江川卓のレビュー一覧

  • 罪と罰 下

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    葛藤する主人公に引きずられて読後3日くらい病んだ。
    大きなの目標達成のためには罪も罪にならないはずだと理論立てたが、自分を責めることになる主人公。
    兄弟を守るため当時では罪にあたる売春行為をしつつも罪の色に染まらない女の子。
    この二人の対比に罪と罰について考えさせられる。
    この後レミゼラブル読むとさらに対比的で面白い。

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    2019年11月09日
  • 罪と罰 下

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    本書の魅力は、登場人物がそれぞれ強烈な特徴を持っていることです。

    特にラスコーリニコフは、自らの考えを正しいと信じ、最後まで変わることがありません。自首し投獄される中でも道徳的な罪というものを認めることができずに葛藤します。自分を非凡な人間だと信じる自尊心が強く、高慢で不信心な若者が、人を殺めたときにどう感じるのか、生生しい苦悩の描写に引き込まれました。

    ラスコーリニコフがソーニャを罪人だと責める理由が最初分かりませんでした。ソーニャが自分の人生を生きないから、つまり偉大な人生を貪欲に求める彼の思想と正反対だからだと読み終わった後に思いました。

    エピローグの結末は個人的に好きです。

    時を経ても変わらない面白さを感じることができるまさに名著です。

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    2018年03月18日
  • 罪と罰 中

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    ネタバレ

    FeBeで聴書

    主人公の心の動きを整理してみました。
    家族の訪問にて家族との再会に喜ぶも同時に拒絶する。
    ソーニャの訪問にてソーニャに惹かれる。
    ポルフィーリーのもとへ時計を取り返しに行くと称して偵察に行く。ラズミーヒンを騙す狡猾さが見られる。
    スビトリガイロフの訪問に驚く、幽霊の話に自分の経験と重なりあっけにとられる。
    ルージンと妹の縁談の破談。家族と絶縁する。罪人としての意識と決心が読み取れる。
    ソーニャに会いに行く。彼女を自分と同じ罪人とし、一緒にいるべきだと考える。
    警察署にてポルフィーリーと面会する。自白に行くのかと思いきや、ポルフィーリー見抜かれないように振る舞う。手の内を暴こうと心理戦を繰り広げる。

    上巻はほとんど主人公について語られていましたが、中巻では家族や友人、その他の登場人物が多く登場し物語が豊かになってきます。さらに面白くなってきました。

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    2018年03月18日
  • 罪と罰 上

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    ネタバレ

    FeBeで聴書

    主人公の心の動きを整理してみました。
    ある計画が頭に浮かんでいるが、現実味がなく感じている。
    マルメラードフとの出会い。自分の惨めな境遇と重なって、彼に共感する。人間どこかに居場所がなくっちゃいけない。
    母からの手紙。彼の人柄が分かる。妹想いの兄であること。事の一切を見抜く鋭い利口さがある。ひねくれている。
    衝動的に行った外出。偶然に絶好の機会が訪れ、計画の実行を決心する。
    計画の決行。精細さを欠いた、行き当たりばったりの行動から決心しつつも、自分の中で受け入れられていないことが分かる。そして、自らが事を起こす前に想像していたにも関わらず、気が動転しこらえきれなくなる。
    その後は、自らの行いを受け止められない。
    病気になり、証拠を隠滅する。
    それでも、罪の意識が彼の心を蝕み、自首、自殺の寸前まで行った。
    マルメラードフの死に直面する。彼を救おうとすることで主人公の本来の良心が蘇る?もしくは彼の娘から感謝されることで救われる。


    貧しさからすっかり心がやせ細った人間の起こす、人の矮小さ、心の葛藤が描かれていて面白いです。

    続編が楽しみです。

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    2018年02月15日
  • 悪霊(下)

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    ちょっと前に「白痴」も読んだが、ドストエフスキーって長編作家として欠点有り過ぎだと思う。
    海堂尊さんは同日に同時並行に起こる事件をデビュー作として書いたが、編集者の助言で「チームバチスタ」「ナイチンゲール」の2作に書き直したという。僕が編集者だったら、この作品をステバン氏、ピョートル、ニコライが主人公の3作に書き直させるな。

    終盤のステバン氏の再登場。ロシアの大衆を愛すると云いつつ、世間知らずで、まったく大衆を知らない。知と美に殉じ、変な拘りで自分を追い込んでいく。しかし、ドストエフスキーは愛情をもって、このピエロ的人物を描いている。

    その息子、ピョートルは頭に穴が開いたよう軽薄な人間。その仲間たちの中で披露されるシガリョフの説は、平等を齎すため人々を原始的な天真爛漫な家畜に作り替えるべきという。まるで毛沢東やポル・ポトを予言しているようだ。ピョートル以下の破壊分子達はロシアの改革に理想を見ていない。ただ、破壊を目指している。
    平然と転向者の汚名を着せた人間を殺害し、その罪を自殺願望者に押し付けるピョートルは人間的な感情を失っている。

    最後に未完の稿として収録されたニコライ・スタヴローギンの告白がなかったら、彼は単なる奇妙な登場人物であったろう。人々を、女性を、陰謀家のピョートルまで惹きつける魅力のある人間なのに、周囲を破滅させ、平然と罪を犯す。何故こんな人間が出来上がったのかと考えれば、高等遊民でロシアの地に根を張らないデラシネであったこと。そして、やはり当時の無神論の所為だと思う。
    チホンとの対話の中で黙示録が引用されて、「白痴」にも黙示録を購読する無神論者が登場していたことを思い出す。しかし、僕はロシア正教にも黙示録にも不案内なので、首を捻るばかり。社会主義が神への信仰の問題と語られるのは日本人には理解しがたいと思う。

    ピョートルが知事夫人に取り入って、大イベントの裏で陰謀をめぐらす茶番劇はあまり感心しなかった。
    この顛末は、頭が悪く立場をわきまえない首相夫人が、かなり低能なペテン師にいい様に乗せられていたことを想い出させた。本当、くだらない茶番だ。

    カバーの裏表紙に「組織を背後から動かす悪魔的超人スタヴローギン」とある。
    新潮文庫とあろうものが、何だ、この出鱈目は。

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    2018年01月08日
  • 罪と罰 上

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    とにかく主人公には共感できないが、若い時に読んだら感想は相当違いそうでもある。やはりドストエフスキーは若い時に読んでおくべきだと実感。
    バフチンの「ポリフォニー」という表現の仕方がこの『罪と罰』を読むまで全然腑に落ちなかったのだが、確かにこの本では登場人物それぞれが強烈な主張をしつつも、それが何か作者の意見を目指すための主従関係には置かれておらず、そのまま対置されたままになっている感が強い。バフチンが『罪と罰』だけをことさらに重視していたという記憶はないが、とてもドストエフスキーらしさにあふれた作品なのだということなんだろうな。

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    2017年07月21日
  • 悪霊(上)

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    『白痴』が俗世に現れた天使が主人公ならこれは俗世に現れた悪魔が主人公なんだけど、その対極を本心から心理描写できるのが凄い著者だなぁと思う。神あるいはそれに近い、人間よりも偉大な概念が無くなった時代には善も悪の概念もない、そうだろうなぁと漠然と思った。

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    2017年02月17日
  • 罪と罰 中

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    いよいよ物語は揺れ動く中間地点。
    ラスコーニコフの揺れ動く感情。しっかりと読めているとは相変わらず言い切れないが、その流れになんとなく身を任せていくと流れる感情というか、その揺れに惑わられ、時に焦り…最後ここはどこに落ち着いていくのか。最終巻の読みどころである。理解していないことを露呈する支離滅裂なレビュー…

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    2016年10月17日
  • 罪と罰 中

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    上巻で金目当てで質屋の老婆を斧で殺害したラスコーリニコフ。中巻ではその罪の認識と葛藤しながら、物語が進む。
    ようやく意味が分かり始めて来たが、物語の背景に流れているのは終始陰鬱・狂気・葛藤…であり決して楽しい読書ではないが、人間の根っこの部分はそんなものなのかもしれないとも考えさせられてしまう。下巻に続く。

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    2016年04月28日
  • 罪と罰 上

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    まだ上巻なので仮で★4つ。
    貧乏青年が金目当てで質屋の老婆を斧で殺害し、その後自責の念からか、精神的に追い詰められ、幻覚、幻聴が現れる。
    終始暗い背景のもと物語が進む。中巻につづく。

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    2016年04月03日
  • 悪霊(下)

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    備忘まで感じたこと、気付いたこと。1.悪霊の書かれた時代の人々が、この時こそ世紀末的な時代であり、我々はその中で生きていると感じていること。これは著者のドストエフスキーも時代の世紀末性を感じていたに違いない。どの時代も世紀末であるという意識なく、人は生きられないのではないか。2.皆の恐れる悪とは蓋を開ければ陳腐なものであるということ、3.物事は如何ともし難く、コントロールできなくなる瞬間が訪れるということ。これは全くの気紛れで、何が導火線となり何処まで広がるのか誰にも予想ができないものである。

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    2016年02月20日
  • 悪霊(下)

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    間延びした前半と比べて、後編の緊密性。
    ニコライは最後まで自分には理解できなかった。
    ピュートルは予想の範囲に収まる感じ。
    スティバン先生の最期の下りは良かった。

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    2016年02月19日
  • 罪と罰 上

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    タイトルの時点で敬遠していたのに、驚くほど読みやすい。小難しそうだと苦手意識を持たず一度読んでみて欲しい。
    ちなみに同作者の「白痴」は最後まで読み進められる気がしない

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    2016年01月15日
  • 罪と罰 中

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    熱病に浮かされた様な勢いで進んでいく上巻に比べ、中巻に入ると内容はより主題を帯びたものとなってくる。核となるのはやはり明かされるラスコーリニコフの犯罪思想と聖書を巡るソーニャとの対話部分だろう。前者ではナポレオンを引き合いに出し、「俺は人間を殺したんじゃなくて、主義を殺したんだ」と殺人を肯定しようとするが、果たしてドストエフスキーはこうした思想はむしろ彼の死後、20世紀に発生した更なる虐殺の悲劇として顕在化することを想像していただろうか。思想や宗教は人を活かすものであるけど、同時に人を殺めるものでもある。

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    2013年01月12日
  • 悪霊(下)

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    知る、ということは、その何かを知らなかったということを意味します。
    ここまでの仕事を、彼がいなかったら、他の誰かがやってのけたのでしょうか?フィクションでありながら、どこまでもドキュメンタリーに近く、時代・思潮を描き出しているなあと。
    現代日本人然とした考え方だと、神や政治でやれピストル、やれ首吊り…に至る理由も、メンタリティも理解しがたいのですが、それは書かれた土地と時代に因るもの。あたりまえか。
    しかし、この読後の疲労感たるや…

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    2012年12月28日
  • 悪霊(上)

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    政治思想、あるいは思想。そういう領域ですか?
    各時代にはその時代ごとの、地域ごとの思潮・風潮がある。(きっとこの今、現代にも)
    それを描き出し書き留めておくのが彼や彼らなのだろうなと。こういうことを誰かがやらないとダメなんだろうなと。
    歴史は事実(史実)の連なりだから正確ゆえに無味無臭。
    そうではなくて、物語の形態に再構築することで、激しく匂い立ち、それでいて、腑に落ちる。そういうことね、と五感でもって、体感的な理解に至る。
    いや、しかしムズいので、再読が必要かも・・
    とりあえず下巻へ。

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    2012年11月07日
  • 罪と罰 中

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    ラスコーリニコフとソーニャのやり取り、ラスコーリニコフとポルフィーリイの応酬は読んでいてドキドキさせられた。

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    2012年03月21日
  • 悪霊(上)

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    ドストエフスキーの思索的文学的探求の頂点に位置する大作。性格分析や言動解明を受け付けない、規格外のスケールで描写される個性的な登場人物たち。時代を反映した混沌の様相を呈する彼らの思想や言動は一見常軌を逸しているようだが、その実人間の本質を鋭く抉り出しているように思える。特にスタヴローギンの告白の章など。狂気に満ちたこの作品の背後には、作者が帯びるある種の霊感、あるいは悪霊が透けて見えるようだ。

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    2012年01月15日
  • 悪霊(下)

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    いわゆる、ドストエフスキーの五大長編と呼ばれている小説の中で、
    僕が読む一番最後の作品がこの『悪霊』でした。
    最初に『罪と罰』を読んで、つづいて『白痴』、『未成年』、『カラマーゾフの兄弟』と
    読んでいったのでした。
    けっこう、読んだ作品の間の期間が長いのですが、
    読むたびに深く作品に入り込めていけているような気がしています。
    『罪と罰』よりも『白痴』のほうが作品の理解度が高くなった、というような気がする。
    それだけ、ドストエフスキーになれてくるのでしょうね、そのうち何年かして再読したら
    もっとよく読めそうな気もします。

    こんなことを書いていると、読んだことのない人は、きっと難解なのだろうと
    推測してしまうと思うのですが、ドストエフスキーの場合は、
    その重厚感に疲れる手合いの小説でしょうか。
    たしかに、意味が取れない難しい思想を披瀝する会話文などが出ては来るのですが、
    大体においては、やさしい文章が積み重なって、物語の多義性というか、多角的なスケッチの仕方というか、
    伏線をたくさんこしらえ、それらが本流に合流していくという形がとられているんじゃないでしょうか。
    そして、キャラクターの性格の、文章中での構築の仕方も、無駄がないように思います。
    かといって、文章も構成もカツカツしていないですね。
    非常にゆとりをもちながらも、そんなあれやこれやを包括してしまう才能を
    ドストエフスキーは持っていて、きちんと作品を完結させます。
    まぁ、カツカツしていない、きゅうきゅうとしていない、といって、何と比べてそうなのかって話になりますが、
    現代の小説と比べてになるのかなぁ。それだけ、五大長編は1作品で2冊とか3冊とかで編まれていますから、
    分量のせいでそう感じるのかもしれません。
    また、ドストエフスキーの作品は現代の予言書とも形容されることがあるらしいです。
    すなわち、いたって現代的なテーマを取り扱っていて、現代的に出来ている。
    19世紀の世から彼の作品をリアルタイムに見ていた人々は、
    随分新しいものだ、と捉えていたのかなぁとも思います。
    しかし、その現代的である彼の小説の背景、つまり産業革命は起こっていても、
    まだ近代化していない時代という、なにかそこのところが大時代的と言っても良いようなゆとりを
    もたらしていて、カツカツとしていない要素をちょっと感じさせるんじゃないのかなと思うのです。
    とはいえ、混沌期の不安定感はありますが。

    『悪霊』について言えば、道化が何人か出てきますし、またこれがうまく書かれていて、ドストエフスキーの
    性格の悪さというかユーモアを感じさせずにはいられませんでした。
    そして、1300ページくらいある中で、最後の300ページくらいは目を離せない展開なのですが、
    それまでの前置きとでもいえる部分には読むのに忍耐が必要でした。
    それは僕の読解力や想像力が至らないだとか、本当の読書好きじゃないだとか理由は出てきます。
    だけれど、普通の本好きとしては、やや読むのが面倒くさいです。
    さて、その最後の300ページですが、その展開とそれまでの流れからくる計算を考えてみると、
    ドストエフスキーは本当に酸いも甘いも噛み分けた、
    悪党であり識者であり才人であり愚か者だなぁという感想を持ちました。
    愚か者だっていうのは、小説に出てくる愚かな人物にすごく血が通っているから
    これは彼の分身じゃないのかと思うせいもありますし、
    登場人物を苦しめすぎだという気もするからです。
    ただ、後者の、登場人物を苦しめすぎだ、という感想は的外れなのはわかっています。
    そうでもしないと、表現できないことというのがあるからですよね。

    それにしても、主人公のニコライ・スタヴローギンはどれだけイケメンだったんだろう。
    これだけの色男で悪漢っていうのはなかなかいませんよね、創作の中の男だとしても。
    逆に、ファム・ファタールなんて呼ばれる、魔性の女はわんさかいませんか。
    女ってやつぁ…。そしてそれにひっかかる男ってやつぁ…。
    ん。なんで、魔性の女にひっかかる男っていうのはちょっと哀れだけど愚かな感じがして、
    スタヴローギンにひっかかる女はすごく哀れで可哀相なんだろう。
    女ってものの一途さがそう感じさせるんですかねぇ。

    この作品のテーマの一つに、無神論がありますが、
    現代ではそれが当たり前になってしまいました。
    とくに、日本では、ほぼ無神論だったりしないでしょうか。
    19世紀のロシアでは、無神論の世界こそ退廃であり終わりであるみたいな
    捉え方をしているところがありますが、
    それだけ、人間という存在は神様抜きでは暴走して破滅するであろうことを
    自覚しているといえるでしょう。
    はたして、現代の無神論の世で、神様の代わりに秩序を繋ぎとめられる存在というのは、
    なんなんでしょうね。法律、愛。ぱっと思いつくのはそういうところかな。
    そういえば、人間の脳には電気で刺激すると神様を思い浮かべる部位があるそうです。
    神様を信じたり、その存在を考えたり、祈ったり、そういう行為は遺伝子にすら記載され
    設計されているものなんですかね。
    人間の人格の安定のためには、神様が必要なのかもしれない。

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    2025年06月17日
  • 悪霊(上)

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    上下巻合わせて1300ページくらいある中で、最後の300ページくらいは目を離せない展開なのですが、それまでの前置きとでもいえる部分には読むのに忍耐が必要でした。が、面白いことは面白いのです。

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    2011年07月19日