マーガレット・ミッチェルのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ言わずと知れたハリウッド名作映画の原作だが、映画と原作は全く別物だそうです。まぁ映画観てないんで関係ないですが。
アメリカの南北戦争を目前に控えた南部。アイルランドからの移民を父に持ち、大農園の長女であり、周囲の目を惹きつける魅力をもったスカーレット・オハラ。
南部の娘は毎週の様に開かれるパーティーで男性を見つけ結婚するのが昔ながらの幸せとされる。スカーレットはその容姿でいつも男性たちを虜にしていたが、自分が密かに心を寄せるアシュリには想いが届かず、アシュリはメラニーと婚約を発表する。
なんでも自分の思い通りにしてきたスカーレットは傷心の中、全く好意も興味も抱いていないメラニーの兄チャールズと結婚を決意する。しかし、そんな彼女の前に現れたのは南部の伝統やしきたりを軽視する傍若無人の男、レット・バトラーだった。彼女はレット・バトラーの自由さに驚きながらも、人に見せたくない自分の真の姿を見られてしまい腹を立てる。
チャールズは南北戦争の南軍の兵士として出兵したが麻疹にかかって亡くなり、スカーレットはほんの数ヶ月間に未亡人となってしまう。
南部の未亡人は喪に服し、男性と口を聞くことなど許されない。スカーレットも銃後の守りとして傷病兵の介護をする事を手伝っていたが、パーティーやダンスにも行く事もできない鬱憤が溜まっていた。
しかし、そこに再び現れたのはレット・バトラーだった。彼はスカーレットに、初めて会った時の自由さがなく、南部のしきたりに反抗しない彼女はつまらないと言ってのけ、再び彼女を怒らせる。
レット・バトラーは挑発するようにパーティーでダンスの相手に未亡人となったスカーレットを選ぶ。スカーレットもその挑発に応え、周りの驚きと好奇の目に晒されながらレットの手をとり、ダンスを踊って見せるのだった。
5巻まであるそうですが、その第1巻はまさに導入。自己中心的で世間知らず、南部の世界だけが全てであり、正しいと信じていて、いくら大人ぶっていても少女でしかないスカーレット・オハラと、外から来たよそ者ではあるが、外の世界を知り、南部の閉塞感を嫌うレット・バトラーの人物と、南部の大農園の暮らしを丁寧描いている。
面白いです。 -
Posted by ブクログ
出色のヒロイン、スカーレットの物語は、過去に読んだアイン・ランドの「肩をすくめるアトラス」にあった次の一文を思い起こさせる。
「円は自然にかなう運動であり、私たちの周囲の無生物界にあるのは円運動だけだと人は言うけれど、直線が人間の記章なのだ、と彼女はおもった」
スカーレットは行動する。摂理にかなう円運動ではなく直線を引こうとする。彼女の直線運動はたいていの場合、惨めで呪わしい結果を生む。愚かなのだが愛さずにいられないのは、愚かさゆえ。
よりどころ、たよるべき人を貪欲に求めて鞍替えしていく姿は、浅ましい。だが悪徳も魅力と思わせる描き方がされている。彼女の生き方が呼ぶ波紋を通して、南北戦争前後のアメリカ社会を知ることができる。
また一方で2つの比較、豊かなタラ農場の土の匂いと、興っては滅びそしてまた復興する人工的なアトランタの街との、対照が鮮やか。たしかなものは大地のみであり、スカーレットの生きた証である直線運動も、俯瞰してみれば円運動なのだという気がしてくる。
本書は荒このみさんの訳が小気味良い。また各巻の解説が充実しており、これを読むためだけでも、岩波文庫を選択する価値があると思う。 -
Posted by ブクログ
名作と言われる小説で手をつけようとしたのは外国小説を読みたかったから。
スカーレットの性格と私自身の母の性格が瓜二つだと察知。読んでいて、恥ずかしくなるような、嫌になるような感じでした。母、娘の関係性というものは難しく、私は利己的で勝気な性格の母が昔から嫌いでした。
今や母は認知症で施設にいますが、
束縛を嫌がり、外に出たがる所はスカーレットそのもので、思い通りにならないと怒ります。
花瓶を投げてしまう様なところでレッドバトラーが惹かれるシーンは、ただの短気な女性としか見えませんが。どこが良いのでしょうか。
私にもその血が流れていると思うと、
似ているからこそ目を背けたくなるのかもしれません。
物語としてはアメリカの歴史に触れられるので
これからに期待して星3にします。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ最後の方に、バザーでレットにダンス相手として落札されてとびだしていく場面まで、スカーレットのことが一ミリも好きになれなかった。
両親以外の人を見下しすぎてきて、ついていけず…チャールズも十分愛らしい青年だったと思うけど、あんなにあっさり死んでしまうなんて…ここをほんの数行で終わらせる作者の潔さは面白かった。
スカーレットに子どもが生まれてから、決定的に人生の大事な選択を間違えてしまった様がありありと伝わってきて(特に子どもに全く愛情を持てないシーンがリアル)、いたたまれない。17歳という若さゆえに選択を誤り、社会の慣習に押し込まれる様子が、いや自業自得やろという気持ちもありつつ、かわいそうだった。今読むと、女性はしとやかであらねばならない、戦争はやるべきだ、という考え方に違和感を持てるけど、スカーレットは本当によく我慢した方だなと思う。
バザーのシーンで、みんながあるべき場所に違和感を感じることなくおさまり、キラキラと楽しそうに雰囲気に浸っている様子とスカーレットの心中の対比がすごい。1巻の山場はバザーのシーンだよな〜と思う。
そしてこのシーンでレットのもとに飛び出していくスカーレットのかっこよさといったら!頑張って読んでよかったーと思えた。側から見ると相性良さそうなのに、すごく危うさがある二人で面白い。これからレットとどうなるか気になる。
スカーレットのような美しく活力に満ちて、ひたすら現実を生きる女性(今で言うとギャル、陽キャ)が、アシュリのようなインテリ青年を好きになるという構図が、けっこう現代的で面白かった。聖書の次に読まれた本ということだけど、アシュリの世間的な評判ってどうなんだろう?
わたしなんかは物語がないと人生やってらんないので、アシュリのような人は趣味が合いそうだし優しそうだし好印象だけど…スカーレットはアシュリの趣味嗜好を事実として知っていながら、そこは全否定しているのがすごく若々しい恋愛でリアルというか…今もよく言う、自分を好きにならない人を好きになるというのがまさにこれだよなーと思いながら読んでた。
一方でレットの魅力はいまいちわからず、危うい感じの男性だな〜と思っていたが、スカーレットに惹かれている様がけっこうキュートでよかった。
南北戦争の時代の南部アメリカの風景をけっこう細かく描写しているけど、その文章はあんまりすっと入ってこず、けっこう流し読みしてしまった。なぜか『赤毛のアン』の風景描写を思い出した。アンの視線を通して、木々や花、天気、空気までもが喜びなどの感情がのせられているのに対し、『風と共に去りぬ』は、アメリカの人ならなんとなくわかるよね?という印象を受けた。
あとは出てくる登場人物全てにいろいろと言及しているので、またかい、とだれる部分もあった。でもこういう人物描写にいやみがなく、さっぱりとコミカルに書いており、それぞれ愛着を持って書いているんだろうなと思った。
続きはいつ読もうかな〜先に映画観てもいいのかな〜… -
Posted by ブクログ
自分の子どもをまったく愛せず、夫が亡くなっても少しも悼むことのないスカーレットがすごいなと思う。まだまだ遊びたい、ちやほやされたいという虚栄心の強さが際立っており、そもそもなぜ結婚したのだろう、と普通に疑問に思ってしまった。
それもスカーレットの良さなのか。
また、この巻では南北戦争の犠牲の大きさも描かれている。アシュリーやレットは南部の敗北を感じ取っているが、残された人々は南部が勝つと信じ続けている。この対比に、戦争の恐ろしさを感じた。前線にいる兵士たちは、日々の戦いの中で戦況を肌で感じ取ることができる一方、後方に残された人々は新聞の情報を信じるしかなく、意識が方向づけられていく。
この巻は、スカーレットの話だが、戦争そのものについても深く考えさせられる内容だった。 -
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昔からそのタイトルだけはすごく有名だったので知っていたが、今になってようやく読むことになった『風と共に去りぬ』。韓国ではこの小説の最後の紋章である「tomorrow is another day」を訳した「明日は明日の太陽が昇る」がとても有名だ。この小説を読んだことがない人でも、このフレーズだけは大体知っている。
日本ではこのフレーズが「明日は明日の風が吹く」と訳されているようで、同じ意味をおたがい異なって表現している点は面白いが個人的には韓国語の訳の方が好みである。比喩的に語りながらもいいし原文の意味をありのまま含んでいるところが良かった。
小説は、わがままなスカーレット・オハラが南北戦争っていう大事件に遭って自立した女性として成長していくという内容だが、正直に言うと物語自体はあまり面白くなかった。確かにこの小説が最初に発表された1936年当時はある意味で斬新だったかもしれないが、今さら読むには少し地味な感じがする。
上でも語ったあの有名な最後の文章についても、文章自体はいいものだが「これで終わり?」と困惑の気持ちの方が大きかった。自分がアメリカ人ではないためその感性を完全には理解できなかったのかもしれないが、その名声の高さのわりには少し失望したのも事実だ。
それでも主人公のスカーレット・オハラは確かに魅力的だ。この本を今になって手に取ったのも実は東野圭吾の小説『白夜行』や『幻夜』の中でヒロインたちが憧れているキャラクターとしてこの小説のスカーレット・オハラを語る内容があったからだった。
反社会的でありながら一方では現実的で主体的でありながらも時には弱いというなど、いろいろ魅力的なキャラクターであることだけは確かに否定できない。
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タイトルがあまりにも有名かつ、カッコいい、その上全5巻の長編なので「高尚な文学作品なんだろうな」などと思い読んでこなかった作品ですが、読んでみると、予想以上にとっつきやすい作品でした。
何よりヒロイン、スカーレット・オハラのキャラクターに、いい意味で予想を裏切られました。
言ってしまえば、貴族階級で男子からモテるスカーレットが、自信満々に自分が思いを寄せる男子に告白したら、思いっきりフラれる、というのが話の書き出しになります。
現代的な翻訳の妙味というのもあると思うけど、スカーレットの生意気さ、傲慢さ、勘違い、一方でのフラれてからの現実逃避であったり、周りの見る目を気にしたり、八つ当たり気味の捨て鉢な行動など、
国も時代も違えど、等身大の思春期の女の子の感情や行動がありありと、みずみずしく描かれていたと思います。
高尚な文学というよりも、少女小説、もっというなら少女マンガを読んでいる感覚の方が近かったかもしれません。
このスカーレットの周りに現れるなんとも意味深な男、バトラーの存在も気になるところ。スカーレットの身分の下に隠れた、激しい感情をいち早く気づき、からかってくるバトラーと、それに心惑わされるスカーレットの姿を読んでいて
「いや、これ、マンガやアニメでさんざん見たパターンのやつですやん!」と心中で思わずツッコミをいれました(笑)
この時代の文学から、この手のカップルのパターンの黄金律はあったんだなあとしみじみ感じます。
キャラクター的には少女マンガ的な気風を感じるのですが、スカーレット家の歴史をしっかり描いたり、南北戦争や奴隷制度が残るアメリカ南部の世相を作品に落とし込んだりと、背景がしっかりと描かれているのが、さすが名作の雰囲気を感じさせます。
スカーレットの人生の波乱と、歴史の転換の交差を予想させ、先の展開を楽しみにさせる一巻だったと思います。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ戦争がかくも人の考え方や生き方を変えてしまうのか。主人公マーガレットのような、狡賢い女でさえも、戦争さえなければ。
ただ一方で、戦争でマーガレット自身の根本が変わったかというと、そうでもないと思う。ひもじい思いをしていた時代以外、相変わらず自分のことしか考えていない。最終盤で、メアリーやレットの有難さを知り、アシュリに対する思いはただの自分の妄想に近いものだと悟るが、彼女は果たして本当に心から自省したかというと、してないと思う。結局自分の為になってくれた人、自身の損得勘定でその時プラスだと感じた人の為に好きと言えたり泣けたりするだけであって、彼女は本当に冷たく心の貧しい人だと思った。
現代日本にもこういう人はいる。外面はいいんだけれど、知れば知るほど自分のことしか考えてない人(家族とか大親友レベルにまでならないとわからない)。本作が、そこに対する批評的な面までかかれていたら傑作だなあと思ったが、触れてないので、もしかしたら作者としては「マーガレットは本当に改心した」というお話なのだろうか?