松浦理英子のレビュー一覧
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人を愛せず、犬を愛する女性が自らを「犬化願望」「種同一性障害」と呼び、理想の飼い主である女性を見つけ「あの人の犬になりたい」と願う。人の身では到底辿り着けない深い場所に、犬として、その女性の家族との間にある闇に触れていく話。
ファンタジーな世界観の中に官能的な描写を濁さずに書いていて、肉体を介在しなければ人間は愛情を感じることができないのか? 心と、肉体は、必ずしも一致していなければならないのか? を考えさせられる一冊だった。
動物は無償の愛を与えてくれるとは言うけれど、柔らかな毛並みと、優しい目を向けられるだけで、彼らはその愛で飼い主を守っているのだと思う。 -
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舞台は私立玉藻学園高等部2年の女子クラス。彼女達は、クラスメイトの日夏、真汐、空穂の3人をパパ、ママ、王子様と模した『わたしたちのファミリー』の推し活をしていた。
人生の経験は不足しているが、知識、自意識は肥大化している彼女達の妄想は、それゆえに現実的な制約を受けずに理想の家族像を紡ぎ出し、『わたしたちのファミリー』に投影・神格化していく。
女子高校生純度が高そうな内容で、読み始めてすぐ「あ、苦手なやつだ」と思ったのだけれど、なぜだか引き込まれてしまった。
居心地が良いのだ。この居心地の良さは、『わたしたち』が物語りを語ると言う画期的なシステムによるものだと思われる。一人の語り部ではなく -
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ネタバレわけの分からない胸の痛みで涙が出て仕方なかった。
とても巧妙な構成で高校生の女子達の心の中をのぞく。どの子も賢く、好奇心に溢れ、仲間想いで、観察眼が鋭い。
家庭環境、親との関係に痛みをかかえる真汐、日夏、空穂の関係性の変化を”わたしたちのファミリー”として観察(想像、捏造?)する同級生たちの視点から心象が描かれる。
真汐の最初の作文でいきなり引き込まれて、読んでいる間中今も心にある痛みがずっと胸で疼くような感じがした。
真汐に自分は近いと思った。心を鍛えなければ、といい、心に蓋をして懸命に傷つかないように自分を保とうとする姿。
うまく言葉にできないけれど、高校生の女子たちの賢さ、優し -
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訳者後付けでも解説されているように、一葉の作品には句点、段落があまり見られない。もちろん当時はカギ括弧のような様式も主流ではなかったのだろうが、21世紀の我々が馴染んだ文体ではない。
しかし、訳者の努力の賜物なのだろう。非常に読みやすかった。「たけくらべ」はロマンスともジューブナイルとも分類できない複雑さがあり、充分に面白い。
「たけくらべ」以外の短編たちもよい。「うもれ木」なんかは私の好みだった。恋愛:人間的成長=8:2くらいの混ぜ具合。当時の主流だっただけなのか、一葉が個人的に恋愛を関心事としていたのかはわからないのだが、何はともあれ良い作品だと思った。 -
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制覇はしていないものの、読んできた松浦理英子作品では一番好きだった。私もこの学園で過ごしたかった。あらゆるタグに囚われることなく友達を愛したかった。真汐と日夏には『ナチュラル・ウーマン』の容子と花世の面影があったけれど、彼女たちへの眼差しは温かく柔らかかった。
それなりに物事の分別もつき、且つ社会に出る直前、教室の中で世界が完結する微妙な未分化を表すのに女子高生を主人公に据えること、真汐、日夏、空穂の関係性を見守るクラスメイトたちの距離感と「わたしたち」という主語、単語と関係性の再定義、全てが、上手いな〜とうっとりしてしまったのだった。
とにかく真汐がいとおしくてしかたがない。 -
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文芸誌『GOAT』第1号で、三宅香帆さんが愛を感じた「私のGOAT本」と推薦し、「究極の"愛小説"を選ぶボーダレス書評家会議」の国内編代表選出でも取り上げられ、俄然興味を持ち手にしました。
私立高校の女子学級を舞台に、女子3人の疑似家族的な関係を、家族・友人・性の在り方を含めて、級友たちが見聞きしたことに妄想を加え、まるで演劇タイトルのような章題「主な登場人物→(ロマンスの)原形→変容→混淆→途絶」で語られます。
擬似家族3人の周辺一人一人に固有名詞が与えられているのに、語り部が「わたしたち」で、最後まで一貫しています。この曖昧な視点人物が新鮮で、なぜか説得力を増 -
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津村記久子のあとがきが素晴らしい。まさに「読者のイメージを借りない」、ゼロ距離の文章の温かみに酔いしれた。でも本田も七島も、当然ながら実在しない「他人」であり、彼らと読者の間には厳然たる距離が存在する。しかしその距離が前提にあるからこそ、松浦の筆によって描かれる二人のシェアハウスで繰り広げられる、あまりに自然なリアリティの応酬を読者は存分に味わえる。それに留まらず、どうしても埋めきれない距離を極限まで縮めようとする動機が自ずと湧きさえする。この時、まさに我々も本田と同じく「盗聴」をしているのだ。扉一枚を隔てるからこそ、人はその向こうに計り知れない好奇心を抱く。つまりは、絶対的な距離をとって初め
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八束房恵は、腐れ縁の久喜洋一とともに『犬の眼』というタウン誌を発行する仕事をしています。彼女は幼いころから「犬になりたい」という願望をもっており、自分が人間として生まれてきたことに違和感をもつ「種同一性障害」だと自分のことを理解するようになります。
房恵は、ナツという犬を飼っている陶芸家の玉石梓という女性に出会い、彼女の飼い犬になりたいと願うようになります。そんな房恵に対して、「天狼」というバーを経営する朱尾献という男が、彼女を梓の飼い犬にする代わりに、彼女の魂をゆずらないかという契約をもちかけてきます。そんななかで、ナツが死んでしまうという事件が起こり、房恵は半信半疑ながらも牛尾と契約を結