「私は最後の帰還の旅で腕を失った。左腕だ。」こんな衝撃的な一文から始まる、タイムスリップ物のSF小説(著者は、ファンタジーだといっています)。
時は、1976年6月9日のロサンジェルス。新居に引越してきたばかりの、白人を夫に持つ黒人女性。彼女は夫と荷解きをしているとめまいに襲われ、南北戦争のはるか
...続きを読む以前、1815年のメリーランド州にタイムスリップしてしまいます。そう、黒人にとって最も生きづらい、過酷な労働や人間の尊厳を踏みにじる人身売買、そして差別と暴虐が当たり前の世界に。
彼女がその世界に踏み入れてすぐ、河で溺れている白人少年を助けたところ、元の時代にびしょ濡れで泥だらけの姿で戻ってきます。後に、この白人少年の来歴、命の危機と助かったという状況が、何度もタイムスリップする事に関係していることがわかってきます。そのタイムスリップ先の19世紀初頭は、白人ですら本を読めない人が多いのに、20世紀に生きる教育ある女性が行けばどうなるか。しかも、それが黒人であったなら…。周りからの風当たりや当人自身の耐え難い苦痛も、察して余りあります。また、当人の意志では現代に戻ることができないという設定が、絶望感に拍車をかけていて、読んでいてとてもハラハラドキドキします。
この小説、書かれたのが1979年と、随分昔に書かれた小説ですが、まったく古さを感じません。奴隷制や人種差別について、改めて考えるきっかけにもなる、もっと知られていい名作だと思いました。