を(共有)している主人公を用いて、意識の死と体の死これらに違いはあるのか、私たちの意識はどこからくるのか、思考している。結局のところ意識はどこから生じるのか、答えは書いていないけど、臓器の全てにあって同時にどこにもないものなのかなと思った。最後の文章を読んで、意識も内臓のひとつに過ぎないし、私たちも人類の命の流れの中の一つに過ぎない。それを虚しくは感じず、どこか安心して感じた。

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2026年03月02日

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ネタバレ

芥川賞受賞作とのことで手に取りました。事前情報ナシで読んでびっくり。冒頭、「胎児内胎児」だった父親の話に圧倒されながらもなんとなく主人公の女の子ふたりの描写に違和感を感じ…ふたりが「結合双生児」と分かった時の衝撃。はじめは正直その稀有な障害が興味深くて読み進めていましたが、しだいにその特異性は気にならなくなり、自分とはアイデンティティとは何か…と哲学書を読むように夢中になりました。瞬が死にかける終盤は、本来体験不可能なはずの死の感覚を体験したようで、不思議な気持ちに…。これはすごい作品ですね。

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2026年02月25日

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難しいことが書かれているようでいて、読みやすい文章だった。
観念的な感じが村田沙耶香さんの『コンビニ人間』を思い出して、そうか芥川賞候補ってこんな感じだよね、みたいな感想を抱いた。

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2026年02月24日

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芥川賞受賞作品ということで読んだ本。
結合双生児のお話だが、普段気がつかないことに気づかされたような内容でした。
夢のシーンが過去の回想シーンがいくつも出てくるが、それをどう読んで理解したらよいのか、そのまま受け取るだけでよいのか、読解力の乏しい私には分からなかったけど、インパクトは大きな本でした。

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2026年02月15日

Posted by ブクログ

なんともいえない読書体験

身体(脳含め)は一つだが、2つの意識がある杏と瞬。
決して二重人格というわけでもなく、2つの意識
ということである。

精神医学的な「二重人格(1つの身体に1つの意識が交代で現れる)」との最大の違いは、「意識が同時に存在し、常に隣り合っているか、交代する(入れ替わる)か」という点らしい。

途中までは、うつ症状に悩む人の脳内はこんなかんじなのかな

とか思いながらの読書だった。(めちゃくちゃ勝手な感想。)
もう一方の神経症的な意識が永遠に議論を脳内で続け、もう一方は強制的に眠るしかないような…


最後はなんだかほんとうに混ざり合いすぎて一読しただけでは理解できなかった。

なんやかんや混ざり合って補い合って新たに生まれ変わったっていうのはどういうことなのか…

あえて理解しようとするならば、全身麻酔から目覚めたような感覚だろうか…違うか

うーん難しかった

しかし、お祖母ちゃんはわからんのに、お父さんはちゃんと杏と瞬がわかっているから、やっぱりすごいわ
えらい

これにつきる

お父さんがいつ何時も間違えず瞬間的にわかってくれているから、意識の死は迎えなくて済んでいる気がする。ブラボー

このわからなさ具合と、扱うテーマ具合(意識と身体性)が芥川賞っぽい
という低レベルな感想でおしまいになるが、おもしろくはあった。

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2026年02月10日

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【2024年上期(171回)芥川賞】
一つの身体に宿る二つの意識、意識とは何か?
伯父の死をきっかけに
自分たちの存在意義を確かめ合う。
どこか優しさあふれる作品と。

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2026年01月30日

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第171回芥川賞受賞作です。
技巧的な部分が高く評価されているようですが、私はそういったところは全然分からず…ですが、とても面白く興味深く読みました。
胎児内胎児を父親に持つ結合双生児のお話です。頭も身体も一つを共有するという極めて珍しい結合双生児の杏と瞬の姉妹が主人公です。
意識とは何か、二人で身体を共有するとはどういうことなのか…この辺りの描写がとても面白かったです。一つの身体に意識が二つあるというのは想像もできない不思議な事象に思えるのですが、二人からしてみたら自分の身体を自分だけのものだと考えている私たちこそが、何言ってるの?的に思えるという…。普通とは何かということを考えました。

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2026年01月24日

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頭がいい人の文章だ!よくわかんない!とバカな感想を持った。でもつまらないわけではなく、特に終盤は一気に読んだ。
読み終わって寝ようと横になった時、このまま死ぬかもしれないのは双生児も単生児も変わらないなとパッと浮かんだ。作中でも、月が出てなければ父親もドブ川から出れず死んでいたかもしれない。
生と死、自我と非我、分けているのは薄皮一枚で、結局ぜんぶ危うく曖昧。何が違おうがなんでもそう!と思わせるような本だったなあと思う。

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2026年01月18日

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杏と瞬の体の状態がわかるまでの読んでいての違和感が、分かった瞬間、なるほど❗️となった。意識はあらゆる肉体から独立している!?脳からも?自分たちの身体の状態ゆえの哲学的思考が興味深かった

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2026年08月26日

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一つの体を共有する二人の人格。異様とも言える世界でありながら実在を示すことでリアルさを出すものの、想像が及ばないだけに物語への没入が難しい。

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2026年07月28日

Posted by ブクログ

ネタバレ

意識と思考


最初の5ページくらい
「2人とも」とか
「懐かし」とか
???やって
あ、そういうことってなって
読み直しました

読むという行為を意識的に行いながら
思考している自分に気づく

お医者さんで作家が多いのはなぜかと
Geminiちゃんに聞いてみた

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2026年06月29日

Posted by ブクログ

ネタバレ

よく分からなかったが、「みんな気がついていないだけで、みんなくっついて、みんなこんがらがっている。」は、良かった。

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2026年06月25日

Posted by ブクログ

朝比奈秋。好みで言うと、
私の盲端>植物少女>サンショウオ、かなー。
結合双生児の姉妹の話。話し手が途中で切り替わるので、「今どっち?」となりながら読む。
『意識はすべての臓器から独立している』、ってコメントが刺さった。

読みながら、ほんのりとハンチバックっぽさを感じた。

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2026年06月20日

Posted by ブクログ

1日で読み切れました。意識が死んだら死ぬのか、体が死ぬから死ぬのか、考える本らしいです。どっちでしょう。どっちでも死んでると思います。

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2026年06月04日

Posted by ブクログ


もし自分の体に二つの意識が存在したならば。
それは二重人格でもなく双子として実証し、精神と身体的感覚と意識を自分だけのものとせず共通させて生きていくこと、それは可能なのか。
片方が辛い時は共有して片方が眠ってる時は1人の世界にいられて。
夢の世界も考えてることも共有できるって、どんな感覚なんだろう
どんな姿でも個人の存在をひとりひとり尊重できる世界になれば生きにくい人も生きやすいよな。

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2026年05月26日

Posted by ブクログ

結合双生児の意識・肉体にまつわる話。
主語が混濁して混ざり合って逆転するような文体は正に追いかけ合う白と黒のサンショウウオのような、面白い描写だった。
結合双生児の話ではあるが、自我の境界みたいなところまで主題を抽象化するとなんとなく考えさせられる作品だった気がする。どこまでが自分で、どこまでが他人か。杏と瞬は物理的に結合してるが故にお互いの境界が曖昧になるけれど、人同士も同じことだと思う。
他の部分で印象に残った点とすると、伯父が亡くなった日の父親にも象徴されていて、いつも通り、高速道路が混んでいた話をする父親が、なんとなく素敵だなと思った。

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2026年04月30日

Posted by ブクログ

初めて目にする結合双生児の話に戸惑いながら読み終えました。日本には存在しないとされていますが、ベトナムのベトちゃんドクちゃんが話題になったことを思い出しました。同じ一つの命、二つの命かなどんな命でも大切に生きて欲しいと思いました。

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2026年03月12日

Posted by ブクログ

ネタバレ

とても変わったお話でした。
結合双生児という、ひとつの体に二つの人格を持った姉妹の物語です。

彼女らをみていると、意識というものはすべての臓器から独立していることがはっきりしますが、それは誰しも同じだというのが本書の主旨。

自分だけの体を持っている人はいない。
みんな気がついていないだけで、みんなくっついて、みんなこんがらがっている。
自分だけの体、自分だけの思考、自分だけの記憶、自分だけの感情、なんてものは実のところ誰にも存在しない。
いろんなものを共有しあっていて、独占できるものなどひとつもない。

こういう感覚について今まで考えたことがなかったのでとても不思議な心地がしました。
分人、とも少し違う・・・
理性では分かっていても本能に負ける、とか、飲酒した際や(人によっては)運転中に人が変わる、とか、そういうところに出ているのかなあ。
捉え方のニュアンスだけ理解したような、してないような。。

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2026年01月31日

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一つの身体に二人の命。左右で分けられたその身体にあるのは一人分の数通りの臓器と手足と頭、そして二人分の意識。何が個人を個人たらしめているのか。何をもって死は訪れるのか。似た境遇であった伯父の死をきっかけに、杏と瞬は考えるようになる。

短かったが濃密なストーリーだった。藤沢に住んでいるという設定は物語上どうでもいい割にはやたら解像度が高かった。
映像化はとてもじゃないが難しいだろう、そこに文学の開けた可能性を感じた。

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2026年01月31日

Posted by ブクログ

ネタバレ

ひとつの体に存在する2人の「私とわたし」
自分に結合双生児に対する事前理解がなかったからこそ、読みながら様々なことを考えた。
2人が一つの体で共存するという結合双生児、中でも稀とされる、身体の中央に境界線のある、完全に一つの体の瞬と杏。体は一つでも、意識は二つ。二重人格とも違う。感覚も思考も共有。ふたごとも違う、1人でもない、その感覚を自分には理解はしきれなかった。
瞬と杏のような結合双生児は実在するのか、前例はあるのか、という疑問が浮かんだが、そんなのはどうでもいいことだと改めた。読みながら「意識ってなんだろう?」という2人の問いを、一緒になって考え始めた時点で、私たちも当事者なのだと思う。
理解しきれずも、自分のことのように理解したくなる、そんな不思議さのある作品。

語りの切り替わりが印象的だった。「瞬」の目線と「杏」の目線がコロコロと変わり、その変わり目に、これといった合図はなし。だからこそ、読者がその場にいるような感覚になる。まさに、その場で、瞬と杏に対峙しているような感覚。
読んでいる最中にも、「あぁ、今話しているのは杏ね。」となって、きっと2人と話している作中の人たちもこんな感覚なんだろう、と思う。と同時に、「きっとお父さんならすぐに判別できるんだろうなぁ」と寂しくもなった。

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2026年01月11日

Posted by ブクログ

結合双生児の思考や日常  例えとしてどうかと思うが、キカイダーのように半分ずつ、ズレてくっついた双子の杏と瞬のお話。初めは二人が結合双生児だということが明かされないまま話は進んでいくが、至る所にあるちょっとした違和感で読者に気付かせていく。
 杏瞬の父と、その伯父と産まれることのなかったその弟(つまり本当は三つ子だった)の数奇な関係を通して、杏瞬自身の関係そのものにも目が向けられていく。途中二人の思考が混ざり合っている部分は、はっきり言ってとても読みにくいが、「結合双生児の頭の中はこんな風になってるのかな〜」と考えさせられる。

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2026年01月08日

Posted by ブクログ

ネタバレ

 こちらも読みやすい芥川賞。
 最初に興味を持ったのは本作のほうだった。

 結合双生児という、我々の世代は手塚治虫の「ブラックジャック」で描かれた世界を想像する。ツカミはOKというところか。

 最初は、父親と伯父の関係から語られる。彼らも「胎児内胎児」という珍しい関係でこの世に産み落とされた。しばらく、その話が語られ、本作の主人公のふたり、杏と瞬が結合双生児という種明かしは、少し経ってから。知らずに読んでいたら、その場面で、はっ、と息をのんだことだろう。
 あまり事前情報を入れて読むのものではないなと、残念な気がした。

 杏と瞬のふたりの、それぞれの一人語り、一人称で物語は語られる。
杏が語っているときは「私」、瞬は「わたし」と書き分けがされていることに気づくと、どこが杏で、どこから瞬なのか、その切り替わりを楽しみに読んだ。

 物語は、身体のほぼ真ん中でぴたりとくっついた結合性双生児の故の、生きづらさ、身体的な不都合、そしてやがて迎えるふたりの分離手術といった外的な話になるのかと思ったら、むしろ、意識や感情、記憶といった内面の問題へと深化していく点は興味深かった。
 その宗教的、哲学的とも言える思索が、やがて他人と自分との関係や、自己の特異性の問題へと発展していく。

 主に、杏がその思索を深めていくようだが、自分だけの体ではないものを持つ結合性双生児だからこそ持ちえた、結局のところ自分だけの意識、自分だけの感情、自分だけの記憶は、誰も持ちえないのではないか、誰もが、それが結合性双生児ではない普通の人間であっても、

「いろんなものを共有しあっていて、独占できるものなどひとつもない」

 と気づくクダリが本作のハイポイントだったろうか。

 そして最終章、「私」と「わたし」の書き分けが混乱してくる。
 最初は、あれ? ここ書き間違ってないか?と思ったが、ちがった。杏と瞬の意識が、混同していく。というか、一体化を強めていくのであった。

 そうして、これは杏、瞬のどちらかの死、肉体的な死ではなく、意識の死を迎えるのかと身構えて、ラストを迎えることになるが・・・。

 なかなか読み応えがあった。

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2026年08月24日

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