オードリー・タンのレビュー一覧
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台湾のデジタル省に勤めるオードリータン氏にインタビューをしてそれを書籍化したもの。彼のことは本書がベストセラーになってから知ったが、コロナ禍から台湾を守る制度を作り、大成功を収めたという。
彼の経歴は興味深く、普通の学校が簡単すぎて中学を中退し、自分でコンピュータの勉強を始めたそうだ。高校も大学も行かなかったが、ソフトウェアやアプリを開発して脚光を浴び、スタンフォード大学から研究者として招致されたという。アメリカにいる間にいくつかのビジネスも始めたが、台湾政府から国のデジタル化や教育を改革するポジションを打診されて、地方改革の制度改革に携わる。政治家ではないが、日本でいうなら安野さんのようなポジションである。
彼の両親が教育関係であるにもかかわらず、彼に学校に行かないことを許した懐の広さや柔軟性に感心する。
本書ではデジタルに詳しくない人にもわかるようにきわめて易しい表現でいろいろ説明してくれている。難しいことを簡単な言葉で表すことができるのはまさに天才である。周囲に適合できずに生きづらかったであろう彼のやさしさがにじみ出ている。
彼のようなエンジニアが世の中をけん引してくれたら、国は良い方に向かうのであろう。 -
Posted by ブクログ
著者については、メディアで取り上げられていて気になったので読みました。
内容は、台湾でのコロナ対策、今後のAI活用、公益につなげ方などが書かれています。
コロナ対策について日本の対策は、安倍のマスクの印象でいいイメージはなかった。台湾ではデジタル技術を使い、試行錯誤しながらコロナの封じ込めを行っていた。
この時の考えでインクルージブで対応していることがとても素晴らしいと思いました。
日本の行政施策では、デジタルをうまく利用できない人は、置いていかれる施策が多くあります。しかし、著者の考え方では、まずデジタルが、うまく使えない人はどう対応するのがよいかから考えて全体の対策を練っていた。
これこそが、行政が取るべき考え方だと気づかされました。
著者のような方が、行政施策のプランナーとしていてくれると行政としては非常に助かる。
日本でもこのような考え方を持つ人たちが協力してよりよい生活になって欲しいです。
キーワード
自発的性
相互理解
共好
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Posted by ブクログ
刺激的な本。
自分用のメモを兼ねて、感想が長くなった。
ソ連崩壊、アラブの春、英国のEU離脱などの予測を的中させてきたトッド氏(この本の中でもアメリカのベネズエラ攻撃を予測していた!)。2024年の彼の著書『西洋の敗北』は世界27ヵ国語に翻訳され読まれているが、この『西洋の敗北』という言葉を知るだけで、最近のニュースの聞こえ方が変わってくる。
アメリカやドイツが勢いを失い内向きになっていることを、プロテスタンティズムの崩壊と重ねる考え方も衝撃的だ。
トッド氏の発言のいくつかを、下段にコピペしておく。
とはいえ、トッド氏が考える、崩壊していくアメリカから日本が独立する方法としての「核武装」については、私個人的には心理的抵抗が強い。
もうひとつ、オードリー・タン氏のAIに関する発言も刺激的だった。
氏は、シンギュラリティ(垂直離陸)は危険であり、これにプルラリティという概念を対置する。
『プルラリティーは水平的な理解を求めます。つまり、AIやソーシャルメディアなどが、本来なら決して合意しない人々の間の理解と関係性の健全性を育むために活用されるべきだと考えるのです。』
氏が関係したデジタルツール「vTaiwan」では、自身の考えをそこで共有する時、『ソーシャルメディアの反社会的な領域では、他人の投稿の皮肉や毒舌コメント付きで再投稿する、といった行為が見られますが、vTaiwanではありません。』『人々は非常に速く学びます。意見の対立する者同士の間で広範な合意を得る提案をすることだけが、「橋渡しボーナス」を獲得できる手段だと。』つまり、異なる意見を互いに尊重するような書き込みにしか、いわゆる「いいね!」のようなボーナスが付かないようなプログラム(教育されたAI)だということだ。そしてそれを、単にコミュニケーションツールとしてでは無く、政府の意思決定プロセスに組み込んだ。日本では考えられない、ホンモノのデジタル活用だ。
つまり、AIが良いか悪いかではなく、AIをどう活かすか、結局は人間の問題なのだ。
『ソーシャルメディアで目にするように、「For
You」フィードはユーザーの依存行動やタッ
チスクリーン操作に忠実です。つまりエンゲージメント(反応)数を最大化していますが、それはおそらく操作によるものです。
そして人々が互いに数怒すると、水平的な連携は崩壊します。垂直的な忠誠心だけが残る一方で、社会という頼の基盤はオゾン層のように、個人に忠実なAIによって消耗されていくのです。
つまり最大の課題は、功利主義哲学のように数値を最大化するのではなく、コミュニティ内のメンバー同士の関係性を健全に保つようAIエージェントを訓練することです。』
そして、そんなタン氏自身はSNSをどう活用しているかというと、『面白いことに、私のスマホ画面は白黒表示にしているので中毒になりません。ソーシャルメディアで動画などを見ても、すべて灰色で色がありません。つまり現実の周囲の方が画面より鮮明なのです。
もう一つは「ソーシャルフォーカス」というブラウザ拡張機能をインストールしていることです。これはメインフィード、つまり(AIのおすすめである)「For You (あなた向け)」フィードを削除します。私の好みを分析して中毒状態に陥らせる寄生的なAIですが、完全に排除しています。
ソーシャルメディアに投稿する際、返言を確認したり、ハッシュタグを追跡したり、プロフイールを閲覧したりしますが、常に意図的な行動です。「For You」フィードの寄生的なAIによって、意図せずコンテンツを消費することは絶対にありません。
実際、研究によれば、「For You」フィードと再投稿ボタンの組み合わせは、過激な声に拡声器を与えることで必然的に人々の分断を招きます。つまり「For You」フィードを排除することで、分断された極端な立場ではなく、市民的な中道に立ち返れるのです。』
【以下、トッド氏発言の抜粋】
日本はヨーロッパのいくつかの国々と似たような軌跡をたどっています。しかし、実際のところ、日本の西洋との出会いというのは、言うならばかなり暴力的で危険なものでした。つまり、西洋、主に米国ですが、まず脅威、あるいは挑戦として日本に現れたのです。大枠で言うなら、西洋の植民地にされるかもしれないという脅威です。
これが、明治維新の最大の意味です。つまり、西洋を模倣すべきモデル、追いつき、追い越すべきモデルにして、自らも西洋的になりながら、自分自身でもあり続ける。これが日本の歴史でした。そして明治以来、それは大成功をおさめ、日本は世界で最も近代的な国の一つになったのです。
しかし今、私が考えるのは、自分がお手本としてきた国々、つまり西洋の国々が崩壊したときに、日本のような国では何が起きるのだろうということです。近代化という理念や概念をもたらした西洋が、いうならば衰退と危機の局面に入っているのです。
たとえばトランプ大統領についてです。彼はまもなく来日しますが、みんな彼のことを非常に重要な人物だと考えています。強大な力を持っているし、大きな脅威でもある。歴史の中できわめて行動的な登場人物だと見られている。たしかに、目立つ登場人物です。しかし彼は自分の思い通りにならない歴史(物語)の登場人物なのです。彼は物語を動かす主人公ではありません。
まず、彼は敗戦国の大統領として来日するのです。
現在の状況で逆説的なのは、国際関係の中で、より狂っていないのは最も権威主義的な国々だということです。困ったことに、私の属する世界、つまり西洋のリベラルな世界がちょっとおかしくなって、かなり信頼できなくなっているのです。
ここでは細かい議論に入りませんが、頭のおかしな億万長者でいっぱいになった米国は内戦にも入りかねません。トランプは戦争か内戦かの選択でためらうことになるかもしれないと思うくらいです。とにかく米国は地球上で最も大きな不安定ゾーンになったのです。
ここでイスラエルを支持するということについて、大事なことを指摘しておきたいと思います。今日、イスラエルに反対する姿勢を表明すると反ユダヤ主義者と指弾されます。イスラエルの政策への反対はユダヤ人差別だというわけです。で、イスラエルの政策への批判は反ユダヤ主義の証拠とみなされて、それを唱える人たちはアメリカでもドイツでも追及されることになる。(略)
そのうち、イスラエルの政策に反対するユダヤ人が反ユダヤ主義者として指弾される、という不条理にまで行き着くでしょう。私は、これを反ユダヤ主義2・0と呼びます。そう考えれば、欧州で反ユダヤ主義者だったはずの右派や右翼の多くの政治家たちが今、イスラエル国家を支持する理由がわかります。(略)
反ユダヤ主義はまず何よりも、ユダヤ人を物理的に抹殺してしまおうとする恐るべき試みとして姿を現します。ホロコーストです。これに対し、イスラエルへの支持は、ユダヤ人を道徳的に抹殺する試みです。
最後に一言だけ。アメリカによる日本の征服、1945年の敗戦は日本にとってトラウマになりました。しかし、日本は知るべきです。今、目の前に二度目のトラウマが待ち構えているのです。それはアメリカ、勝者だった国の崩壊です。これによって、日本は自由になることを強制されるのです。 -
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ネタバレ第1部 「Plurality」を“読まずに”読んだ体験として
本書を一文一文なぞるように読むのではなく、関連する理論や自分の実務経験と接続しながら“立体的に眺めた”というのが、今回の読み方だった。物理学の相対性理論や量子力学、三体問題、さらには生物学のエピジェネティクスといった、一見日常から遠い法則群が、実は社会や民主主義とフラクタルに相似である、という直感からスタートしている。そのうえで、自律分散システムやAI、インターネットの設計史(ウィーナー、リックライダー、ジンメル、八木・宇田アンテナ、光ファイバ)を、自分の手元のゲーミングPC上の環境構築や、自治体の「課長」の権限感覚と重ねながら読んだ。結果として、Plurality を「2025年版『なめらかな社会とその敵』であり、構造的本質はほとんど変わっていない」と理解するに至ったのが、今回の読書体験の核になっている。
第2部 本書が提示する構造と、私の読み替え
本書の第4章「自由」は、権利やオペレーティングシステム、IDと人物性、団体、契約、アクセスといった要素を「社会OS」として再設計する章だと理解した。ここでのポイントは、自由を抽象的な価値として語るのではなく、ID設計やアクセス制御という実装可能なレベルで分解し直していることだ。一方、第5章「民主主義」では、協働テクノロジー、没入型共有現実、拡張熟議、適応型管理行政、⿻投票、社会市場などを、「OS上で動く社会アプリ/アルゴリズム群」として扱っているように見える。私はこの構造を、自分なりに「Yakusoku(事前の約束)と Nattoku(結果への納得)を、大人数にスケールさせるための技術カタログ」として読み替えた。議論の本質はやり方ではなく、先にルールを合わせ、そのプロセスに沿って進めた結果に当事者が納得できるかどうかである。その前提に立てば、拡張熟議とは、少人数で成立していた Yakusoku と Nattoku を、AIやネットワークを使って何万人にも破綻なく適用する試みだと整理できる。
第3部 自律分散社会のオーケストレーションとしてのPlurality
この本を支えるもう一つの軸として、私は「オーケストレーション」という言葉を当てはめた。自分のPCでは、Whisper と Pyannote を組み合わせ、OBSで録画した複数会議の音声から話者分離文字起こしを自動生成するパイプラインを動かしている。CUDA や Python ライブラリを含め、環境構築だけでかなりの手間がかかったが、本質は個々のコンポーネントの優秀さではなく、それらをどうつなぎ、運用するかにある。同じ構図は政治にも見える。これまでの民主主義は、政党と議席数という「数」が力であり、法は一枚岩のテキストだった。これからは、法は実装可能なオファリングの集合であり、それらを適切に組み合わせて現場で動かすオーケストレーション能力が、首長や課長に求められる。Plurality は、そのための思想面でのOS設計書だと感じる。特に、自分が作った「VUCA世界の未知の奥(Michinoku)における、事前の約束(Yakusoku)と納得(Nattoku)が、社会の合意形成のカギとなる」というフレーズに、本書の議論がきれいに乗る手応えがあった。細部を読み込みたい箇所としては、第4章冒頭の権利とOS、IDと人物性の節、第5章の拡張熟議と適応型管理行政、⿻投票と社会市場の節が挙げられる。そこを押さえれば、Plurality を自分の現場に実装するための解像度が一段上がるだろう。 -
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今回、私は「プルラリティ」という言葉がなかなか理解できませんでした。
また、audibleで聞き始めたので、難解な言葉や慣れないカタカナ単語が出てくると、わからないままどんどん進んでしまい、一周聞いただけではなかなか内容が頭に入ってきませんでした。結局、3、4周ほど繰り返し聞きました。
これまでの自分といえばまるでぎゅうぎゅう詰めの歩行者天国を流されるまま歩いていたような感覚でした。そして身動きできないことに疑問も持っていませんでした。この本が提示する「色々な考え方を認めながら、一つのより良い方向を見つけてゆく」という考え方はとても新鮮です。意見が違うは分断だと思って言いました。
ぎゅうぎゅう詰めの歩行者天国で、頭にタケコプターをつけてもらったような感覚、
もう少し俯瞰して世の中を見てみようという視点をもらえたような気がします。
まだまだこの本の中には気づきや発見があるように思いますので、audibleで聞き直して、理解を深めていければと思います。 -
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オードリータンは、中華人民共和国と台湾は地理的には近くても正反対の価値観を持つとし、中国が社会信用システムやインターネットを民衆の監視および制御に利用しているのに対し、台湾はインターネットに政府を監督する役割を求める開かれた社会を築いているとして、台湾の民主主義を損なうフェイクニュースを防止する技術開発などに取り組んでいる。
唐 鳳(とう ほう、タン・フォン、オードリー・タン、英: Audrey Tang、1981年〈民国70年〉4月18日 - )は、中華民国(台湾)の政治家(無任所大使[1])、プログラマー。旧名・唐 宗漢(とう そうかん、タン・ツォンハン、オートリジュス・タン、英: Autrijus Tang)。 2005年、外見と自己意識を一致させるために、名前を変更するなどの女性への性別移行を始めた[9]。英語の名前は、男女どちらにも使えてニュートラルという理由で、オードリーに変更した。その後、日本の友人より鳳は日本語で「おおとり」と読み、オードリーの日本語発音と似てると教えてくれたこと、また中国語でも使われている文字であることから、漢字名を鳳に変更した[10]。性別移行を開始した後、唐はブログで「私の脳は私が女性であると認識しているのに、社会的にはそうでないことが要求されるので、私は長年に亘って現実世界を遮断し、ネット上で生活をしてきました」と述べている[9]。東森電視のニュースチャンネルは、唐のIQが180以上であると報じた[3]。2019年1月、アメリカの外交専門誌『フォーリン・ポリシー』の2019年のグローバル思想家100人に選出された[5]。唐は独学[11]、非暴力[12]と個人主義的無政府主義[7]の支持者である。唐は、中華人民共和国と台湾は地理的には近くても正反対の価値観を持つとし、中国が社会信用システムやインターネットを民衆の監視および制御に利用しているのに対し、台湾はインターネットに政府を監督する役割を求める開かれた社会を築いているとして、台湾の民主主義を損なうフェイクニュースを防止する技術開発などに取り組んでいる[20][21]。
「デジタルのある世界では、誰もがメディアの一員 デジタルによって「人と人とのつながり」が変わっていくとしたら、どんな変化が起こるのでしょうか。まずは、「個人」の変化についてです。 世界にデジタルが登場してから起こった変化の一つに、「誰もが、自分の視点で世界に貢献できるようになった」ということがあります。 これがどういうことか、説明しますね。 メディアは何かを報道する時、その切り口によって受け手に「この出来事はあなたとこんな関係がありますよ」と伝えます。けれど、その共通認識が受け手との間にしっかり築けていないと、その報道がスルーされてしまうことだってあり得ます。 ですが、デジタルが普及した今では、たとえ SNSのフォロワー数が少なかったとしても、あなたの視点が誰かと共鳴を引き起こすことさえできれば、インターネット上で拡散されていきます。翻訳されて海外に届くこともあるでしょう。あなたの経験が、他の人から「確かにそうだ。これまで考えたことはなかったけど、このことは私とも関係がある!」と思ってもらうきっかけになります。誰もがメディアの一員になったということですね。」
—『まだ誰も見たことのない「未来」の話をしよう (SB新書)』オードリー・タン, 近藤 弥生子
「もう一つ、デジタルの未来で大きく注目されているのが A I( Artificial Intelligence、人工知能)です。私は中学生の頃に A Iについて研究した結果を「電脳哲学家」というタイトルで台湾のコンクールに応募し、グランプリを獲ったことがあります。 1995年のことでした。私にとって A Iとはそれくらい前から関心事の一つでした。 「AIが私たちの仕事を奪い去ってしまうのでしょうか?」というのは、日本からも台湾からも、非常によく聞かれる質問です。そこで私がいつも答えているのは、私にとって A Iとは「 Assistive Intelligence(補助的知能)」であり、「理想の A Iはドラえもん」だということです。完全に人類に取って替わるものではありません。」
—『まだ誰も見たことのない「未来」の話をしよう (SB新書)』オードリー・タン, 近藤 弥生子著
「 ただ、台湾は多様性に富んだ社会です。政府に認められただけでも 16の「先住民(台湾原住民族* 1)」がいますし、客家語や台湾語など、それぞれのエスニシティによってメインで使われている言語が異なります。今の台湾で主流となっている中国語(台湾華語)がネイティブまたは第一言語ではない人々は、決して少なくありません。」
—『まだ誰も見たことのない「未来」の話をしよう (SB新書)』オードリー・タン, 近藤 弥生子著
「 A Iは学習能力を備えているので、たくさんのデータがたまればたまるほど精度が上がります。それは言い換えると、データがたまるまでに時間がかかるため、この A I翻訳のように、その間は人の手で補う必要があるということです。 たとえば A Iにとって、記者会見でいつも聞いている陳時中部長の話はデータもたまっており、比較的正確に字幕を書くことができますが、まだデータが少ないメディアの記者たちの話はよく間違えてしまいます。そこで、記者会見の後で改めて A Iに間違った箇所を教え、学習させる必要があります。」
—『まだ誰も見たことのない「未来」の話をしよう (SB新書)』オードリー・タン, 近藤 弥生子著
「 これを私はどう感じているか? 私はよく、「イノベーションとは新しい創造によって生まれる(創新、是由創而新)」と言っています。これは、衝突があってこそ新しいものが生まれるという意味でもあります。 私たちが次々と新しいものを生み出すことができるのは、どの世代であっても、自分が経験したことがないものを見た時に皆が〝ちょっと試してみよう〟と思えるからですよね。この好奇心はとても重要で、それぞれの世代が社会の新しいやり方に好奇心を持つだけで、最終的にはいつも皆のことをカバーした方法を見つけることができます。」
—『まだ誰も見たことのない「未来」の話をしよう (SB新書)』オードリー・タン, 近藤 弥生子著
「それはつまり、〝現実では人と人が知り合って協業するまでには時間がかかるのに対し、インターネット上では面識のない人々とでも共通の価値を見つけてともに実践することができる〟ということです。「協業すること」については、 9歳でプログラミングを学び始め、コラボレーションツールを開発してきましたから、これらは本当に長きにわたる私の専門だといってもよいでしょう。「価値観から相手を知る」という、私の好きな言葉があります。英語だと "I' d like to know you by your values, not by your types, classes or roles."ですね。新しく誰かと知り合う際、相手が心の中で大切にしていることを通して、相手の価値観を知る。性別や階級、役割などは環境とともに変わっていきますが、相手が何に対して貢献しているのかを大切にするという考えは、とても尊いと思います。」
—『まだ誰も見たことのない「未来」の話をしよう (SB新書)』オードリー・タン, 近藤 弥生子著
「それに、二人のレズビアンが生物学的に子どもを持つことは、必ずしも不可能ではなくなるかもしれません。生殖医療はどんどん進歩していて、将来的にはどのような人間の皮膚細胞からでも、精子や卵子を作ることができるようになります。ですから、こうした心配は次第に必要なくなっていくでしょう。どのようなパートナーを持つ人であっても、子どもを持ちたいと思う人も、持ちたくないと思う人もいて、同性愛者だからといってその比率が多いとか少ないといったことはないのではないでしょうか。」
—『まだ誰も見たことのない「未来」の話をしよう (SB新書)』オードリー・タン, 近藤 弥生子著
オードリー・タン『まだ誰も見たことのない「未来」の話をしよう』。
8時間以上眠ると起きたときにクリエイティブな閃きが訪れるとのこと。分かる。自分も寝起きが一番良いアイデアが浮かぶ。
オードリー・タン氏の「まだ誰も見たことのない『未来』の話をしよう」を出張移動の機内で拝読。
価値観の崇高さに驚き、大きな刺激をくれた。そう、デジタルは人と人とを繋ぐもんだよな。デジタルだけじゃ何も生まれぬ。
“相手には私が見えていないものが見えているかもしれないし、相手の考えのほうが道理にかなっているかもしれない。私は、いつも自分が間違っているかもしれないという感覚を持ちながら話を聞いています。”(まだ誰も見たことのない「未来」の話をしようより)
まじでこれ、コミュニケーションを秒で解決
「また、誰のことも犠牲にしないような政治を目指すのであれば、まず「オープンガバメント」以外に方法はないといえるでしょう。 私が入閣した 2016年に自分のミッションの一つを「オープンガバメント」に設定したのは、当時地方政府が「オープンガバメント」を推進していたのを、全国規模でしようとしたにほかなりません。実際のところ、世界各国の「オープンガバメント」も同様で、皆最初は小さいエリアで実践していたものが徐々に都市レベルに広がり、最後に全国規模に拡大しているケースが多いのです。 その中でも、台湾は比較的速いスピードで「オープンガバメント」を全国規模に広げることに成功しています。成功の大きな理由の一つは、それまでに地方政府が「オープンガバメント」を推進する際、オンラインでのライブ配信やオンラインコミュニティの運営など、デジタルを見事に活用しており、皆がはっきりと効果を感じられていたからです。」
—『まだ誰も見たことのない「未来」の話をしよう (SB新書)』オードリー・タン, 近藤 弥生子著
「たとえるなら、オリンピック競技の馬術のように年齢を重ねても非常によい結果を残せるスポーツもあれば、卓球のように一定の年齢になるとコーチになるなど多くの人がキャリアチェンジをする種目もあるように、身体には独自のリズムがあり、それぞれに適した時間というものがあるのです。その時間が過ぎた後は、熱意や衝動に突き動かされるというより、純粋に楽しむために続けてもよいのではないでしょうか。 もちろん、囲碁のように歳を重ねれば重ねるほど経験値が上がるようなものもありますから、今の身体や心の状態に合わせて適したものを見つけていくことが、達成感を感じるための秘訣なのかもしれません。」
—『まだ誰も見たことのない「未来」の話をしよう (SB新書)』オードリー・タン, 近藤 弥生子著
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台湾のデジタル環境大臣、オードリー・タンさんのインタビューを一冊にまとめたもの。(環境問題、SDGS、デジタル化が進む社会)で私たちが未来のためにできることを、現在、氏が取り組んでいる施作の具体例がたくさん挙げられています。
p.108 協業すること。「価値観から相手を知る」
p.116 価値観の共有だけでなく、事実を共有すること。
p.119 難易度の高い議題についての投票だけでなく、簡単な議題も用意することで、皆が参加しやすいようにハードルをさげることも大切。頻繁に自らの票を投じるような習慣を作る事。
p.124 台湾では5Gの通信基地の設置を山岳地帯や離島から行っている(リモートによる医療や教育がより必要とされているため)
p.168 公共サービス手続きのデジタル化よりも政策決定への参加が大切(達成感、満足度を感じるため)
p.189 氏の、好きなレナード・コーエンの歌詞
「 まだ鳴ることのできる鐘を鳴らそう
完璧さを求めるのは忘れよう
すべてのものには裂け目がある
裂け目があるからこそ、そこから光が差し込む
ことができる」 -
Posted by ブクログ
本書は何気なく買った中で、私の中では「大当たり」の本であった。現在や近い未来の状況に関する記載が多いが、案外その内容は古くならないのでは。
IQがめちゃくちゃ高い、もと台湾デジタル庁のオードリー・タンさん。彼女の考え方は高度かもしれないが、大変学ぶことが多かった。
特に印象に残るのは、「独学をする場合、孤独にならないように」という教え。オードリー氏こそ頭がめちゃくちゃいいので、一人で学んだりできそうだし、このような人が一人いれば社会が回るような気がするのだが、そのような意見を言うことが意外だった。
独学をする人ほど何らかのコミュニティに属したほうがいい。モチベーションも維持できるし、間違いにも気づくことができる。
研究会や勉強会というものは理にかなった仕組みだということだ。
オードリー氏の考え方の随所に「共同で何々をする」という思想が垣間見える。
もう一つ印象に残ったのは「目的をもって学びすぎるな」という考え方。「実学」ということも一方では流行っていて、特定の技術や技能が重視されがちだが、この変化が早い社会ですぐにテクノロジーは要らなくなってしまう。オードリー氏は、何らかの目的・用途に沿うように教育をすることは「人間を道具として扱うこと」として批判する。
教師も「学生を監督する」という役割に固執しないほうがよく、むしろその場でスマホで調べたりできるようにした方が集中力が増すというのがオードリー氏の意見だ。この点は反省。その他「間違っても大丈夫」という空気が重要で、生徒や子供が自主的に勉強するように仕向けることが重要である。
その他、集中力や睡眠のこと、子育てのこと等、結構内容は盛りだくさん。本書で引用された本は次々と注文して、順次読む。
第2章で、良質なSFは未来を予知しているので、SFを読みなさいとオードリー氏は述べるが、原作は内容がものすごく面白そうだ(すでに全部購入)。 -
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「世の中に良くなってほしいけど、何から始めればいいのか分からない」――そんなモヤモヤを抱える人に、この本は静かに、でも確かな道筋を示してくれます。
著者は、台湾のデジタル担当大臣として世界的に注目されたオードリー・タン氏。本書では、AIやオープンデータといったデジタル技術の話から、民主主義や教育、社会参加の在り方までを、驚くほどやさしい言葉で語ってくれます。未来をつくる話というと遠い話に思えるかもしれませんが、この本はどこまでも“自分ごと”として語られます。
驚かされたのは、「オープンデータ」を活用することで、行政の仕事が単に効率化されるだけでなく、そこから市民の創造性や自発的な取り組みが生まれていくという視点。たとえば、公務員が毎回同じ問い合わせに対応する代わりに、必要な情報を公開しておけば、その時間をもっと価値ある仕事に使える。そして市民はその情報をもとに、新たなサービスや仕組みを考えられる。つまり、“情報を開くこと”が、官民の自然な協働を生み出すんです。
公務員になりたい人が減っている昨今、国の行政を担う仕事が創造的になり、なりたい仕事に返り咲くことを期待せずにはいられません。
さらにタン氏は、AIを“人工知能”ではなく“補助知能(Assistive Intelligence)”と呼びます。人間の判断や感性をサポートする存在としてAIを捉えることで、「人間が人間らしくあれる社会」の設計図が見えてくるのです。(ターミネーターではなく、ドラえもん的世界観)
終盤に引用されるレナード・コーエンの詩「There is a crack in everything / That’s how the light gets in(すべてのものには裂け目がある。そこから光が差し込む)」は、完璧じゃない自分にも希望をもたらしてくれるようでした。
読後、「社会は変わらないもの」ではなく、「変えていいもの」なんだと前向きになれます。未来は誰かが決めるのではなく、私たち一人ひとりが参加して、共につくっていくもの。その出発点に立たせてくれる一冊です。
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⚠️ネタバレ、乱文注意
本書が一貫して伝えたいことは、個人で物事を捉えるのではなく、社会やコミュニティとして見ることが重要ということであり、経験や能力は所有するのでなく社会に対して解放して共有するべきと言うことでした。
IQ160であるオードリーは所謂”悟っている”状態であるなあと思いました。
競争社会や能力主義というのは要約すれば個人主義という枠組みに押し込まれるわけであって、それでは社会全体はまるで仕切られた個室同士の空間になり、そこに各々にアドバイザーとしてのAIがいて、それを盲信する社会になるという未来予想の警鐘を鳴らす作品でもあった。ひとつの教科書だけではなく複数の教科書がある社会、つまるところの”多様性”のある、”可能性”の多い社会を目指しましょうという話。