入江真佐子のレビュー一覧

  • 自閉症のぼくが「ありがとう」を言えるまで

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    ・自閉症と不安は大きく関わっている。

    ・スティムによって現実から逃避できる。

    ・贈り物をもらったように生きる。

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    2026年09月11日
  • 自閉症のぼくが「ありがとう」を言えるまで

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    すごく興味深く、そして前半はひたすらに悲しく、後半は勇気を貰いながら読みました。
    目に見えてわかる行動を起こせないなら、理解していない、と思ってしまうのはとてもよくわかる。話していること、喋っていることが、頭の中で考えていることと同じなんだろうか、とうちの子を見ながらずっと思っていましたが、答えをもらった気がしました。

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    2026年07月12日
  • わたしたちが孤児だったころ

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    筆舌しがたい。
    日中戦争やアヘン貿易に振り回された庶民の姿がまざまざしく感じられる小説。

    彼がノーベル文学賞を受賞したわけが読めばわかる。最後の100ページの怒涛の展開にページを繰る手が止まらなかったです。

    戦争は起こしてはならない。
    今でも中東やウクライナは戦火にまみれているが。

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    2026年05月27日
  • 霧のなかの子 行き場を失った子どもたちの物語

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    無言症のセラピストのノンフィクション。この方の作品は初めて読んだが小説のように読みやすく、面白かった。作者の文章力と恐らく、翻訳も良いのだと思う。

    この作品の中では、仮名にしているが、彼女が関わった3人との粘り強い、具体的なセラピーが描かれている。子どもの頃に夢中になって読んだ「24人のビリーミリガン」を思い出した。人間の心理(特に困難な状況に直面している本人、またその家族)の複雑さを改めて感じた。

    P369 〜370
    他人の不可解な行動を理解しようとする過程で、自分から不幸を選び取る人はだれもいないということを理解していることが助けになるとわかった。だれかが不幸だとしたら、それは彼らがほかにどうすることもできないか。そういう状態にあるわけだ。もっと客観的な立場から見れば、彼らの過ちが何なのかはっきりしているようなときでさえ、このことはいえるとわかった。

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    2026年05月19日
  • わたしたちが孤児だったころ

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    ネタバレ

    孤児という、一見ネガティブな題名から、これまで手に取っては来なかったけれど、ロンドンの社交界の逸話から、上海租界での子ども時代の鮮やかな思い出、友情などひかれる内容でついつい先を急いでしまう。そして、父母を捜し回る上海での戦場の場面もまた印象深い。彼のどの時代の話もそれぞれに意味深く歴史に名を残す作家さんなのだと改めて納得できた。

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    2026年02月27日
  • わたしたちが孤児だったころ

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     上海租界で少年時代を過ごしたイギリス人クリストファー。その地には隣家の日本人少年アキラとの楽しい思い出もある。しかし、父親の失踪、それに次ぐ母親の誘拐という事件を経て孤児となり、イギリスの叔母のもとに引き取られることとなる。この少年が、長じて優れた探偵として名を馳せるようになり、満を持して上海に舞い戻り、消えた両親の謎の解明に挑む。
     真実を知りたい、という気持ちで読んでいけるミステリー小説のような推進力がありながら、そこで描かれる世界に立ち込める闇は深い。ってその世界とは私たちの住むこの世界である。途中途中、ウィキペディアなどで世界史のおさらいをしながら読み進めた(アヘン戦争、上海租界、日中戦争、国共内戦⋯)。出来事自体は昔のものだが、同じ暴力の構造は今もここにある。
     そして、大きな物語を背景にしながらも心のひだの奥にあるものを決して取りこぼさない透徹の視界が、私のカズオ・イシグロ作品の好きなところだ。彼には見えているけれど、すべて書きはしない、という筆の運びにまたしびれる。

    ▼連想した他の本

    ・王谷晶『ババヤガの夜』
    うんざりする暴力(※本書にはバイオレンスシーンはなくて、あくまで私の勝手な読み方による連想です)。ラスボスの本音へのうんざり感。あー、うんざりうんざり。
    そのうんざりから、彼女はおりられたのだ、と私は思っている。

    ・ギリガン『人間の声で』
    (最近こればっかりだが)無視された“女”の声。
    それから重要なことは、この物語が“クリストファーの声でしか語られていない”ということ。サラの声を、一度は聞いたクリストファーだったが、聞こえなくなったまま終わっているのだ。私たちはサラの声を聞いたほうがいい、と私は思う。

    ・平井杏子『カズオ・イシグロの長崎』
    これは著者/作品に対する解釈本なので“連想した本”としては安易過ぎるが、ノスタルジー、子ども時代の記憶、外国、といった軸で彼の作品を捉えていたこの本の解釈は特にこの作品にドンピシャだったのかもしれない。

    ▼好きだったセリフ(うろ覚え!)

    「トロフィーのようなものが欲しかったけど今は別のものがほしい。私が何をしたかとかどうであるかということと関係なくそこにあって、そこに戻ってこれるもの、例えばいつもそこにある空のような。」

    「私には、子ども時代が外国のようには思えないのです。ずっとそこにいて、ようやく今旅立とうとしているところです。」

    ▼タイトルについて

     わたしたちって、誰と誰だろうか。誰もがそうではないかもしれないけど、意外と私やあなたやあの人もそうかもしれない。拡大解釈し過ぎか。過去形なのは、救いと私は感じた。

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    2026年02月07日
  • わたしたちが孤児だったころ

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    冒頭は1930年代で主人公クリストファー・バンクスは20代なかば。ロンドンで、子供の頃からの夢だった探偵として認められつつある。
    クリストファーは子供時代を上海の租界(外国人居留地)で過ごした。父親はイギリス貿易会社の社員で、母は上海の人々がイギリスが売りつける阿片で苦しんでいることを許せずにいる。そして自分たちの不自由のない生活には中国人たちを阿片付にしていることで父を責める。
    クリストファーの一番の友達は日本人一家のアキラだった。二人とも異国で暮らしているのだが、自分の国は上海だと思っている。子供なりに人生を見つめる独自の理論や哲学、自分を保つための嘘もある。
    だがクリストファーの父が、次いで母が相次いで行方不明となり、彼は10歳で一人でイギリスの親戚に引き取られた。

    そして現在、クリストファーは探偵として事件も解決しそれなりに評価も高まってきている。最近親しくなった女性、サラ・ヘミングスは社会的地位のある男性を狙う野心家のようだが彼女は何かを成し遂げる人物を欲している。そしてかつて第一線にいて今では引退した老外交官の後妻となり上海に渡った。

    ロンドンでクリストファーは、両親をなくしたジェニファーという少女を養女に迎えた。だがいよいよ両親失踪の謎の確信に近づき、ジェニファーが学校にいる間に上海を再訪することにする。ジェニファーは「わたしはおとなになって、クリストファーおじさまを助けてあげるわ」と言う。
    そして1937年、クリストファーは上海に渡った。

    主人公が探偵で、両親に何があったのか、この先どうなるのかという推理小説要素もあります。
    上海ではクリストファーの調査がちょうど上海での日中戦争(第二次上海事変)の真っ只中、クリストファーも残酷なものを多く目撃します。上海の現地中国人の貧民窟の様子とか、その貧民窟での日本軍による砲撃などは本当に悲惨で。

    子供の頃のクリストファーもアキラも、中国人を使う立場で不自由なく暮らしているけれど、やはりここが完全に自分の居場所ではないとも感じている。しかしそれぞれが自分の国(アキラは日本、クリストファーはイギリス)に戻ったときは「上海の租界こそが自分の居場所」だと感じる。大人になって上海に戻ったクリストファーは「自分はずっと租界にいたころの子供の延長だった」と感じている。
    題名の『私たちが孤児だったころ』は、実際に親がいないという意味もあるし、精神的に居場所を探しているって意味もあるのかな。ラストでクリストファーは「最善を尽くすしかない」と結論に達する。題名の「だったころ」と過去形なのは、やっぱり心の平穏はないけれども、そんな状態を受け入れて自分の心のあり方が落ち着いたってことでしょうか。

    <最後まで使命を遂行しようとしながら、最善をつくすより他ないのだ。そうするまで、わたしたちには心の平安は許されないのだから。(P530)>

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    2026年02月01日
  • わたしたちが孤児だったころ

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    なんだろ、ファンタジーを歩いているようなふわふわした感覚がありながら、後に残る感情は妙に生々しいものがある、という感じだった。
    すべてはパフィンの夢だったのではないかとも思えるような子供じみた奇妙な展開がところどころにあるが、読み終えてみると、実は全てこうなることは最初からクリストファー自身が分かっていたかのような感覚を受けた。そのアンバランスさがこの時代背景や孤児ということをより際立たせているように感じた。少しミステリーぽい要素もあり、スラスラと読めた。

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    2026年01月16日
  • シーラという子 虐待されたある少女の物語〔新版〕

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    環境次第で子どもはここまで変わるのかと驚いた。虐待の場面は読むのが辛かったが、シーラの成長が気になって後半からは読むのが楽しみになった。

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    2025年09月02日
  • わたしたちが孤児だったころ

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    とても長いとても良い作品。ちょっと時間掛かってしまったが、途中で見失なうことなくなっ。ラストのお母さんと再会する場面は 遅いホント遅いから 孤児だったマフィンの為だけに中国人に奴隷になって生きるしかないお母さんが哀れ過ぎる、孤児だったマフィンではなくなっ。戦争が悪いと言えばそれまでだけど、やっぱ叔父のイギリス人かな地獄に堕ちなきゃならないのは。マクドナルドの立ち位置がわからないのと危険な戦闘地帯をいるわけがない両親を探してアキラ似の日本人と一緒にいる所もわからないのと娘のジェニファーの存在がどこに向かうのかと1番わからないのは解説が一言も入ってこないって事 カズオイシグロの読みたいの読めたので時間があればまた読もうかな

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    2024年11月16日
  • わたしたちが孤児だったころ

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    ネタバレ

    カズオ・イシグロらしい記憶を辿る旅。
    過ぎ去ってしまった時への郷愁、おぼろげであり、夢のようであり、心に確実に刻まれた感覚、忘れがたいのに指の間からこぼれ落ちていく切なさ。
    近未来のSFだったり、中世ヨーロッパだったり、どこが場面だったとしても、その通奏低音は変わらないのだが、今回は探偵の物語。戦前、戦中の上海租界とイギリスを舞台が舞台。
    前半、なかなか進まない中にも主人公の自我の強さ、探偵小説としては楽観的な展開に(探偵小説ではないのでそれ自体は構わないのだが)、後半の展開はスリリングというより目を閉じたくなる内容で、ゆっくりとした展開のうちに自分がどれだけ主人公に感情移入していたかに気付かされた。
    稀有な作家、これにて全作品を読破。次作も楽しみで仕方ない。

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    2024年08月17日
  • 機械じかけの猫(下)

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    面白かった。最後まで読むと話が繋がって行く。たぶん、こうなるんだろうなーという予想はしてた。その予想通りに物語は進んだのはちょっとつまらない。
    と思ったけれど、別のストーリーラインで以外な終わり方になった。



    そんなわけでネタバレ。無駄に長い。







    上巻の感想でも書いたかもしれないけれど、再び書く。
    主人公は精神科医ジェームズ患者はコナーという男の子。コナーの母親のローラ。
    コナーの妹のモーガナ。ローラの頭の中のトーゴン。
    さらに下巻では
    ローラの恋人(?)ファーガスが登場する。

    話は上巻と同じような感じで進む。



    現在の話。
    ・コナーのセッション
    ・モーガナのセッション
    ……時々二人まとめてのセッション

    ・ローラの過去話。
    下巻では主にファーガスの話がメイン

    ・ローラの頭の中のトーゴンの世界『森』



    この3つが入り乱れて進む。



    他の人のレビューを見ていると、『判らない』というのを見かけた。確かに、この3つが入り乱れていると、話が分かりずらい。

    まず、現在の話。
    ・コナーのセッション
    これは上巻も下巻もあまり変わらない。コナーはあまり話さない。それが少しだけ話すようになって「男の人の幽霊が居る(と思ってる)」という事が判る。
    この点だけ頭に残しておけば、問題はない。

    ・モーガナのセッション
    これはほとんど頭に残さなくていいと思う。
    最後のどんでん返し(?)みたいなもののために、書かれてるだけで話の筋を捉えるためにはほとんど必要ではない。

    ・ローラの頭の中のトーゴンの世界『森』
    これは私の好みで、とても好きだったのだけれども……。物語だけを追うのならば、需要度は下がる。

    ・ローラの過去話
    上巻では子供時代の話が書かれていた。下巻では恋人ファーガスとのやり取りが続いていく。

    物語を追うのならば、この過去話が一番重要だと思う。
    物語を追うだけならば、『ローラの過去話(特にファーガスとの話)』にコナーのセッションだけで事が済む。『森』の話もモーガナの話も物語の大きな筋には関係が無い。



    悪く言えば、詰め込みすぎな話だと思う。あれもこれも書きたくて詰め込んだらこうなった……みたいな。

    もしくは、テーマを『現実とは何か』にした結果、『想像の産物』を組み込んで、そこにさらにサスペンス仕立ての謎を突っ込んだらこうなったみたいな。



    この話は二つに分かれてしまう。
    「コナーは何を知っているのか?」「モーガナは誰と遊んでるのか?」

    という謎にそれぞれ

    「コナーは現実を知っている」「モーガナは想像の産物と遊んでいる」

    という全く別の回答が出てくる。


    物語のメインはコナーだと私は思う。
    コナーは最初から『現実(主人公たちがいる世界)』で起こる事を言っている。
    どんなに怪奇に聞こえても、コナーの言葉は全て『現実』を指している。けれども、それは誰にも信じてもらえない。
    それどころか、言葉にして誰かに伝えると「何を言ってるの?」「おかしい」と責められる。だからコナーは話さなくなり、自分の世界に閉じこもる。
    コナーは「じゅうたんのしたに男の人がいる」「幽霊がいる」という。

    それらは、最終的には事実だったと明かされる。
    母親(ローラ)が男(ファーガス)を殺し、捨てたのだ。コナーはそれを見ていて、知っていた。ローラはコナーが小さくて覚えてないと思っていた。



    ローラとファーガスの付き合いが過去編で語られている。……結構、うわぁぁぁぁ。と思ってしまう。いや。うん。心当たりがありすぎてね。チャネリングとか天の声とか。

    私はそこまでのめりこめなかったけれど、一時期そーいう世界を覗いてみた身としてはなんか「判る」みたいなものがあった。

    そして、ファーガスの性格……
    普通に考えたらただのストーカーなのに、それを「運命」とか言えるヤバさが怖かった。でも、最初はそれに気が付かないローラの気持ちも何か分かる。みたいな……

    色んな意味で「うわぁぁぁぁ」と思いながら読んでいた。



    ファーガスは結婚していても、ローラと付き合う。つまり、女なら誰でもいい……と普通は思う。というか、大半の女性がそう感じる。そして大半の女性は誰でもいいなら自分意外とどうぞと思う。けれど、ローラはファーガスと付き合う。
    そして、結婚している女性でも自分でもない、新しい若い女の子とくっついているのをみてショックを受ける。
    ……読んでいる読者としては想定範囲内の内容だ。
    そこで別れ話になるだろう……と思ったが、なぜかそれでも付き合い続ける。それもファーガスが「許してくれ」と言ったからだ。
    ファーガス、離婚したのか?という突っ込みはどこからも出てこない。

    さらには、結婚し子供までいるローラをファーガスは執拗に追いかける。……いや。だから、奥さんどーした?さすがに嫌気がさして離婚になったのだろうか?と思うけれど、そんな話は一切出てこない。

    トーゴンの話をあれだけ丁寧に書くのなら、ファーガスの奥さんの話ももう少しだけ出してほしい。そんなわけで(?)ローラはファーガスに襲われて、その恐怖でローラはファーガスを殺してしまう。



    ……というのが物語の核だと思う。

    トーゴンの話と絡めるのならば、トーゴンも男に襲われてその男を殺す。というような点はあるけれど、
    トーゴンが殺したから、ローラも殺したのか?と考えるとそれもちょっと違う気がする。
    ローラにトーゴンがいなく(感じなく)ても、ローラはファーガスを殺していただろうと思うから。



    物語は「コナーの意味不明な言動は、母親のローラがファーガスの殺人を見たせいで起きた」という、とても単純な筋だと思う。



    が、ここに物語のテーマ

    「現実とは何か」を突っ込むと、上記の物語の筋は脇に追いやられる。
    コナーもローラも物語の序章でしかない。
    物語のテーマを真ん中に持ってくると、メインに来るのは
    「襲われた男との間に授かった子供たち」になる。
    トーゴンの子供と、ローラの子供モーガナ。



    トーゴンの子供は「ラー、グレート・キャット」
    ローラの子供は「モーガナ」

    モーガナはローラ夫婦の子供ではなくて、ファーガスとの子供。
    で、最後の最後に実はこの二人が「遊んでいた」という事が暴露される。

    さて、トーゴンの話は本当に『ただの想像の産物』だったのか?

    という疑問で物語は終わる。



    トーゴンの子供の名前を忘れていたりすると、最後は意味不明になってしまう。
    なぜモーガナが「ライオンキング」と言っていたのかと言えば、たぶんイメージでのやり取りだからではないのかな?と推測する。

    『グレートキャット』というものがモーガナには「ライオン」をイメージさせたから、「ライオンキング」になったのでは?と。



    コナーは現実(主人公たちが存在している世界)の子供だ。
    なぜなら、コナーの父親はとても現実的に物事を考える。その性格を真っすぐに受け継いでいる。だからこそ、現実の事しか言わない。そして、現実のことを言っているのに、否定されてしまった。

    コナーには適切な言葉を選ぶ能力が少しだけ足りなかったのかもしれないが、否定された故に世界は閉じてしまった。



    一方、モーガナは想像力豊かなローラとチャネリング能力のあるファーガスとの子供。モーガナは現実に存在していながら、向こう側(『森』の世界)を垣間見ている。けれど、それを「言ってはいけない事」だと理解している。だから、普通の子供として存在している。



    さて、『現実』とは何か?想像力で見える世界は、いったい何なのか?モーガナは誰と遊んでいるのか?



    現実の事を話したコナーは現実を拒絶して、想像(『森』の事)を話さないモーガナは現実を受け入れている。という対比を表しているんだろうなーとは思う。

    ただ……その対比のために物語が膨らみすぎていて、疲れた。
    ストーリーラインはなるべく一つの方が読みやすい。



    タイトルの「機械じかけの猫」はコナーが現実とつながる唯一の手段として出てくる。読み終わると、これもまたチャネリングの一種なのでは?と思ってしまう。コナーは機械じかけの猫(ぬいぐるみや厚紙の猫)を通して、現実に触れる。そうやって現実に合わせる機械(もの)がなければ、現実の世界に居られないくらい現実を拒否していた(もしくは、現実に拒否されていると思っていた)のでは?

    コナーが現実を拒否したのは想像の世界が存在しなかったからだ。だからこそ、現実に感覚を合わせるものが必要で、それが「機械じかけの猫」だった。だとするのなら、【想像】は現実に感覚を合わせる「機械じかけの猫」になるのかな。

    と、いろんな事を考える。……考えて書いていたら、長くなったのでこの辺りで終わり。


    と思ったけれど、最後に気になった文章を。

    『わたしはここにいて、日に百万回もトーゴンの名前を口にしているのに、それなのに本物のトーゴンはもはやそこにいないのだということをわかっていすらいなかったのだ。

    (略)

    いずれそうなると父がいっていたようなことが、わたしにも起こったのだ。次にやってきたのは、ものすごい悲しみだった』



    なんとなく…判るような気もする。振り返った時、無くしたものを感じる。遠くまで来てしまったような……とてつもない寂しさと共に悲しみが襲う。当時は分からなかったことが分かってしまう。

    それは嬉しい事ではなくて、悲しい事だと思う。

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    2023年12月12日
  • 機械じかけの猫(上)

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    主人公は精神科医ジェームズ。患者の男の子コナー。コナーの母親ローラ。ローラの頭の中のトーゴン。トーゴンの世界『森』

    話は、主人公のいる現実とトーゴンの世界『森』を行ったり来たりする。世界はほとんど交わる事が無く、話が進んでいく……と思っていたのに
    ローラが成長したら、少しだけ現実と森が交わった。



    話の核として出て来てるコナーがなんだか、蚊帳の外みたいな感じだなと思った。けれど、最後でローラの話になった。ローラの知り合いが「あの方はあなたのことをもうすべて、̪知ってらっしゃるはずだから」と言う。あの方というのは教祖と呼ばれる人。



    コナーは「猫は全てを知っている」と毎回繰り返していた。なんだか、関係あるのかなー?と思った。



    ちょっと気になった部分。

    「わたしには痛みを感じないために体と精神を分離するという大人の技術をすでに習得した人が見えるのです」

    「だれでもときには空想の世界に住みたいと思うものさ、ローリー。でもそれは大人のやり方じゃない」



    上のセリフはトーゴンのもの。
    自分は大人か子供か迷っている人にかけた言葉。
    下はローラが自分の父親に森の世界を説明した後に、父親からかけられた言葉。
    父親はローラの言う事を「空想」と切り捨てた。



    トーゴンの言葉は一理あるなと思った。確か、成人の日辺りの新聞に「大人って何?」みたいなものが書いてあったけれど

    「痛みを感じない人間が大人」というのは、確かにそうなわけで……正確には「痛みを表さない」だけれども。



    そして父親の言葉。
    「空想の世界に住まないのが大人」
    大人の定義って色々あるなと思ったのです。



    ローラは「現実とは何?」という疑問を問いかける。その為のトーゴンの物語という事を忘れそうになってしまう。
    コナーはどんな現実を見ているのか。コナーの妹のモーガナも現実なのか空想なのか、よく判らない世界の話をする。大人たちはそれを「空想」と決めつける。
    特にローラがそれを「空想」と決めつけてしまった事にはちょっと驚いた。
    ローラは子供ではなくて、大人なのだと再確認してしまった。



    上巻を読んだ限りでは「空想の世界に住む子供」と「現実(だと思っている)の世界を生きている大人」のお話しなのかなと思った。

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    2023年12月12日
  • ひまわりの森

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    ネタバレ

    戦争を経験して心を傷つけられた女性(母親)を軸に、主人公である娘が振り回される話だった。主人公が自分で動いているように見えて、実は母親に振り回されてる。

    ただ、これが『戦争による悲惨さ』なのか、『家族のしがらみ』なのかは分からなかった。


    私はどちらかと言えば、『家族のしがらみ』のように見えた。
    母親の経験は確かに『酷い』のだけれども、主人公の娘の視点から見るとそれは『呪い』にしか見えない。だから、『呪い』が解けて物語が終わる。

    『呪い(幻影)』が溶けた後の『現実』がどれだけ残酷でも、呪いは解けてしまった。
    母親は強い勇者でもなければ、か弱いお姫様でもない。下手をしたら魔女だったかもしれないという現実。

    『勇者ではなくて人間だった』程度なら、子供の成長物語で微笑ましいけれど『魔女かもしれない』は結構衝撃的。
    もちろん作中にそんな言葉(勇者や魔女)は出てきません。私的解釈です。



    『家族のしがらみ』という風に読むと、エグイ。



    ただ、表面は『戦争の悲惨さ』でコーティングしてある。
    なので、「戦争中にこんな事があったんだ」という視点で見る事も出来る。



    この本を読んでる途中で、とある記事のゲーム紹介でその名前を知った。

    『レーベンスボルン』
    ドイツの優生思想に基づく「アーリア人増殖のための収容所」……ドイツは選ばれた人種を集めて子供を作っていた。



    この話自体はずいぶん前に聞いたことがあった。収容所の名前までは覚えてなかったけど。
    ただ、イメージとしては『了承した人達(妊娠したい人)を集めた場所』だと思っていた。

    「ひまわりの森」では、『強制的に』人が集められ強姦され子供を作らされたという事が書かれている。ラーフェンスブリュックという収容所の名前も出てくるけれど、ここでの事はあまり書かれていなかった。

    調べると女性の収容所だったらしい。(一部男性もいたとなってた)



    他にも色んな地名・国名が出てくるので、それらを調べてみるのもいいのかもしれない。
    地図があれば判りやすいのになと思ってしまった。地名だけでは……それ、どこ?である。
    カンザスとかテキサスとかノルウェーのウェールズとか…聞いたことあるような気がするけど、地図として頭には入っていない。

    ついでに言えば、主人公は『アメリカ』に住んでいる事になっているけれど、戦争の話はヨーロッパの辺りをあちこち移動する。
    …どこまでがアメリカでどこからがヨーロッパの話かが分からない。地図が描けない。全て異国の話だと切り捨てるしかない状況。
    さらに言語が複数出てくる。英語はもちろんドイツ語フランス語ノルウェー語。……語学堪能すぎると思ってしまう。
    が、それらが、どこで使われている言語なのか。ノルウェーに行って使ってる言葉は何なのか謎だ。
    主人公はノルウェー語は未熟となってたのに、なぜか意思疎通が出来てる。つたない言葉で何とか伝えてるんだろうか?


    日本語しかできない身としては、複数言語習得してる主人公が空の上の存在だ。


    そんな感じで『家族のしがらみ』を除けば、知的好奇心を刺激してくれる作品だったと思った。

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    2023年12月12日
  • シーラという子 虐待されたある少女の物語〔新版〕

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    問題を起こす子供が、本人の問題ではなく、本当は虐待や育ってきた環境に大きな原因がある可能性がある。もしかしたらほとんどがそうなのかもしれない。問題を起こす大人も同様なのだ。

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    2023年12月03日
  • タイガーと呼ばれた子 愛に飢えたある少女の物語〔新版〕

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    最後に出てくる、お母さん宛ての手紙に心打たれる。
    シーラが母親に執着せず、かといって恨むでも突き放すでもなく、母を想いながらも今は解き放たれて充実な人生を送っているのが伝わってくる。前作に続き、分厚い本を頑張って2冊読んできたことを良かったと思えるラストでした。

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    2023年12月01日
  • 自閉症のぼくが「ありがとう」を言えるまで

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    とても良かった。アルジャーノンに花束を読んだあとのような感覚がある。
    うちの甥っ子に文字盤をあげたくなった。
    きっと彼にも内なる声がある。

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    2023年07月17日
  • うそをつく子 助けを求められなかった少女の物語

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    高校の頃から好きな作家さんで、久しぶりの新刊をワクワクしながら読みました。
    色んな家庭環境がある中、あってはならない環境に身を置いている人は想像するよりもずっと多いです。そんな環境から身を守るためにこじれた子どもがトリィや周りのスタッフに支えられながら、新しい自分の居場所を見つけていくところが好きです。その子の本当の気持ちや、恐怖心はどこから来るものなのか、推理しながら読んでいます。

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    2023年06月30日
  • うそをつく子 助けを求められなかった少女の物語

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    全作品読んできた大好きなトリイ・ヘイデン16年ぶりの新刊。
    初めて読んだ「シーラという子」から変わらないトリイが読めたことに心が震える。
    暗闇の中1人で苦しみと戦わざるを得なかった子供が、トリイと出会い光溢れる世界の入り口を見つけた瞬間の笑顔の描写は何度読んでも感動してしまう。
    解説が信田さんという所もまた素晴らしい。
    訳者あとがきに書かれていた新作の出版が楽しみ。

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    2023年03月29日
  • うそをつく子 助けを求められなかった少女の物語

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    トリイがウェールズに移り、ボランティアとして1人の女の子を相手にセラピーをする話。
    ジェシーは日常的に嘘をつき、周りの人々をあらゆる手段を使って困らせてしまう。ジェシー自身の心の苦しみが伝わってきて、やりきれない気持ちになってしまうことがあった。
    そんなジェシーに対して献身的に、愛情深く接するトリイ。ボランティアという形でなければ、もっと色々なことがトリイならできたのではないかとも思った。でも、少しずつジェシーにとって良い方向に事が運び良かったと思った。
    そして現在、ジェシーが幸せで精神的にも楽になっているといいなと思う。

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    2023年02月17日