ジャレド・ダイアモンドのレビュー一覧
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下巻は 宗教・言語・健康
全部の卵を1つのカゴには入れてはならないというリスク回避の教訓
宗教学における機能主義的アプローチ
宗教はある種の役割を担い、社会秩序を維持し、人々の不安を慰め、政治的服従を教える
旧約聖書4分着
善なる全知全能の神が存在するのであれば、なぜこの世に悪が起きるのか?
超自然的な信念は、事実上すべての宗教に存在する
他人にとっては信じがたい宗教的迷信を、時間や資源を投じて信じることが、どの宗教にも見られる特徴である
人に癒しや希望を与えて、人生の意味について語る
人は不幸な目に合えば会うほど、より信心深くなる。止める人々よりも貧しい人々が、止める地域よりも貧しい地域の方か、止める効果よりも貧しい国家の方が宗教が盛んである。
宗教には、自宗の真実性のみを主張し、他宗はでたらめだとするものが多い。異教徒に対する殺害行こういや略奪行為は許されるものとされ、それを行うことが義務ともされていた。
愛国的な主張の暗部の正体
旧約聖書は、異教徒に対して残忍であれと言う説教に満ちている
人類史上最も大規模な虐殺は、植民地主義に走ったヨーロッパのキリスト教とか日ヨーロッパ人に対して行った侵略の時代である、キリスト教とは道徳的な正当化を行った。
言語を消滅させる方法、話者の殺害、使用を厳禁し厳罰に処する。 -
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興味深かったのは、ニューギニアで交通事故を起こした場合の調停の部分。
使用人として事故を起こした場合は会社が責を負い、すべて対応するのは当たり前ですが、報復殺人を避けるために代理人を置いてわずか5日程度で調停が終了する。代理人は被害者・加害者とは別の部族のものが行い、ほぼ1回の調停で賠償額(Sorry Money)を決め、報復殺人が行われないと確信した時点で被害者・加害者ともに葬式が行われた。もし個人で起こしてしまった場合には、加害者の村・親類縁者が賠償することになる。
このような状態になっているのは、現代社会において事故など発生しても当事者同士がかかわることはまずないが、ニューギニアでは反対に一生関係を持ち続ける可能性があるからだ。
マオリ族の遠隔地戦争を支えたのが、従来栽培されてきたサツマイモではなくて、ヨーロッパからもたらされたジャガイモで、それは生産性が高かったから。
マオリ族の一部の部族がマスケット銃を得て、ほかの部族を滅ぼしていったが、ほかの部族にもマスケット中が行き渡った結果、武力紛争は終結した。現代もあまり変わらない。 -
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ジャレド・ダイアモンド「昨日までの世界(原題:The World until Yesterday~What can we learn from Traditional Societies?)」の上巻を、やっと、本当にやっと読み終わる。
この人の本は、「銃・病原菌・鉄」、「文明崩壊-滅亡と存続の命運を分けるもの」に続く三回目、それぞれ上下巻二冊で、どれも、もぉぉ~本当に分厚くて長い。小さい活字で頁にびっしりというのが定番だ。なぜこんなに長いのか? それは彼が実際に見聞きした事実を隠さずに克明に書こうとしているからだ、ということになるだろう。今回はインドネシアのニューギニア島でのフィールドワークで見聞し体験したことをベースとしたものだが、伝統的社会(要するに西洋文明に染まっていない現地人の社会)にどっぷりと浸かって調査するといういつものパターン。よくぞここまでするものだと感心させられるのだが、そんな中での具体的な見聞記だから、それは実に興味深く面白くないわけがない。ボリュームにうんざりしながらもつい読み進むというわけだ。
現地人の生活ぶりを様々な視点から分析してゆく中で、やはり切実なのが「高齢者への対応」。伝統的社会では、高齢者はどのような扱いを受けるのか。かつて日本でも姨捨山の例があったようだが、ニューギニア高地人でも事情は同じ、いやむしろ遥かに厳しいと云えるのかも知れない。要はただお荷物になってしまった老人はもはや生きる道がない。一方で、貴重な知識や技能をもつ、役に立つ老人のみが尊重されるという事実。ギリギリの食料事情の中では当然のことなのかも知れない。生きることを許されなくなった老人には、部族によって異なるものの、①完全に無視され食事は与えられず放置される、②移動の途中で置き去りにされる、③自殺を求められる、そして④我が子によって殺される(殺し方も衝撃的なものが多い)、というパターンに分かれるよう。それにしても現代の我々から見ると想像を絶する酷い扱いとしか云いようがない。しかし食物が十分ではない極限に近い状態で生活している人間にとっては、生き延びるためには止むを得ないことでもある。
文明社会に生きる我々は、今、世界に食料が絶対的に不足しているとは云えない(偏りはあるが)中で、何も役に立たずともこのような酷い扱いを受けることはありえない。社会保障制度の恩恵でもってそれなりには生きてゆけるわけだが、果たしてこれが永続できるのかという疑問。どういう形にせよ老人がどのように社会に貢献すべきか、ということがこれからの大きな課題になるのは必至だろうし、そしてまた究極の問題にはなるのだが、最近話題になりつつある安楽死というテーマも避けては通れないのに違いない。我が身の処しかたも含めて大きな課題というべきだろう。実に厳しいことだが。 -
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ネタバレ本書(下巻)では「危険に対する対応」「宗教、言語、健康」についての考察。中でも「危険」という概念に関する考え方が面白い。それは我々にも重要な教訓を与えてくれます。
言うまでもなく「伝統的社会」における危険とは、我々の世界とはかなり異なります。例えば「倒れてきた木の下敷きになる危険」というのは我々にはほぼ考えられないリスクですが、ニューギニアの密林の伝統的社会ではそれはリアルなものです。毎日のように密林のどこかで木が倒れる音が聞こえ、年間に100日くらいは村を離れて野営しているとしたら、その頻度は充分にリスクを計算すべき数字になります。我々が交通事故に注意するくらいのリスク回避はするべきなのです。それで彼らは「大きな枯木の下で眠らない」というルールを守っているのです。それを著者は「建設的なパラノイア」と名付けます。他にも病気にや怪我、あるいは見慣れぬ他者に対する病的なまでの警戒心は、一見過敏にすぎる反応に見えるかもしれませんが、それは生存するために必要な知恵を継承してきた結果といえるのです。
その考え方を現代に置き換えるとどうでしょう。原発の重大事故がが起きる確率が、仮に1000年に一度だとしましょう。しかし世界中に100基の原発が稼働したら、10年に一度は重大事故が起きることになってしまいます。現実的に我々はそんな世界に生きていて、残念ながら重大事故も一定のペースで起きているのです。「建設的なパラノイア」は現代社会においてもなお、失うべきではない生存の為のセンスなのではないでしょうか。
最後に言語の多様性について、著者はそれが失われつつあることを嘆いています。現在、地球上にはおよそ7000もの言語が存在しているそうですが、今世紀中に数百の言語を残して消滅するだろうと言われています。それが良いことなのかどうか。バベルの塔をはじめ、世界中の様々な神話において、人類は別々の言語を話すようになったことで意志を統一できず、争いが生まれたとも言われています。しかし著者は共通言語を学ぶ必要は認めながらも少数派の言語をなくすことはないと言います。多様性をなくすことの危険性を上回るメリットはないということでしょう。言語のみならず、部族や国家、文明の多様性を失うことは、一定の条件下において全滅する危険が大きくなる。その事実に逆行しているのが現在の文明であり、グローバリゼーションという言葉に表される単純化された構造の社会なのではないでしょうか。 -
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上巻では、伝統的社会の紛争解決、戦争、子供と高齢者、について書かれていた。下巻では、伝統的社会におけるリスク、宗教、言語、健康・病気について書かれている。
伝統的社会における危険・リスクは現代社会との大きな違いのひとつに違いない。「建設的なパラノイア」と著者が名づける伝統的社会の人びとの行動が描かれているが、その行動は奇異に映っても昨日までの世界においては正しい行動であることがわかる。
宗教の話についてはその起源について考察し、人類が因果関係の把握という能力を獲得する中で、不安の軽減、事象に説明を付ける、癒しの提供、忠誠の証し、などの役割を持つようになったのではと推察している。ほとんどすべての伝統的社会に宗教的な習慣が存在するが、ここでも伝統的社会においては多様性が存在し、その定義を行うことも難しい。ここで行われた考察は、様々な形で行われている宗教に対する考察の中でも、もっとも納得できる考察のひとつでもある。
ちなみに、宗教について分析をしなければならない、と書いた後に宗教を分析するということに対してある種の人は不快に思うかもしれないという言葉を後につなげている。600万年前からの人類の進化を前提に話をしているこの時点でキリスト教の教義とは外れているので、いまさらなのだが、こう書かせる心理的圧力があるのだろう。こんなところからもアメリカが思ったよりも宗教大国であることが分かる。
言語については、その驚くべき多様性とその喪失について書かれている。
著者が書くように、伝統的社会へのまなざしが現代社会を改善することになるかどうかは分からない。しかしながら、自分たちの遺伝的形質が伝統的社会の習慣によって選択されてきたものであることは認識しておくことが必要だ。糖尿病や高血圧は分かり易い例だ。
明らかに現代社会は効率的かつ安全になっている。しかしながら多様性はどんどん失われている。それが本書の初めと最後に置かれた空港の描写が象徴的に示すところだろう。
『銃・病原菌・鉄』や『文明崩壊』のような書籍を期待していたのであれば、期待外れになるだろう。それでも、書かれなくてはならなかった書物なのだろうと思う。 -
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『銃・病原菌・鉄』、『文明崩壊』のジャレット・ダイヤモンドの新作。
著者が文化人類学者として実地でのフィールドワークをしていたことを初めて知った。特に鳥類学者でもあったとは。本書は、クロード・レヴィ・ストロースにとっての『悲しき南回帰線』と同じような位置付けなのだろうか。前二著とは趣がやや違い、特徴であった壮大な論理的な推定はやや影をひそめ、その代わりに著者の実体験のエピソードが出てくる。もちろん「昨日までの世界」についての文献を広く確認し、単なるエッセイではない。『銃・病原菌・鉄』の重要な結論 ― 文明の発展は地理的な条件がたまたまそのように恵まれていたから ― の元になる経験はここにあったのかと知ることができた。
タイトルにもなっている「昨日までの世界」とは、いわゆる伝統的社会 ― 人口が疎密で、数十人から数千人の小集団で構成される ー のことである。紀元前9000年ごろになって始まった食料生産以前には国家は成立しえなかった。初めて国家らしきものが成立したのは紀元前3400年前後で、それまで少なくとも人類は「昨日までの世界」を生きていた。どちらかといえばそちらの方が本来的なものである。WEIRD = Western, Educated, Industrial, Rich, Democraticな社会は人類の歴史の中では奇妙(weird)なものなのである。「昨日までの世界」のことを知ることで、現代の世界でも役に立つことが出てくるのではないのか、というのが著者も目的のひとつでもある。
社会は、その規模により、「小規模血縁集団(Band)」、「部族社会(Tribe)」、「首長制社会(Chiefdom)」、「国家(State)」に分けられる。この分類は学術的にも一般的らしい。この社会構造の中で、他人は、「友人」、「敵」、「見知らぬ他人」に分類されるが、この中で見知らぬ他人に対する態度が伝統的社会と現代社会の大きな違いだという。また、もちろん食料調達と分業にも違いが生じる。"Size does matter"なのだ。これにより、紛争解決の方法、戦争、子供、高齢者、危険(リスク)、宗教、言語、健康、などが異なってくる。現代の司法制度と刑罰というものが特殊なものであることもわかる。本書では、それらの違い、「優劣」ではない、を丁寧に解説している。
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昨日までの世界が一世代も経たないうちに現代化され、ほぼ世界中からなくなっていこうとしている。このことは、近代化の時期が早かった地域は、その土地形状と生息生物にたまたま恵まれていただけである、という著者の『銃・病原菌・鉄』での主張につながっているように思う。また、現代化が非可逆的な過程であることも結果的に示されてもいる。
上巻は、紛争解決、戦争、子供、高齢者、まで。どれも現代社会でも重要な問題である。もちろん、昔はよかったなんてことにはならないので、安心を。 -
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著者のニューギニアでのフィールドワーク経験を生かし、西欧世界に「発見」された新世界の状況と西欧的現代社会を比べよりよき社会のためにできることを言語学、医学、生物学、社会学を横断し考察する。現代社会の良い点は多いが、進化的に無理をしている部分もあり、その補強のためには昔の社会に学べることもあると説く。
司法では、西欧の法律では関係者が事後関係を持たない可能性も高く、罪と罰を重んじているため被害者の心の救済は考慮されていない。一方、「昨日までの世界」では加害者と被害者は関係が途切れない可能性が高く、親族や村の関係者を巻き込んで関係を修復することに重点を置く。
リスクへの態度では、「昨日までの世界」では頻度の多い事柄に対しては、細心の注意を払う。現代社会では車の運転などリスキーな事柄に対して意外と注意を払ってはいないのではないかとする。
病気については、「昨日までの世界」では、感染症がほとんどだが、現代は糖尿病、ガン,高血圧など非感染症が死因のほとんどを占めるようになり、これは食物がふんだんな状況が遺伝的にまだこなれていないためとして、食生活を以前の様式を取り入れることで改善できるとする。 -
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この本は2018年に出版されており、ここで読むとされた近未来に到達している。
で、世界はどうなるとみられていたのか。
資源を巡り、文明の崩壊が起きる。
近い将来、役立たず階級が大量発生する。
AI万能時代が訪れ、働き方は根本的に変革する。
テクノロジーは中流階級を豊かにしない。
北朝鮮は核開発をあきらめない。
社会的階級が民主主義を変える。
アメリカは分極化の波にさらされる。
知の巨人たちにはこの程度のことはお見通しだったか。インタビュー本なので難しい論理的説明や豊富な情報に基づく分析、深い洞察といった話はない。軽い口調で話されている感じで読みやすいが、とても恐ろしいことの数々をこともなげに述べられている。
サブタイトルは、AIと格差は世界を滅ぼすか。トップが総取りする構図がどんどん進む世の中において、平民の我々はなすすべもないのか。