メルヴィルのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
『白鯨』新訳版、その中巻です。
上巻はイシュメールが船出するまでを描いて「物語」然としたところがありましたが、中巻はだいぶ趣が異なります。捕鯨船での日々、マッコウクジラとの死闘、そして鯨にまつわる衒学的・百科全書的な語りと、まさに鯨尽くし。特に第八十七章「無敵艦隊」は、鯨のユートピアとでも言うべき光景を描いていっそ幻想的ですらあります。
イシュメールの語りが「イシュメール自身」から「全知全能の第三者」まで自在に行き来するのも面白いところ。一人称から三人称への振り幅が大きく視点がころころ変わります。最初は読み辛いと感じるかもしれませんが、慣れてくるとこれがまた楽しい。イシュメールの視点と神の視点へ、また神の視点からイシュメールの視点へと行ったり来たりを繰り返すことで、捕鯨船ピークオッドの様相が立体的に浮かび上がってきます。
狂える船長エイハブ、高貴なる野蛮人クィークエグら、登場人物の魅力も相変わらず。特に、楽天家の航海士スタッブは諧謔においても捕鯨においても中巻の主役ともいえる活躍を見せてくれます。軽口を叩きながら離れ業をやってのけるスタッブの姿は必読かと。
上巻に引き続き、お勧めします。 -
Posted by ブクログ
言わずと知れた世界文学史上に残る名作、その新訳。
いやはや、面白いです。上巻は語り部・イシュメールの自己紹介に始まり白鯨・モービィ・ディックについての叙述で終わる、いわば導入編ですが一気に読み進めてしまいました。
とにかく登場人物がいい。主人公、というよりもどこまでも諦観的な語り部であるイシュメール、その親友となる「高貴なる野蛮人」クィークエグ、そして何より狂熱と知性を併せ持つ復讐の鬼・エイハブ。衒学的、かつ時に冗長ですらある語り口が、かえって彼らの個性を際立たせています。「主要登場人物」に記載された以外の人物――元船乗りのマップル牧師、不吉な預言を残す謎めいた男・エライジャなどなど、彼らも出番は少ないながら鮮烈な印象を残します。
先に述べたように物語としては完全に導入部、それでありながら一気に読み進めることが出来るのは文章の力ゆえでしょう。戯曲のように記された章があるなど、文体の工夫という意味でも興味深いです。
新訳ということもあり非常に読みやすい。様々な研究を踏まえた注釈も充実しており、快適に読み進めることが出来ます。お勧めです。 -
Posted by ブクログ
上巻は出航まで。中巻では未だモビー・ディックに遭遇せず。大半は鯨に関する論文とエピソードで、物語は殆ど進展せず。これは「小説」というよりは「鯨の本」としか言いようがない。
冒頭の主要登場人物の欄には、以下の説明があるが、イシュメールは捕鯨船初乗船の設定なので、鯨について語り続ける主体は、メルヴィル自身としか言いようがない。この視点が揺れ動く点からも「小説」っぽくはない。が、そんなことはどうでも良いくらい独特の本。
“イシュメール
物語冒頭に語り手として登場するが、「第一人称の語り手」の分限を遵守するのは第二二章まで。あとはピークオッド号での役割を最小限度に果たしながら、船上の出来事や洋上の冒険を「参加者」の視点から、また「全知全能者」の視点から語る。”
最後の方で、アメリカ捕鯨協会が作成した制度として、次のシンプルな2箇条が登場する。
一、しとめ鯨は、しとめた者に属する。
二、はなれ鯨は、だれにせよ最初にしとめた者に属する。
具体的な判例も出てきて、面白い。
見つけた鯨に船Aが最初に銛を打ち込んだものの、鯨に潜られて、ボートごと沈められたあと、弱った鯨を別の船Bが仕留めた場合、ボートはAに、鯨と刺さったままのAの銛はBに属する、という判決。
コロンブスのアメリカ大陸“発見”もこの原則の変形版として語ってあり、アメリカ人の世界観を象徴しているなあ、と感心した。
マッコウクジラの巨大な頭は、頭蓋骨の上(オデコと鼻の上)に巨大な油タンク(鯨油)が乗っていて、潜水する時には海水で冷やして凝固させ体積を減らし、浮上する時には、血液で温めて融解させ体積を増やす目的のようで、船・潜水艦でいうバラストタンクの役割のようだ。この鯨油の便宜を求めてペリーが来航し、更に昔ワシントンは鯨油の灯りで独立戦争の指示書を書いた、と考えると、鯨油は世界史に大きく影響しているわけで、不思議な気持ちになる。
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Posted by ブクログ
捕鯨船と鯨の生態を詳細に語る誰もが知る名作だが、かなり読みづらかったのは古い訳だからだろうか。さまざまな形容が奥深い反面長文で、主語と述語が離れすぎていて理解に時間がかかった。もちろん当方読み手の知識不足も否めないが。ふりがながなかったら読めなかっただろう漢字も多く、この頃(この文庫初版発行は昭和31年)にこの本を読んだ人たちは、こういう漢字に慣れていたのかという感慨も。
鯨が巨大であることからくる、捕鯨船のさまざまな機能と苦労、命がけの船員たちの日常、鯨を捕獲する時に、ボートの回りを並走する鮫の様子、さまざまな国や地域から集まった人々が、差別用語は飛び交うものの、案外根底では分け隔てなく接しているように感じられたのは印象的だった。 -
Posted by ブクログ
「白鯨」を読む前にメルヴィル(の薄い本)を試しに読んでみようと手に取った。死後大分経ってから発表された遺作。
筋書きとしては、好青年の船乗りビリー・バッドが戦艦(帆船)に強制徴用され、みんなから愛されるも、先任衛兵長に嫉妬から「ビリーは反乱を企てている」と虚偽の告発を受け、吃音でうまく反論出来ず、つい殴ってしまったら、先任衛兵長が死んでしまい、軍法会議で死刑判決を受け、死の間際、「ディア艦長に祝福あれ」といい、絞首刑なのに痙攣もせずに昇天する、というお話。
お話はシンプルだし、頁数もすくないのだが、とても話の脱線が多く読みやすくはない。「白鯨」読み通せるだろうか。。 -
Posted by ブクログ
言わずと知れた名作、同時に難解との評がつきまとう。よって気難しい文体を知らず知らず想像していたのだが、読み始めて早々、むしろ饒舌な文体に面食らった。
しかし確かに捉え所がない。現代の読者からすると、ド頭から「食人種」のあまりに不適切な描き方にやや閉口し、同時にその現実味のなさから写実的に受け止めることをやめてしまう。そのため中盤以降に怒涛のように展開される捕鯨や海洋についての蘊蓄は「本当か〜?」との思いで漫然と頁を繰るだけになってしまう。そうこうしているうちに対峙する白鯨との闘いそのものは、存外あっけない。
なんとなく、狐につままれたような気持ちで本を閉じた。この作品は、何を伝えたかったのか?途中から作風が変わりすぎではないか?ただ確かに印象的ではあった。まだ私は、鯨の巨体に銛を一本突き立てただけで、この作品を咀嚼するには何本も突き立てて仕留める必要があるのかもしれない。 -
Posted by ブクログ
どこかでオススメとして紹介されていた本。
ハーマン・メルヴィルははじめて読んだ。
作品もモビーディックしか知らないし、なんか怖そう&暗そうな作品としか知らなかった…。
本書も不穏な終わり方をするらしいことははじめからチラチラと提示されている。
ストーリーは短いし、実際かなり薄い本なのだけど、前半は作者自身が言うように、舞台装置の説明以外のことでも寄り道が多くて、なかなかストーリーが動き出さないのでちょっと退屈でした。
そのぶん、中盤でストーリーは突然トップギアに入り、そのままブンブンと突き進んで終了。
え、えー。不穏は不穏だけどそういう方向なんだなあ…。
登場人物三人がオセロそのまんまだな、と思ったけど、実際シェークスピアの影響大きめの作家だったそう。(神話や聖書の引用もあちこちにあり、カジュアル寄りが持ち味のこの光文社シリーズでなければ読み通すのは無理だったかも。)
あのおじいさん船員、印象的なわりに、出番が少なくてびっくり。最後とかさ、なにか証言してくれてもいいんだよ…?(;_;)
解説と訳者後書きでようやくメルヴィル周辺を理解した。イギリスの作家、海の桂冠詩人と呼ばれたメイスフィールドを思い出す。メルヴィルのほうがかなり年上だけど、クリッパー船員の体験もあるのだし。
17世紀ウィリアム・ダンピアの手記のころから何も変わらない、海の中、船の上という、この隔絶された小世界での、いろんな恐怖が印象に残った。
前科者が過去を隠して乗り込む&無理やり徴用された船員→いつ暴動が起きるかわからないという事前の状況からすでに圧力高めの世界なのに、当たり外れの大きな獲物や戦争、いつ暴力が席巻するかわからない船。
そりゃあ、鞭打ち刑やら一方的な船内裁判やらも起きるかもしれませんな。
しかし怖いなあ。今でも閉ざされた環境の特殊な職場だとこんな空気は大きく変わっていないのではないかな。
ところで光文社のこのシリーズ、前にも書いたけど、こんな良シリーズに育ってくれるとは正直、シリーズ発売当初は全然予想もしていなかった。
手に取る気にさせる古典、この功績は大きい。
この売り方をされると、古典を読んでみようかなと思える層がたくさんあったということね。
岩波とかの古典的な訳書も好きではあるけど、新しい読者を得ていくのは、何より大きな課題ではある。
光文社はそこをうまくクリアしていて、そのもたらすものは本当に大きいと思われます。
何が言いたいかといえば、とにかく、関係者の尽力に感謝です。