玉置妙憂のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ死のケアはついつい避けたくなる事柄だがいつかは直面しなければならないこと。
それは自分自身の死、ということかもしれないし近親者の̪死という事かもしれない。
著者はスピリチュアルなケアをしながら、本人と本人の死、そのあとの家族のグリーフケアまで担当する。これからの多死社会には必須の人だ。
「アドバイスをせず、ひたすら相手の話を聞くこと」
「ピンピンコロリも良いけれどそれは近しい人にお別れをする時間もないということ」
など現場を踏んだ方でなければわからないことが多数盛り込まれていた。
治療をして延命する人も、上手くいかず寿命を縮めるように亡くなる人もいる。「それを含めて天命、上の人のご意思」と。
よく死ぬことはよく生きることが前提、というのもうなずけた。 -
Posted by ブクログ
看護師僧侶、玉置妙憂 著「まずは、あなたのコップを満たしましょう」、2018.6発行です。「家族のため、生活のため、会社のため、自分のことは後回しにして頑張りすぎている人が多すぎる。まずは、あなたのコップを(少し)満たしましょう。」と。また、今の日本は、命があるうちは医師の領分、命がなくなってからは僧侶の領分と分業化されている。そのせいで生き死にの悩みが解決されない人が多いと。私が一番感銘したのは、「延命治療に良し悪しはない。風邪薬も延命治療のひとつ。すべての治療は延命治療。自分の物差しを持つのが大切」と。自分のやりたいことを書き出しておく。例えば人工呼吸器を使えば声は出せなくなる。声を出し続けたいなら、この処置は選ばなければいい。
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Posted by ブクログ
ネタバレ⭐︎3.5
最近、仏教や禅についての考え方に興味が出て、手にとった最初の本。
「看護師僧侶」という著者の肩書きも興味がわきました。
ひとつひとつが短く、お話を聞いているように読めて、読みやすかったです。
心に残ったのは、
「利他」より先に「自利」を満たすことが大切。
「自分自身を十分に満たしてからでないと、周りのために貢献などできない。」
「中道」
仏教の教えにある「中道」とは、簡単に言えば「極端な考えを避け、バランスよく生きる」こと。
どんなときも「中道」の心で、バランスをとることが大事。
他人様の悩みは、解決してあげなくてだいじょうぶ。
「まじめな態度で聞き流す」=「傾聴」をしてあげること。
真の意味での答えは、その人の中にしかない。
悩んでいる人が自分の中にある答えを見つけ出すプロセスを邪魔しない姿勢で聞いてあげることがその人にとって悩みの解決につながる(かもしれない)。
また時間を置いて、もう一度じっくりと読んでみたい本でした。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ人生には、わからないことをわからないままにしておく度胸も必要。→ネガティブ・ケイパビリティ
聴くと書いて、ゆるすと読む。
傾聴モードではその人の全てをゆるして受けとめる。
その人が安心して吐き出せる、温かくて安全なトイレのような存在になれると良い。
人として聴きがたい言葉でも、後でざっと流せば良い。
揺れに振り回されない人がいることで、振り回す本人が安心できることもある。
本人の悲しみや苦しみに同調しすぎないことも大切。
自分が満たされているから相手にあげられる。
相手のためは自分のため。
自分をゆるす。
起こったことは、すべて良かったこと。
自分の身に起こったことはすべて、自分の中心にある木を育てるために起きたこと。
いつかやりたいことは、今やったっていい。 -
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看護師僧侶という異例の肩書きを持つ著者。
NHKのスイッチでお話は聞いたことがあったが、著書に触れるのは初めて。
夫の死を自宅で看取る。その経験から僧侶となる。どちらも簡単ではない。すごい決断力と行動力。ケツは自分で持つ、という著者の胆力を感じる。
最後はみんな逝けるという言葉は、あたりまえのようで、どこか安心感を生む言葉に感じた。
将来を考えて不安に苛まれてしまうことが多いけど、どんなに悩んでも不安に思っても、人間はみんな最後は一人で死ぬのだし、今、悩んでも仕方ないのかもしれない。どうしても不安が消せないうつ病の自分だけど、最後は逝けると思って、今を楽に生きられるようにしていければいいなぁと思う。 -
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人の最期は、息を吸って、止まるそうです。
息を吐いて終わるケースもあるそうですが、吸って終わるケースの方が多いそうです。
産まれるときはオギャーと息を吐いて産まれ、最期は文字通り「息を引き取る」。
この本は、最期を迎える人と看取る人たちの双方が、どのように前向きに最期の準備をしていくかのアドバイスが書かれた本です。ここで言う準備とは、金銭や書類や住環境などの物理的な準備、精神的な心の準備の両方を指します。
この本が紹介している物理的な準備の中で特に勉強になったのが、「ACP(アドバンスケアプランニング」というものです。
これは、自分自身の今後の治療方針をあらかじめ自分と家族と主治医との間で約束しておく、というもので、例えば「もし自分が認知症になったらどうしたいか?」という問いに対し、「できる限りの延命治療を望む」のか「積極的な治療は望まず、痛みを緩和する治療だけを望む」のかを、自分が元気で判断能力があるうちに自分で決断して書類に記入することが求められます。
こういった準備は、精神的にとても辛いし難しいと思います。人の死を、その人が生きているうちから語るのはタブー視されていた昔とはだいぶ変わってきた現代においてもなお、大切な人の死の準備をするのは誰だってとても辛いです。感情的になって冷静な判断ができなくなることもあると思います。そんな精神的な辛さを和らげるための方法もこの本ではいくつか紹介されていて、その中で僕がいいなと思った2つを紹介します。
1. 死者とのアクセスポイントを決めておく
これは、ここに行けば死者とまた会える、という場所をあらかじめ決めておくというものです。過去に旅行で訪れた思い出の場所でも、家の近くにある大きな木でも、お墓でも、どこでも良いと思います。これを大切な人たちの間で前もって決めておき、そこに行けばいつでも再会できるんだという安心感を抱いておくという方法です。
2. タオルの端と端を掴んでつながる
これは著者が実際に病院で見た老夫婦のとある光景だそうで、入院中で寝たきりになった夫と見舞いに来た奥様が、話すでもなく目を合わせるでもなくただ互いにタオルの端と端をつかんでいて素敵な光景だった、というものです。
長年連れ添った日本の老夫婦にとって、手をつないだりハグをしたりという欧米文化は気恥ずかしい、だけど物理的にも心でも何かしらのつながりが欲しいときにとてもよいやり方だと思います。
著者は、看護師の資格と経験を持ち、その後僧侶として活動している方で、この本は、そんな著者が、医療関係者としての視点と精神世界に携わる人としての視点の両方から、死との向き合い方について記した良書です。
僕はこの本を読んで、最期の準備をするというのは、看取る側と看取られる側の双方が豊かで穏やかな気持ちでそれを迎えるために大切なことで、それがお互いの思いやりの形なんだと思いました。