羽田圭介のレビュー一覧
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【あらすじ】
・得意なもの、誇れるものも特になく、5年間続けた仕事もやめ、母と祖父と3人で暮らしている30歳ぐらいの男、健斗が主人公である。メリハリのない日々を送っていく中で、肉体・精神的に弱っていく、「じいちゃんなんか、早う死んだらよか」が口癖の祖父の姿を見て、感じることがでてくるのであった。「日々やることがなく、睡眠と覚醒のはざまをいったりきたりしながら、全身の痛みに悩まされている祖父にとっての生きる意味とはなんなのか」。高齢者にとっての尊厳死が現実味を帯びて感じられるようになり、間接的に祖父の尊厳死をかなえてあげたいと思うようになる。そのために健斗がとった方策は、徹底的に祖父の介助をしてあげることによって、身体・そして脳を廃用性萎縮に追い込むことであった。
そしてその疑問は、程度、年齢こそ違えど、漫然とした日々を過ごす自分に直接にはねかえってくる。この思いを振り切るために、肉体鍛錬に励むようになる。肉体鍛錬により、自分が高い位置にのぼったと感じることで、本当はできることをせずに助けを求める祖父の姿をみて、いらだちを隠せなくなる。そのいらだちにより、尊厳死の間接的なほう助にとどまらず、浴槽で直接的に祖父を殺めるような行動をとってしまう。その時のもがく祖父の姿を見て、祖父を生に執着していることに気が付く。
人間は、生きている限り、もがきながらも生きていくことしかできない。
【感想】
・尊厳死に関する問題提起のような出だしかと思えば、最終的には、生への肯定ととれる終わり方であった。人間は、どんなに弱っている状況でも、生に執着する生き物である。しかし、執着は苦しみを生み出すもととなる。
終末期医療の文脈で、尊厳死・安楽死、またそこにいかないまでも積極的延命治療の是非の問題はかならずでてくる。満足なACPをすることなく、本人が意志を表明できなくなったときに、家族が本人の推定意思を推し量り、「命の選択」を迫られることを求められる。これは、残された家族にとって、他人の生命を決めなければならないというとんでもない重圧をおしつけられることになる。また、ACPを行っていて延命治療を行わないとなっていたとして、本人が生への執着を捨てきれていない場合、結局家族にとって他人の命を奪うという決断をしなくてはいけないこととなる。そして、本人が生への執着を捨てられていたとしても、家族が生への執着を捨てられていない場合、本人の意思に反した延命治療が行われることとなる。
こういった事態を避けるためには、生への執着を捨てるという悟りを、家族全員が共有している必要がある。
これはあくまで理想論であり、われわれ医療者は、こうした境地に達していない患者およびその関係者に対して、終末期の選択を強いていく必要がある。生への執着を本人が捨てられていない状況では、どのような説明も無効であり、おそらく最大限の治療をすることしか道はないと思われる。 -
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ネタバレ八王子に住む高校2年生の本田は陸上部の練習に自転車で向かう。そのまま北に走り続けて、ついに青森へ。
学校もさぼり、彼女や友達にも風邪と嘘をつきながら、ただ走り続けていってしまう。観光するわけでもなく、ただ走り、走っていることに反応がよかった小学校の時の知り合いにメールを送り、彼女には反応が悪いからと嘘を突き通す。仲間たちとのくだらない会話も嫌いではないんだろうけど、行ったことのないところに気の赴くまま行ってしまう。考え方や会話に知性の高さも感じるが、なぜか帰る方向には進めない。
やっていることがよくわからないけど、これが高校生なんだろう。 -
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介護される老人とその孫の関わりについての話。
少子高齢化が進む現代、病気でない老人が在宅で尊厳死を迎えるのは難しい。
思うように動かない身体、楽しみもなくただ生きるだけの毎日に対する精神的苦痛から、生への絶望を感じるのは理解できる。
だが、祖父の隠された本心は「死にたい」ではなく「生きたい」であった。
健斗は足し算の介護によって祖父のできることを狭めるはずだったが、祖父の本心を感じ衝撃を受ける…
健斗は家族には誰も相談せず尊厳死に向けて動くが、何だかんだで一番祖父を大事にしているようにも見え、信頼関係も感じられる。
誰でも24時間の介護を続けていれば苛立つことはあるし、その中で健斗は懸命にやっているように思えた。 -
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著者初の短篇集。オーディブルで。自分にそういったところがないから、「過剰な人」が、わたしは好きなんだと思う。ひと目を気にせず、というか、ひと目という概念が薄く、執拗に何かに拘り続けてしまうような人。羽田さんはその過剰な人で、作品の魅力は、そのおかしみ。まあ、全部読んでいるわけではないけど。
『バックミラー』一時期脚光を浴びたミュージシャンが、他人の「おっかけ」を意識し、「おっかけ」がいなくなった自分を意識し、元「おっかけ」だった同棲相手に去られてしまう。
『シリコンの季節』捨てられていたラブドールを持ち帰り、再生して使用している、妻に去られ、リストラにあって仕方なく産廃会社に勤める中年。テレビで活躍する美魔女軍団の中に、逆サバを読んだ同級生を発見し、その夫に接触し、なにやら死体を発見してしまう。
その他、芥川賞作家が、ちょっとした女には引っかからないぞと、自分の価値を吊り上げてゆく『成功者Kのペニスオークション』、芥川賞作家が、筋肉をつくることに邁進していく『0.00…』、意識高い系ビジネスマンが、成長するために、わけがわからないことになっていく『のっとり』など、愚かしく、愛おしい男が、満載。こんな短篇を書くのかー。
『渋谷と彼の地』という、東京オリンピックを実現させようと開発を進めるコロナ禍の東京と、東日本大震災の被災地とを比較した真面目なエッセイ風もあったが、とにかく、中年男がラブドールのぬくもりに癒されて言う「シリコンの季節だ」で吹いた。「ああ、もっと、俺のビジネスを加速させたい」も。真面目が過ぎて滑稽な人。面白いことを考えるなあ。 -
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やっぱり売れてる小説かって儲かるんだな。
純粋小説書いてる人がこんなにも愚直に投資に向き合っているのが意外だった。ただ投資で資金を作っているというより、実働(執筆)とローンでお金を作っている印象。
あとこんなに頭のいい人なのにちょっとしたことで優先順位や家に対する感性が変わるのも意外。
でも家とか生活とかいうのはそういうものかもしれない。人やお店、仕事との出会い方、出会う順番、好きものや興味の対象の変化で生活や生活の容れ物である家への捉え方も変わっていくのが普通だと思う。
ただ普通はその価値観の変化に合わせてコロコロ引っ越しはできないけど。さらに言うと、理想の家に辿り着くまでに実験的に家を買ったり引っ越したりなどなかなかできない。かなりの財力がないと。
羨ましいと思う反面、頑張ろうというエネルギーにもなった。
マンションのいいところはゴミの出しやすさ、見晴らし、重厚感などかな。
戸建てのいいところは自然を取り入れやすい、ガレージなど車所有者には嬉しく、ガーデニングや趣味の自由度あり。ガレージは作業場としても使いやすい、ゴミなどの一時置き場としても。ただ地階は虫が出やすいらしい。 -
Posted by ブクログ
テレビなどで芸能人が家を買う番組がある。自分で買う訳でもないのに何故か見入ってしまう。やはり家を買うというのは人生最大のイベントだし、自分のこだわりや好みに、家族の同意、立地環境、そして何より金銭面の条件の中でいかに折り合いをつけていくか、まるでクエストをクリアするゲームのように多分にエンタメ要素があると思う。
この本もまさしくそれで、芥川賞作家の羽田圭介氏が家を手に入れるまでの買い物ドキュメント。この本ではそういったエンタメ要素に家の購入資金を捻出する為の不動産、株などの資金運用も書かれており、その失敗談も赤裸々に書いているのが面白い。
しかし家探しは本当に難しいと思う。氏のこだわりもなかなかのもので、これだ、と決めても生活していくうちに不満が募り、また自分に合った物件を探していく。普通の人だと資金面もあるが、新しい環境への引っ越しは躊躇するし、なかなかこうはいかない。氏も書いているがそこは全く苦にならないらしい。確かに小説家にとって住環境はそれだけ大事なものなんだなと改めて思う。
文章は軽快で読み易く、時折挟む日常風景も読んでいて楽しい。買い物ドキュメント、面白かったです。