フランツ・カフカのレビュー一覧
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昔読んだときは思わなかったけれど、カフカさんの話って太宰治に通じるものがある。
昔は心理学的考察が云々なんて身構えて読んだ『変身』も実はブラック・ユーモアなお話だったんだね。
ここに収録されていた『変身』のザムザさんも『断食芸人』の芸人さんも最期は自分の死を受け入れている。
しかし、その受容は他者である読者からすると「それでいいの?」と感じるもので、その感情から読者は自分が亡くなるときのことを考える。
結局は納得して死を迎えられることは他人がどう思おうと幸せなことなのでは…って気がする。
上を見過ぎてもキリがないし。
2編とも奥深い話だな…と少し大人になった今は思いました。
訳も良かったと思います。 -
ネタバレ 購入済み
短編ながら
ほんの数ページの超短編だけど面白い
オドラデクの形容について頭の中でいろいろと想像してみるけれど、垂直辺りから断念。生き物?木?
あれ?動くんだ?おやおや、しゃべれるんだ!みたいにボクの心を揺さぶられるのがとても楽しい -
Posted by ブクログ
ネタバレ*「いちばんうまくできるのは、倒れたままでいることです」これは20世紀最大の文豪、カフカの言葉。日記やノート、手紙にはこんな自虐や愚痴が満載。彼のネガティブな、本音の言葉を集めたのがこの本です。悲惨な言葉ばかりですが、思わず笑ってしまったり、逆に勇気付けられたり、なぜか元気をもらえます。誰よりも落ち込み、誰よりも弱音をはいた、巨人カフカの元気がでる名言集*
「将来にむかって歩くことは僕にはできません。将来にむかってつまずくこと、これはできます。いちばんうまくできるのは、倒れたままでいることです。」
って、もう振り切り過ぎでしょ!
ネガティブなのに、何故か可笑しくて、共鳴してしまうカフカの名言たち。
落ち込んでいてもいなくても、心に優しく染み入ります。
この名言たちを編集・解説した著者のカフカ愛と手腕にも脱帽です。 -
Posted by ブクログ
審判、城に続く、孤独三部作。
審判や城では、手探りで何も見えない大きな機構や仕組みに取り残された、閉鎖空間に閉じ込められた叫びが感じられた。その一方で、このアメリカは、そういうところから離れてどこかのびのびとしているような気がする。
どちらかと言えば、偶然に偶然が重なって、システムの中を漂流し続けなければならない、そういった類のものであると感じられる。行く先々で、システムに溶けこもうとするも、ちょっとした縺れからすぐに異分子として爪はじきにされてしまう。どこまでいっても、この広大なアメリカという土地では、カールは異邦人でしかない。
転々としていくだけでは、おそらく書いていて辿りつく場所が見えなかったのだと思う。漂流に漂流を重ねても、カールがカールであることに変わりはないし、いくらでも漂流先を変えることで、引き延ばすことができる。おそらく、船や叔父の家、ホテルや奇妙な共同生活だけでなく、カフカの中には、徒弟や政治家秘書といった、多くの漂流先が用意されていたに違いない。漂流なんて、ちょっとしたことがきっかけで決まるし、行った先のことは行った時に考えればいいだろうから、わざといくつかのスケッチを残しただけで筆を置いたのだろう。
この作品では、漂流というものがある種、独特の不条理さを生んでいる。漂流先が決まるのも、漂流が決まるのも、偏にカールの望んだものではない。ヘッセのの漂泊の旅は、基本的にしたくてしているものだが、このカールの漂流は、望んだわけでも、望まれたわけでもない。ちょっとした行き違いや誤解、そういうものによって転がり落ちていくような、そんな感じ。しかも、シェイクスピアのように強い思惑があってのズレではなく、ほんの些細なズレによるところが大きい。何気ない行動のひとつがいとも簡単に、漂流の種となってしまうのだ。びっしりと描かれたカールの行動のいきさつや様相も、簡単に、数行の出来事の後には、漂流へとなってしまっている。その緩急の使い分けが、閉鎖空間にあっても冗長さを感じさせないのかもしれない。漂流するとは、追放されることだが、追放されても、いつまでもふらふらしてるわけではなく、辿りつく先は、これまた意図せずちょっとしたことで決まってしまう。「たまたま」、そういうことばが最もよく似合うのが、カールの漂流であると思う。
終盤のサーカスの場面は、明らかに審判や城の様相を呈している。やはり、カフカにとって、未知なる閉鎖空間というテーマは外せなかったものなのだろう。残念ながら、閉鎖空間の最初の部分だけでその不可解さや複雑で不条理なものはわずかしか描かれていない。けれど、わずか数十ページで城や審判同様の設定を敷いているあたり、スケッチや思考実験としての機能をこの作品は果たしていたのかもしれない。 -
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一回りして面白いとあったが、まさにその通りの本。
ほんとうに生き辛い人だったに違いない、と断じていいものか迷うがおそらくそうだっただろう。
しかしながら、生涯独身で病気で早死にしたカフカよりも
もっとずっと色々欠けている(私含め)人だっているぞ!
と思いながら読んだ。
(厳格な親だが裕福な家に育ち、婚約を3回もでき、つかの間の恋人もいて、社会と完全な断絶もしていないで、なにが絶望だコノヤローとも思った)
ばっさり切り捨てるなら、ただ甘い。
でもその甘さをあのように惨めなほどに吐露する能力は素晴らしい。そして、彼の作品もけっこう好きだったりする。
世の中は簡単ではない。 -
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絶望名人カフカの人生論
カフカの人生と共に語る「絶望の名言集」。
自分の将来、世の中、身体、親、学校、結婚、食べ物から睡眠までカフカは日常のあらゆる事に絶望していた。勿論、彼の言葉が本心なのかどうかは誰にも分らないが、彼が書いたものにはネガティブな言葉しか並んでいない。小説同様、日記や手紙、ラブレターに至るまで、楽観的な記述が無く、現代人の悩みの全てを先取りしたような印象を受けた。
彼は絶望していても、実際は裕福な家庭で育っており、会社勤めもこなす(遅刻は多かったらしいが)普通の人生を送っていた。ただ、あまりに理想が高すぎて、自分の現実とのギャップを感じていたのだろう。自分の人生に絶望しても、多くの作家のように自殺するようなことはなかったし、気持ちを素直に書くことによって、逆にストレスを解消していたのかもしれない。 -
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陰と陽。両極端な二人の狭間から生まれるものは。
作家界の二大巨塔ゲーテとカフカ。かたや25歳にして『若きウェルテルの悩み』が大ヒットした独を代表する文豪。かたや多数の作品を生み出しながらも死後40年あまりも評価がされることがなかった不遇のオーストリア保険局員。そんなポジティブとネガティブを象徴させる二人の名言を、テーマごとに対比させてみるという面白い試みをしたのがこの本。
「太陽が輝けば、ちりも輝く」ゲーテ
「暗闇に戻らなければなりませんでした。太陽に耐えられなかったのです」カフカ
偉大なる存在のもとにあって、その恩恵を感じるか自身の小ささを思い知るか。自分がその場に相応しくないと思ったのなら、時には隠れたり逃げたりしながら生活していくことも正しい決断でしょう。
「大地にしっかりと立って、まわりを見渡すのだ」ゲーテ
「ぼくの足の下に、たしかな大地はありません」カフカ
大地が無くてはさすがにどうしようもありませんが、ちゃんと居場所が固まったのなら周りに目を向けたいものです。自分の足元ばかり見つめながら生きていくのはあまりにも大変。
「生きている間は、生き生きしていなさい!」ゲーテ
「静かにしているべきだろう。息ができるというだけで満足して」カフカ
こうまで言われては・・・。それでもこういった考えを持ちながら生きて行っている人々も確かにいるのだという事実は知っているべきだと感じます。たとえどんなに自分が前向きな人間で、こんな思考が理解できないとしても。
落ち込んでいる人には前向きな言葉をかけて励ますことが普通ですが、時として自分の状況を再認識してしまい逆効果になることもあります。むしろ同じ境遇の人を見つけることで安心するという場合もあるのではないでしょうか。
どちらも正しく、どちらも共感を得る。だからこそこの二人の名前は、没後こんなに年月が経過した後でも世界中に知れ渡っているのかもしれません。 -
Posted by ブクログ
面白かった。
私も相当ネガティブな思考の持ち主だと常々思っていましたが、
それを遥かに上回るネガティブぶりに、何だかホッとします。
カフカ、色々と突き抜けています。
ネガティブな言葉でホッとするって
考えてみれば変かも知れませんが、
自分よりネガティブな人を見つけると
「えっ!いやいや、そんな風に考えなくても…」と思えるし、
自分自身の考え方を客観視するきっかけにもなりそうです。
悲しい時に明るい曲を聴くよりも、まず悲しい曲を聴いてから、
明るい曲を聴いた方が良いらしいので、
言葉も同様に、落ち込んでいる時はポジティブな言葉よりも、
まずネガティブな言葉を身近におくのもアリ?
こんなにネガティブでも命を全うし、
さらに死後ではあったにせよ、
多くの人に評価されたのカフカの存在は、
「ネガティブである自分自身を責めてしまう」、
そんなネガティブな気持ちを「ラク」にしてくれます。
落ち込んだ時にパラパラめくりたい感じです。