植松三十里のレビュー一覧
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植松三十里さんの初読み。
史実に基づく、白虎隊の生き残りの物語。。。
事前情報は皆無。
作者の名前も聞いたことない。
文字通り、店頭でたまたま目についただけの一冊だが、白虎隊と聞いては、福島県出身者として読まずにはおられまい!
と、衝動買い。
敵方の少年の資質を見込んで故郷に連れ帰り、衣食住から教育の援助まで施す……楢崎頼三の男気に感激。
挫折は経験すれども、それに答えた飯沼貞吉の生き様に感動。
★4つ、9ポイント。
2019.04.04.新。
※ば白虎隊自刃の理由……
巷では「燃える城下町の様子に絶望しての自害」
しかし(貞吉の)事実は異なる。(第2章に詳述)
貞吉はそれを覆そうと -
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書き下ろし
大和国安堵村の庄屋の家に生まれ、府県統合の過程で堺や大阪に吸収された「奈良県」の分離のために力を尽くした今村勤三の伝記的な小説。
13歳の時、幕府を倒そうとする天誅組の挙兵が奈良であり、学問の師が参加したが破れ、「大和の誇り忘れるべからず」という書き付けを残して処刑されたが、勤三は終生この書き付けを肌身離さず持ち、生き方の指針とした。
大阪中心の府政で、奈良の水害の手当が充分にできないことで、分県の請願を東京の政府や高官たちに働きかけて、家産をつぎ込んだために、田畑を売って愛媛県の官吏となって鉄道事業に力を尽くすが、内閣制度や国会ができるなかで、総理大臣にまで会い、ついに奈良県の -
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漱石について書かれた本はいくらか読んだり、講座を受講したりとそれなりに理解しているつもりだ。初期のころは「吾輩は猫である」や「坊ちゃん」など軽妙で笑える作品だったのが、晩年近くになるにつれ死生観や知識人の苦悩などの重厚なテーマに変わっていく。生い立ちは勿論のこと、イギリス留学を機に精神的に不安定になり闘病が続く。一通り漱石論も学んだが、文豪・漱石さんは苦手。読んでいると、小説の主人公である男たちにイライラが募ってしまう。親友の恋人を奪い自分を赦せないでいる『先生』、妻の愛情に疑念を抱き、弟に妻と旅行に行ってもらい愛を確かめたい男。かと思えば、罹患した病の詳しい説明や、愛娘が亡くなった時の様子や
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テレビの朝ドラを見ていたので、興味を持って手に取りました。
テレビの内容はあれこれエピソードが加えられていたけど、こちらの方がシンプルでそれでいて夫婦の絆がしっかり伝わってくるいい作品だった。
ドラマの中では省略されていた若かりし頃のスコットランドでの出会いや、リタさんがどうして日本に行こうと思ったかが丁寧に書かれていたのも良かった。すっと作品に入れた感じ。
ウィスキー作りについても活字で読むほうがわかりやすかった。ウィスキーの味はわからないけど、とても繊細で年月のかかるもので、マッサンの思い入れにも共感できたよ。
マッサンの描かれ方もドラマではちょっと軽い感じだったけど、小説の中のマッサンは -
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英雄視されているような歴史の主役達をなぞるような小説とは違い、まさにその時代に翻弄されながら生きた、名を留めない人達を描くことで、その時代の肉感を持って感じることができた。
咸臨丸の話など、いろんな本、小説などでもよく語られていて何となく、歴史的にも近いところだし、資料とかは普通にたくさん残っているんだろうなんて思っていたが、たった一人の執念ともいうべき思いが無ければ今も分からないまま歴史の中に埋もれていたかもしれないという話に驚いた。
歴史に名を残すような人物達の陰には多くの無くてはならない仕事を成し遂げた人達がいるんだということをあらためて実感させられる。 -
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子どもを助けたいという願いや行動力
それらすべてが素晴らしいって思うのに、あまり感情移入できなかったのはなぜだろう……?
美喜の突っ走り方かな?
言動や行動かな?
物語としてはとても良い話です
でも主人公の美喜に共感できるところがあまり多くはなかったというところが私にはあります
どの時代にも差別や偏見があって
それは大抵、見た目から入る
自分たちだってそちら側が多数派になれば立場が逆転するというのに
終戦直後から比べると、今はかなり差別や偏見というものは減ったんじゃないかと思いますが無くなることはきっとない
こんな世界のなかで
それでも逞しく育ち、生きていかなくてはならない
世界は厳しい、 -
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徹底抗戦から逃げる徳川慶喜に、翻弄される会津藩主の松平容保。時代の流れに対し、忠義や正義のため戦うことを決める。
流れのまま京都守護職に任命されるなど、柔順で控えめな印象であったが、本小説では、自分の意志を持ち、紀州派と一橋派を取り持ち、安政の大獄でも水戸藩と朝廷の間を調整するなど、政治手腕も描かれている。
さらに、指揮官として頼りなく、保守的な西郷頼母を嫌悪する人間臭さも描かれていて、新しい容保の一面が見られた。
さらに、明治維新後、失意の中、斗南藩を訪れる場面や東京で過ごす姿、日光東照宮の保守・復興に力を注ぐ姿も描かれていた。維新後も容保個人としての生活は続いていたんだなと思った。 -
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日本赤十字社の設立に尽力し、自ら資金集め、被災者の看護などに当たった鍋島榮子の物語。元々は高級華族の娘で最初の嫁ぎ先は岩倉具視の長男。早くに夫を亡くし、二度目に嫁したのが鍋島の当主。開明的な夫ではあったが、明治の藩閥政治に翻弄される面もあり、外交官の妻として、鹿鳴館での外国人のダンス相手をさせられる。条約改正に向けた努力ではあったが、今考えると全く陳腐な取り組み。その後、夫の知り合いの医師の勧めで看護団を組織し、後にこれが赤十字社となる。控えめだが一本筋の通った生き方で、教科書に出てくるような有名人ではないが、こんな人がいたのかと、知ることができてよかった。