【感想】
一言でいうと「優等生」。よくできた本格ミステリである。プロトタイプと称される章と、ブルーローズと称される章が交互に描かれる。プロトタイプの章の主人公はエリックという少年。虐待を受けて育った少年は両親を殺害し、逃走。その逃走の最中、テニエル一家と出会う。テニエル一家は、青いバラを作り出したテニエル博士とその妻ケイト、そして娘のアイリスの三人家族。地下には「実験体72号」という謎の存在がいる。エリック少年はつかの間の幸福を得るが、エリックを追い、警察官がテニエル一家に来る。これが引き金となり、テニエル一家で殺人事件が起きる。
ブルーローズの章では、ロビン・クリーヴランドという牧師と、フランキー・テニエル教授が、それぞれ青いバラを作り出す。マリア・ソールズベリーと九条漣は、「ジェリーフィッシュは凍らない」で出会ったドミニク・バロウズから捜査の依頼を受ける。ドミニクは、上司であるジャスパー・ゲイルと折り合いが悪い。
事件は3つ起こる。1つ目はフランキー・テニエル博士の殺人事件。2つ目は、フランキー・テニエル教授とロビン・クリーヴランド牧師の2人を訪れて日本から来た槙野茜という研究者の殺人事件。そして3つ目は、ロビン・クリーヴランド牧師の殺人未遂
3つの事件のうち、フランキー・テニエル博士の殺人事件が、まさに本格ミステリという謎だらけの事件である。出入口の扉、窓、天窓とも全て内側から施錠されていた密室の温室で、フランキー・テニエル博士の首と、アイリーンという学生が閉じ込められている。アイリーンは明らかに第三者の手で拘束されており、犯行は不可能。窓の隙間等に系統を通せば外から施錠できそうではあるが、バラの蔦がそれを阻止する状況。そして室内には、「実験体72号がお前を見ている」という謎の文字が内側から描かれている。まさに本格といった密室殺人である。
槙野茜殺しはいたってシンプル。泊まっているホテルの部屋のお風呂の中で絞殺されていた。槙野茜を殺害できるのは、彼女の宿泊先を知っていて、彼女と争うことなく部屋に入ることができ、かつ、彼女が「天界」という青いバラのサンプルを持っていることを知っている人物である。
最後のロビン・クリーヴランドの殺人未遂はもっとシンプル。自殺に見せかけてクリーヴランドの右手に銃を持たせたが、クリーヴランドは左利きだった。これが決め手となる。
全ての事件の犯人が同一ではないタイプの事件である。まず、フランキー・テニエル博士殺人事件は、既に余命1年足らずだったフランキー・テニエル博士による偽装他殺事件。実行犯はロビン・クリーヴランドだったが、フランキー・テニエル博士が全面的に協力していた。トリックの肝は、死体を移動させる方法によるアリバイトリック。犯行現場がテニエル博士の温室だと、ロビンにはアリバイがあり、犯行は不可能。しかし、ロビンの温室であれば可能。犯行現場をテニエル博士の温室だと誤診させるというトリック。そのためにアイリーンが温室に入れられ、目撃者とされた。テニエル博士の首が切られていたのは、車で死体を運んだ際の死斑を隠すため。そして、このトリックの最大の仕掛けが夜には色が変わるという眠る青バラを使ったトリックだった。青いバラ、タイトルにもなっているブルーローズがアリバイトリックに使われているのが心憎い。他にも、プロトタイプの章が29年前の事件であることや、フランキー・テニエル博士(女性)を男性と誤信させる叙述トリックも駆使されている。テニエル博士とロビンの偽装他殺は、29年前にテニエル博士=アイリスの両親を殺害した警察官をおびき出すため。その警察官が、モブと思われていたジャスパー・ゲイルだった。そう、モブキャラと思わせていたジャスパー・ゲイルが、29年前の事件の犯人で、槙野茜殺人とロビン・クリーヴランド殺人未遂の犯人だった。意外な犯人ではある。プロローグから登場しているし、自分も昔は実績を重ねるために必死だったという伏線もある。そもそも、性別誤信の叙述トリックも、時世を誤信させる叙述トリックも、この意外な犯人から目を逸らさせるためのものとも考えられる。上手いと感じさせる作品だ。
もっとも、槙野茜とロビン・クリーヴランドの事件は、ミスディレクションとなるような人物がいないのが残念。29年前の事件の真相と絡めても、残念ながら消去法でジャスパーしか残らない。意外な犯人なのは間違いないのだが、驚愕というより、やっぱりという程度になってしまったのは減点材料か。
感想としては、ソツがない、よくできた本格ミステリだと思う。探偵役のマリアと九条蓮も、十分なキャラクターである。脇を固めるドミニクもいい味を出している。無駄に登場人物が多いわけでもなく、読みやすいミステリである。
ただ、その分突き抜けた魅力がない。よく出来たミステリだし、突き抜けたものを求めるのはどうかと思うのだが、あと一歩、突き抜けたものがあれば本当の傑作になり得ると思う。
〇 メモ
【トリック】
〇 眠る青いバラを利用したアリバイトリック。殺害現場を誤らせ、アリバイを作った。
〇 胴体を切断したのは、車で死体を運んだために発生する死斑を隠すためだった(首の切断の意図)。
○ 胴体を埋めた場所に青いバラを置いたのは、早く死体を発見させて死亡推定時刻を絞り込ませ、アリバイを完全なものにするため。
○ 密室のトリックは長い時間を掛けて隙間ができる形でバラを育成するというもの。
○ 「実験体72号がお前を見ている」という文字はジャスパーをおびき出すために書いた罠
○ 槙野茜殺しとロビン殺人未遂は、ジャスパーが犯人だと絞り込ませるための消去法として使われる。
〇 プロローグ
謎の独白の後に、ジャスパー・ゲイルとドミニク・バロウズという2人の刑事による焼け跡の捜査が描かれる。この捜査で、日記のような遺留品が見つかり…
〇 第1章 プロトタイプ(Ⅰ)
家を飛び出した少年が、テニエル一家に救われる。
〇 第2章 ブルーローズ(Ⅰ)
ジェリーフィッシュ事件で下手を打って、今は冷や飯を食わされているというマリア・ソールズベリーと九条漣が、旧知のドミニク・バロウズの依頼を受け、青バラ騒動の一人、フランキー・テニエル教授に探りを入れに行く。マリアと蓮がテニエル教授のもとに行くと、そこにはU国空軍少佐、ジョン・ニッセンがいた。
〇 第3章 プロトタイプ(Ⅱ)
フランキー一家に拾われた少年はエリックという名前をもらい、テニエル一家で過ごす。エリック少年が過ごす幸福な日々が描かれる。
〇 第4章 ブルーローズ(Ⅱ)
フランキー・テニエル博士への訪問を済ませた後、マリアと蓮は、ドミニクの依頼を受け、もう一人の青いバラを作り出したというロビン・クリーヴランド医師に会う。この章の最後で、フランキー・テニエル博士が殺害されたという報告を受ける。
〇 第5章 プロトタイプ(Ⅲ)
エリックがテニエル家の一員となってから1か月半が過ぎる。テニエル家に警察官がやってきて、エリックが両親を殺害して逃走していたことを告げる。二人目の来訪者、クリーヴランドという牧師が訪れる。エリックは地下室で謎の生き物を見る。
〇 インタールード
誰かの独白。「あの人の本当の気持ちを私は知らない。」
〇 第6章 ブルーローズ(Ⅲ)
テニエル博士は青バラ「深海」を育てている温室の中で、首だけが発見される。その温室には、アイリーンという学生が倒れていた。出入口には「実験体72号がお前を見ている」という殴り書きがある。ドミニクとジャスパーがやってくる。ドミニクはマリアにある書類を見せる。
〇 第7章 プロトタイプ(Ⅳ)
エリックは怪物=実験体72号を見たショックで鍵を掛け忘れる。実験体72号がいなくなり、警察官が焼かれて死亡する。テニエル一家はエリックを逃がそうとするが土砂崩れで失敗。温室でテニエル博士が死亡する。
〇 第8章 ブルーローズ(Ⅳ)
マリアは、ドミニクから渡された謎の日記を見る。1年半前にあった火災の現場で見つかったものだった。マリアによるテニエル博士殺人事件の捜査。ロビン・クリーヴランドの尋問、テニエル博士とクリーヴランドのもとを訪れていた槙野茜という日本人女性の尋問。アイリーンへの尋問。マリアはアイリーンからテニエル博士の研究について聴く。翌日、槙野茜が宿泊先のホテルで遺体となって発見される。
〇 第9章 プロトタイプ(Ⅴ)
テニエル博士に続いて、博士の妻であるケイトも死ぬ。エリックはアイリスを連れて逃走
〇 第10章 ブルーローズ(Ⅴ)
槙野茜殺人事件の捜査。マリアと蓮、そしてジョンによるテニエル博士殺人事件の推理。ロビン・クリーヴランド牧師が襲撃される。これは自作・自演なのか。土砂崩れ現場から遺体が発見される。そのうち一人は長い白髪女性。手記に書かれていたことは事実なのか。テニエル博士が腫瘍だらけで、あと1年も持たない体であったことが分かる。
〇 第11章 ブルーローズ(Ⅵ)
謎解き。テニエル博士殺しの真相は、殺害現場がテニエル博士の別宅ではなく、クリーヴランド牧師の温室だったというもの。クリーヴランドにはアリバイがあったが、殺害現場がクリーヴランド牧師の温室であれば、アリバイはなくなる。アイリーンがテニエル博士の死体を見たのは、クリーヴランド牧師の温室だったのだ。このアリバイトリックの最大の仕掛けは天界という青いバラ。このバラは、光が弱まるとpHが減少し、アントシアンが青から別の色に転化する。クリーヴランド牧師の青いバラ、「天界」は光の強弱により色が変わる青バラ、いってみれば眠る青バラだったのだ。
胴体を切って埋めたのは、車で死体を運んだために発生する死斑を隠すため。
青いバラ「深海」を胴を埋めた場所に置いていたのは、マリアの推理どおり、死体を速やかに発見させ、死亡推定時刻を絞り込ませるため。アリバイトリックのためである。
テニエル博士の温室からの脱出は、人を通れる程度の空間を設けて蔦を栽培していた。隙間ができるように一から育てるという時間を掛けたトリック
テニエル博士の温室にあった血だまりは、テニエル博士の血を事前に注射で吸い取り、散布した。テニエル博士の腕に注射痕があったことは、伏線として示されていた。
そもそも、この事件は、病に侵され、余命1年というテニエル博士の協力のもとに成り立っていた事件だった。クリーヴランド牧師は飽くまで実行役。テニエル博士の事件は、博士自身が企てた偽装他殺のようなものだった。
クリーヴランド牧師が育てていた「天界」はプロトタイプのものだった。テニエル博士から譲り受け、クリーヴランド牧師が育てていたと思われる。クリーヴランド牧師が育てていた天界はプロトタイプ。さらに天界の完成形があり、その発展型として、より青みを深めた品種、深海が誕生した。
クリーヴランド牧師は、エリックだった。ドミニクが発見した日記は、日付が約30年ごまかされていた。1954年のものだった。日記の最後に、アイリスが新しい日記を付け加えたのだ。フランキー・テニエル博士がアイリスだったのだ(性別誤信の叙述トリック)。
29年前、アイリスの父母を殺害したのは、エリックを追っていた警官だったのだ。そして、その警官がジャスパー。エリックとアイリスは、ジャスパーをおびき出すために、この青バラ騒動と偽装殺人を計画したのだ。エリックが怪物だと思っていたのは、アイリスの祖父。アイリスの祖父はある種の皮膚病に侵されており、認知症を発症していた。エリックが怪物だと思っていたこの祖父が警官に殺害され、燃やされていたのだ。そして警官は、エリックとアイリスの父母を殺害した。
アイリスとエリックは生き残り、クリーヴランド牧師の教会を訪れた。クリーヴランド牧師の弟がいて、アイリスとエリックはフランキーとロビンという名を与えられ、育てられる。
アイリスとエリックは分かれて育てられる。そして、再会。アイリスは、1954年当時、屋敷を含む地域を管轄する警察署に在籍していた、20歳代前半の長身の警官。素行はあまり良いとはいえない。そのような人物をあぶりだし、復讐しようとした。そして、ヤツの正体を突き止める。ジャスパー・ゲイル
アイリスとエリックの計画は、自分たちを青バラの関係者に仕立て上げること。容易にもみ消されることのない重大事件の当事者になること、そして、即座に逮捕されないこと。これを成立させるために行われたのが、テニエル博士―アイリスの偽装他殺だった。
アイリーンは、アイリスとエリックの娘だった。ジャスパーは病気に弱い青いバラを枯らし、一攫千金を逃した。槙野茜を殺害したのはジャスパーだった。エリックの殺人未遂もジャスパーの仕業。
ジャスパーは、深海を掴んで、その毒で死亡した。
エピローグはアイリーンへの、アイリス=テニエル博士の遺言。アイリーンの涙で終わる。