朝日新聞取材班のレビュー一覧
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バブル時代、必ず値上がりすると教えられた不動産。今じゃ、相続放棄や所有者不明の土地、空き家が日本中に存在する。日本の不動産はもはや「負動産」となってしまった。
本書は、そんな負動産事情を象徴するリアルの取材録。管理組合も修繕積立金もないマンション、一等地なのに所有者不明で誰も利用することができない土地、ゼロ円でも買い手がつかないリゾートマンション、などなど。
こうした問題をどうやって、誰が解決すべきか。やはり、政府・行政しかないだろう。不動産の所有権について、一定期間の行使がなければ、所有権を放棄したものとみなしてしまう。もはや、それくらい極端で強引で共産主義的な対応が必要なのでは。 -
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相模原障害者殺傷事件に関して真相の追求と、障害者に関する問題提起をする本。
朝日新聞記者の取材が元になっている。
前半は、加害者の特異な行動を時系列で紹介し、事件に至る経過を説明している。
後半は、障害者が社会に受け入れられていない現状に関する問題提起をしている。
「妄信」というタイトルから、加害者の異常性を暴き出す少し文学的な香りのする作品なのかと思ってしまったが、障害者の問題がメインの様に感じた。
不寛容で無関心な日本の社会に一石を投じる力作で、障害者や弱者について考えるべきだと思いました。
障害者や弱者に無関心な人にこそオススメです。 -
Posted by ブクログ
●SNS選挙とポピュリズムの過熱の要因を「粘土と砂」をキーワードに見つめる本。
●ポピュリズムとSNS民意から現代日本の選挙を観察する。→「砂」となった民意を政治はどう扱うのか注目したい。
●かつて中曽根首相は、地縁や血縁、業界団体によって一定のまとまりを持っていた民意を「粘土」、社会の近代化によって個人化していった民意を「砂」と例えた。本書は、かつて民意を「粘土」へと成形していた中間団体や政党派閥がことごとく瓦解し、むき出しの「砂」となった有権者がSNSという舞台で激しく流動し、ポピュリズムが台頭していく、現代日本の選挙模様を本書は活写する。中曽根首相の例えも興味深かったが、もうひとつ、面白く感じたのは、自民党の派閥を悪と断じない点だ。裏金問題により自民党は派閥を解消することとなったが、この派閥には自民党内の意見をまとめ「粘土」を形作る役割があった、という指摘は、連日のようにあった裏金問題の報道では語られなかった視点であり、新鮮さを感じた。 -
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京アニ放火事件で青葉被告に死刑判決が出たあと、記者が本人を取材しまとめたもの。
第1部被告の生い立ちと事件に至る経緯
第2部裁判での被告の証言と遺族の思い
第3部今後の課題について6人の識者の意見
当時ものすごいニュースになったけど、断片的にしか理解していなかったので、この本で流れがよくわかった。同じ状況でも皆がそうなるわけではないし、もちろん許されることではないけど、こういった悲惨な事件の場合は必ず被告の生い立ちが似たようなものであることが多い。終わったものとして記憶からなくすのではなく、今後に活かす改善策が少しでも見つかればいいなと思う。 -
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まず、朝日新聞取材班がまとめてるので、記者の私情がなく、わりと綺麗にまとめられており読みやすかった(記者の私情が入るノンフィクションも面白いのだけど)。
裁判の様子が細かく描写されており、裁判好きとしては興味深い。
第3部の有識者の方々の話の中で、作家の吉岡忍さんの意見に共感した。「被害者の思いに耳を傾けることは大切だが、無差別事件の場合、被害者に落ち度はないことがほとんど。一方、加害者が加害者になるのにはどこかに必然性があるので、事件を知るには加害者をより取材しなければならない」と。
確かに知人の弁護士も、加害者で家庭環境に問題がない人を見つけることの方が難しい、と言っていた。
だからこそ、2部の被害者の遺族の意見陳述には胸が痛んだが、ひどい犯人だ!と片付けてしまうだけではなく、何故この事件が起きてしまったのかということをもっと考えなくてはいけないと思った。
とはいえ、3部の有識者の方々も、福祉にもっと繋げることや孤独にしないことが大切、などと書かれているが、明確な解決策は見出せていない様子、、ただそれでも加害者の環境に思いを馳せることは大切だと思った(同情とかそういうことではなく)。
上述の吉岡氏が「涼宮ハルヒの憂鬱の世界観に憧れた加害者は、不遇な環境から一発逆転を狙っていた。そして虐待を受けた生育歴から「やられたらやり返す」という強者の論理が根底にあった」という話をされており、加害者の心情を想像するヒントになりそうだと思った。 -
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【京都アニメーション放火殺人事件】
2019年7月18日午前10時半ごろ
京都市伏見区の京都アニメーション第1スタジオに当時41歳の青葉真司被告が侵入し、ガソリンをまいて放火。社員36人が死亡、32人が重軽傷を負った平成以降最悪の殺人事件
ショッキングな事件でしたよね
偽善の皮を羽織ってくるのを忘れたので率直に申しますが、当時ニュースを見た時の私は
京都という遠い地の、アニメという知らない世界の、自分とは縁もゆかりも無い話だと思っていました
何度もリアルタイムで流れる凄惨なニュースの映像と「死者、負傷者多数」のキャスターの言葉
詳細が分からないまま時間が過ぎ、でもニュースは一向に鎮火する気配が無い。「全焼、死者多数、被害者不明」
情報の進展は無く、
精々分かるのは死者が増えていること 犯人は現行犯で捕まっているが意識が無いこと 依然被害者の身元はわからないままな事 くらいだっただろうか...
ここでやっと不安になり自覚した 「今、現在、起きている事」だと
でもやはり人は忘れる生き物
我々の中では彼が「死刑」となった事により
「過去の出来事」としてフォルダの隅に保存された
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まず、本書は第1回公判から最終第21回公判までの青葉被告の言葉や表情を実際に傍聴した記者の目線から語られる
全てでは無い 記者が伝えたいと切り取った部分だけだ
だからかは不明だが本書の進み方はどうも「記者っぽさ」が拭いきれない
起承転結を徹底し、扇情的且つ中立を意識した中々ずる賢い書き方ではあるが、確かにその方が意欲的に事件に興味を持つ事が出来るしそうなると否定も出来ない
内容に戻るが
動機は「小説をパクられたから」
彼の幸福とは言えない生い立ち、妄想と現実の境がわからなくなる せん妄 の症状 認められない事のへの孤独と苛立ち
そんな中、小説を書くことは希望であり、最後のつっかえ棒だったと彼自身が表現していた
被告人質問での反応は薄く謝罪の言葉はないが
「京アニが自分の小説パクった」事に触れれば興奮が抑えられない様子だった
事件直前自身の10年間を思い返した時、良心の呵責があったと述べていた事に対し遺族側の代理人が、
「放火殺人は人が死ぬ。被害者の立場は考えなかったのか」と投げ掛けた
この質問に、青葉被告は気色ばみ
「逆にお聞きしますが、京アニは小説をパクった時に何か考えたのか?」と口調を強めた
ここで裁判長が今あなたは質問する立場ではないと言ったが、それでも口調は緩めず目は食い入るように話続けたそう
「パクっていることを知らなかったならば、知っている人に尋ねて、この会社は危ないと自分から退職願を出せば回避できる問題だった
知らないというのは努力不足なんで、知ろうとしなかったのは、自分の中で大きな疑念として残っている
知る努力をすれば、犠牲者にならずに済んだと思う」
...私が遺族だったら3回殺しますね
21回もの公判の中で遺族の悲痛な叫び、命を繋いだ医師の言葉、事件と向き合う時間を過ごし
心情の変化(主に自分が犯した罪の重さ)が芽生えた節はあるようだが、
先述した「記者っぽさ」、台本ありきのストーリー展開への懸念により特にシンフォニーはなかった
青葉被告の心情や
何がこの闇を産んだのかを知りたかった私にとって、当然相性はすこぶる悪い
もう少し直近に出版された他の「京アニ放火殺人事件」の書籍をキープして本書を閉じようとしたが
次の章は「遺族の言葉」であった
「被害者にも家族がいて、子供がいて、未来があった」
被害者にも、家族にも、子供にも、未来にも
こんな漠然とした言葉ではなく一人一つの名前が当て嵌り、一人一つの夢が当て嵌るのだ。68人分の、いやそれ以上のストーリーが全て別の物語として存在している 全てが悲劇として。
涙無しで読む事は出来ない
実名によって血と肉を得た「被害者、家族、子供」
事件のあった日の不安な気持ち、愛する人を亡くした現実、犯人と向き合い投げ掛けた魂の言葉、残された子供の健気な生き様、背負い続けたままこれから訪れる未来
遺族の肉声として綴られた文章はとても重く、痛かった
特に心が張り裂けそうになった言葉を
自身のメモとしてここに記します
上半身に重い火傷を負った女性
炎から逃げるさなか、自分の背中に同僚の手が触れていた
「感触が忘れられない。手を引いて助けていたらと考えてしまう」
上半身に一番重い「Ⅲ度」の熱傷を負った女性
「両手は特に醜く、手袋をしないと人前に出られません
ニュースで見た被告人の手とそっくりです。吐き気がした。醜い自分の体に嫌気がさした。一生、生き地獄です」
助かった人も心に傷を負って苦しんでいる
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後半は、専門家の目線で事件が語られる
「青葉真司はどういう人間だったのか」
(秋葉原無差別殺人事件や相模原障害者殺傷事件の共通点)
「なにが彼を作り出すのか」
(現代社会の闇、リベラル化の矛盾について)
「彼の性格傾向の分析」
(ネグレクトや被雇用者、犯罪歴のある人を救うシステムの脆弱性)
正直に言うと
ここがいちばん面白かったですね
擁護派、糾弾派、中立派と様々な立場と目線から事件を客観視できて 「やっと本を読んでる」って感じ
リベラル派→「社会のデオドラント化」
ネガティブな物は除菌、排除する
元の理念と真逆な事をするこの暴走を、ドンピシャな言い換えで表現するなぁと感嘆した
背景には、孤立社会と表裏一体の自己完結思考の高まりだと指摘していた
つまり、自分が除菌される側にならない様に
余計な事は「言わず、触れず、近寄らず」な社会になった
って事だろう
でも一言言わせて欲しい...
自由と自由が同じ内容で無くとも
自由なんだから良いじゃん!語ろうぜ!
会話って、論破とか否定とか拒絶とか
そんなんじゃないじゃん
傷つく事を恐れるのは正常だと思うけど、それが爆発して青葉真司が産まれた(としたら)なら
傷つく事はきっと「悪」じゃない
と、思いたい( ´・ω・`)
さて、次は青葉真司の言葉を聞けたら良いな
死刑判決から控訴しそれを取り下げ、死刑確定となった
今の彼の言葉は、この世の中に発信されているかな
もう少しだけ 古いフォルダから引っ張り出したこの事件を追いたいと思います
風化させちゃダメだよ、絶対ダメ -
Posted by ブクログ
働き手の人口が8割に減る「8がけ社会」に向けて、何ができるか?を示すことを約束した朝日新聞の特殊を書籍化。
まずここに至るまでの経緯を
人口問題研究では、戦前の1940年に発表した将来推計で、すでに現役世代の減少と高齢者の激増を予測していた。推計では、総人口が1965年に1億人に達し(実際は1967年)、2000年に1.23億人でピークを迎える(実際は2008年で1.28億人)と予測している。
このように、人口学による将来人口推計は他の分野に比べてはるかに精度が高い。人口の減少は予見できたはずなのに対策が遅れたのは何故か。
1970後半〜1980年代は、戦前の「産めよ殖やせよ」政策の反省から、子どもを増やす政策は取りづらかった。
出生率が過去最低だった丙午の1966年をさらに下回った1989年(出生率1.57)で社会的ショックを起こすも、高齢化対策の方が優先された。
また、続く90年代以降は、バブル崩壊で少子化は忘れ去られた。
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来たる(もう来ている)8がけ社会に向けてできることを、インフラの取捨選択やお手伝い経済圏、「ばあちゃん」の雇用などなど、ベンチャー企業家や政治家・専門家のインタビューを通して紹介。
2024年の特集なので見たことがあるものがチラホラ。若い世代のわたしからすると、上で記載したこれまでの歩みのほうが興味深い内容だった。
新聞の特集を書籍化しているので、構成がやや読みづらい。