メルヴィルのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
読んでいる時の面白さは勿論として、読むことで知ったこと(知識)や感じたこと(感情)を記録し、纏めて整理するために考える(思考)、その過程や結果の記録として、記憶に残すためにこの文章(書評)を書いている。そしてこれを書くことの意味を強く感じる。
この小説は鯨や鯨漁ついてあらゆる角度から分析されていてその知識量たるや膨大である。特にマッコウ鯨のことについて、餌としてのオキアミやダイオウイカのこと、頭から噴き出す噴水のこと、セミ鯨との比較、そして世界の海でどのように生息しているかなど、とにかく詳しく描写されている。鯨の生態学の本のようだ。あとはキリがないので省くことにする。
モビー・デックの独特の白さに迫るために、「白」に関する事をいろいろな観点から延々と描写することから、この中巻は始まる。とにかく説明が長い。
これ程丁寧に詳しく登場人物や対象、それらに関する事を描写する小説も珍しいが読んでいて余計なことを描いているとは感じない。片脚のエイハブ船長がピークオッド号で世界を航海しながら白鯨モビー・デックへの復讐戦を仕掛けるための舞台造りが着々と進行する、その期待感が増すばかりである。 -
Posted by ブクログ
午後になると攻撃的で雑になるターキー。
午前中は消化不良を起こすニッパーズ。
そして、お菓子を調達するのが大好きジンジャーナット。
その時点で、なかなかハードな職場だなーと思うのだけど、新たに雇ったバートルビーがヤバい。
最初は、誰よりも静かに黙々と仕事をこなす、優等生のように思えたのだけど。
雇用主の「この仕事をしてくれ」という申し出に、「いえ、私はそれをしない方がいいと思います」と断り続ける辺りから、世界は不協和音を奏ではじめる。
後の「漂流船」でも、奴隷というテーマを扱っているのだが、確かに雇う側と雇われる側というのは、不公平な関係性ではある。
「バートルビー」の雇用主は、なるべく力を行使して従わせようとはしないし、バートルビー自身も、「私は◯◯しない方が良いと思います」とか「あななたには本当にその理由が分からないのですか?」といった言い方で相手を伺う。
けれど、結局、雇用主は職場を引っ越してしまい、バートルビーは不審者として捕まってしまう。
お金を貰っている以上、「どこまでが」仕事なのだろう?という疑問が残る。 -
Posted by ブクログ
大好きな歴史漫画『風雲児たち』にて、漂流していたジョン万次郎一行を救出した捕鯨船のことをふと思い出した。作者のみなもと太郎氏曰く、欧米のクジラ漁は燃料に使われる鯨油(げいゆ)確保のためだけで、日本のような肉目的ではなかったという。
今ではその史実を棚上げ、わが国の捕鯨を批判する傍らで本書を米文学の名著だともてはやす。こればかりはアメリカという国がよく分からん…笑
まぁ何だかんだ言って夏っぽい作品だし、同名のジェットコースターがあるくらいスペクタクルっぽいし…ということで、世間の夏休みに便乗して自分も航海に出た。
主人公イシュメールが、宿屋が満室だったため先客で銛手(もりうち)のクィークェグと相部屋&添い寝することになるという何ともマニアックな始まり方。それもさることながら、クィークェグが未開の民族の出であり捕鯨船の乗組員という設定が刊行当時(1851年)にしては斬新すぎる気がして、著者はどうした弾みでそれを考えたのか至極気になった。乗組員でもあった著者の経験に基づいている…とでも言うのだろうか?
「鯨捕りには威厳がない?俺たちの職業の威厳は神そのものが証明されるところだ」
彼らが乗船する捕鯨船ピークォド号の乗組員らは皆個性的で、人種もバラバラ。見方によっては人種の垣根をも越え、白鯨"モービィ・ディック"を狩るという目標に一丸となっているようにも捉えられる。厳密には"モービィ・ディック"に片足を奪われたエイハブ船長の、個人的恨みにより一丸と「させられている」わけだが…
イシュメールの語りの中には逸話や詩、海洋学チックな講義が多数導入されており、非常に読み辛かった。(ある読書ブログには「なかなか読破できないことで有名」と書かれている…)
結局モービィちゃんを追って世界中をまわっているのだと思えば、幾分か気持ちが楽になる笑 3日にわたる最終決戦も海戦さながらの迫力だったし、何だかんだでそこは「海洋冒険巨編」だと言える。
ちょこっと身近な歴史に触れられたのも収穫だった。年代的に日本の開国前だが、米捕鯨船は日本近海まで来ていたらしい。(作中でも「北海道(マツマイ)」等の地名が見受けられる) 領海の概念はなかったのか怪しいところだが、そのおかげでジョン万次郎らを見つけやすかったのかも。
約8割が蘊蓄なのに名著と呼ばれる理由はよく分からんが、一般人が見ることのない光景を描き切ったところにあるのかもしれない。体内から取れるわずかな鯨油のために命を賭す過酷な現場を読者に知って欲しかったのだろうか。
(他の出版社は知らないが)あとがきも付いていない言葉の海にいては知る由もない。 -
Posted by ブクログ
ネタバレクジラが好きになるような方向性はないとは思うけど、クジラの柄のついた手ぬぐいとか見たら、買おうかしらと思ってしまう。
クジラ、船、捕鯨の知識、幾人かの登場人物についてピックアップしたエピソード。
話があっちこっち飛んで、「このトークいる〜?」っていうのも多かったけど、全体的には楽しめた。
エイハブvsモービィ・ディック。ひたすら白鯨を追う。
ボートに乗って銛で突いてって、大きな鯨にそれでいいの?って。命がけ。
戦いの時は壮大な迫力ある映像が浮かぶ。
最後に悲惨な生き残りの戦いはなく(捕鯨において、生き残った者同士が食べる事件が実際にあった)最後は語り手一人イシュメールのみだったから丸く収まったというか。
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Posted by ブクログ
ネタバレ非常に読みづらかった。ほとんどが本筋と直接関係がない鯨や捕鯨についての薀蓄となっており肝心の白鯨との対決は最後のわずか三章のみ。
どこかでこの作品が世界文学の名作の1つに挙げられている理由が、文字通り世界規模のスケールで物語が展開しているからだという評を見たことがあるが、たしかに多数の人種と国、地域にまたがる話であった。だが、せっかく主人公と冒頭で仲良くなったクィークェグも、中盤以降は出番がほとんどない。伏線というわけではないのか?ただエイハブ船長が終始信頼を寄せていた(と思われる)のは、銛手や拝火教徒たちといった「異教徒」たちであった。少なくとも彼らは書かれた内容において白人と同等に扱われていた。
膨大な鯨の薀蓄以外に関しては、破滅へと争い難く向かっていく指向性をだんだんと目立たせていく書き方は見事なものだと思われた。それは他船との交流であったり、狂気の代弁者エイハブ船長と理性の防波堤?スターバックとの対話・対照で描かれていたりした。
エイハブは隅から隅まで狂気に侵されているというよりは、ある程度それを確信的に、打算的に動いている感があった。というのは、彼は自分の乗組員たちを悲劇に巻き込んでしまう必要があったからである。スターバックは、白鯨を追うことが破滅へと確実に向かうこと、陸を2度と見れないことを意味すると感づいていたにも関わらず、また他の乗組員もさながら我が国が勝ち目のない戦争に誰も賛成しないままに突入したように、結局は悲劇から逃れられない運命にあった。
人間対自然の構図と言ってしまえば短絡的に過ぎるかもしれないが…。
全般的に捕鯨船の用語・知識に彩られていて、明確にイメージを描きながら読み進めることが難しい時もあった。それでも作者が豊富な経験と聖書その他の読書に裏付けされた知識を持っていることがよくわかったし、仰々しいような、叙事詩的な表現や描写、台詞回しも含めまさに壮大な物語であったことは間違いないと感じた。 -
Posted by ブクログ
ずっと敬遠してきた本ですが、ブラッドベリの『緑の影、白い鯨』を読んだのを機に、チャレンジしてみることに。
あまりに分厚いので読み通せるか心配になったけど、なかなか読めない理由はそこじゃなかった。話の途中で、とつぜん鯨に関する記述が延々と始ったり、真面目に読もうとすると根気が続かない。そういうところは読み飛ばし、本筋だけを追っていくという邪道な読み方になってしまいましたが、おかげでなんとか、息詰まるラストまでたどり着くことができました。
最初から不吉な予感につきまとわれた死の船に君臨するエイハブ船長のキャラクターがとにかく圧倒的。そのすさまじい死にざまは、まるで映画を見るように目に浮かびます。そして初めて、スターバックスの店名が不運な航海長に由来していることを知ったよ・・・でもなんでそんな名前を店に?