春日太一のレビュー一覧
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私たちの世代にとって勝新太郎といえばなんといってもパンツにコカインのイメージが強烈すぎて、子どもごころにもとにかく規格外なとんでもないおっさんだなということだけはわかった。
(この「とんでもなさ」は、おそらくあの時代の映画人が多かれ少なかれ共通してもっていた資質なのであって、私じしんまさにそこに魅力をかんじたからこそ黄金時代の日本映画にずぶずぶとはまりこむようになったのだが、それはまたのちの話。)
さいごの映画「座頭市」(勝新にとって最後の、という意味です)がせいぜいリアルタイムで、かつての、プログラムピクチュアとしての座頭市は東京の大学生として名画座やビデオでみた口だ。テレビシリーズにいたっては、まともにみたことすらない。
さて関係者への綿密な取材をもとに語られたここでの勝新の姿は、予想以上というべきか、やっぱりとんでもないものであった。
ただしそれは、みるひとそれぞれの内に消化できないほどの大きさ、強烈さ、を突きつけるなにものかなのであり、だからこそ「規格外」なのだ。制御できない何かを敬して遠ざける、といえばきこえはいいが、要するに「怖い」のだ。安寧とした日常を打ち破りかねない存在感を無意識にも感じとっているから、「パンツのおじさん」とレッテルを貼り、笑いをまぶして、どうにか自分のなかにおさまりどころをつくるのだ。
没後17年、そろそろ私たちは勝新太郎という存在をまるごと受けとめる時期にきているのではないか。
そしてそのために、この本はまたとない材料を提供してくれるだろう。 -
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表題は「天才 勝新太郎」だが、紙一重の所で「奇人」、もっと言えば「狂人」としか思えない不世出の俳優だろうと思う。
数々の逸話を残して別世界へ行ってしまった「カツシン」。もし生きていたら座頭市に代わる何かを仕掛けてたのではないかと思うが、一方で、これに固執しすぎて映画界から追放されるような事件を起こしたかも知れないともイメージしてる。
よく、俳優は役柄になり切るというが、この人の場合は「憑依」してそのものになってしまう所が本当に怖さと凄みを感じた。
但し、絶対にこんな人とは付き合いたくないと誰しも思うだろう。
そういう意味でも、「狂人」とはこういうもの、かつて映画界に一人の「狂人」がいた歴史を知る意味でも一読に値すると思う。 -
Posted by ブクログ
本を読む以外に好きなことを上げろ」と言われたら、映画鑑賞と
答える。つくづくインドアな人間だなぁと思う。
しかし、これまでの生涯(大袈裟か)で観た映画の本数は、邦画より
圧倒的に洋画が多い。近年はとんと邦画には御無沙汰している。
それでもお金のない学生の頃、古い邦画を名画座などで観た。
映画は一番お金のかからない娯楽だった。
戦後の日本で庶民の楽しみは映画だった。テレビはまだ普及せず、
劇場のスクリーンに映し出されるスターに夢中になった時代だった。
労働争議で分裂する東宝、元々倒産寸前だった東映が、いかに
ヒット作を飛ばしマンネリ化に陥り、映画産業斜陽期をどのように
乗り切ったかを、興業の面から掘り起こしたのが本書だ。
経営事情からどんな作品が生まれ、どんな監督たちが頭角を
表わして来たのかなんて話は興味深い。三船敏郎や勝新太郎の
独立プロの誕生も、映画会社の経営状態と関係があるんだねぇ。
その時代時代の作品の善し悪しを語るのではなく、経営・製作
現場から語っているので面白い。
タイトルになっている「日本沈没」は生憎と未見。でも、「仁義なき
戦い」は邦画で一番好きな映画である。若頭・松永役の成田三樹夫
が格好いいんだなぁ。また観たいな。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ[ 内容 ]
「座頭市」と豪快な勝新伝説で知られる勝新太郎。
本書は映画製作者としての勝とその凄まじい現場をスタッフの証言を元に再現し、繊細すぎる実像を浮き彫りにする。
純粋さが加速させる狂気のノンフィクション。
[ 目次 ]
第1章 神が天井から降りてくる―映像作家・勝新太郎(冬の海;演出風景の録音テープ ほか)
第2章 負けてたまるか―映画スター・勝新太郎の誕生(「御簾」の裏側;屈辱の映画デビュー ほか)
第3章 勝プロダクションの設立(勝と市の快進撃;座頭市のサービス精神 ほか)
第4章 オレは座頭市だ―『新・座頭市』(座頭市、テレビへ;勝新太郎一家 ほか)
第5章 神が降りてこない…(黒澤明からの使者;『影武者』順調なスタート ほか)
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
Posted by ブクログ
「おれは新聞に載るような男になりたい。それには犯罪者になるか
スターになるかだ」
父の仕込みで見事な三味線の腕をもっていた勝新は、裏方に徹した父の
世界から「表の世界」に飛び出して行く。二枚目スター・長谷川一夫の
真似から始めた勝新だったが、後年、彼の代名詞ともなった「座頭市」
との出会ったことで世界が広がって行く。
それは役者として勝新を開花させたばかりか、演出者としての勝新の才能を
大きく引き出して行く。
脚本はあってなきがごとし。現場で勝新が思いつくままに、ストーリーが
展開する。それを支えたのは臨機応変に、勝新が繰り出すイメージを作り
上げようとする優秀なスタッフに恵まれたことも大きかった。
「座頭市はそんなことはしない」
いつしか勝新が座頭市を演じているか、座頭市そのものに勝新がなって
しまったのか。その境界線がなくなっていく。
時代劇役者はいくらでもいる。しかし、勝新ほど見事な殺陣が出来た
役者は、私は彼の兄・若山富三郎以外に知らぬ。
演技者として、演出者として、まさに天才だったのだろう。それだから
こそ、制約ばかり多くなり、予算の取れない日本の映画界では活躍の
場を失っていったのだろう。
「影武者」が、「戦場のメリー・クリスマス」が、勝新だったら…と
考えずにはいられない。勝新の「影武者」、見てみたかった。 -
Posted by ブクログ
女性の書き手が綴る身体や性にまつわるエッセイ「私の身体を生きる」の、男性版。
女であり女であることに違和感なく生きてきた私にとっては、女性の書いたものの方が当然共感するところは多かったけれど、男性たちの綴る文章もとても興味深かった。
男女問わず、どんな属性の人だってそれぞれ尊重されるべきではあるけれど、同質である必要は全くないなと改めて思う。
女性と比べて、身体やジェンダー、性のことを直接的に書いている人がかなり少ない印象を受けた。
と同時に、男性が男性性を語ることの難しさとはこういうことかと納得させられる。社会において強い側とされる側が何をどう語るのか、語って良いのか、難しいのかもしれないけれど、もう少し踏み込んだ内容が読みたかったな、というのが正直な感想。
身体より社会、に意識が向いているように感じた。
その中でも田中慎弥さんの偏屈さが滲む文章がとても好きだった。好きだったとかも言われたくないのかなとか思っちゃう。なんだかいじらしい愛しさがある。
最後の最後で朝井リョウが‘やっている’。
両手を掴んでいたはずなのに、その手を掴んだまま大きく振り回されて、遠心力で吹っ飛ばされたような気持ちで本を閉じた。