1.著者;野沢氏(44歳没)は脚本家・推理小説家。中学生の頃から映画監督志望、独学でシナリオの勉強を始めた。24歳でテレビ脚本家デビュー。作劇は、年表形式で登場人物を追いかける独特の手法で登場人物を作り込んだ。映画「V・マドンナ戦争」で、城戸賞に準入賞。小説家としても、「破線のマリス」で江戸川乱歩賞などを受賞。
2.本書;吉川英治文学新人賞を受賞した作品。父母と幼い二人の弟が、惨殺される。12歳の奏子(主人公)は修学旅行中で、家族が事件にあったと言われ、教師と共に惨殺された家族に会いに行く。まだ小学生の奏子は心に闇を抱えながら、成長。そして、加害者の娘と出会い・・・、物語は進行していく。残された犯罪被害者と加害者の娘達が精神的な深い闇を抱えながら生きていく姿を描いた。
3.個別感想(印象に残った場面〔記述〕を3点に絞り、感想を付記);
(1)第二章から、「千代子(都築奏子の母)の保険金を貯め込んでいる私(都築奏子の父)に狙いをつけ、仕事における主従の関係を利用し、秋葉さんは私を連帯保証人に選んだ」「本件は綿密な計算の下に、秋葉家に乱入して一家四人を惨殺したもので、稀にみる凶悪かつ残忍な犯行」「金槌で殴打して幼い子供まで死に至らしめ、・・ハンマーで四人の顔面を陥没せしめるという行為の残忍さ」
●感想⇒「保険金を貯め込んでいる私に狙いをつけ、私を連帯保証人に選んだ」。この事が、残忍な犯行の端緒。「仕事における主従の関係を利用」して、無理難題を要求する人は何処にもいます。私もそれにまつわる事をしばしば耳にしました。例を挙げると、取引先の社員から「長期連休前になると『あなたの会社は、××に海外工場がありましたね』と暗に旅行接待を要求する」輩。弱い者いじめです。要求に応えるかどうかは、当事者それぞれ。こうした事が目に余るようになって、官民接待の禁止や大手企業では盆暮の付け届けを受け取らないというお触れが出ました。とはいえ、本書のような事は今でもあると思います。本書のような連帯保証人だけは断る勇気が必要です。まず相談です。保証人になったばかりに、悲惨な結果になったとよく耳にします。話を戻します、当事者の秋葉だけでなく、妻や子供まで惨殺が理解できません。幼子まで惨殺するとは。小説とは言え、私はこういう行為には嫌悪以外に何もありません。ただただ涙です。
(2)第四章から、「(未歩;加害者の娘)子供が生まれたら、あいつ(明良;夫)は、きっと変わってくれる、子煩悩になってくれるって信じてたから・・」「未歩の腹に子供がいると悟った明良は、いつもの癇癪に見せかけて、彼女の腹を蹴った」「やめて、ここには赤ちゃんがいるのって、あたしは叫んで、お腹を両手で庇った。だけどあいつは聞こえないふりをして、あたしを何度も足蹴にした。子供を蹴り殺そうとしたの」「病院に着いた時は、もう(子供は)流れていた」
●感想⇒「腹に子供がいると悟った明良は、彼女の腹を蹴った」「やめて、ここには赤ちゃんがいる」。明良は、高校の時にボクシング選手だった。そんな奴が、妊娠している妻の腹を何度も足蹴りした。そして、子供は流れた。自分の子供なのに、こんな人間の神経はどうなってるんだろう、理解に苦しむ。人間の顔をした鬼に違いない。こんな男と一緒になった未歩もどうかと思うが、自分の成立ち故の我慢かも知れない。世間では、DV事件が後を絶たない。私は思うのです。一般的に男性よりも女性の方が弱いのに、それを知っての暴力。そんな男は、意外に外面がいいのかも。こんな男を罰する法を厳しくするべきです。幼い頃に、祖母から口説く言われた中に、「男の子は、弱い子(女の子)には優しくなければいけない」と。レディーファーストの精神ですね。世の男性は心して欲しいものです。
(3)第四・五章から、「このおんな(未歩)の背中を力いっぱい押してやろう。私(奏子)の家族を殺しても、まだ飽き足らず怨み続けるという犯人とその娘を打ちのめしてやろう。この娘を父親と同じ犯罪の道へと向かわせてやろう。それが、ある日突然命を奪われた家族の為に、私が出来る事だ」「『あなたの父親が私の家族を殺した』この言葉は永遠に封印しようと奏子は誓った」「未歩を陥れようとしていた私。自分(奏子)より深い傷を探し、見つけた傷口を押し広げようとしていた私」「奏子は泣いていた」
●感想⇒ここは、妻(妊婦)の腹をけり、胎児を流産させた夫(明良)を殺す計画実行する下り。奏子は、「犯罪被害者遺族と犯罪加害者遺族が巡り会ってしまったという事実を、未歩に背負わしてはならない」と罪悪感に心を貫かれる。本書の前半、残虐極まりない一家惨殺事件からすれば、後半もさぞかし、陰湿な展開を予想していた。だが、「この手で未歩を食い止めなければ、憎悪の連鎖を経つために」という思い。即ち、奏子の人間性の発露で二人の将来がどう展開していくのだろうと、気を揉ませる話で、物語が終わる。出来過ぎという感もあるが、ほっとして救われたような気持ちになりました。
4.まとめ;「強烈な描写の前半に比べ、後半部分が少し物足りない」と評する読者もいます。しかし、解説者は、「後半は六十点どころではない。二人の少女のやいとりから生まれる緊張はむしろ前半を凌ぐと言ってもいい」とあります。私は、このような残虐な話は苦手ですが、解説に同感です。「私の家族を殺しても、まだ飽き足らず怨み続けるという犯人とその娘を打ちのめしてやろう」という奏子。「あたしはお父さんから罪と罰を受け継ぐ。秋葉っていう一家への怒りを受け継ぐ」という未歩。後半は、二人が陰湿な体験から抜け出す糸口が見え隠れします。読者にこの先の展開を託しながら物語が終わるのも良い。高橋克彦氏から、「これは奇跡的傑作」と高い評価を受けた野沢氏。44歳での逝去はあまりにも残念。やるせないですね。合掌あるのみです。(以上)