藤井光のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ私の何もかもが足らなくてうまく評価を書くことができません。
すごくよかったぁ。
長かった!でも苦にならない。ずっと先が気になって。
少年のことだけは残念。ヴェルナーにも最後の章に出てきてほしかった。戦争が終わった後に好きなことをしてほしかった。
盲目な少女の事もあってか、描写が細かくて素敵でした。
自分もそこにいるんじゃないかって。
くどいような曖昧な表現じゃないからスッと読めて。
作中に出てきた曲をかけながら読みました。音楽素敵。
自分が何も知らないんだなって。何の戦争なのかもわからなかった。読み始めて、どことどこ?どこが勝って終わったの?始まりは? 少しづつ勉強します。すみません。
面白くて、先が気になりすぎてささっと読んでた部分もあるので再読したい。 -
Posted by ブクログ
先が気になってどんどん読めてしまう。
とても静かで、暗さがあるのに、とてもダイナミックで、常に微かな温かみがひたひたと心を浸している。
そんな小説だった。
第二次世界大戦中のドイツの少年とフランスの少女の目線の物語を、2026年を生きる日本の30歳に臨場感たっぷりに伝え、共感させ、涙を流させるなんて、小説とは本当にすごいと思う。
ヴェルナーの学校時代の寝床、サン・マロのマリー=ロールの家の螺旋階段、崩落してヴェルナーを生き埋めにしたホテルの地下、海に面したサン・マロの城壁、そうしたものたちの画がいま私の頭の中には描かれている。
2人がまさか出会うなんて、ヴェルナーとマリー=ロールの人生は互いの命の瀬戸際で一瞬交錯し、それが(少なくともマリー=ロールの人生の)決定的な瞬間になるなんて、想像もできなかった。すごい場面だった。
戦後を描いた場面は、読んでいるとなぜか涙が流れてきた。ヴェルナー亡き後も家の模型が2人の運命を再び交わらせた。巧みな小説だ。
もちろん、戦争を描いた小説だから美しい場面ばかりではない。
小説には街の模型作りのための測量で捕えられそのまま還らぬ人となったマリー=ロールの父、狂気じみた雰囲気のヒトラーユーゲントでのいじめにより障害を負ったフレデリックなど、戦争の辛さを一身に体現したような人物も出てくる。戦争は子供達をこんな残酷にしてしまうのか、戦争は自分にとっては日常でも他人の猜疑や憶測を呼ぶ行為はなんでも逮捕の口実になってしまうのかと、改めてその恐ろしさをリアルに感じさせられる。ユッタがロシア兵に犯される場面も、ほんの数ページであるのに戦争の醜悪さが詰め込まれていた。淡々とした描写からは、心を無にしてそうした時間が過ぎ去ることを待ったユッタの心のうちを逆説的に表しているのかもしれないと感じた。
私が深く心を打たれる小説にはなぜか、第二次世界大戦を舞台にしたものがいくつもあるな。
『パチンコ』、『日の名残り』、どちらも私の人生のベスト5に入るが、戦争が深く関わる話だ。別に選んでいるわけではないし戦争に特別関心があるわけでもない。でもきっと、戦争というものに人間の様々な要素が凝縮されすぎているからなのかもしれない。
最終章、マリー=ロールはひ孫と過ごしながらこう思う。
「一時間が過ぎるごとに、戦争の記憶を持つだれかが、世界から落ちて消えていく」
こういう小説を読むと、戦争の記憶を持つ人が世界から失われていくことは、人類にとって大きな打撃なのだと本当に思う。人間の愚かさと醜さとあたたかさを全て飲み込んできた人たちが失われた世界は、どのようになってしまうのだろう。最後は現在の世界の情勢にまでそんな思いを馳せさせるような、ものすごい物語だった。
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現代パレスチナを代表する詩人リフアト・アルアライールが編んだ、ガザの若い作家たちによる23の物語たち。
一気に読むことができなくて、一編ずつ少しずつ読んだ。ニュース映像で見たガザの光景が瞼に浮かび、パレスチナの人たちの日常と私のそれとの隔たりにページをめくる手が止まる。
これまで何冊か読んだガザについての本に出てきた人たちのことを思う。彼らもこの物語のなかにいる。
編者は2023年12月、空爆(知識人を標的とした組織的戦略によるもの)により亡くなっており、作者たちのなかにも連絡のとれない人たちがいる。
文学的テクニックや巧拙について語れるものを私は持ち合わせていないけれど、作者たちが伝えようとしているものは、ダイレクトに伝わってくる。物語の本質みたいなものを感じる。
私たちが、世界が、この58年、何をやってきたのか。どれほど何もせずにいたのか。静かに問われて、ただ俯く。 -
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外国文学はあまり読んでなかったのと700頁超えの分厚さに圧倒されたため「たぶん読み切れないだろうな〜。でも面白そうだし挑戦してみたい。」と思って読んでみた。
後半は一気読みで達成感と満足感を味わい、何より内容が面白かった。あのとき試そうと思った自分と、序盤でやめなかった自分を褒めたい。
3つの時代、合計5人の主人公で、生い立ちから始まる主人公もいる。こう聞くと読みにくそうだが、実際は文体が読みやすかったため思ったほどではなかった。長い人生をたどることで、晩年の話は感慨深かった。苦難にめげなかった人生を労わる気持ちになった。
また、物語が彼らの苦境に対する力になっていたこと、今も残っている物語は現在まで繋いで残してくれた各時代の人々の努力によることに気がつき、本の力を改めて感じた。
本の内容からは逸れるが、実生活にあてはめると、日本の戦時中の記録や物語は今の時代の自分たちが後の時代に繋ぎたいなと思った。その時代を生きた人たちが減り、直接話を聞けた人たちもこれから減るだろうから、あるのが当たり前と思わないようにしたい。 -
Posted by ブクログ
700頁以上もある本だけれど、物語三分の一辺りから一気に読み通してしまった。しばらくぶりに、心から没頭した本だった。年始からこういう本に出会えて、幸せだなと思う。
年代も背景も違う3つの物語が、ひとつの物語を通じて繋がっていく壮大さと緻密さ。主人公の1人など宇宙船に乗っているというのに話運びに違和感がない。
過去を、過去を語るものを尊重し、興味をもち、理解しようと努めなければ見えてこないものがきっとある。未来を見据えることは、本当は同時に過去も見つめることなのだと、現在は、私でない誰かの積み重ねでできていて、誰かが作らねば生まれなかった、誰かが守らなければ残っていなかったものだ、と。そんな、当然でありながら今は忘れられがちなことを美しい物語で諭された気がした。
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2013年、ガザ・イスラーム大学の教員リフアト・アルアライールと彼の学生たちが、2008年12月~2009年1月にかけて行われたイスラエルの軍事侵攻「キャストレッド作戦」をガザの側から小説として記録した23篇の短篇とショートショートを収める。原著は2014年に米国で刊行、日本語訳は2024年刊行の新版にもとづく。編者のリフアト・アルアライールは2013年12月にイスラエルのミサイル攻撃で殺害され、新版の刊行時では本書の執筆者6名と連絡が取れていないという。
原著の序文でアルアライールは、パレスチナの人々と物語の特別なつながりについて語っている。「物語は、人間その他すべての経験を超えて生き続けるのだと、書き手たちは知っている」「誰もが物語や物語る行為に触れてきたのだから、私たちすべてのなかに、あるパレスチナ、救い出すべきパレスチナが存在している」(25)と書いている。だから、まさに物語ること自体が抵抗となり、反撃となる。イスラエルの側もそれを理解しているからこそ、ジャーナリストや知識人を、大学や学校を、さらに物語そのものを淵源となるパレスチナの人々と土地のつながり自体を切断しようと躍起になっているのだ。
このアンソロジーの小説はどれも読者を引き入れる力を持っているが、その伝で言うなら、アルアライール自身が寄稿した2つの短篇、「家」と「老人と石」は気が遠くなるほどの絶望に落とし込まれながら、その中にかすかな希望を掴み取ろうとするパレスチナの人々の苦闘が滲み出ていると思う。「家」では、イスラエルの分離壁のために自分が建てた家に戻れなくなった難民が、それが自分の家であることを示すためだけに危険を冒して爆破を企てようとする。「老人と石」では、自分の弟が持って来た石を「エルサレムの石」だと信じて大切にしてきた老人が、それが虚偽だという息子の話を信じられず惑乱する物語である。
加えて忘れてならないのは、このアンソロジーの書き手たちが自分の第一言語ではない言語で書かなければ、自分たちが圧倒的な暴力に曝され続ける日々を聞き取ってもらえないという非対称的な状況である。岡真理が巻末の解説で書いている「ジェノサイドを止められない私たち」は、そのような構造を彼ら彼女らに強いているのだ。 -
Posted by ブクログ
"絶望は長くはつづかない。マリー=ロールはまだ若く、父親はとても辛抱強い。彼は娘を安心させる。呪いなどない。悪運や幸運はあるかもしれない。それぞれの日が、いい日か悪い日かに、わずかに傾くことはあるかもしれない。だが呪いはない。" (p.40)
"この世界は、なんと迷路に満ちていることか。木々の枝、線条細工のような根、結晶の基質、父親が模型で再現した町の通り、アクキガイの貝殻についた小さな結節にある迷路、カジカエデの樹皮にできた迷路、ワシの羽の空洞内部の迷路。なによりも複雑なのは人間の脳だよ、とエティエンヌはよく言っていた。存在するなかで、もっとも入り組んだものかもしれない。水に浸された、一キログラムの物体のなかで、宇宙が回転している。" (p.606)
"女の子はぶらんこに乗ると、脚をせっせと動かして前後に揺れ、それを眺めていたヴェルナーの魂のなかで弁が開く。これが人生だ、と思う。冬がその力をゆるめつつある日に、ああやって遊ぶこと、それがぼくらの生き方だ。"(p.500) -
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その光は波であり、海であり、ラジオだ
すべての事物が反射する可視光線とは別の、見えない光
それは命であったり、希望であったりする
第二次世界大戦下のフランスとドイツ
それぞれに生きる人々
そこは混沌として、明日がみえず、望みは断ち切られ、人々の命は消えていった
“見えない”ことは少女の盲目だけでなく、世界に溢れる不可視なものと同時に、その時代性も指している
そこにある綺麗なものと醜悪なもの
それらは同時に並立し、簡単に反転する
技術の軍事転用や宝石、人の心
すべてが簡単に裏切っていく
しかし戦争をある種の壮麗さと残酷さを同居させるように描きながら、物語には救済を用意しない
それはアンソニー・ドーアの覚悟に思える
少年は少女に出逢うが、再び出逢うことはない
鳥好きの少年は思い出すことはない
妹は兄の善行を知ることもない
誰もがあの日々を思い出さず、口に出したくない
みんなが様々なものを失った
その中で善悪の区別なく、生きるものは生き、死ぬものは死ぬ
運命の仮借のなさは全員に平等である
けれど、自分の中に仕舞い込んだ大事なものはずっとそこにあり、それが誰かを救ってくれることもある
ラジオから聞こえるフランス語や海の音、模型の街並み
上級曹長が炎の海に妄執したように、私たちは何某かに取り憑かれている
それが美しいものか、醜いものかに気づきもせずに
きっとたぶん、何年後かにこの本を取り出したくなる
そしてその美しさと残酷さに言葉を失うほどに興奮し、打ちひしがれると思う -
Posted by ブクログ
詩情豊かな描写、それに訳文の美しさに心が躍る。プロットの巧みさに唸る。ストーリーの行き着く先に固唾を呑む。ページを捲り続ける。読み終わった後にはそれらを合わせた以上の感動が残る。
人はときに残虐で歴史は残酷だけれど、そこから掬い上げられた人々の物語は、やさしさをもって語られる、そこにもある、あったはずのやさしさが語られる。そこには光が差している。そして、その光のなかに希望がある、そう思いたかった。とても素晴らしい小説を読んだ。深くため息をつく。
心身が草臥れているときは、あまり本がうまく読めないのだけれど、それでも本当に素晴らしい小説を読みはじめてみれば、「読書は我を忘れさせてくれる」。時代で区切られたなかで短い断章でそれぞれの人生が交互に語られる。忙しないなかでもすぐに没入でき、一旦離れてもまたすぐに戻ってこられる。繊細に濃密に人生を物語るその構成にも助けられた。また小説に救われていた。
「それでは、ひとつたりとも光のきらめきを見ることなく生きている脳が、どうやって光に満ちた世界を私たちに見せてくれるのかな?」
この小説のように人々、世界が描かれ、それを読むことによってだ。そんなことも思う。
「時間とは、うんざりする余剰でしかなく、樽から水がゆっくり抜けていくのを見つめるようなものだ。だが実際には、時間とは自分の両手ですくって運んでいく輝く水たまりだ。そう彼は思う。カを振りしぼって守るべきものだ。そのために闘うべきものだ。一滴たりとも落とさないように、精一杯努力すべきだ」
角を折った頁を開いて幾つかのセンテンスを何度か読み返す。今度は深く頷く。精一杯努力すべきだ。 -
Posted by ブクログ
銃が勝った、いつものことだ!
全身に響く本だった。泣きすぎて二重が消えた。
美しいフランス、ドイツ、ロシアの情景を通じて盲目の少女と、小柄な少年、周りの優しい人達が描かれる。
文章はとても平易でやさしい。
そしてその優しい言葉で、戦争でその人達が何もかも失う過程を容赦なく見せられる。
戦争は誰も勝たない。アメリカもイギリスも勝っていない。
勝ったのは銃、大砲、手りゅう弾、原爆、暴力。
負けたのは全ての人。鳥が好きなフレデリック、仕事を愛するまじめな錠前主任、そばかすだらけの空想好きな少女、科学と発明に夢中な少年、正義感あふれる女の子、たくさんの優しい大人たち。全て負けた。
美しいフランスの海と、寡黙な貝が、所々で泡立つ血を文章から拭ってくれるようだった。
奇跡のような本だった。 -
Posted by ブクログ
『地下鉄道』でピューリッツァー賞フィクション部門含め様々な文学賞を総嘗めしたコルソン・ホワイトヘッドが、再びピューリッツァー賞フィクション部門を受賞した作品。
『地下鉄道』が強烈な作品だったため、さすがに前作は超えられないんじゃ、と勝手に訝って発売から大分経ってから読んでしまったが、これも力強い傑作だった。
黒人の差別の歴史はずっと続いているが、BLM運動が起きていた発売当時に読んでいたら、もっと印象深い読書体験になっただろうな、と少し後悔した。
本書は実際に起きたドジアー校という更正施設での虐待事件をモチーフにしている。
ニッケル校という少年の更生施設近くの土地から遺体が次々と発見される。
かつてニッケル校に在籍したことのある主人公のエルウッドがニッケル校に送られるまで、送られてからの生活、そこから出るまでが描かれていく。のだが、後半のある部分で仕掛けが施されてる。その仕掛けがあまりにも辛くなるものだった。
文学的に、こういう仕掛けは決して新しいものではないのだが、これが黒人の差別、その差別には黒人が自由になった時期よりも長い奴隷としての歴史、迫害、差別の歴史があるのだとわかっていると、この仕掛けにどういう意図があったのかが見えてくる。
自分は、これは決して忘れないというバトンであるという気がした。