加藤廣のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
作者の加藤廣さん、初めから作家ではなく実社会で活躍の後、75歳から書き初め『信長の棺』での堂々たるデビュー、歴史小説家となられた由。
読んではいませんがニュースは知っておりまして、ある政治家が愛読書とおっしゃっていましたね。
つまり、退職後作家で藤沢周平の『三屋清左衛門残日録』の清左衛門の仕事を彷彿させます。
しかも、この『利休の闇』お書きになったときは84歳になっていらした。
この年齢に親しみを覚え、尊敬しますね。
さて、「利休」はいろいろ小説に登場したり、たくさんの伝や論が書かれています。
わたしも野上弥生子さんの『秀吉と利休』を読んでいます。
ほとんど忘れていますから、比較が -
Posted by ブクログ
秀吉も悪いが利休も悪い!
先月、新刊の平積みの本として目に入る。帯の『利休は何故切腹したのか?』が何故か引っかかり購入した。
本書を読み千利休のイメージが変わった、後書きにも書かれているが、日本人特有の判官贔屓により傲慢な成り上がりの秀吉に利休が切腹を命じられた事で理由はどうあれ秀吉悪の利休善と思ってしまう。しかし本書を読むと一概にそうとも言えない。
何れにしても晩年の利休と切腹を命じた秀吉の二人ともに出逢った頃の茶を思い出して欲しかった・・・
何事もルールやマナーなど概念的なものを規則化し文章化してしまうと、解る人には解りやすく、興味を持たない人を遠ざけてしまうのでは?と思った -
Posted by ブクログ
利休が秀吉により、切腹されられた謎を解くミステリーというけれど、それほどミステリアスな話でもない。
本書では、秀吉が求めた大らかな茶の道と、「遊」なるが故やたら小うるさいルールが必要だとする利休との茶の道の路線対決という構成になっている。
ただ若い時には淫蕩三昧な生活を謳歌していた利休が、突然お茶の求道者に変化したのかが、イマイチよく分からない。
利休(宗易)が信長時代に、秀吉(当時藤吉郎)の茶の手ほどきをし、秀吉の茶の師匠として振る舞ったという描写はあるが、茶人として名声と権威を誇り、秀吉の政事にも大きく関わったというような描写は端折られている。
また秀吉が江戸を中心に関東を見て回って、 -
Posted by ブクログ
著者の「信長の棺」「秀吉の枷」「明智佐馬助の恋」は読んでいる。帯にはいよいよ最終章へとあるが、信長の遺体消失の謎は解決しているしなあ、と思いつつ頁を開く。
久し振りにサクサク読書できた。変に利休を美の探究者として褒め称えていないのが良い。秀吉の茶はもっと大らかなものでいいじゃないか、という言い分ももっともだとも思う。天下人が云うのは矛盾があるとしても。
武士の茶、利休の探究の茶、秀吉の茶。茶道といっても違うものだし、利休がその探究を押し付けた結果の衝突かな。
岡倉天心「茶の本」、藤森照信「茶室学」のことなど思い出した。
淀の方の懐妊以前の秀吉後継とか、小田原征伐後に秀吉が江戸を初め関東 -
Posted by ブクログ
上下巻読み通しての感想。
「信長公記」の著者・太田牛一の視点で信長の死にまつわる謎を追う物語である。
本能寺の変後、必死の探索にもかかわらず信長の遺骸は発見されなかった。
果たして遺骸はどこへ消えたのか?
古来より戦いの勝者によって歴史書が作成された例は多い。
日本だけでなく海外でも、勝者がやがて国の覇者となり、勝者・・・すなわち覇者にとって都合の良い歴史書は数多く残されている。
秀吉も例にもれず、牛一に命じて意に沿った書を書かせようとするのだけれど・・・。
牛一という人物がやけに人間臭いのだ。
自分の信じてきた信長像から外れた情報は嘘だと信じようとせず、本来ならば後の世に残る資料になるかも -
Posted by ブクログ
ネタバレ作者が「置き去りがたく、捨て去りがたく思いながら、書き残した人物」たちの短編集。
作者の思い入れが強すぎてか解説が多くて物語の盛り上がりに欠ける気もするけれど、視点が楽しくて最後までワクワクした。
信長を幼少時代から見守る平手政秀。
南蛮人に占拠された伊吹山の薬草園の謎。
秀頼に関わる只ならぬ噂の真相とは?
幕府とキリシタンの板挟みに苦渋の決断をする天草富岡城城代。
ドラマや小説ではヒーローとしては登場しない、権力に翻弄される人々から語られる、信長、茶々。
権力を手にした人間の醜さに弱々しくも立ち向かいながら、進む道を模索する。
それぞれが信念を貫いている様子が心地よいのかも。