津村記久子のレビュー一覧
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津村さんの短編集。
高校中退後カフェで働く、自己肯定感の低い千春が、席にサキの短編集を忘れていった女性客との淡いつながりを機に、一歩歩みを進めていく「サキの忘れ物」。
これは本好きの琴線に触れる作品であることは言を俟たない。
「ペチュニアフォールを知る二十の名所」「喫茶店の周波数」あたりは、なんとなく森絵都さんの『できない相談』を思い出した。
そういえば、本書の帯に森さんがコメントを寄せている。
「行列」も面白い。
人々が期待しながら、何時間も行列になって待っている。
その詳細がリアルに描かれていくのだけれど、何の行列かは、最後まで読者には明かされない。
まあ、カフカなんかと比べれば、不 -
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なんやろう、この可笑しみは。
これが津村ワールド?
おもしろかった。タイトルもいいなぁ。
社内派閥のあれこれ。
対立する藍井戸氏と黄島氏の二陣営のどちらでもない、第三位候補の緑山氏を推している「緑の会合」。
って言っても、いつもみんなでずっとうどん食べてるし!
みんな、どんだけ“うどん”が好きなん!!
得票数獲得のための対立する陣営の足の引っ張り合い、探り合いが嫌な感じ。そして面倒臭いなぁ…。
社内政治の攻防とともに何気なく描かれているポンコツなパソコンとの攻防。
思わず吹いてしまう場面、共感する部分があってクスリとなります。
投票前の特殊な状況を、おかしみを感じる絶妙なタッチで描かれ -
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緩やかに気怠く過ぎる8月の気配に懐かしくなる。でもこの街には澱みのようなもののほうが多い。「宿題の写しを集める」という中学生にとっては致命的な問題でもある1つのミッションが中心に据えられながらも、その周縁にある「大人の事情」はなかなかに複雑かつ子どもにとってはグロテスクですらある。当の本人たちの心情がそれほど詳細に劇的に語られる訳ではないから淡々と読めてしまうけど、やっぱりだいぶしんどい家庭が多かった。セキコの家庭はひとまずは持ち堪えた感があるけど、室田・片山家はどうだろう。
登場人物の中学生たちの、どこか達観し諦観しているからこそできるような飄々とした振る舞いと、表紙の絵柄とが相まって、ほ -
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私が津村作品を好きなのは、西加奈子さんの言う通り、津村記久子が「取るに足らない、とされていること」に目を向けてくれるからなのだと思う。本当は「どうでもいい」なんて一蹴できることじゃないのに、なんか周りに流されてどうでもいいよね〜と笑えてしまう、気持ちに蓋をしてしまう私の、心の奥に触れるような、そんな表現・着眼点が散りばめられている。私も津村作品のみんなみたいに、軽やかさと真面目さでもって、自分にとって大切だったり重要な瞬間を受け入れたり乗りこなしたりしたいと思う。
あとは津村作品の女性の飄々としていたり淡々としていたりするところが好き。恋愛に生きてないところも良いな。あとワードセンスがあると -
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私は「しずかなインターネット」という文章投稿サービスを使っており、日記というか雑記というかそういったものを投稿している
文章を何かしら毎日書くようにしたいと思っているため、可能な限り毎日投稿するようにしているのだけど
書くことがねえ!とか書いたけどなんかなーということも多かったのでそういう文章を書くことに関する本を読みたくて色々と探したらこの本にたどりついた
文章に関する本というと小説などの創作に関する技術のことを書いている本が多く、
またネットに文章を上げることに関してもアフェリエイトで稼ぐ!みたいなものが多くて、いや、そういう方向性じゃない…っていうものが多かった
これは作文とあるけれど、 -
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父親が«働かない»という状態の主人公のセキコ
もうすぐ受験なのに、こういう父親がいたらそりゃ、終始むかつくし家以外に居場所を求めてうろつくだろうなと思う
母親と妹が父親に対してそんなに怒っておらず、家の中に味方がいない気がするのもまたしんどい
自分が思春期の頃の、何か分からないけどずっと何か思いつめたようにイラついていたのをまざまざと思い出した
この年代って、何だかずっとあらゆることに怒っているよな
それにしても、まともってなんだろうとずっと考えながら読んでいた
出てくる子どもたち、誰も彼も別にいわゆるまともな家は出てこないのだ
まともっていうのは何というかただの幻想で、何かあるのがフツーの家 -
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何かが起こった後の不穏な空気を孕みながら、本題にふれずにダラダラ進んでいく感じが、どこに向かっていくのかわからず、大丈夫かな、と多少不安になりながらも、ポツポツと挟まれるじめっとしたヒントのようなものを頭で繋げながら最後まで一気に読んでしまった。
絡むエピソードがどれも強烈で、主人公の周りに集中して起こるのはドラマが過ぎるけど、現実ではそれぞれの事件は日々起こっていて、私もまたそんなエピソードを持っていて、この物語の登場人物の1人だ。
イノギさんの過去の詳細が回想される場面は不意打ちで、胸に重りが乗ったみたいになった。
自分に対してどこか諦めた態度や、他人への嫉妬心も静観し部外者みたいに -
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文章には人柄が出るということがわかった。それぞれの作者(何人かの本は読んだことがあるけど)の素性は一切わからないけど、質問に答えていく回答文自体が自己紹介をしているようだった。
そして、私が普段よく思っていることが、忠実に言語化されていて勝手に爽快な自分を味わった。
個人的には、「人と人とが関係を結ぶときは、もしかしたら美点によってかもしれない。けれどその関係を深めていくのは、美点ではなく欠点なのではなかろうか。また、私たちが人間くささを感じるのは、どういうわけだか美点ではなく欠点である。」
「私は今現在『早めに終わらせ、夏休み最後まで何度も見直す派』なのだが、もちろんそんなことは言わな -
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◆ 明日などないぜ編みまくれ。
◆わたしならあたふたする。掛け値なしに。
◆ 「パイクエイジ」をライブで聴ける日が来るとは思っていなかった。自分は、女であれ男であれ、どんな主人公の小説を書いている時にも、必ずあのやりきれなさと怒りを通過してきた人間について書いている、と思う。「自分には助けられなかった」ことが疾走していく。それとどうしても折り合いが付けられないから、ただもう歌うしかない。その様子には、個人的な二者関係を超えた、人間と世界との軋轢が凝縮されている。そういう視点を提示してくれる表現はとても少ない。
◆ 時計は四時半を指していた。誰かが、早朝と真夜中の間のこの時間に、わたしをよ -
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『ポトスライムの舟』で知った津村記久子さんのエッセイ集
独特の視点と語り口調で、ふとした瞬間に手に取りたくなる作品
特にお気に入りなのは
「いっそ妖精ということで」
→日常生活でたまに出会うびっくりするような人や現象はもうそういう妖精がいるんだということにしとこ?という大胆な諦め方が気持ちいいし、実際そう思うといろいろなことを流せるように思う
「何者なのだアレックス【「毎日スペイン語 エリのドキドキ☆スペイン留学」の感想】」
→語学の勉強あるあるのその設定無理じゃない?という会話例へのツッコミ集
「数珠のようなものと弟」
→津村記久子さんの弟さんとのお話。弟さんと弟さんの勤め先の入居者さん