植松三十里のレビュー一覧
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幕末に結ばれた不平等条約の改正は明治政府の悲願。そのための「鹿鳴館外交」だった。
日本はもうハラキリの国ではない、文化国家であると主張し、洋装でステップを踏みながらの外交。
特に、外交官の夫を持ち、貴族の出身である、鍋島榮子(なべしま ながこ)と、戸田極子(とだ きわこ)は「鹿鳴館の花」と称された。
しかし、鹿鳴館外交による条約の改正はうまく運ばなかった。
榮子は、最初の夫を十年間看病した。その後は条約改正という目標があった。これから自分は何をしていけば良いのだろう・・・と、人生の行く先が見えなくなってしまった。
そんな時、磐梯山の大噴火に際しての赤十字の救護に協力するよう、夫の鍋島直大(なべしま なおひろ)に依頼される。
日本赤十字社は、直大の父・鍋島直正に重用された元佐賀藩士・佐野常民(さの つねたみ)の設立。
その縁で直大も評議員を務めている。
佐野が同時に立ち上げた「篤志看護婦人会(とくしかんごふじんかい)」の設立には、榮子自身が奔走していた。
被災地での実際の看護を経験し、榮子の胸に、看護婦を育てたいと言う思いが湧く。
榮子は、公家の廣橋(ひろはし)家の出身。二度目の夫・鍋島直大は元佐賀藩主である。
いわゆる「華族」だが、華族のご婦人たちは、今日は帝劇明日は三越などと遊び暮らしてばかりいたのかと思いきや、きちんと「ノブレス・オブリージュ」に務めていたのである。
彼女の夫である直大の佐賀藩であるが・・・
明治維新に関して「薩長土肥」が主導したと聞いてはいるものの、個人的には、薩長の印象ばかりが強く、土佐・・・坂本龍馬?山内容堂?肥前は・・・何のための付け足し?
などと思っていた。失礼を詫びたい。
この作品で詳しく語られるに至って、俄然、佐賀鍋島ひいきになった。
戦地において敵味方分け隔てなく手当てをするという、赤十字の精神を、讃えない人はいないだろう。
しかし、榮子には、自分たち赤十字の活動はまた、戦争の後押しをもしてきたのではないだろうかとの苦い思いもあった。
多くの看護婦を戦場に送り込み、軍人たちもそれが当たり前という顔をしてきた。
そんな榮子に直大は、君のしてきたことは正しい。人の命を助けるのは尊い、ごく単純な理屈だよ。歴史がどんな判断をくだそうとも、鍋島榮子のしてきたことは正しいんだ。と言って全肯定をするのだった。
一章 鹿鳴館の名花
二章 幕末騒乱の都
三章 不平等条約改正
四章 磐梯山噴火
五章 肥前佐賀藩
六章 若き看護婦たち
七章 ひそやかな偉業 -
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タイトルに惹かれて何気なく手に取ってみた本だけど、とても良かった。
大正期に仕事感の全く違う外国人とコミュニケーションを取るのは想像を絶するくらい大変なことだっただろう。日本古来の職人は自らの経験に基づいた感覚で作り上げる。一方の欧米人技術者は職人に対して要求を忠実に守ることを求める。日本の職人と海外からやって来た設計士や技師とのぶつかり合いは常に一触即発で、読んでいてハラハラした。よくぞ開業まで漕ぎ着けたものだ。
フランク・ロイド・ライトの名前や作品は知っていたけれども、彼の性格や作品に込めた並々ならぬ思いまでは知らなかった。帝国ホテル・ライト館は幾多もの難局を乗り越えて完成した、奇跡の作品だと思った。 -
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江戸時代、役人や身分のある流人が島妻を娶り、刑期を終えて本土に戻ることを許されても島妻は一緒について行くことができない。現代の感覚からすると理不尽なことだと憤りたくなるけれども、当時の奄美は薩摩藩に従属する立場であり、島の人々の地位が低かったことを初めて知る。
島妻の愛加那が西郷と暮らしていたのは3年にも満たない。二人は愛しあいながらもそれぞれが別々の思いを抱えているのが何ともせつない。西郷は国政を、愛加那は家族のことを。やがて帰還命令が下り別れの時が訪れる。
西郷が去った後の人生は愛加那にとって苦悩に満ちたものだったのだろうか。ユタという奄美の巫女が、本当の幸せとは自分がだれかの役に立つことだと彼女に語りかける。だとしたら、愛加那は数々の選択に納得した上で自分の人生を全うしたのではないか。同情的な目で見るのは彼女に対して失礼であろう。
敵に囲まれながらも歴史的偉業を成し遂げた西郷の精神的な拠り所だったのは、愛加那と流人時代を支えてくれた島の人々の存在であったと思いたい。 -
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明治11年、1人のイギリス人旅行作家が日本人青年を通訳にし、日本を記録する旅に出た。
明治維新を経て、日本は欧州列強の仲間入りを果たそうと必死だった。
国の形、人々の風俗や生活、身なり、そして言葉を変え、近代国家を目指して奔走した。
しかし、たった10年で、人々の生活はそう簡単に変わらない。
地方の貧しい姿を日本の恥と捉え、その姿を世界に晒してほしくないと願う通訳と、貧しい姿が恥ではなく、それを見下す人がいることが恥だと諭した旅行作家……。
彼女が本を通して世界に訴えかけたかったことは何だったのか?
『日本奥地紀行』では描かれない2人の旅の物語 -
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ライト館の建築から明治村へ移築されるまでに、これほど多くの人が関わり、長い年月を要したことに驚きました。
日本人の技術の高さ、ライトの強い拘り、凄まじい労力の結晶を是非私もこの目で見てみたいし、諦めずに明治村への移築を実現してくれた方々に感謝をせずにいられません。
もし最後までライトが指揮をとり完全なるライト館ができていたらと思うと悔しいですが、膨れ上がった総工費がとんでもなく莫大で、むしろよくもっと早くに解雇されなかったなと、、、。
いくつもの困難を乗り越えながらもライト館が建築されたことも、それを明治村に移築されたことも、長い年月の中で途方に暮れて誰がいつ投げ出してもおかしくないのに実現に至ったのは、ひとえに日本人の心意気だと感じました。
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とても読みやすくてグイグイと引き込まれて読み終わってしまいました。和紙が水を吸うように、どんどんとページが進んでしまうのです。
己の無知さを晒してしまうけれど、イザベラ・バードという紀行作家の事を今まで知らずにいました。
私は、実写映画化もされている人気漫画「ゴールデンカムイ」が大好きで、本書も、裏表紙のあらすじを目にして一も二もなく手にしました。
幕末から明治初期にかけての時代背景や人々の暮らしが、より鮮明に私の中で浮き彫りになりました。
イザベラ・バードの通訳として雇われたイトー。横浜から日本海側に向かい、新潟から北上して函館へ上陸。さらに海と山それぞれのアイヌコタンを訪れ、人々の素の生活に触れて、イトーの心境の変化も如実になります。バードの半生も波乱に満ちていましたが、彼女は常に困難の先にあるものを見ていました。
イザベラ・バードの「日本奥地紀行」を元に、植松三十里さんが書き上げた歴史小説ということです。 -
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『帝国ホテル建築物語』
帝国ホテル2代目本館の建築前、建築中、そして取り壊し、移設の物語です。また、同時に、それを支えた多くの人たちの物語でもあります。
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【建築費】
設計・施工費は当初130万円でした。しかし、最終的な設計・施工費は900万円となりました。 調達は、増資および銀行からの借り入れでした。いかに資金繰りが大変であったのか?がわかります。
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【施工年月】
1916年に帝国ホテルと設計者;フランク・ロイド・ライト氏で契約が締結されます。着工は1919年です。3年の月日が経過したのは、周辺用地の買収に時間を要したためです。そして、オープニングは1923年9月1日です。着工から4年もの月日が経過したのでした。オープニング当日には、関東大震災に見舞われるなどの災難も重なりました。
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【竣工までの壁】
1;用地買収
まず、用地買収に時間を要します。施工した年代は大正です。したがって、江戸・明治時代から長く住み続ける政治家らとの調整に時間を要したのです。
2;基礎工事
日比谷界隈は江戸時代に埋め立てをした土地です。したがって地盤が弱いです。掘れば地下水が湧き出るという具合です。セメントの流し込みも困難な厳しい工事となりました。
3;煉瓦
設計者ライト氏は、デザインに加えて素材にもこだわります。その一つが煉瓦でした。煉瓦づくりを委託した職人が、技術はあるが、お金癖が悪い性質の人物でした。そのため、資金を提供してもなかなか「もの」が納品されない日々が続きました。
4;設計と現場の軋轢
当時の日本の建築技術は欧米と比較すると決して水準が高いとはいえませんでした。そのため、ライト氏の高い技術的要求に対して、現場の職人が疲弊してしまうことが重なりました。
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【読み終えて】
この小説は、帝国ホテル二代目本館の建築に関わった多くの人々の苦労や努力、思いや夢を描いています。ライト氏はもちろんのこと、帝国ホテルの支配人であった林愛作や、ライトの弟子であった遠藤新などの人物が印象的です。
彼らは、理想と現実、経営陣と現場、政治と民間などの対立や葛藤に直面しながらも、自分の信念や使命感を貫きました。
その結果、帝国ホテル二代目本館は、日本の近代化や文化の象徴として、長く人々に愛される建物となりました。
しかし、時代の変化や経済の事情により、1976年に取り壊されることになりました。その後、一部が明治村に移設され、現在も見ることができます。この小説は、建築の物語とともに、人間の物語でもありました。 -
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またもや素敵な作品に出会ってしまった。
「帝国ホテル」にまつわる知られざる熱く壮大な物語。
ホテル支配人、建築家、石工や瓦職人たち、焼き物師など、この建物に一体どれだけの人の想いが詰まっているんだろう…。
長い年月をかけて完成した建築なので、去る者もいれば、意志を受け継ぐ者もいる。
完成までの苦難の道のりを知ると、その重みを感じるし、奇跡にも思える偉業に心を動かされずにいられない。
世界の多くの人を魅了したこれまでにない美しいホテル、感動をもたらした名建築。
ついに完成したときは、もう感無量!!
濃い読書時間を堪能しました。
現在は、愛知県の博物館「明治村」に「帝国ホテル中央玄関」のみ様式保存されているようです。
作品を思い出しながらスダレ煉瓦や彫刻などの細部まで、いつかこの目で是非見てみたいなぁ。 -
Posted by ブクログ
とても読みやすい本でした。
大河ドラマの どうする家康 を見て
家康の子供で秀吉の養子になった 後の結城秀康は
どんな人だったんだろう?
と思って読みました。男性の作家の時代物は読みにくいものが多いですが
これは女性の作家さんの書いたもののせいなのか
とても読みやすく 一気に読みました。
結城秀康が34歳の若さで亡くなったのは知りませんでした。
その後継が出来が悪く 秀忠の命で九州に流刑になり 石高を大きく削られる。
ただ 他の子供たちが 松江 津山 前橋 明石などに 松平家をたてた。
せっかく結城秀康が頑張ったのに
と思ったけど 後継以外の子供たちがしっかりしていてホッとしました。
忍耐強く 家臣に恵まれ この本では秀吉 茶々
石田三成 などからも信頼を勝ち得ている。
頭がいいだけではなく 周りの人から愛される人だったから 沢山のことが乗り切れたんでしょうね。
魅力的なな主人公でした。 -
Posted by ブクログ
帝国ホテルのライト館を設計したのはフランク・ロイド・ライトだが、この物語の主人公は支配人の林愛作であり、ライトの助手の遠藤新になる。
ライトをこの2つの核から少し離れて置く事により、彼を一種の神格化或いは天使の様な存在(随分アクの強い天使だが)としたのが、この物語をより面白くさせている要因の1つだと思う。
辰野金吾や伊東忠太、アントニン・レーモンドがバイプレーヤーで出てくるのも楽しいが、プロローグとエピローグに後日譚であるライト館の明治村への移転で谷口吉郎と名鉄社長の土川元夫が尽力するのも感慨深い。
有名無名問わず、キャスティングの妙が光る。無駄な登場人物がいない。何故か「悲の器」に通じものを感じた。
ジュンク堂書店近鉄あべのハルカス店にて購入。