水上勉のレビュー一覧
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映画の「土を喰らう十二ヶ月」を観てたいへん面白かった。面白かったが、まさかあんな美人の編集者(松たか子)と懇ろの仲になっていたとまでは流石に思わなかったが、妻方の親戚(尾美としのり)が、自分の母親の葬式の一切までもツトム(沢田研二)に任せ、あろうことか骨壷まで置いていったのをみて、そんなことをありあるのかとビックリして本書を紐解いたのである。
予想通り、そんなことは一切書いてなかった。どころか、未だ著作当時水上勉の奥様は健在だったし、どうも義理の母親の葬式エピソードは、祖母の一人暮らしエピソードを改変したようだった。中江裕司監督は、真冬の信州の自然に、沖縄の死生観と自然観を注ぎ込んだのだ。
映画にも出てきたが、道元の著書(『天座教訓』)引用が至る所に出てくる。10代のお寺修行は、老境の著者に、53年浸かった梅のように滋味深いあじを与えたのか。思うに、その自然観と死生観は、500年を経て尚且つ生命力を持つものだろう。
どうせしないだろうけど、やってみたい料理がたくさんあった。
・ほうれん草の「根」の赤いところはしっかり洗ってお浸しにまぶす。
・蕗のとうの網焼き
・山の焚火に濡れた紙にタラの芽を入れて焼く。
・渋柿の灰焼き
・無名汁
我が家には、捨てるにすれられなくて置いている30年以上は浸かっている梅干がある。勇気を出して食べてみようかという気にもなった。 -
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ネタバレ越後つついし親不知
親不知、歌川、歌合
市振から糸魚川へ
親不知石灰採掘場
越後つついし
糸魚川警察署
お日はちりちり山端にかかる
わしの仕事は小川ほど
お日が暮れたら、あかりをつけて、親の名づけの妻を待つ
親の名づけの妻さえあれば、わしもこの様に身は捨てぬ
何もこの世に身は捨てなよと、後にことばをのこされた
仕舞うて帰にゃるか有馬の駕籠衆、おだて河原をたよたよと
おだて河原をたよたよ越えて、あいの小川の数知れぬ
松となりたや、有馬の松に、藤にまかれて、寝とござる
桑の子
若狭の大飯郡 岡田部落
「釈迦釈迦」の行事
有明物語
奥信濃北アルプス山麓 有明村
大糸線 穂高駅から五里
棺
敦賀から杉津の途中に河野断層
敦賀から今庄へ北陸街道 作田部落
西陣の蝶
下京区八条通り坊城 六孫王神社
梅小路貨物駅 -
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1963(昭和38)年刊、昭和のミステリの名作ということなので、読んでみた。作者の水上勉はミステリ作家というより普通小説の作家のイメージで、以前読んだものにはあまり魅力を感じなかったので興味を抱けない作家だった。
本作は全体としてミステリの大枠を持つ。殺人等の犯人は最初から分かっているが、具体的な行為や背景の真実を求める形のミステリである。
しかし、下北半島出身の娼婦杉戸八重の境遇の変化が上巻の後半で延々と語られ、人間の生き様や運命をヒューマニスティックに描く普通小説としての側面が強い。単純にミステリを読みたいと思ったこんにちの読者なら、本作を長すぎて退屈なものと感じる可能性があるだろう。刑事たちが試行錯誤を繰り返しながら捜査を続けるさまも、延々と続く。
昭和22年あたりから物語は進み、その頃の東京などの風俗が丁寧に描かれ、同じ時代を扱いながら横溝正史作品などとはやはり違う観察があって、私にはとても興味深かった。
巻末の作者あとがきに書かれているように、娼婦杉戸八重の人物像には、ドストエフスキー『罪と罰』のソーニャのイメージが、確かに重ねられているが、魅力的だ。もっとも、彼女は上巻の最後で死んでしまう。
昭和22年の殺人放火事件を北海道から東北と東京にまで執拗に捜査を続け未完となった刑事の努力と、下巻の初めから描写される10年後の殺人事件を追う京都府の日本海側、舞鶴市の刑事の捜査とがやっと結び付いた場面は快感であった。さあ、いよいよ捜査が大詰めを迎え、一気に盛り上がるぞと思ったら。かなり冗長な捜査の描写が続き、辟易した。
容疑者や被害者の生い立ちを現地に行って調べる場面が長く続き、ミステリとしては緊張感を欠く。が、きっと作者はこのように書きたかったのだろうと納得する面もある。人物たちの生涯を浮かび上がらせたいという普通小説としての欲求が強いのである。しかも、それを追求する刑事たちの姿も細やかに書きたかったようだ。だが、被害者の遺族に毎度毎度強く同情する刑事たちは、ちょっと主情的すぎる感じがした。
松本清張なら冗長さを省略し、端的に事実をまとめて記述するだろうと思う。清張のドライで冷酷な傾向と、本作のウェットな文学スタイルはかなり正反対に近いようだ。
結局無駄足になる捜査の描写が延々と続くし、刑事たちの間違った推測も長々と維持される。上巻の杉戸八重を中心としたストーリー描写によって読者はとっくに知っているのに、数百ページにわたって刑事たちがずっと思い違いを続けている事に、読者は「だから、それ違うって」と苛立ってくるに違いない。おまけに、最後まで読んでも判然としない犯罪のディテールは残るし、長々と記述された推理の伏線もいくつか回収されずに終わってしまう。
これでは、ミステリとして期待して読んだ者をがっかりさせてしまうだろう。
人間ドラマとしては、杉戸八重など娼婦たちの人物像は魅力的に感じたが、「犬飼多吉」の方にはほとんど共感できなかった。戦後の風俗や僻地の貧しい村の描写については、大変よく書かれていて良かった。
が、数十ページにわたって克明に描写された捜査内容を、その後の捜査本部会議で刑事たちがまた克明に口頭報告するのをそのまま長々と書くような冗長さには、呆れてしまった。読者はとっくに知っていることなら、「刑事は調査結果を報告した」と簡潔に書けば済むのに。
とはいえ、全体としては面白く、楽しませて貰った。記憶に残りそうなイメージも多かったと思う。 -
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若いころから、禅の世界に魅かれています。禅のもつシンプルだけど力強い雰囲気が好きで、座禅を組みにお寺に通ったこともあります。
しかし実際に学ぼうとすると、書いてあることが壮大な虚構に感じられたり、難解な公案で理解不能に陥ったりと、近づくことの難しさを実感してきました。
本書は、始祖の達磨から始まり中国での発達を経て日本に移入、展開されてきた歴史を、数々の禅僧の生き方の中に見ようというもの。
筆者自身、若年のころ禅寺に預けられ、その後に離れた経験をお持ちで、禅の実践者として、また客観的な観察者として、記述を進められます。
禅は不立文字の世界。言葉ではなく全人格的な経験を重んじます。組織化、教団化と本質的に相容れるものではなく、個人の禅を突き詰める「純禅」を本来のものとする。
これが筆者の立場です。
純禅に生きた大応、大燈、関山や道元らの名僧、乞食として生きてその精神を受け継いだ一休や良寛、宗派内で改革を唱えた沢庵、白隠らの生き方が肯定的に描写されます。
とりわけ魅力的なのが江戸時代の禅僧、鈴木正三(しょうさん)です。徳川秀忠の信頼篤い三河武士だった経歴を捨て、45歳にして出家した異色の経歴を持ちます。
筆者はこう書きます。
▲(正三はいいます)仏法は、悟らなければ用に立たぬと思うのは間違いだ。仏法というのは、ただ今のわが心をよく用いて、いまの用に立てることである。それ故、心をつよく用いることを修業という。心が強くなればなるほどいい。大いにつとめれば大きな徳がある。少しつとめれば少しの徳がある。
何と新しい自力禅であるか。… 難解さと馴染みにくさに手古ずっていた庶民や新興武士階級には魅力だったろう。
… 六祖(達磨から数えて6代目)慧能が、「悟りの木」などあるものか、求めて得られる悟りなどはしれたもので、求めることが悟りなのだ、といったことを思いかえしていただきたい。中国唐末の純禅が、日本の鈴木正三という武士上がりの禅僧が手探りでもとめた自力禅に湧出している。
「ただ今のわが心をよく用いて、いまの用に立てる」という指摘は新鮮で、目から鱗が落ちました。
道元が入宋した際に出あった典膳(料理番)の老僧とのやり取りで、「何も他人の料理番などせずとも修業に専心すればいいのではないですか」と問うた道元に対して、彼は「禅の何たるかをお前は何もわかっていない」と指摘するくだり。また、「庭を掃くときは、箒そのものになれ」という古くからの伝えと相通ずるものがあるように思われます。
今、目の前にあることに対して「わが心をよく用いる」。
遠かった禅の世界を少しだけ身近なものにしてくれる魅力的な著作だと思います。 -
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1950(昭和25)年7月2日の未明に起きた金閣寺放火事件。犯人は同寺徒弟の林養賢という21歳の男。これだけでじゅうぶん衝撃的な事件なのに、駆けつけた母親は息子に面会を拒否され、帰宅途中の汽車から身を投じて死亡。放火の動機にさまざまな憶測が飛び交うなか、20年もの歳月をかけて調査を重ねた水上勉渾身のノンフィクションです。
自身も僧を目指したことのあった著者の水上は、貧寺に生まれた養賢にかつての自分のことを重ね合わせたのか、養賢の郷里へも足を運んでつぶさに聞き取りをおこなっています。それによって浮かび上がる、養賢の過酷な運命、事件の全貌。
文庫本の字が小さいのと(老眼が来ている身にはツライ(笑))、350頁という、ほどほどのボリューム以上に内容が濃く、読むのに労力を要します。しかし、養賢が放火する前の数日間の行動や、当時住職にまっさきに取材した新聞記者=司馬遼太郎の話、判決内容に関する著者の異議等、終盤は一気に読まされます。金閣寺放火事件を知るのにこれを超えるものはないでしょう。これを渾身の力作と呼ばずしてなんとする。