メルヴィルのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
『白鯨』(上巻)を読み終えました。
捕鯨小説というより、旧約聖書や神話、哲学など、さまざまな知が「鯨」という一つのモチーフに集約された巨大な文学作品だと感じました。
私は事前に『ヨブ記』『ヨナ書』を読み、『METAL GEAR SOLID V』もプレイしていたため、エイハブやイシュメール、復讐という構図が後世の作品へ受け継がれていることを実感できました。「これが源流だったのか」と気づく瞬間が何度もあります。
そして何より圧倒されたのは、メルヴィルの執念です。インターネットもAIもない時代に、膨大な文献を調べ上げ、それらを一つの作品へ統合した調査力と構成力には驚かされました。
読み進めるうちに、白鯨を追うエイハブ船長と、「白鯨」という作品を書き上げようとしたメルヴィル自身の姿が重なって見えました。
中巻では、この壮大な物語がどのように展開していくのか楽しみです。 -
Posted by ブクログ
ネタバレとりあえず『書記バートルビー』のみ。
読後しばらく「そうしない方がいいと思います」が頭のなかでずっとリフレインすることになる……
前評判で「元気のないときに読まない方がいい」と聞いていたので、起床したての時間に読んだ。夕飯の薬味を刻みながら呆然と考えていたとりとめのない感想を書いてみたい。
バートルビーは、百語につき4セントの写字の仕事をするために語り手の弁護士「私」に雇われている。
歩合制なのだから、それ以外はバートルビーの本来の仕事ではない。
だから「私」が仕事が急を要する時に文書の照合を手伝わせようとしたときに、バートルビーが「そうしないほうがいいと思います」といって断るのは、そこまでおかしなことではない。
いくらその作業がこの職場の慣習だとしても、バートルビーの仕事ではない。
ここまではいい。
しかし、バートルビーは次第に、色んなことを「そうしない方がいいと思います」と言ってやめていく。
仕事をしなくなったバートルビーは解雇されるが、職場から出ていくことも「しない方がいいと思います」とやめてしまう。
最終的にバートルビーは警察沙汰となり刑務所にいれられ、そこでとうとう食べることさえやめて死ぬのだ。
空虚なバートルビーは社会の不条理に対する「抵抗」が人間の皮を被ったような存在である。
社会は不条理で溢れている。歩合制なのに慣習だからといって求人票にない仕事をしたり、わざわざ通勤して、給料も発生しないのに他人と雑談するのである。
理不尽に刑務所に入られたとしても、そこで食事をするのである。
でもバートルビーはそれらすべてを「そうしない方がいいと思います」と言ってやめてしまう。
社会がなんとなくやり過ごし曖昧にするものすべてに対し、徹底的に抵抗する。彼が自由意思により「しないほうがいいと思」ったものはやらないのである。恐るべき言行一致である。
なるほど、おかしいのは曖昧にやり過ごしてしまう我々であり、本当に人間の生を生きたのはバートルビーだったのかもしれない。
ラストの「ああ、バートルビー!ああ、人間の生よ!」という「私」の言葉はそういう風に捉えるべきなのだろうか。
バートルビーの死は社会の不条理さに対する殉死、というのは言いすぎだろうか。
色々書いてみたが、手からこぼれ落ちる砂のように考えても考えてもうまく掴めなかったが、そこがまたこの作品の魅力である。面白かった。
またいつか再読してみたい。
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Posted by ブクログ
ネタバレ「書記バートルビー」
1853年に発表された作品なのに、現代人である我々にも落ち着かない読後感を齎す普遍性を持つ作品。資本主義の価値観と距離を置く読み手にはバートルビーの「そうしない方がいいと思います」という静かな抵抗や、その後の一切の拒絶に、少なからず共感を抱くのではないだろうか。最後にある“配達不能郵便物”というメタファーは、バートルビーが届ける言葉の宛先を失った存在だと示唆しているのと同時に我々自身も世界と切り離された希薄な存在であるということを突き付けてくる。
「漂流船」
アメリカ人のデラーノ船長を視点人物にしてサンタ・マリア島の沖合に漂流してきたスペインの奴隷船「サン・ドミニク号」に乗り込み、その船長ベニート・セレーノを中心人物としてサスペンスタッチで描く。白人至上主義的な価値観が強い当時に奴隷制度批判を忍ばせた本作はデラーノ船長の黒人に対しての愚鈍なまでの認識を皮肉っているだけでなく、ベニートが受けた傷がそのまま黒人が受けた傷であるという皮肉も描いており、作者の社会に対する鋭い批評眼を感じさせられる。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ面白かった。
船に乗るまでは語り部として明確にこちらに物語を伝えていたイシュメールの存在(自我というべきか)がいつのまにか消えほとんど三人称の小説のようになっているのに時折思い出したように「わたし」が戻ってくるところなどそれこそまさに浮き上がっては沈む鯨のようで、おそらくはそのような広い意味でも鯨が主人公の小説なのだろうな、と感じた。
序盤の陸上での物語の中のイシュメールとクィークェグの友情(というには描写が濃すぎないかと思ったが、実際同性愛関係として見られている向きもあるらしい)、エイハブの己の狂気を自覚してなお止まらぬ狂気的な復讐心、そしてそれらを全て押し流すように、いとも簡単に何もかもを海に沈めてしまう圧倒的な白い鯨。
いかんせん有名な古典なので事前にオチだけは知ってしまっていた状態で読んだのだが、知っている分余計にそこに向かって行かざるを得なくなるエイハブの恐ろしさやある種強さ、まっすぐさとも言える何かに圧倒されてぞっとしたし、途中の脱線もとい鯨についての数多の考察も含めて最初から決まっている終わりに向かうものとして見ても楽しかった。
とにかく、読む前にこの小説に求めていたものである「圧倒的な力になす術のない人間、その無常感」は得られたので大変満足しています。
最初に求めた以上の様々な発見や楽しみがある、これだから本を買い漁るのがやめられないんだな……自分は……
あとめちゃくちゃ注釈が多くて最初はちょっと引いたのですが、キリスト教や当時の時代背景への知識が薄い人間なので全体への理解にかなり助かりました。挿絵も含め、岩波文庫版、オススメです。
頻出するト書きや大仰な長台詞が個人的にとても良かったので、今の時代に演劇として観られる機会が来るといいな。 -
Posted by ブクログ
エイハブ。男。捕鯨船(ピークオッド号)の船長。58歳。昔、ある白鯨(通称モービィ・ディック)に足を食いちぎられ、片足を失う。義足。復讐のため、その白鯨を執念深く追い続けている。船員スターバック「もの言わぬ獣に復讐してどうなるのですか」、エイハブ「この世界は理が通わない。しかし見ている世界は仮面にすぎない。その仮面の奥には理が通った何かが潜んでいる。白鯨はその仮面だ。仮面の向こうには何もないかもしれない。が、それでも構わない」。ある日、エイハブ船長は探し求めていた白鯨をついに見つけ、死闘の末、船と共に海のもくずと消える。「白一色の大雪原は意味に溢れている。しかしそれはもの言わぬただの空白である」。ハーマン・メルヴィルMelville『Moby-Dick(白鯨)』1851
〇スターバック。一等航海士。真面目。冷静沈着。白鯨の追跡を中止するようエイハブ船長に進言。クェーカー教徒(プロテスタント)。※Starbucksコーヒーの由来。
〇スタッブ。二等航海士。楽観的。飄々としている。タバコ(パイプ)好き。
〇フラスク。三等航海士。好戦的。
●フェダラー。船員。ペルシア(またはインド)出身。黒装束。白ターバン。ゾロアスター教徒の末裔(パールシー教徒)。予言。エイハブ船長の側近。
〇クイークェグ。捕鯨船の船員。経験豊富。ポリネシア人。王族。高潔。全身に入れ墨。食人種。片言。船上で熱病にかかり、棺桶を作ってほしいと依頼。白鯨との死闘で海に沈む。
〇イシュメール。語り手。船員。初めて捕鯨船に乗る。白鯨との死闘で海に投げ出されるが、クイークェグの棺桶につかまって生還。※パレスチナの砂漠を彷徨い続けたイシュマイル(アブラハムの子)から。
※潮噴き亭。宿屋。イシュメールとクイークェグが出会う。宿屋の主人の名前は「コフィン(棺桶)」
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バートルビー。男。書写人。文書をそのまま書き写す仕事。ウォール街の弁護士事務所で雇われている。書写以外の仕事はやろうとしない。仕事を頼まれても「やらないほうがいいと思います (I would prefer not to)」。事務所に住み着き、休日も外に出ない。次第に書写もしなくなり解雇。牢獄に入れられ、食べることさえやめてしまい、壁を見つめながら、生きることをやめる。ハーマン・メルヴィルMelville『書写人バートルビー』1853
※配達不能郵便=神の言葉(福音)が届かない世界?
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ヘスター・プリン。女。夫以外の男と不倫をして、私生児を生む。女は姦通罪でさらし台に立たされる。付き添いの若い牧師ディムズデールの横で、女は赤ちゃんを抱き、胸にAの文字がついた服を着せられている。AはAdultery(姦通)を意味。その後、ヘスターの不倫相手が判明。不倫相手の男は牧師ディムズデールだった。牧師はさらし台に登り、自らの罪を告白し、死亡。胸にAの文字がついた服を着ていた。ナサニエル・ホーソンHawthorne『緋文字ひもんじ』1850
〇チリングワース。へスターの夫。学者。老齢。正体を隠して妻の不倫相手を探す。
アッシャー家。旧家。陰鬱な森にある不気味な屋敷。代々、遺伝病の家系。男ロデリックと双子の妹マドライン。ロデリックは光や音に過敏で精神が不安定。ある日、ロデリックは妹マデリンが不治の病で死亡したと、妹を地下室に安置する。1週間後、嵐の夜、地下室から不気味な物音。見てみると、娘は生きていて、血まみれで立っていた。ロデリックは恐怖でショック死、妹マドラインもその場で死亡。赤い満月の下、屋敷の中央に亀裂が入り、屋敷は深い沼の中に消えていく。エドガー・アラン・ポーPoe『アッシャー家の崩壊』1839★
*“排除したもの”から逃げられない
*建物そのものに特性があって精神に影響を及ぼす。cf. デュ・モーリア「レベッカ」
「私」。黒猫を飼っている。ある日、酒に酔った勢いで、黒猫の片目をえぐりとる。また別の日、黒猫を縛り首にして、木にぶらさげる。その夜、家が火事になり、焼け跡の壁に猫の形の印影が残っていた。しばらくして、別の黒猫を飼い始める。猫の毛並みが「刑具」に見えはじめ、恐怖にかられて斧で猫を殺そうとする。しかし妻に止められたため、発作的に妻を斧で殺す。妻の死体を地下室の壁の中に隠す。警察が殺人捜査に来ると、壁の中から不気味な鳴き声。警察が壁を壊すと、白骨化した妻の死体の上に黒猫が座っていた。エドガー・アラン・ポーPoe『黒猫』1843★
*“排除したもの”から逃げられない
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四人姉妹の少女の成長物語。父は南北戦争への従軍で不在。ルイーザ・メイ・オルコット『若草物語/Little Women』1869
「私」。若い女。ある屋敷で家庭教師として雇われる。子供は兄マイルズと妹フローラ。純粋無垢な天使のような兄妹。しかし、屋敷で亡霊「おぞましい何か」を見るようになり、兄妹に悪魔的な影を感じるようになる。ヘンリー・ジェイムズJames『ねじの回転』1898 ※英に移住、帰化
ジョンジー。女。肺炎にかかり、寝込んでいる。病室の窓から外を見ると、レンガの壁、ツタの葉がはっている。この葉がすべて散ったら、わたしの命も尽きるのだ。生きる気力を失っている。これを聞いた隣人の老画家ベアマンは、こっそり壁にツタの葉をリアルに描く。どんな激しい風雨にも堪える最後の葉(の絵)を見て、ジョンジーは気力を取り戻し、肺炎は快方に向かう。老画家ベアマンは葉の絵を描き終えた2日後、息を引き取る。オー・ヘンリーO. Henry『最後の一葉(ひとは)』1907
ジュディ。少女。孤児。成績優秀。大学進学のお金がない。そこに謎のお金持ちの男「あしながおじさん」が金を工面してくれることに。その後、ジュディは友人の叔父ペンドルトンと知り合い、恋仲に。その人こそが「あしながおじさん」だった。ジーン・ウェブスター『あしながおじさん』1912
ワン・ルン。貧農。中国の安徽省。1930年代。動乱に乗じて、大地主にのし上がる。パール・バックBuck『大地』1931
スカーレット・オハラ。大農園主の娘。16歳。美人ではない。勝ち気。プライドが高い。頑固。傲慢。自惚れが強い。常に男たちの注目の的でいたい。ある日、幼馴染のアシュリー・ウィルクスに求婚するが断られる。アシュリーはメラニーと結婚。スカーレットはアシュリーへの当てつけに、メラニーの兄(チャールズ)と結婚。夫(チャールズ)が戦死し、スカーレットは金目当てで別の男(フランク)と再婚。スカーレットは夫の製材所の従業員にアシュリーを雇う。夫(フランク)の死後、スカーレットはレットと再婚(3度目)。夫レットは、スカーレットを溺愛するが、スカーレットはアシュリーの幻影を追ってばかり。ある日、スカーレットはレットこそ愛すべき夫だと気づくが、レットはすでに報われない愛に切りをつけようと別れを決意していた。レット「スカーレット、きみはきみを愛している人間にとても残酷だった、その人たちの愛を取り上げて、まるで鞭のようにそれをその人たちの頭上に振りかざす、ぼくは壊れた破片を忍耐強く拾い集めて膠(にかわ)でくっつけ、くっつけてしまえば新品同様と思うような人間ではない」。マーガレット・ミッチェルMitchel『風と共に去りぬ』1936
〇アシュレイ・ウィルクス。男。文学青年。教養。スカーレットからの求婚を拒否。メラニーと結婚。
●チャールズ。1人目の夫。メラニーの兄。南北戦争(1861)で戦死。
●フランク。2人目の夫。材木商。金持ち。KKKの活動中、襲撃を受けて死亡。
●レット・バトラー。3人目の夫。金持ち。スカーレットを溺愛するが、スカーレットはレットに愛情を抱いていない。ある日、スカーレットは夫の愛を知るが、夫はすでに報われない愛に切りをつけようと別れを決意していた。
●ボニー。レットとの娘。落馬し4歳で死亡。
「私」。男。社会の束縛(古い自我)から自由になり、真の自己・個性を手に入れたい。死にうち克ちたいという盲目的な衝動から生まれる生への欲求は、それ自体、死の種子をまく手段にほかならない。ヘンリー・ミラー『南回帰線』1938
ジム・ケイシー。男。説教師。迫害されている労働者たちのストライキを指導。しかし、ジムは自警団員に撲殺されてしまう。ジムの意志は、友人トム・ジョードに引き継がれ、トムは労働者の指導者となる。ジョン・スタインベックSteinbeck『怒りの葡萄』1939
〇トム・ジョード。貧農。酒を飲んで喧嘩相手を殺し服役。仮釈放中。
〇ローザシャーン。トムの妹。
※世界恐慌(1929)
※飢えた人々の目の中には、次第にわき上がる激怒の色がある。人々の魂の中には「怒りの葡萄」が次第に満ちて夥(おびただ)しく実っていく▼圧制は被圧制者の力を強め、結合させるのみである
※アメリカ中西部。地主と小作人の対立。地主は小作人から農地を取り上げ、大農場経営に切り替えたい。小作人は自分たちの土地を守りたい▼人間は自分の創り出すものを超えて成長し、自分の考えの階段を踏みのぼり、自分のなしとげたものの彼方に立ちあらわれる
ささやかな幸福を夢見る母子家庭の姿。テネシー・ウィリアムズ『ガラスの動物園』1944
ブランチ・デュボア。大農園主の娘。家は没落しており貧しい。家の過去の栄光と現実の惨めな生活から、心に穴が空いている。心の穴を充たすため、次から次へと男を乗り換えている。次第に、ブランチの精神は蝕まれてゆく。ある日、妹の夫にレイプされ、発狂、精神病院に送られる。テネシー・ウィリアムズ『欲望という名の電車』1947
〇ステラ。ブランチの妹。
●スタンリー・コワルスキー。妹の夫。ブランチと対立。
南海の孤島。日米の激突。極限状態の兵士たち。ノーマン・メイラー『裸者と死者』1948 ※メルヴィル「白鯨」からの影響。
トルーマン・ガルシア・カポーティCapote『遠い声、遠い部屋』1948
ホリー・ゴライトリー。20歳。女。自由奔放。ブラジル人外交官から言い寄られている。いつか華やかな暮らしをしたい。しかし、服役中のギャング幹部に外の情報を伝えて週100ドルの報酬を得ていることや、マリファナ常習していることがバレる。ブラジル外交官を頼りにブラジルに渡るが、妻子がいることが判明。ホリーは放浪の旅を続ける。トルーマン・ガルシア・カポーティCapote『ティファニーで朝食を』1958
ペリー・スミス。男。両親は離婚。家庭崩壊。幼少期に施設へ送られる。修道院系施設で虐待を受ける。愛情に乏しい環境で育つ。感受性が高い一方、衝動的暴力的な側面。若い頃から犯罪を繰り返し、刑務所生活を経験。ある一家の金庫に大金があると聞きつけ強盗。口封じに一家4人を殺害。逮捕。人間(犯人)は理解できるが、暴力そのものは理解しきれない。トルーマン・ガルシア・カポーティCapote『冷血』1966
ホールデン・コールフィールド。16歳。大人の偽善・虚飾が大きらい。厭世。純粋無垢なものを希求。ある日、成績不振で高校を退学。寮に帰り、1ドルで買った赤いハンチングをかぶって読書▼エドモント・ホテル。変装する白髪の男。酒をかけあっている男女。アーニーのピアノ。売春▼女友達サリーと芝居を観る。アイススケート場。駆け落ちしようと持ちかけるが「まだ子どもだから無理」と言われ、喧嘩別れ▼妹フィービーと動物園に。妹は回転木馬に乗り、こちらに手を振っている。雨が降る中、無性に幸せな気持ちになる▼ホールデン「ライ麦畑で遊ぶのに夢中で崖から落ちそうな子供たちをつかまえる人に、ぼくはなりたい(純粋さを守りたい)」。ホールデンは精神的に限界を迎え、療養施設に入る。ジェローム・サリンジャーSalinger『キャッチャー・イン・ザ・ライ』1951
*純粋さへの執着、世界への違和感、内面の崩壊。cf. クインティン(フォークナー響きと怒り)。
夫ジョージと妻マーサ。客の前でも口論。互いに相手の欠点を指摘し合う。架空の息子。エドワード・オールビーAlbee『ヴァージニア・ウルフなんかこわくない』1962
ジョナサン・リヴィングストン。かもめ。さまざまな飛行方法を会得し、ついには時間・空間を越えて、望む場所に飛んでいけるように。リチャード・バックBach『かもめのジョナサン』1970 ※ヒッピー文化、禅・密教
セリー。黒人の娘。アメリカ南部。人種差別と性差別からの解放。神の存在。アリス・ウォーカー『カラーパープル』1982 ※黒人女性
毎日どこかへ仕事をするために通い、そして戻ってくる。単純なことの繰り返し。人はそうしたことに耐え抜くためだけに生まれ落ち、死んでいくのか。それなら皿洗いにでもなって、ちっぽけな部屋に帰ってきて、1人で酔っぱらって眠りにつくほうがいい。チャールズ・ブコウスキーBukowski『Ham on Rye/くそったれ! 少年時代』1982
ポール・オースターAuster『ムーン・パレス』1989
〇トマス・エフィング。老人。
〇フォッグ。学生。 -
Posted by ブクログ
とてもボリュームのある作品。あらすじは比較的単純だが、哲学的思想が散りばめられていて考えさせられる。聖書やギリシア神話からの引用が多い(岩波文庫版は、注が物凄く詳しい)上、クジラに関する専門的な記述も多い。池澤夏樹は、『白鯨』は、データベースであると言っているが、それはあくまでもクジラに関してだけ。この作品の魅力はそんなデータベースにある訳ではない。クジラが好きなので、そのクジラのデータベースも魅力的なのだが。
1851年にアメリカで書かれた文学作品が、現代政治を読み解く装置としても働いている。不思議で奥深い作品だ。サマセット・モームが世界の「十大小説」に選んだことだけのことはある。1851年から2025年まで読み込める世界感である。 -
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再読。ちまちま読んでたら3ヶ月もかかったが、この規格外のスケール感を味わうにはそれくらい必要かもしれない。
捕鯨船船長エイハブが宿敵である白鯨を仕留めるため航海に出る、という一応の筋はあるものの、そこに収まることなく脱線に脱線を重ねる。本筋は一向に進まず脱線が主役になるが、その脱線こそが作品の面白さでもある。
鯨の分類に一章を費やし、捕鯨道具の説明が延々と続く。鯨に関わることなら全てを書き記す勢いで、言ってみれば鯨を中心にした、あるいは鯨を通した世界の記述。ここでは世界の中心は鯨であり、鯨を中心に世界は動く。
この世界観の大きさがとにかく尋常でない。物語はともかく、膨大な蘊蓄と雑学と逸話で彩られた鯨中心の世界にどっぷり浸かる快楽は、ほかに似たもののない唯一無二の作品だと思う。