森瑤子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
最初に読んでからどのくらいの時がたったのか…
私がまだ学生だった時は、スマホがなかったから、みんな本を読んでいた。
星新一、村上春樹、村上龍、山田詠美、林真理子、小池真理子…
中でも、森瑶子を読んでいるとちょっとおねえさんぽくて、憧れて、恋愛なんかしたこともないのに、一生懸命読んだ。
その頃は、まさに読書。
文字っつらを読んで満足していた。
あれから、恐ろしいほど歳を重ね、恋愛もして、今更ながら、森瑶子作品をやっと理解できるようになった。
中でも、この作品はテレビでドラマ化もされ、たくさんの森瑶子ファンを獲得したかもしれない。
森瑶子というかたは、文字から映像や絵画、音楽がとても素敵に空想できる作家さんで、音大を出ているということを後からしったのですが、納得してしまった。
そして、とても食いしん坊だったのだろう。
食べ物と恋愛は繋がっているということを、子供ながらになんとなく感じた。
森瑶子作品ごなかなか手にはいらなくなり、とても残念に思っていたが、こうしてハルキ文庫で復活となり、とっても嬉しい。
今の20代30代の方たちに、ぜひ読んでほしいと思う。 -
Posted by ブクログ
自分自身の肉体について「醜いものを醜いと感じつつ、それを放置しておくという、神経の鈍感さにつくづく嫌気がさす」→ダイエット、という森さんの心理に「そう!!!!」と深く深く頷きました。要らないお肉が付くと美意識、感覚、それに思考まで鈍感になりそうで嫌。周りの人から「痩せ過ぎでは」と言われても、自分で(お腹がぷよってなってるのが気に入らん。くびれ!)と思ったらくびれ作ります。誰のためでもなく自分が自分を好きでいるために…だいたい好きじゃないから、少しでも気に入ってるとこは増やしたい。
森瑤子さん初めて読んだと思うのですが面白いです。ちょっと時代錯誤もあるけれど小気味良くて好き。90年代に雑誌掲載されてたエッセイなので描写は一昔前ですが、出てくるギャル(敢えて)は今とあまり変わってない気が……いや若干、弱年齢化してる感覚です。ここでは女子大生くらいかな?の女の子ですが、今は中学生くらいからこんな感じ。中学生くらいからアラサーまでこんな感じだから凄いね…とジャスト40は思います。
年取ったからでなく、画一化進みまくってるから若い子の見分けが付かないのかも。でも年取ったからかも。
自分はこうじゃない!と思いつつ、でも電話の相手によって声のトーン変わるのはわたしもだ。男運は悪い。それはわたしがそんな男性とつり合うような女性だからであって…耳が痛いです。
この本、手元に置いておきたくなりました。森さんの小説も読みます。 -
購入済み
ぞくっと面白い
どの話もぞくっとして余韻が残ります。内容が薄いのにグロテスクな表現だけで怖がらせてくる小説は嫌いなのでこの本を購入してみて大正解でした。蒸し暑い夜を読書で楽しめました。
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Posted by ブクログ
数年前にNHKのドラマになった、マッサンこと竹鶴政孝氏のスコットランド人の妻リタさんの小説。竹鶴氏は、日本で初めて本格的スコッチウィスキーの製造をした人で、ニッカウヰスキーの創始者である。以前にドラマの原作となった「ヒゲのウヰスキー誕生す」という本を読んだが、その本は政孝の視点から書かれていた。本書も内容は似ているが、外国人であるリタがどう政孝と出会い、人生を共にし、日本に帰化していったかを追うことができる。
著者の森瑤子氏は早逝してしまったが、100冊を超える著書を遺している。本書もたくさんリサーチをして書かれたであろうことがうかがえる。著者の配偶者がイギリス人ということもあり、スコットランドの暗い天気や広々とした家といった情景がとてもリアルに描写されていた。まだ外国人、しかも白人が日本にとても少ない時代に、日本に来て文化を学び、日本人になり、政孝を支えたリタさんの苦労は想像を絶する。子に恵まれずとった養子とそりが合わなかったというところは胸が痛んだ。
望郷というタイトルなので、リタさんがホームシックにくよくよ悩む内容かと思ったが、必ずしもそうではない。時代や帰国しやすさも全く違うものの、外国に嫁いで祖国の家族を安じるという自分自身の身の上と重ね合わせ、涙を流す箇所もあった。 -
Posted by ブクログ
このタイトル、何て秀逸なのだろう。
読み終えた後このタイトルをしみじみと見つめて、センスの高さを感じた。
主人公は三人の娘を持つ小説家。末娘の問題行動がきっかけでセラピストによるカウンセリングを受け始めるが、そうなった原因は、彼女自身がいわゆる毒母に育てられたことにもあったということが分かる。
夫との関係も破綻しかけていたが、再和合を図るために旅に出かけた南国の地で、夫と激しく問答してしまう。
そして徐々に自らが抱える闇の根源に気づいていくが…。
経験したことのない何とも不思議な感覚。今現在の現実、セラピストとの対話、そして空想(主人公の心象風景?)が、何の説明もなく交錯しながら進んでいく、時間としてはたったの一日を描いている小説。
会話にかぎ括弧がついていなく、そして会話の合間に主人公の独白も混ざるから、どれが誰の台詞なのか、どれが主人公の独白なのか…柴門ふみさんの解説によると、男の人はとくに途中で挫折する人が多いらしい。それも肯ける。
でもはまる人は本当にはまると思う。私もその一人で、すごい世界を見てしまった、という気分になった。
主人公はどうしても抑えられない家族への嫌悪感を自覚していて、カウンセリングを受けているわりに非常に冷静で理知的だ。
これは著者の森瑤子さんの感覚も強いのかもしれないけれど、主人公は同じ女だけではなく男のことまでものすごく理解していて、男から見たらこういう女は脅威なのではないかと思う。賢すぎて。だからこそ作中の夫は主人公を見下げたり馬鹿にするような発言も多いのだと私は感じた。怖いからそうするしかないのだと。
妻、母、そして一人の女として「性」と向き合い、はっきり自分にとっての害だと自覚していた母親について考えることを通して、自分の中では存在感が薄かった父親についても考えを深めていく。
30年以上前に執筆された小説が、毒親という言葉が浸透し始めた今にリンクしている不思議。先を見通す、ってこういうことかと。
森瑤子さんに憧れる女流作家が多くいる、という理由が分かった。
40歳を手前にして主婦から売れっ子作家へ転身を遂げた女性の、普通というものを知っている感覚。の、凄まじさ。