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Posted by ブクログ
結合双生児といえば、ベトちゃん、ドクちゃんの知識くらいしか持っていなくて、まして、胎児内胎児を初めて知った。
読んでいて、不思議な感覚に襲われた。
主人公の瞬、杏は、パッと見1人なのに、
左右で別人どおし。
著者は医師であり、表現がとてもリアルで、
主人公の心模様の描き方が繊細に書かれている。
医師だからこそ、この本が書けたと思う。
ある意味不幸な家族のようだけれど、
ところどころ、くすっと笑える場面もあり、
明るいストーリーになっている。
勝彦が亡くなることで、
生と死、体と心、双生児の不思議を、しみじみと考えた。
1人で生まれた子を、単体児と呼ぶことに、この本の中ではしっくりくる。
読み終わって、表紙の絵を、じっくりと見てしまった。
Posted by ブクログ
面白かった。意識と身体性だったり抽象的なものを取り扱うあたり、没入しないと中々難しいモチーフではあるけどそれが楽しい、これぞ芥川賞というような読書体験。
正解のない自分の輪郭を他者や社会を使ってなんとか形作ろうとする人間の根源的な奮闘や葛藤を結合双生児という切り口で描いているのが新鮮で、読み手の価値観を揺さぶる話だった。人との境界と繋がり、自己の確立と承認欲求、生と死などの現代的かつ普遍的なテーマを改めて問い直させられる。
人工物はもちろんのこと、生き物も種の繁栄ていう目的として本質が先にあるんだけど人間は自分を対象化できるから種の繁栄以外の選択肢もたくさんあって、だから実存は本質に先立つんだなあ とサルトルの主張を改めて思い出して納得し直したりした。ある意味で人間讃歌的な話なのかも?人間の定義にも言及していくところも面白い
Posted by ブクログ
杏と瞬がどのような人間なのか口絵が欲しい…と思ったのが本音。しかし、どの部分でどう違うのか、2つあったり、肥大している臓器の描写が今後どのように生きてくるのか。想像は人それぞれになるところが面白い。杏と瞬、見た目は1人の少し歪な人間なのに、意識は2人分。多重人格ではなく、身体があるところ、意識と身体は一体なのかという哲学的な問いが陰陽図と表現されていた。陰陽図、授業で出てきて、ペプシのロゴみたいだなぁと思っていたのでタイムリーで既視感あった。凹凸が上手く噛み合い、白と黒、表裏一体のような関係。サンショウウオという題名から、魚が出てくるのかなと思ったが、伯父の勝彦も父の若彦を体内に魚として飼っていた。相手が死んだら自分も死ぬのか。自己が亡くなることが死なのか。1人は孤独だと言うが、孤独が嫌なら2人分の意識を植えれば良いのか。でも、自分で決めたい。なんという身勝手な生き物、人間。最後に祖母に抱きしめられた回想のところは私も祖母との記憶が蘇り、久しぶりに会いたくなった。熱にうなされ、藻をかき分けて池に入っていく瞬。段々サンショウウオになっていく描写なのかと人魚のようなイメージを抱いた。自分の身体は自分の意識でしか生きられず、死ぬという定義はあるものの、突き詰めると死とはなにか、生きるとはなにかという問いに繋がっていった。
Posted by ブクログ
『植物少女』で強い衝撃を受けた朝比奈秋ですが、本作もまた衝撃的な一作です。
主人公はアラサーの結合双生児の姉妹。頭一つ、胴体一つ、手二本、足二本。顔の左右が歪んでいることを除けば、外見上は「普通の人」と見えますが、体の正中線を境に左側が姉の杏、右側が妹の瞬です。内臓は脳など一部が二つあり、一部は共有しています。
その設定が明かされるのは30ページ過ぎなので、読み始めは奇妙な違和感に包まれてしまいます。さらに、父親が「胎児内胎児」(双生児の片方がもう片方の体内に取り込まれて育った状態)だったという設定も明らかになります。
テーマは「自己とは?」「意識とは?」、あるいは「死とは?」といった根源的な問いでしょう。哲学的な色彩が強く、『植物少女』に通じる問題意識が感じられます。章立てや空白行を挟まずに「私」が杏になったり瞬に変わったりする語り口の揺れも、そのための仕掛けのようです。読み進むにはある程度の覚悟がいりますが……。
浴槽の中で二人が剥離してお湯が血に染まるシーンや、終盤で杏の意識が「自分は死んだ」と自覚するシーン(いずれも錯覚)など、どこに繋がるのかすぐには分からない描写もいくつかあります。
難解な部分も少なくありませんが、それらを通して読者に多様な問いを投げかける、非常に面白い(興味深い)小説です。第171回芥川賞受賞作。
Posted by ブクログ
結合双生児で、双子の姉妹の杏と瞬。
瞬は5歳になるまでその存在を知られず、杏に見つけられてから一人の人間として認められた。
脳はそれぞれあるものの、血管をはじめ様々な臓器を、感覚を、思考を共有している2人。
赤ん坊の時、父をその体内で育てていた伯父が亡くなった衝撃で杏に駆け巡る思考、瞬に湧き上がる感覚、自分は何なのか、一体どこからどこまでが自分なのか、死とは何なのか、2人の意識は独立しているのか、どこまでが混然一体なのか。
幼少期を、学生時代を思い出し、それぞれの意識の果てに思い至った答えと、そこから再び始まるいつもの生活。
意識について語るのに、結合双生児を主人公に据え置く発想がすごい。少なくとも私は結合双生児に会ったことがなく、どんな悩みを持っているのかなども想像しがたい。けれど本書に描かれる杏と瞬は、ちょっと不合理でイレギュラーな肉体に生まれた普通の女の子で、2人の特殊と思われる悩みは、本人たちが突き詰めて考えれば考えるほど他の単合体と変わらぬ普遍的なものだった。
陰陽道の印に蠢く白と黒のサンショウウオ。
互いを補い合う完全体。
サンショウウオの四十九日。
それは伯父と父の死に別れのことかもしれないし、絶滅危惧種であり珍しい存在であるサンショウウオのような杏と瞬の、己はサンショウウオのようなものかもしれないという考えとの別れのことなのかもしれない、と思った。
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小説・文芸