植松三十里のレビュー一覧
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インスタで見つけて、明治村の帝国ホテルが好きでよく写真を撮りに行っている友達の誕生日プレゼントの候補として、とりあえず自分で読んでみることに。。。
これが!すっごく面白かったです。
明治村が犬山にあって身近なことや、常滑の焼き物も(INAXは帝国ホテルのレンガを作るところから始まったメーカーでした!ワオ!)登場するので愛知県民には縁を感じやすいストーリーなのですが、それを抜きにしても一つの建物がまるで生き物のようにいろんな人の人生を巻き込んでいく様が圧巻でした。
明治村はもちろん何度も行っていますが、これを読んだらもう一度明治村のフランク・ロイド・ライトの意匠を見てみたくなりました。 -
Posted by ブクログ
佐賀の家系だが、なぜ未だに鍋島家を佐賀の人たちが慕っているのか不思議に思っていたが、この本を読み、藩・日本を何よりも1番に思っていた直正の想いを知ることができた。
技術・教育を重んじる風土は未だ佐賀県には残っており、思い返せば自身もそんな風土の中、興味の持つ科学分野を極めることに邁進し、周りも暖かく応援してくれる環境に育ち、直正公の貢献の高さの後世への影響のすごさを改めて感じた。
慶喜についても、最後の江戸幕府・将軍として、苦肉の策ながら日本を守るために内乱を起こさぬよう批判覚悟で自分の役割を全うしたことが分かり、これまでのイメージとは違った側面を知ることができた。
最後のシーンはただただ涙。 -
Posted by ブクログ
‥‥だが徳川慶喜の本心は、今もって理解はされていない。(341p)
最後の1行である。私も正直戸惑っている。司馬遼太郎の「最後の将軍」もあるし、最近は大河でスポットライトが当たったばかりだし、なによりも自ら語り下ろしの自伝も著している。それでも、こんなにも、慶喜の本当の心は知られていない。慶喜の評価は定まっていない。試しに昨年私が大いに感心した幕末史「維新史再考(三谷博)」を紐解いても、慶喜の大阪城から江戸への逃げ帰りの理由は一切書いてなくて、評価もされていなかった。あの行為によって、内乱の泥沼化が回避されたのにも関わらず、である。
徳川慶喜ほど将軍になる事を「期待」された将軍はいない。家茂と慶喜とで幕府を二分した後継問題から始まって、幕末の動乱期に将軍後見職として京都で辣腕を振るっていた時期、そして家茂急死のあとに度重なる将軍就任への頼みを何度か断っている事、そして就いた途端に大政奉還をしてしまったこと。総てが「時代」が為させたこと、追い詰められてしたことだという評価がまかり通っている。
英明かつハンサムなアイドル的な将軍であったのに、(鳥羽伏見)戦争を投げ出して江戸に逃げてしまい、それを契機に討幕の錦の御旗も盤石なものになった結果、落ちぶれた元アイドル将軍という見方をされることが多い。この運命も、絵にはなるけど、わかりにくさを助長させているようだ。
小説は「慶喜の本心は実はわかりやすいんだ」と主張している。「慶喜は、最初から将軍になる野心はなかった。幕府に対する忠誠は一切なくて、ひたすら朝廷に対する忠誠しかなかった。よって日本が中国やインドのようにならない様にしながら、日本を帝のもとに統一することが自分の任務である」と、どうやら本気で思っていたようだ。ここまで振り切っているとは、研究者はおそらく思っていないようだ。慶喜は賢いので、尊王ではあるけど攘夷にはならない。賢いので、会津のような尊王佐幕や、薩長の尊王討幕を相手に孤軍奮闘して、時には出し抜き、時には出し抜かれる、1日で形勢が逆転することもある。とても濃い人生を送っている。
おそらく、司馬遼太郎の頃からは遥かに当時の状況がわかってきていると思う。確かに彼の決断がなければ、維新とき何遍か「香港化」する可能性はあったと思う。慶喜だけではなく、この時如何に多くの知識人が香港化を防いだことか。島津久光のようなプーチン式の危ないヤツがいた中で、よくぞ「選択」したと思う。つまり、維新時の知識人の何人かは、本当に日本の独立ひいては「平和」を守ったのである。小説だから思い切って描けた展開も多い。とても面白かった。
fukuさんのレビューで本書を知った。ありがとうございました。